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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

抱き合い彼女 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 さて、少し気が早いかもだけど、冬場に向けての服装の準備、進めておきましょうか。

 あなた、ちゃんと服は買ってる? 着ている? 使わない服でも、しまいっぱなしにしていたらしていたで、だいぶ傷んじゃうらしいから、十分に注意しなさい?

 私? 私はある程度は手編みで済ませるわ。今でもマフラーとセーターに関しては、毎年、好きで作っているし。趣味と実益の両立って、ホント素晴らしいと思わない?


 何事も「手」がくっつくものに対して、私たちは何かしら敬意を払うものよね。特別な感じがあふれているのもあるし、それに費やされた時間や労力を、無意識のうちに計算して、感服してしまうのもあるかもね。

 でも、それ以上に「手ずから」には惹きつける力が宿っているというのが、私の持論よ。過去にあった経験のためよ。

 ちょっと、その時の話を聞いてみないかしら? 


 その子は外国人のお父さんと、日本人のお母さんの間に生まれた女の子だったわ。

 容姿こそ金髪碧眼で、どこかのお貴族さんのご息女と言っても通用しそうなレベルなんだけど、中身は日本生まれの日本育ち。一緒に過ごす上では、全然問題がなかったわね。

 彼女ね、登下校する時には季節問わずに、厚手のマフラーを首に巻いていたわ。今日のように暑くて暑くて、汗がダラダラと出てしまうような日でもね。さすがに授業中は外せと言われてしまったけど、休み時間とかの許される時間帯は、極力つけるようにしていた。


 クラスでも彼女がいない時には、マフラーについて、色々と想像したわね。授業中には何の問題もなかったから、あのマフラーの下には、時間によって浮かび上がるジンマシンのようなものが隠れているんじゃないか、とか。

 お化けや妖怪が流行っていた時期のせいもあって、オカルトじみた推測も。

 マフラーをずっとつけないと、彼女はろくろ首になってしまうとか、首なしライダーから身を守るおまじないだとか、「いやいや、実は彼女が夜中に首なしライダーやっているんじゃないの? デュラハンみたいにさあ」とか、言いたい放題ね。

 彼女はそれを知ってか知らずか、相変わらずのマフラー生活なんだけど、もう一点個性的な挙動が。

 

 ハグよ、ハグ。連休明けとかに「元気〜?」とばかりに、抱きついてくるのよ。男女問わず。ぎゅううと抱いて、背中をポンポンする、あれよ。それを男女問わずにやるのよねえ。

 思春期真っ盛りにも関わらず、分け隔てなく抱きつく彼女だったからか、もはや恒例行事と認識されて、目に見える強い反発はなかったわね。目に見える範囲では、ね。

 鼻の下を伸ばす一部の男子の態度を見ると、女としてはちょ〜っと複雑な気分になるわけよ。私もその一員かつ、若かったからね。

「男に媚び媚びしやがって、まじうざいわ」って感じ。自分もハグされているにも関わらずね。自然、私は彼女の動向に目を光らせがちになったのよ。


 そんなある日のこと。

 私が通学する道の途中に、小さい川があるの。立ち幅跳びで飛び越せそうな細さだけど、ところどころで橋がかかっていて、地元の人もだいぶ利用していたと思う。

 いつも使う道は、日差しが強くてね。私は樹が作ってくれた影の中を伝いながら、ひとつ向こうの橋まで歩いていったの、

 そこに例の彼女がいたわ。私に対して背中を向けた状態で、橋の際でかがみこみ、皆もを眺めている。ウチの学校の制服姿で、ダークブラウンのマフラー。

 あれを巻いて今日もまた、クラスメートのほとんどに抱きついてきた。私は拒否ったけれどね。

 何を見ているのか、ここからじゃ分からない。ふと、私の頭に黒い考えがよぎったわ。

 ――このまま、突き落としてやろうかしら。

 そうでなくても、おどかしてやることくらいはできるだろう、とね。

 私は極力、足音を殺して彼女へ近づいていく。未舗装の砂利道だったけど、端の部分は芝生が生えていて、石の上よりは音が出づらい。どうせやるならば、と私はローファーを脱いで靴下のまま、下生えの上を行く。

 

 けれど、近づいていって気がついたわ。彼女はただ川を眺めているわけじゃなかった。

 彼女はマフラーの先っぽを、長く長く垂らして、川の水に浸けていたの。いや、潜り込ませていると言った方がいいかも知れない。先っぽは浅い川底に、その身をしっかりと横たわらせているほどだったから。

