復讐に囚われた男
──殺してやる、殺してやる!
あいつは、あいつだけは。
あの不倶戴天の仇は、自分が殺さなくてはならない。
あの男こそ害悪だ。何があろうとも赦すことの出来ない復讐対象だ。憤りの余り血管が破裂しそうだ。
一人寂しく、それでも勇んで歩みを進める。物悲しさはあったが、不思議と怯むことや恐怖は無かった。義憤からなのか、武者震いなのか、そういう感覚が麻痺してしまっている。けれども、今の自分にはそれが丁度良かった。寧ろ安心材料の一つとなり得た。
あんなに沢山居た自分の家族。賑やかだった家庭。そして周囲の優しい人々。
決して裕福とは言えなかったが、そこには団欒が溢れていた。
日々の暮らしは厳しくとも、お互いに助け合って生きていた。
……だが、あの暖かい日常は二度と訪れない。
素直な性格で、自分を慕ってくれていた甥。
彼は手足を落とされて殺された。
生意気だったがしかし、本当に嫌がることは口にしなかった姪。
彼女は首と胴体を切り離されて殺された。
いつも『余ったから』と言って食事をお裾分けしてくれていた優しいお隣さん。
彼女は生きたまま全身の皮を剥がれて殺された。
人一倍体格が大きく、人一倍優しかった従兄弟。
彼はどうやられたかは分からないが、地面が血溜まりで一杯になるくらいの残虐な手段で殺された。遺骨も残らなかった。
目に入れても痛く無いくらい可愛かった息子と娘達。
彼らは原型も残らぬ程に全身を引き裂かれ殺された。
父が逝き、それでも気丈さを保って私達に尽くしてくれていた母。彼女は一本一本骨を折られ、逃げられないようにされてから頭蓋骨を割られて殺された。
愛しい愛しい──嗚呼──私の最愛の妻。
彼女は悲鳴を上げて、許しを請うて、それでも手を緩めぬ奴の悪逆なる陵辱の中で、絶望に塗れながら臓腑を撒き散らして嬲り殺された。
私は、一人それを目撃した。
私だけが生き残った。……生き残ってしまった。
この恨みを晴らさずして、罪への報いを受けさせずして、どうして果てることが出来ようか。死んでも死に切れない。
だから私は決意した。
──この私が、私の全てを投げ打って、皆の分も含めた復讐をしてみせる、命を以て償わせる、と。
今になって知らず知らずの内に怖じ気づいたのか、自らの両脚が震えているのが分かった。正気の沙汰ではないことは十二分に理解している。しかし、奴はこの手で葬らなければ。たとえ自分の命と引き換えに、差し違えてでも。これ以上の被害者が、もう生まれて欲しくはない。
これは私の自己満足なのかもしれないが、それでも。
未来に生きる者達のために。
…………奴の背中が見えた。
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「ん~? どうしたの?」
間延びした、鈴の鳴る様な声が響く。
──うるなー……
こちらもまた間延びした、欠伸と区別のつかない鳴き声。
「ありゃ、ミケ丸、お手柄だね。よしよし」
撫でてくれと言わんばかりに頭を差し出す猫を、お望み通りに女性の手は左右に擦る。“ミケ丸”は眼を細めて喉を揺らした。
「最近よく獲ってくるねー……また駆除でもしてもらおうかな」
何か思い至ることがあったのか、女性はどこか遠くへと思考を凝らし始める。
快楽を施すご主人様の手が静止したのを感じた猫の興味は、自分が捕らえて来た物体の方へと移る。
ぐったりと、動かなくなった灰色の身体、ミミズによく似た尻尾を持つ動物は、余程抵抗したのか毛皮の彼方此方がべっとりと紅く染まっている。
その目は固く閉じられていた。
ミケ丸は飼い猫として実に優秀であった。
彼は獲物を口に咥えて、どこかへと去って行った。
機嫌良さげに、そして優雅に尻尾をたゆたわせながら。
残酷な描写でしたよね?