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朝霧紗綾は勇者じゃない。  作者: アキラシンヤ
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2-4

「あれ? 真堂くんどこ行ったの?」

 みりるちゃんと手を繋いだ紗綾が辺りを探していた。まあこうなるよな。

「あいつは集団行動が苦手なんだ。修学旅行でグループ行動ってあっただろ。それまで自分がぼっちって自覚はなかったらしいんだが、その時全然会話に入っていけない事に気付いたらしい。声をかけられるのは写真を撮る時ぐらいで、いつも撮影する側だったから真堂が写ってるグループ写真は一枚もなかったそうだ。本人には言ってやるなよ。いいか、絶対だぞ。絶対言うなよ」

「そんなの重過ぎて言えないよ……。でも高校に入って友達もできたし彼女もできたって言ってたしいいんじゃない? 私とも普通に話してたし。顔赤くならなかったし」

「ほう。ちなみに彼女はどんな人だった? 彼女持ちの男なら彼女と撮った写真が必ずあるはずだ。見せてくれたか?」

「写真撮るの嫌いなんだって。だから一枚もないって言ってたよ?」

「そうか。では仮にだがお前に彼氏ができたとして、その男から嫌いだから撮るなって言われたらどう思う?」

「……あり得ない!」

「そう、あり得ない。真堂が嫌でも彼女の方は欲しいはずだし、共有したいと思うだろう。だから一枚も持ってないはずがない。つまり、導き出される可能性は」

「可能性は?」

「ずばり、真堂の彼女は二次元!」

「二次元!」

「アニメ、ゲーム、漫画……いろいろと可能性はあるだろう。もしかしたらラノベかもしれない。こうなると文字だ。文学少女ならぬ文字少女だ」

「真堂くん……かわいそう!」

 繋いでいた手を離し、紗綾は両手で顔を覆った。ショックを隠し切れないのだろう。

 また一つ真堂の哀しい歴史を暴いてしまった。後味の悪い事件だった。

 だが俺たちは忘れていたのだ。ここに純白の、もとい水色の修道服を着た天使がいた事を。

「愛してるなら、いいじゃないですかー」

「何だって!? いい訳ないだろう、恋人が非実在青少年なんだぞ!」

「だめだよみりる! だって、だめったらだめなの!」

 すぐに理由が出てこない。これが紗綾クオリティ。

 動揺する俺たちに構わず天使は告げる。

「真堂さんが愛しているなら、その方は実在しているのです。真堂さんの心の中で確かに生きているのです。人は愛される事で救われるのではないのです。愛する事で救われるのですよ」

 まずい。宗教上の愛について語られたらいろいろとまずい。しかもみりるちゃんは格好からして本職っぽい。だが負ける訳にはいかない。俺は、何としても。

 真堂のイメージを貶めねばならぬ。

「だけどみりるちゃん、考えてみてほしいんだ。このまま二次元の彼女を愛し続けたら、ちょっと真堂の抱いてる人物像からずれただけで発狂してしまうかもしれない。そして作家さんサイドを攻撃してしまうかもしれないんだよ」

「愛する人の変化を受け入れられないなら、それは真なる愛ではないのです。陸さんはみりるの髪が黒くなって背も伸びたら、もう愛してはくれないのですか?」

「愛するよ! 愛し続けるに決まってるじゃないか!」

「どさくさに紛れて何言ってんのよ――――――ッ!」

 思わず抱きしめようとしたら紗綾から飛び膝蹴りを受けた。首はだめだろう、首は。

「だけど、やっぱりだめだと思うの」

 紺色のスカートをひらめかせ、軽やかに着地した紗綾はみりるちゃんに向き直った。

「次元が違うところにお住いの人とはどうしても会えないでしょ? 会いたいのに会えなくて寂しくて、もうこんな世界は嫌だーっ! ってなっちゃうかもじゃない。そしたら真堂くんは取り返しの付かない過ちを犯してしちゃうかもじゃない?」

「どうしても会いたいと願うなら、作ればいいのですよ」

 無償の愛を体現したような微笑みを絶やさず、みりるちゃんはさらっと言ってのけた。

 作る? 作るってどういう事だ。同人作品を作れって訳じゃなさそうだが。理解できないのは紗綾も同じようで、アホ毛がまたもはてなマークになっている。

「術式は分かりませんが真堂さんは魂に係わる技術をお持ちのようですし、愛する方の傀儡なら作れると思うのです。技術次第ではありますが、これならお話しする事も触れあう事もできるのです」

「あれ……? だったらそれでいい、のかな?」

 紗綾が陥落してしまった。まったく役に立たないやつだ。

 しかし難しい問題ではある。つまるところ謎の力を使った大掛かりな同人作品だと思うのだが、これを否定してしまうとメディアミックスされた作品における人物は別人という事になってしまう。フィギュアならサイズ的に本人を模した人形とも取れるが、原作からのアニメ化となると判断は人それぞれだろうし。

「それでも俺は嫌だな。想定通りにしか動いたり話したりしないものを本人だと愛するのは、それこそ本当に愛している相手に失礼だと思う」

 相手が二次元ならアニメやラジオドラマはいいんだ。原作の本人が動いて話していると思う。しかし原作にあたる本人が三次元に実在していたら話は違う。どんなメディアミックスだってそれを本人とは思えない。真堂は彼女が二次元だからそれでいいのかもしれないが。

「はーい! じゃあやっぱり私もだめだと思う!」

 挙手して紗綾が寝返った。主体性のないやつだ。おそらく意味も分かってないだろうに。

「ではでは、そもそもオリジナルが実在せず、ずっと愛していた相手が傀儡だったとしたら、陸さんはどう思いますか?」

「それは机上の空論じゃないか。オリジナルが実在しないなら傀儡はコピーじゃない。変わらず愛し続けるに決まってる」

 もしや、実はみりるちゃんが傀儡だったとかいう前フリだろうか。だとしても問題はないのだが。仮にみりるちゃんの世界にオリジナルがいたとしても変わらず愛し続ける。何だったら愛しさ二倍のお得感さえ感じる。

 そんな俺の考えを見透かしていたかのように、あるいは小さないたずらをした子どものように、みりるちゃんは笑った。

「うふふ。だったら何も悩む必要はありませんね。みりるも紗綾さんも、オリジナルの存在する傀儡ではないのですから」

 絶句した。

 隣に立つ紗綾がとっさに振り向くのを感じたが、顔を向ける事はできなかった。

 忠告されていたのにすっかり忘れていた。みりるちゃんは気を付けなければいけないぐらい頭がいい。

 紗綾はオリジナルだ。唯一無二だ。途中で知らない誰かと入れ替わった訳でもないし、真堂やみりるちゃんが口にする魂とやらも生まれた時から同じなのだろう。

 サーシャさんの生まれ変わりだとしても。紗綾は紗綾だ。

 嘘をつく事もなく黙っている事もなく初めからそう言っていた。俺が信じていなかっただけで、紗綾は初めから本当の事を言っていた。

 紗綾を否定する理由なんてないし、みりるちゃんの言い分も論理的には正しい。

 何か言わなくてはいけない。この場を繕わなければいけない。

 だけど、俺にはまだ、受け入れられない。

 我ながら小さな男だと思う。恥ずかしいほどに俺は小さな人間だ。

 信頼を裏切っておきながら未だ謝る事もできないでいる。

「……行こう」

 そしてまた今も現実から目を逸らし、繋いだ紗綾の手を引くように歩き始めた。

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