 ――変なことしてる。

 率直な感想だったわ。どう声をかけていいものか分からなくて、固まっていると、やがて彼女はマフラーを川から引き揚げたわ。

 川に浸かっていた部分のダークブラウンの毛糸は、すっかり白くなっていた。色が落ちたにしては、あまりに漂白されすぎている。まるで、炭にでもなってしまったかのよう。

 

 そこで彼女は、初めて私の方を向いたわ。ちょっと驚いた顔をしたけれど、すぐに落ち着き払った様子で、白くなったマフラーの一部を手に乗せて、持ち上げながら「触ってみる?」と聞いて来たわ。

 正直、触りたくない気持ちも大きかった。でも、この得体の知れない白さって、何が起きているんだろうとも思ったの。その好奇心に押されて、言われるがまま触った結果。

 硬かった。そして、冷たかった。

 マフラー相手に、抱くべき感想じゃないかもだけど、硬かったのよ。

 色をのぞけば、まぎれもなく川に浸かっていない部分と同じ。マフラーの延長線上なのに、浸かった部分から先は、精巧に作られた石細工にしか思えない。


「これね。全部、川の中にあるものが集まったんだよ」


 彼女はこともなげに、つぶやいた。


「釣り、て言えばいいのかな? 実際にやったことがないけれど、あれって使う餌によって、釣りやすい魚が違うって聞くじゃない。私の竿はマフラー。そしてその先っぽに、いつもみんなから分けてもらったものを使っている。するとね……これが釣れるんだ」


 いとおしそうにマフラーをさする彼女。

 もしかして、マフラーを身につけたまま、みんなにハグしていくのって……。


「これ、大事な研究の材料なんだ。まだまだ完成には程遠いんだけど、どうにか『ガワ』だけでもでき始めてきたの。近々、見せることができると思うなあ」


 気をつけて帰ってね〜、と彼女は立ちすくむ私に手を振りながら、悠然と去っていったわ。


 それからしばらく。彼女は学校を休んだわ。

 病欠とのことだったけど、彼女の話を聞いていた私は、気が気でなかった。

 彼女が出てくる日。それはつまり、彼女の研究がひとつの完成を見る時。文字通り、異質なものと化してしまったマフラーを、何に使おうというのか、心配になり出したの。

 クラスのみんながまた憶測大会を始める中、私はひとり帰り支度を整えると、先日、彼女を見かけた橋を通って、家に戻るようにしていたわ。もし、彼女に動きがあるとしたら、ここに来るような気がして。


 四日くらい経ったかしら。

 その日の帰り際に、私は彼女を見かけたの。あの日と同じ、あの場所で。

 橋の際にかがみこんで、制服を着て、今度はモスグリーンのマフラーを身につけている。

 問いただしたい。一体、何の研究をしているのかを。

 私は、今度はこそこそしなかった。むしろ堂々と、砂利道の小石を蹴飛ばして、わざとらしく音を立てながら、彼女へ近づいていったわ。

 でも、彼女はぴくりとも動かない。そばまで寄ってみると、今度はマフラーを川に沈めてもいなかった。じっと、水面を眺めたまま。

「大丈夫?」と声を出しかけて、私は気がついたの。

 さっきから彼女、まばたきをしていない。私は彼女の顔の前で、手のひらを上下に振ってみたけれど、これにも反応しなかった。

 もしかして、気絶しているんじゃ。私は肩に手をかけて、彼女の名前を呼びながら、揺さぶったの。


 ずるりと、彼女の肩が取れた。

 更に私の揺さぶりを受けた、首の部分も外れて、一緒に川の中へと落ち込んでいく。頭という主を失った身体も、勢いのまま川の中へ。

 それらはいずれも、川の底に落ち込むと、粉々に砕け散ったわ。先ほどまで、人の姿を取っていたとは思えないほど。

 残った制服とマフラーだけは、川の水に浮かび、そのまま下流へと流されていってしまう。

 ただ砕け散った破片は、真っ白だったわ。ちょうどあの日、染まってしまった彼女のマフラーの先のよう。

 

 翌日。彼女は元気な姿で登校してきた。ピンク色のマフラーを首に巻いて。

 男子がからかい半分か、本気か。「ハグしてくれないの〜?」とはやしたてたけど、その日も変わらず、彼女はクラスのみんなと抱き合い始めたわ。

 私は変わらず遠慮をしたけれど、その時、彼女の口元がかすかに笑ったのを見たの。

 彼女の研究。今はどこまで進んでいるのかしら。

 

 



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