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鋼の鯨  作者: 静秋
第一次ヴィへレアフィヨルド沖海戦
6/12

陥落

今回は短めです。(むしろ前回までがイレギュラー)



近々S級飛行フリゲートのビジュアルも発表予定。乞うご期待!


直継はただただ圧倒されていた。

圧倒的にアルバトス皇国優勢だった戦況は瞬く間にひっくり返えり、勇猛を誇った艦隊は見るも無惨に敗走した。


極めつけに、完璧に決まったかに見えたアルバトス艦の決死行を、赤子の手をひねるかのようにああも簡単に退けてしまう。(少なくともここからはそう見えた。)


しかし、自分の任務は目の前の戦場を正確に記録し、本国へと正確で質の高い情報を届けることだ。呆けてばかりはいられない。直継は再び双眼鏡と手帳の人となった。


新時代の到来を見せつけられたテレグノシスの甲板は大いに湧いていた。

自分たちが便乗している陣営が勝利したのだ。西海航路同盟の加盟国は歓喜し、友好国枠の士官達は胸をなで下ろした。


「素晴らしい物を見れた!南方に行った連中が悔しがる様子が目に浮かぶようだ!」


先程まで腰を抜かしていた小太りの上官が、今はお菓子をもらった子供のようにはしゃいでいる。今朝の今朝まで寒いだの飯がまずいだのと文句を言っていた人間が随分と調子のいいことだ。激務の海外勤務、飯マズ、軍属の三連撃をくらっても何故小太りでいられるのかは永遠の謎だがそこは置いておこう。


「私は船内に戻り本国への報告準備と各国代表との意見交換を行わねばならん。…貴様も来るか?」


一応誘ってくれるあたり、根は悪い人間ではないのだろう。しかし、この男の言う意見交換は十中八九暖かい船内での酒盛りだ。


「いえ、小官は報告を正確な物とするため、もうしばらく甲板にて対象の観察を行います。後ほど報告に上がりますので。」


無論、報告するまでもなく書類をまとめるのは直継の仕事で、上官の成果にする気は1ミリもない。目の前の最重要情報収集対象を放っておいて記憶が飛ぶほど強い酒を飲む思考が、直継にはどうしても理解できないのだ。


満足げに頷いて上官は立ち去った。

各国の高級軍人とイングラス貴族にくっついて船室に戻って行く。おそらく語彙力をフルに働かせて言葉をひねり出し、惜しみない賞賛を送っていることだろう。


それは中流階級育ちの直継にはできないことだ。ご機嫌伺いとごますり以外に何の取り柄もない男だが、今はそのごますりが重要な局面にあるといえる。


イングラス帝国艦に乗っている直継達にとって今回の戦闘での勝利は非常に喜ばしいことだ。少なくとも現時点において、生命を危険にさらすようなことはなくなったのだから。


だが、友好国であっても同盟国ではない旭にとってこの結果はあまり好ましい物ではない。


あれほどまでに強大で戦場の常識を覆すような兵器の登場、しかも現状一国しか保有していないというのは、この戦争だけでなく、世界情勢に大きな影響を与えることになる。


彼等の陣営に入るか、同等の力を持たなければならないことが明確になったのだ。前者は愛する祖国の参戦を意味し、後者はとてつもなく時間が掛かる。新造艦の、それも重武装を浮かせることができる新型ルディエール管からの研究、開発は一朝一夕にできることではない。


一士官が心悩ますことではなく、判断できることでもない。が、一般的に考えて前者は論外として、後者がすぐには実行できない以上、時間を稼ぐためにも今のところイングラスとは良好な関係でいなければならない。


不満はあるがこの人事はある意味適任であったと言わざるを得ないだろう。


なにはともあれ、今の自分の任務は少しでも多くの情報を集めることだ。


ウィルフに質問をぶつけようと思っていた直継は辺りを見回したが、海戦が終わり、テレグノシスや新型も含めたイングラス空中艦隊が帰路についた甲板上の人気はまばらだった。


