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鋼の鯨  作者: 静秋
第一次ヴィへレアフィヨルド沖海戦
5/12

Operation Whales Killer 【後編】

途中で二部に分けたこともあり結構短い間隔で投稿できました。

それではどうぞ!

 

「12時方向、距離4800。イングラス増援、数は3です!」


 突如として現れた新たな敵にアルバトス軍は混乱していた。見たこともない艦容のその(ふね)には速力、限界高度、防御力、そして最も戦場に重大な影響を与えかねない攻撃力すら情報が無いのである。

このまま攻撃を継続するか、はたまた一旦後退して陣容を再編するか、各艦の艦長達は定めあぐねていた。


「増援と我が軍の交戦可能距離までにはまだ距離がある。ここで取り逃がしては元も子もない。敵に最大限の被害を与える絶好の機会をみすみす逃しては地獄の底で英霊達に笑われよう。全艦、目の前の敵を殲滅。しかる後反転、迎撃態勢を整えよ。」


 しかし、ドロフスキフ中将は冷静に状況を判断していた。


 老練な彼は熟練水兵の人的被害こそが艦隊にとって最も効果的であることを知ってる。

艦はまた作ることができるし時代によって変化していくが、水兵の育成には膨大な時間と金が掛かり、熟練水兵の価値は普遍にして不変のものであるからだ。


 故に彼等は再度突撃を敢行する。

 一人でも多くの敵兵を屠り、皇国の栄誉在る戦績にさらなる光を加えるために、彼等は征く。


「艦首20㎝対艦砲照準。目標、敵一等装甲飛行船*。粉砕せよ!」 (*国際識別艦級:一等飛行戦列艦のこと。)


Огонь(ァゴーーイ)!!」


 だが、砲弾が敵艦を吹き飛ばすことは無かった。それ以前に命中すらしなかったのである。

 精度が悪すぎたわけでは無い。距離100mは十分に射程圏内で、的は十分すぎるほどに大きい。


 ならば何故逸れたのか、


 発射の直前に巨大な爆風が射点である重装突撃艦:ロスチスラフの艦体を強く揺さぶったからである。


被害報告(ひがいほうこーく)!」


「大口径弾複数、艦隊後方に着弾!第一主機プロペラ欠損、異常振動発生。推力40%低下。戦列を維持できません。」


「くそ、どこからだ。敵戦艦の主砲か?」


「いえ、イングラス水上艦隊は未だ我が海軍との交戦下にあります。追撃を受けている状態で正確な射撃は…。」


「ならばどこだというのだ。目の前の敵艦に20㎝越えの隠し弾があったとでもいうのか?」


「しかし、彼等は名鑑通りのR級一等(class-)装甲飛行船(Revenge)です。そんなものを搭載する余地などあるはずがありません。もしや…。」


「バカな!未だ敵増援との距離は4400もあるのだぞ!あの距離から至近弾を出せる艦艇などあるはずが…!」


「それに今の砲撃は装甲巡洋艦クラスの主砲だ!飛行船にそんなもの、載せられる訳が「敵増援に発砲炎多数確認!砲撃来ます!」…衝撃に備えよ!」


 幾筋もの甲高い風切り音が響き、次の瞬間あたりは爆炎に包まれた。


「左舷垂直補機偏向機構に損傷!姿勢制御力低下。甲板要員に負傷者多数!」


「ひるむな!突っこめ――――――い!」


 満身創痍で実行されたその命令は確かに敵の一等装甲飛行船を撃沈するという戦果を上げた。しかし同時に、ロスチスラフの武運も尽きさせる結果となったのである。

推進器の損傷によって離脱できなくなったロスチスラフはその身をもってイングラス新型の性能を示す贄となったのだ。


「全艦に発光信号。突撃中止。我が艦隊はこれより敵増援の迎撃に移行、以後の残存艦の掃討は快速打撃艦に一任する。それとデュリエッタ島要塞と護衛艦隊に伝令の航空騎を出せ。」


「文面は何と?」


 豊かに蓄えた髭をなでながら、ドロフスキフ中将は司令塔内の全員を見回して言った。


「撤退準備。最低限の応戦ののち要塞を放棄。艦隊は北上し本国艦隊への合流を果たせ。と」


「頼む信じてくれ。」ドロフスキフは切にそう願った。幸いにも要塞守備司令官はドロフスキフの旧友である。万が一にも死守命令のようなバカな真似はしないと信じたい。


 まともに戦ってはこの艦隊も長くは持たない。彼の長年の勘がそう告げていた。



 *****



「次弾装填、弾種徹甲榴弾。照準修正、距離4150。高度差変わらず。敵速26ノット。」


「Mk.Ⅰ手動射撃計算機に諸元入力よろし」


「上部及び下部主砲斉射!続けて6インチ副砲射撃開始せよ!」


Shoot!!(シュート)


