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朝霧紗綾は勇者じゃない。  作者: アキラシンヤ
15/25

2-7

 本来なら今頃は商品を下ろすトラックが多く停車しているはずの時間だが、さすがに今日は一台も見当たらない。商店街に構える店のシャッターは揃って閉ざされ薄暗い。妙な静けさに気味の悪さを感じたのはゴーストタウンに見えたからかもしれない。

 リヒトウとやらがその気になれば本当にこの街は消えてなくなるのだろう。瓦礫の山が築かれるのか焦土になるのか、或いは何も残りはしないのか。

 そんな相手に立ち向かおうとしている実感は、未だに湧かない。この街は――いやこの世界は未曽有の危機に晒されているらしいのだが。

 実害があれば、目に見えた脅威があれば否が応にも実感するだろう。危機感は針を振り切りパニックに陥るかもしれない。無論そんな状況を望んではいない。

 しかし一方で、頭の片隅で、明確な危機があれば悩む余裕もなく勇者という希望にすがれるだろう、と考えている。その方が楽になれると囁く俺がいる。

 或いは楽になりたいがために、明確な危機の待つ城へと向かっているのかもしれない。

 真堂の言っていた通り、喫茶店の鍵は開いていた。あいつの事だからドアノブごと破壊しているのではないかと思っていたがそんな事はなかった。

店に入るとカランと古い鐘の音が小さく鳴り、およそ喫茶店ではあり得ない匂いがした。

「やったーっ! ラーメン屋さんだ!」

 イヤフォンを外し、紗綾は満面の笑みを浮かべた。今日イチで目が輝いている。喫茶店に寄る話は伝えていなかったが店内はどう見ても喫茶店だ。しかし確かにラーメンの匂いがする。

「お待たせ。よかったら食べて」

 キッチンからエプロンをつけた真堂が二杯のラーメンをお盆に載せて出てきた。奥の四人席に置かれたラーメンのスープは薄い黄金色で、白い鶏肉や緑の深いホウレンソウが乗っている。おいしそうな塩ラーメンだ。

 まさかこの状況でラーメン需要に応えるとは改めて真堂の底が知れない。こんな需要に応えなくてもいいだろうに。

「おいしそう! いただきまーす!」

 さっそく席に座り手を合わせた紗綾はこの状況に違和感を覚えないのだろうか。この店には何度か一緒に来た事があるし、喫茶店だと知っているはずなんだが。

「ラーメン食べるの初めてなのですー。いただきます。にゃむにゃむにゃむ」

 みりるちゃんが違和感を覚えないのは当たり前。にゃむにゃむは祈りなんだろうか。

「おいしい! 真堂くんこれおいしいよ!」

「おいしいのです! みりるの国でも広めるのです!」

 キッチンに戻ろうとしていた真堂は振り返り、嬉しそうに笑った。

「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」 

 こうなるともう流れには逆らえない。紗綾が夢中になっている隙にさりげなくみりるちゃんの隣に座り、ちゅるちゅると幸せそうに食べるのを眺めながら待つ事にした。

 思ったより遅いのでラーメンを食す金髪元幼女様を撮影した。金髪に青い瞳、薄桃色をしたやわらかそうな唇がすするラーメン。絵になるなあ。

 やっぱり遅いのでラーメンを喰らう紗綾も写す。こいつは本当に何でもうまそうに食べる。

 ……遅い。遅過ぎる。

「真堂、俺の分はまだかー?」

 声を掛けると真堂はすぐに出てきた。

「俺の分って、何の事かな?」

「いやいやいや。何を言ってるんだ、俺のラーメンだよ。まだ来てないぞ」

 真堂は例の薄笑いを浮かべ、信じ難い言葉を口にした。

「リック、何を言ってるんだい? ここは紅茶専門店だよ。ラーメンなんて置いてないよ」

 ほう、なるほど。近くにいないのをいい事に散々いじり倒してきた仕返しってやつか。

「じゃあこの二人が食べているのは何だ。紅茶か? 塩ラーメンの香りがする塩ラーメンのようなトッピングが入った塩ラーメンの味がする紅茶か? いいか真堂よく聞け。世間ではそれを塩ラーメンと呼ぶんだ!」