人垣が消え、冬の高度2000mが容赦なく直継を襲う。外套の裾をぎゅっと持ち、背中で受ける。


風雪がしのげるところに行かなくては。


このままでは瞬く間に体力が奪われてしまう。船に乗っていながら凍死なんて洒落にもならない。


それに、ここでは背の高い雲が来たときに視界が遮られてしまう。煙突からの煤煙も気になる。


少し離れたところに見張り台がある。あそこで観測しよう。-----革手袋をしていてもかじかむ手を半ば無理矢理動かして、冷え切った梯子を登り始めた。


テレグノシスが巡航していることも相まって、安全帯をつけていないことを後悔するほどの風が直継を引き剥がそうとする。


やっとの思いで登り切ると、見張り台にはどうやら先客がいたらしい。軍服の特徴からしてアルディギア公国の士官だ。

顔の下半分はマフラーに埋め、眉より上は防寒帽でカバーしている。襟元からプラチナブロンドの髪がのぞいている以外ほぼ完全な防寒と言っていい。


しかし、意を決してここまで登ってきた以上、すんなりと引き下がる直継ではない。

外壁を軽くノックして相手が気づいたらにっこりと会釈、「失敬。」と言うが速いか、すかさず隙間に滑り込む。


常に肩が触れあうような狭い場所。

旭人にしては少し背が高く、かつ着ぶくれしている直継に相手は眉をひそめたが、そんなことは気にも留めない。


出来るだけ肘を張らないように気をつけながら双眼鏡を覗き、スケッチとメモを取り、また双眼鏡を覗く。


緩やかな曲線を描いた砲室3基にそれぞれ連装で配置された6門の10インチ砲。昨年発表されたばかりの技術である「懸吊式砲室」を採用し、下方に対して広い射角を確保している。


基本となる船体形状はR級一等(class-)装甲飛行船(Revenge)を改装したというのが適当だろう。元より通常の戦艦に近い船型として装備の共通化を図ってきた艦だ。

再び気嚢区画を取り払って艦上構造物を載せることにそれ程違和感はなかった。


次に装備の配置から大まかな内部構造を推測する。

空中艦特有の補機や翼、艦底部構造物を除けば至って普通の武装配置をしている。艦橋や煙突の位置も同様だ。つまり、ここから推測される対象の内構造はイングラス帝国製通常(洋上)戦艦に極めて近いのではないか、ということだ。


まだ推測の域を出ていないが、もしそうだとしたら、これから建艦競争に巻き込まれるであろう旭海軍にとって重要な情報となる。

報告書を出せば直ぐにでも諜報科が動くだろう。


小さなページはたちまち図と文字で埋まってゆく。


時たま肘が当たるらしく、狭い見張り台の隣人であるアルディギア公国士官が怪訝そうな視線を送っているが、せわしなく観察とメモを続けている直継は気づかない。


いよいよ声を上げようとしたそのとき、進行方向反対側、東の空が光った。


数秒後に雷のような轟音。


大気が震えている。


先程の艦隊戦の比ではない。形容するならば子供の時に見た故郷の山の噴火に近い。一部ではなく、空域全体が震えているのだ。


下方の甲板ではハッチが開き、叫び声と靴音が波のようにざわめいていた。


「何事だ!」「アルバトス空軍か⁈」

「馬鹿な、奴らは離脱していった筈。」

「爆発は遥か後方です!」


人混みの中で伝令が叫んだ。


「水上艦隊より入電!『要塞爆散ス。上陸部隊通信途絶。』」


「急ぎ偵察騎を出せ!転進が必要かどうか判断する。」


祝勝ムードは何処へやら…。テレグノシスの甲板は再び不安と驚きでごった返していた。


直継と隣のアルディギア士官は呆然と東の空を眺めていた。


煙がもうもうと、低く広がる雲の上まで立ち上っていた。



*****



後に知ったことだが、この爆発はアバルキン准将とその茶会に参加した者たちからの置き土産であった。


水上艦からの砲撃に一向に反撃してこないデュリエッタ島要塞に対して、更に空中艦の副砲を使った艦砲射撃を行い(それでも要塞は十分に形を保っていた)イングラス帝国陸軍は万全に万全を期して上陸を行った。