 戦場の空に10インチという未知の口径の砲弾が吐き出された。


 各艦の上甲板に連装砲塔で2基、艦底部に1基の計6門、3隻併せて18門配備されたこの強力な大砲は、アドミラール級も改アドミラール級も正面から等しく撃破することが可能だ。


「ここから後の戦闘はひどいものだった」と後のドロフスキフは手記に残している。


 まず、彼等は自らの交戦距離に近づくために弾雨の中を行かねばならなかった。


 10インチ砲の装填速度はいくらか遅いとはいえ、副砲ですらアドミラール級の主砲と同じ口径を持つのである。


 しかもその副砲はアドミラール級のそれよりも正確で強力だ。


 かつての装甲飛行船は低い命中率を手数で補うために大砲を一門でも多く載せようとした。そのため、一門一門の重量が抑えられる短砲身砲が好まれていたのだ。

イングラス海軍:第4飛行戦列艦隊の5インチ砲がアルバトス軍になかなか有効打を与えられなかった理由もこの短砲身に起因する。


 だが、今回の敵は違う。


一目見て分かる長い砲身、自分たちの命中不可領域から正確に飛んでくる砲弾、そして高い装甲貫徹力。


 この頃の艦砲射撃など所詮は確率論の塊にすぎないが、それ故にその差も顕著に表れる。つまり、今のところ試行回数0のアルバトス空軍はこの時点で負け始めていると言っても過言では無い。


 距離4000で改アドミラール級チムールが轟沈。つづいてアドミラール級ウラジスラーフが石炭庫の火災によって戦線を離脱。

 先の交戦を含めて突撃艦戦力20隻中の1/5を失ったことになる。それも後ろ3隻を瞬時にだ。


 力の差は歴然である。


 だが、近づかなければ何もできずに敗北するだけ。

 超大国の部類に入る神聖アルバトス皇国は本国や東方に未だ多くの戦力が残されているが、旭国や恒帝国といった国々が不穏な動きを見せる中おいそれと動かせる物でもない。

 今、水上艦隊の撤退を援護しなければ彼等は全滅し、アルバトス皇国は西海での制海権を完全に失うこととなる。


 それだけではない、連合陣営の盟友:プロイス王国は強大な海軍を持つイングラス帝国に包囲され、いつ国土を脅かされるかもしれぬ恐怖に突き落とされるのである。


 無謀と分かっていても交戦は必須事項であった。


 幾多の斉射をくぐり抜け、至近弾による被害を被りつつもなんとかして距離3500まで近づくことができた…いや、敵艦の方から近づいてきてくれたという方が正しいだろうか?

 それ程までに両者には決定的な差があった。


 その差は速度である。

 回避運動を強いられたとはいえ機関を換装したアドミラール級は十分に高速艦の域にある。

 最高速度28ノットは伊達では無い。


 しかし、距離4000の時点で観測員はこう叫んでいたのだ。


「高度2050を針路0ー4-0を32ノットで北上中!」


 この報告を受けたとき、艦橋は大いにどよめいた。

 この観測データには当時の空中艦隊戦を知る者ならば誰もが驚いたことだろう。

 事実、テレグノシスの甲板もどよめいていたのだから。


「高速で動く」というだけならそう不思議はない。現に快速打撃艦や飛行フリゲートは39ノットほどで航行している。


 だが、これは装甲と装備重量を犠牲にした例に過ぎない。

 裸で全力疾走しているようなものだ。


 目の前の敵は速度のために装甲を減らして減量したのではないことは容易に推察できる。

 船体重量が軽ければ砲撃の反動に負けて艦の姿勢が維持できず、正確な砲撃を行うことはできないからだ。


 あれほどの重武装を誇りながら高速で動けること、そして正確な砲撃ができることは彼等が技術革新の上に成り立ったまごうことなき脅威であることを表している。


 そしてこの報告にはもう一つ、驚異的な点がある。


 それが、「高度2050」である。


 今朝の戦闘を思い出してほしい。彼等は高度1980~2000に布陣していたはずだ。

 戦闘時には船体安定を保つために若干高度を下げている側面もあるため一概には言えないが、これは従来の装甲飛行船の限界高度とほぼ一致する。


 そして高度を下げた状態が報告にあった高度2050だとするならば、少なくとも目の前にいる敵は今まででアルバトス軍経験したことのない高度での戦闘が可能な艦である。


 つまるところ、アルバトス軍は撃ち下ろされるポジションを取られているのである。空の戦いは優位高度の取り合いから始まる。だからこそ今までは限界高度ギリギリのせめぎ合いが成立していたわけであるが、今の彼等はその条件すら満たせていない。