「怒鳴られたってどうしようもないんだけどなあ。それに、リックはラーメン食べたいなんて言ってなかったよね?」

「それでも隣でラーメン食ってたら食いたくなるだろ! それがラーメンってもんだろうが!」

「スコーンならあるよ? もちろん紅茶も」

「俺だけ優雅にティータイムか! 塩ラーメン食ってる隣で紅茶なんか飲めねえよ! 人間はスコーンと紅茶だけで生きてるんじゃねえ、ラーメンだって食いたいんだ!」

「おいしかった! 真堂くん、おかわりっ!」

「分かった。ちょっと待っててね」

「おかわりはあるのかよ!」


 そんな訳でラーメン香る店の外に出て、階段に座り紅茶片手に真堂とスコーンをかじっている。真堂はここでバイトをしているそうだ。ラーメンはインスタントで、トッピングについて尋ねたら「コンビニは便利だよね。二四時間営業だからシャッターがない」と返してきたのでそれ以上聞くのをやめた。ブルーベリージャムをたっぷりと載せたスコーンを頬張り、甘い香りのする紅茶を飲む。これはこれで悪くない。でも俺はラーメンが食べたかった。

 狭い階段なので真堂は俺の下の段に座っている。振り返りもせず重い声で切り出した。

「きみに話しておきたい事がある」

 そうだろうな。わざわざラーメンを用意してまで二人で話す機会を作ったのだから。

「みりるの考えている通り、きみはいずれ僕の力に気付く。それは一部に過ぎないが最も重要な部分だ。同じ知られるなら僕から話した方がいい。これも含めて想定通りだと思うと、ムカついて仕方ないんだが」

 表情こそ見えないが、静かな話し方から冷たい殺意を感じる。

「話したくないなら話さなくていいぞ。お前が俺をどう評価してるのか知らんが、気付かない可能性だってあるだろ」

「それはない。今話さなければみりるは限りなく答えに近いヒントを出す。あいつは反応が知りたいんだ。僕の力を知ってきみがどう思うのか、どう動くのか」

「だったら仕方ない。話してくれ」

 普段なら簡潔に用件だけを伝える真堂が重たい間を置いて話しているのがつらく、あっさりと切り返した。俺達の中で最も切実にこの世界を救おうと考えている真堂がどうしてこんな状況に追い込まれなければならなかったのか、考えたくもなかった。

「きみは優しいね」

 独り言のように呟き、背を向けたまま、真堂は告げた。

「考えている事が聞こえるんだよ。いわゆる読心術だ。今もきみの考えている事が聞こえる」 

 そうか。とあらかじめ用意しておいた返事は、言葉にならなかった。

 考えている事が聞こえる? 今も俺の考えている事が、聞こえている?

「ああ。聞こえてる。生まれた時からずっと聞こえている。耳を塞げば聞こえないようにもできるが、それは目を閉じて山を登るより恐ろしい事だ。人が何を考えているのか分からずに接するなんて、僕にはできない」

 何を考えているか分からない相手は怖い――思えば度々そう言っていた。行動や表情から読み取れないという意味ではなく、そのまま言葉通りだったというのか。

 だから紗綾が勇者の生まれ変わりだと知っていて、しかしそれを紗綾に伝えても否定されるだけだと分かっていたから、まず俺と接触したって事なのか。

「そうだ。きみ達の心情を思えば残酷だったが、他に選択肢がなかった」

 口にしていない疑問に答えられるのは奇妙な感覚だった。面と向かって話しているなら表情や仕草、考えている時間で何を考えているのか分かるかもしれない。しかし真堂は俺に背を向けていて、いや、読心術を証明するためにこの状態を作ったのか。

「そんな事より、もっと警戒するべきだとは思わないのか? 考えている事が聞かれているという事は、どんな秘密も知られるという事だ。僕を不愉快に思っていた事も朝霧さんの真実を受け入れられないでいる事もすべて知られていたという事だ。恐ろしいと思わないか」