難攻不落を誇ったデュリエッタ要塞は遂にイングラスの手に落ちた…かに見えた。



まだ砲撃の熱も冷めず、至る所から湯気が上がる中をイングラス兵は進んでいた。


ちょうど前衛1個歩兵大隊が瓦礫だらけの要塞に入った頃だっただろうか、島の反対側から不意にラッパの音が響いた。


「すわ、敵襲ッ!!」


とイングラスの兵士達は窪地に伏せ、瓦礫に身を隠し周囲をより一層警戒する。

いつでも来いと言わんばかりに銃口を島の奥へと向け、来るべきアルバトス兵の足音を聞き逃すまいと呼吸すら飲み込んで聞き耳を立てる。


しかし、突撃ラッパから3分が経過しても兵士はおろか銃弾の1発も飛んでは来ない。

彼等が睨みつける廃墟の奥からは大軍が移動する足音も準備砲撃の唸りも聞こえてはこない。



代わりに地の底から地響きがしてイングラス兵の足下から地面が消失した。


比喩ではない。


地面は膨張し、次に浮き上がり、イングラスの兵士達は五体を引きちぎられながら冬の空へと吹き飛ばされた。



それは地下から発した強烈な一撃であった。


誘爆などと言う不確定要素ではない。明確な目的を持って計画され、実行されたのだ。


主たる目的は要塞を敵に渡さないこと。


自らが建設し世界に誇る難攻不落の要塞が敵の手に渡れば再び攻め落とすことは非常に骨の折れることであるし、調査が進めばアルバトス皇国の各地にある同系統の要塞の攻略法を探られる恐れがあったからだ。


故に木っ端みじんが好ましい。


幸い、そのための爆薬はたっぷりあった。

イングラス艦隊に打ち込まれる筈だった28cm砲弾を筆頭に要塞の弾薬庫はほぼ満タン。


吹き飛びにくい場所や重点的に吹っ飛ばしたい場所に少々手を加えて、後は島の裏側から短艇で脱出して安全な海上から起爆してやるだけで、小手先のトラップも建築爆破の専門知識もほとんど必要がない、純粋な炸薬量の暴力がディリエッタ島を平らにしてくれるだろう。


事実、そうなった。


島内に張り巡らされた隧道を駆け巡った爆風は要塞を修復不能なレベルまで破壊し尽くし、空へと駆け上がった。


アバルキンは花火と表現したが、この光景はそれ以上であり、やはり噴火というのが近いだろう。

粉塵まみれの煙は雲を超える、上空で急激に冷やされて雲となり灰色の雪を降らせた。


そして再び熱冷めやらぬ要塞へと降りおりて水蒸気となり、また雪となって瓦礫を覆っていった。



ついで程度で巻き込まれたイングラス陸軍はたまったものではなかったが、兎にも角にも、要塞を敵の手に渡さないというアバルキン達の目論見は成功し、完勝気分でいたイングラス軍に一泡吹かせることができたのだった。


*****


艦隊が帰投した翌日、統一暦1500年11月26日。


イングラス帝国海軍司令本部は先の第一次ヴィヘレアフィヨルド沖海戦で既存の装甲飛行船よりも遙かに強力な新兵器「飛空戦艦」を投入したことを発表。

同時に、これらが既に実用レベルで量産されていることを全世界に対して発表した。


ここに装甲飛行船の不敗神話は完全に崩れ去り、装甲飛行船を頂点としていた戦場の常識は変わることを余儀なくされたのだ。


就役間近だった装甲飛行船は生まれたときから旧式の烙印を押され、世界中の空中艦隊は二線級の戦力と定義される。第二次大陸利権戦争が激しさを増す中、非参戦国も巻き込んで世界情勢はさらなる混迷を極めていく。









これにて第一次ヴィヘレアフィヨルド沖海戦編は終了です。

次章ではもう少し直継達の活躍があるはずです!

また次の話でお会いしましょう。ではでは!


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