 たかが50。されど50。これだけの差があれば砲弾に位置エネルギーを容易に上乗せることができる。

 正面、甲板、舷側。装甲貫徹力は被弾経至など無視できるレベルに達する。


 10インチ砲6門の斉射反動に耐える装甲重量を持ちながら既存艦よりも速く、高く飛行する。アルバトス軍を、いや、()()()()()()()()()()()を上回る。


 ドロフスキフ達が対峙したのはそんな化け物だった。


 戦争の常識が再び変わろうとしている。



 *****


「Огонь!!」


 何度目かの斉射、そして弾着。

 されど敵艦は健在なり。


 あくまで時間稼ぎと戦力評価の戦闘だったはずだがアルバトス軍の損害は凄まじい。

 現在距離2800。

 ここまでにさらに5隻を撃沈ないし撃破され艦隊戦力は2/3を割った。


 さきほどようやく水上艦隊からの信号弾が確認され、今は退却戦へ移行し始めた頃だ。


「全艦、反転。損傷艦を援護しつつ現空域を離脱せよ。航行不能艦は快速打撃艦にて曳航する。不可能であれば、人員の安全を厳とし救助が済み次第、これを自沈せよ。」


「針路0ー8ー0。ヴェルゲンに帰投する。」


「面舵一杯」


「おもぉぉかぁじ、いっぱいッ!」


「煙幕展開始め。全気雷投射。」


 視界が覆われる中、次々と気雷が舞い上がってゆく。


 ーーー後の戦史には愚行として刻まれるだろう。いや、本国に戻った時点で批判は免れまい。ーーー煙幕の中に消えていく気雷を眺めながら、ドロフスキフは艦と運命を共にした勇敢な船乗りたちに詫びた。


 しばらくは煙幕に対して砲撃が続き、発砲炎を頼りに煙幕内からも撃ち返していたが、次第に空は静かになり、今は機関音のみが響いている。焼け爛れた砲身に雪が舞い降り、すっと消えた。

その儚さは、空飛ぶ軍艦の乗組員の命のように見えた。


 だが、これでアルバトス艦隊が逃げ切れたわけではない。

 損傷艦を抱える艦隊の航行速度は落ちており、依然として敵機関音は接近を続けている。


 何とかしなければ。

 ドロフスキフが全ての被曳航艦の破棄を命じようとした時だった。


「……ッ!!!見張員より艦橋(ブリッジ)へ!重装突撃艦アリヴィアン、180°回頭。我が艦に続きません! 続いて発光信号!『ワレ、貴艦ノ 撤退ヲ 援護スル。貴艦ラノ 武運ト 幸運ヲ祈ル。ウォッカ ト共ニ!偉大ナル皇国二栄光アレ!』」


 ドロフスキフははっとして凍り付いた窓の外を見た。ちょうどアリヴィアンとアルノーリトがすれ違うところだ。


「アリヴィアンに発光信号。『戻れ。貴艦は命令に違反している。』」


 復唱ののちすぐさま信号が送られる。

 断続的な光が雪混じりの風に反射してキラキラと光る。


 ドロフスキフは彼等の考えも痛いほど分かっていたし、彼自身、今すぐにでも反転、応戦したかった。


 しかし、艦隊司令という立場がそれを不可能としていた。

 彼は艦隊の艦とその乗組員の命を預かる身。

 これ以上の愚行は許されない。


「アリヴィアンからの返答なし!甲板要員の敬礼のみを確認!」


「再度警告『戻れ』」


「アリヴィアン増速!応答ありません!」


「司令…。」


 周りの士官達が震えるドロフスキフの年老いた背中に声をかける。その震えが部下の無謀を咎める怒りによるものか、はたまた自らの無力さを責めるものなのか、彼等にはまだ分からなかった。