 そういう事になるのか。真堂は恐るべき相手なのか。そう思わないのは自覚が追い付いていないだけなのか。確かにどんな秘密も知られるのは危険な事だ。知られて困る事といえば――

「僕の彼女は二次元じゃない! 勝手に変な印象を植え付けるな!」

 唐突に声を荒げて振り返り、スマホを突き付けてきた。優しそうに笑う女の子の頬に真堂がキスしている画像だ。山ほどハートマークが描かれていて見ているこっちが恥ずかしくなる。

「一つ上の先輩、図書室や図書館でよく顔を合わせていたのがきっかけだ。デートは図書館や美術館、そのあと静かな喫茶店で互いの感想を話す。一緒にいるだけですごく――」

 途中で話すのをやめた。急に声を荒げられたのには驚いたし、イチャイチャした画像にムカつきもしたが。

「やっぱり無理か」

 呟き、真堂は再び背を向けた。

「そうだな」

 いきなりなぜそんな話を始めたのか考え、知られたくない秘密を考え始めたのを止めるためだと思い至り、結局知られたくない秘密を考えてしまった。

 思えば、制御できない読心術はかなり不便だ。使いようによってはどこまでも便利だが、知りたくない事まで知ってしまう。本音を伏せる建前が意味をなさず、決して口に出さないような本音が聞こえてしまう。それが真堂に向けたものでなくとも。

 ああ、だからこいつは印象に残らないような顔をして……ずっとそうして生きていたのか。

「彼女には、話したのか?」

「話せる訳ないだろう。何人かには気付かれたが、自分から明かしたのはきみが初めてだ」

 人の秘密を抱え込むばかりで、自分の秘密は話せない。

 どれだけ信頼を築いた相手であれ、その根幹が崩れてしまうかもしれないから。

 真堂は自分の事を話さないのではなく、話せなかった。

「お前も大変だな」

 ティーカップを置き、改めて真堂を見つめた。その背中は今までよりずっと小さく見えた。

「だけど同情はしない。お前は人の心が分からなくて心配になる事がないからな。何より、俺はお前の事があんまり好きじゃない。信頼はしているが、好きか嫌いかでいえば嫌いなタイプだ。彼女がいるのも気に食わん。紗綾が俺よりお前を頼りにしてるのも気に食わん。だから、どうでもいい」

 真堂の頭を小突き、ぐりぐりと擦りつけながら思う。ハゲろ。

「俺の考えてる事がばれてたってどうでもいい。俺の個人情報が流出したらお前のせいだと思うだけだ。それがたとえマイナンバー制度のせいでも俺はお前の責任にする。これからもお前の株を落とす事に尽力する。さっきの彼女だってフォトショの職人芸だとか妄想で片付ける。相対的に俺の評価が上回るまでお前を嘘八百で貶め続ける。覚悟しておけ」

 もう一度小突くと真堂はそのまま俯き、組んだ腕に顔をうずめて呟いた。

「ありがとう」

 その声は小さく震えていた。

 世間の本音が建て前よりひどく醜いのは俺だって分かっている。そんな本音を浴びるように聞かされながら真堂は生きてきた。誰にも言えず、たった一人で。

 それでもこんな世界のために立ち上がり、戦おうと覚悟した真堂は、本当に勇者だった。

「適当に押し付けただけだったのにな。嘘から出た誠ってやつか。誠人だけに」

「お前はくだらない事を言わないと気が済まないのか?」

「そうかもしれないな。困ったもんだ。瓢箪から駒ったもんだ」

 リアクションなしか。空気を変えようとちょっと無理し過ぎたか。

「そういや、どうしてみりるちゃんの考えてる事は分からないんだ?」

「稀にいる天才ってやつだよ。彼女は同時に三つ程度の事を考えているし、そもそも思考速度が早過ぎて雑音にしか聞こえないし、何よりうるさくて周りの声が聞こえづらくなる。この世界でも二人そういう人間がいて彼女達にも見抜かれた。その一人が言うには天才と読心術者は互いに天敵らしくてね、周囲の人間の心境変化で行動が変わるせいで最適な選択が分からなくなるらしい。だから彼女も僕を警戒してるんだろう」

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