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理想と現実

作者: 埃川 彼芳乙


「どうして人が死んだらお墓を立てるの?」


 あなたが私にそう訊ねたのは今から十六年前。あなたがまだ五つの頃だったと思います。

 その時の私ときたら、なんて返して良いものか悩み、考えた末にこう言ったと思います。

「そういう決まりだから」と

 今にしてみると何て当たり障りのない、否、詰まらない答えだったのかと反省しています。

 こんな書き方をすると、風潮に従って生きている人達が間違いみたいに聞こえてしまうかも知れませんが、決してそうではないのです。

 ただ、あなたにとっては詰まらない返答だった、という意味です。

 こうやって言い訳染みた言葉を連ねると、あなたはまたがっかりすることだと思います。でも、仕方の無いことなのです。私は一般人なのだから。

 しかし、あの時は本当に焦りました。

 何せ、そういうことに対してまるで疑問を抱かずに生きてきた私ですので。


 結局、私はあの頃から何も変わっていないのかも知れません。変わったのはあなただけ。

 思い返して見れば、あなたはいつも変わり続けていたように思います。


「お墓と言うのは未練の塊」


 あれから一週間ほど経った後、あなたはなんの脈絡もなく私にそう言いました。

 普通だったら笑われてしまうと思います。あなた以外の人が同じことを言ったとしたら、やっぱり笑っていたと思います。そして、何を言ってるのだろうと嘲るかもしれません。

 でも、あなたが言ったからこそ笑わなかった。否、笑えなかったのです。

 それどころか、あなたに対して底知れぬ恐怖と共に興奮を覚えました。当時は恋愛や情欲のそれではなく、憧れだったのだと思います。

 年齢なんていうものはただの数字でしかない。

 この言葉に当て嵌まる人を私はあなた以外には知りません。それほど、あなたは幼いときから頭角を現していました。全てを支配して呑み込んでしまう、そう錯覚させてしまうほどにあなたは幼少期から達観していたように思えます。

 そう思ったのには、単に私の主観だけでなく、あなたの両親や私の父母、あなたを取り巻く大人達の態度も大いに影響を与えていたことと思います。

 数え上げれば切りのないあなたの美談。その端麗な容姿も相俟って周りの人達は、私も含め、あなたを特別だと思っていました。


 そんな特別なあなたが年を重ね、成長するに連れて更にその輝きは増していったように感じました。そして、ふと気付いたのです。

 あなたに対して抱いていた憧憬は、もっと違う別の感情が根源だったということに。

 その気持ちに気付いてからというもの、あなたとどう向き合って良いか分からず、今まで通りに接してくるあなたを遠ざけてしまっていました。

 それから一年経った今はただただ、その事を後悔しています。

 どうしてもっと早くにこの募る気持ちを伝えなかったのだろう。否、どうしてあなたと過ごせる貴重な時間を無下にしてしまったのだろうと。


 あなたはお墓を未練だと言い、その存在や慣習に疑問を呈していましたが、私のためにどうかあなたのお墓を立てさせては頂けないでしょうか。

 それともやっぱり未練がましいでしょうか。

 結局、十六年経った今でも私は何も変わらないのです。

 変わったのはあなただけ。


 

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