「突撃艦ボラーゾフより信号『ワレ、悪友ヲ 援護スル。貴艦ラノ 安全ナ 帰還ヲ 祈ル。ウォッカト共ニ! 偉大ナル皇国二栄光アレ!』」


 最後尾を航行していたボラーゾフまでもが船体を左右に揺すったあと転舵してアリヴィアンに並んだ。


「「さぁ、皇国突撃艦の意地を見せてやる。」」


 無線電話はまだないが、彼等は確かにそう言ったのだ。徐々に遠のく二つの艦尾が彼等の覚悟を物語っていた。



 *****



 一方その頃ディリエッタ島要塞ではある準備が進められていた。


 既に多くの将兵は撤退を開始し、重要書類の焼却や武器の移送、兵器の破壊が行われた後だ。見張所からの報告によると、あと20分もたてば、再反転してきたイングラス戦艦戦隊の砲撃が雨あられと降り注ぐだろう。


 そんな中、未だに人員がせわしなく動いている区画があった。


「まったく、司令も物好きですねぇ。こんな問題児共の悪巧みに付き合うなんて。」


「儂とて昔は無理言って上官と無茶を楽しんだ身。お前さんらの考えることなんてお見通しよ。…で、お前さんらはいいのかい?こんなところで茶をしばいても。」


 問題児達は本国の方角を少し眺めてから答えた。


「問題ありません。ご老体と茶会(ティーパーティー)楽しむくらいで怒るような器量の狭い女を持った試しはありませんから。」


「ガハハ」と豪快に笑う兵士達。彼等がへりくだることなく話せるのも、ひとえに要塞司令官であるマトヴェイ・マラートヴィチ・アバルキン准将の人柄であろう。


「それより司令はいいんですかい、国元には家族もいるんでしょう?それに…さっきの伝令、送ってきたの親友でしょう?ならばやはり…。」


「いいんだ。どうせ後先長くないこの身、儂の好きに使わせてもらうさ。それに、奴はわかってくれるさ。なぁに、下手を打たなければ死ぬわけじゃない。儂等は紅茶の国の紳士達を前に堂々と茶会を楽しめばいいだけよ。」


「手筈通りにやれよ。」と部下たちを配置に着かせ、お気に入りの煙草に火をつけた。


「さて、儂もいっちょ、どデカい花火を拵えようか。」



 ここは北の要衝デュリエッタ。

 いくら強大な敵だとしても、タダでくれてやるいわれはない。



 *****



「敵艦、煙幕展開。敵影ロスト!」


「追撃する。敵艦が完全に射程外に逃げる前に再捕捉し戦果を拡大する。」


「しかし司令、彼等には新鋭艦の力を十分に見せつけました。上層部の設定した第一作戦目標は既にクリアしたものと…。」


「これ以上の追撃は不要なのでは?」と疑問を呈する若い士官に艦長が目配せした。「察しろ」と。


「私は今回の作戦に納得したわけではない。囮選定の件も含めてな。上層部の考えを批判するつもりはないが…。戦場での判断は私に一任されている。味方残存艦は?」


 司令は含みのある言い方をした。言葉に怒気はなかったがその目は鋭かった。


「2時方向。旗艦リヴェンジらしき艦影、他6余。ひどいもんです。浮いてるのが不思議なくらいだ。」


 さんざんに討ち減らされた艦隊がバラバラになってぽつりぽつりと浮かんでいる。いまだ火の手の見えるものもあり、ほとんど残骸と呼んでも差し支えのない物体が風のなすままに漂流している。

 煙が燻る傾いたマストには海軍旗と艦の帰属を示す一角獣の旗が寂しく揺れていた。


「フリゲート艦隊との通信は?」


「回復済み。あと10で合流予定。」


「ならば彼等に曳航してもらおう。煙幕を迂回して敵艦を追撃する。彼等(アルバトス艦隊)には前科があるからね。」


「速度を稼ぐ。高度1990へ。」


 高度を対価として速度を得る。一刻も早く敵を再捕捉して砲弾を叩き込むのだ。

 先を急ぐ艦隊に激震が走ったのはそれからまもなくだった。


「機関音接近!1、いや、2!艦隊左舷側煙幕内より急速に接近中!」


「慌てるな。フリゲート艦隊ではないのか?」


「いえ、違います!この機関音h…ッグアッ……」


 聴音手の報告は続かなかった。


 甲高い笛のような音が聞こえたその後、間髪入れずに閃光と炸裂音が艦隊を包み込んでいたからだ。


 高感度に設定された索敵聴音器で増幅された音に聴音手は平衡感覚を奪われ、鼓膜を貫かれた耳から血を流して倒れていた。


 これは明らかな攻撃だ。


 音響弾と呼ばれる特殊な砲弾を用いた教科書通りの索敵潰しだ。


ここまできれいに決まることはかなり珍しいが、艦隊の索敵能力、それも目視よりも汎用性が高い聴音を奪うことは基本戦術の一つで、空の戦場において大きな差となって現れる。


 それも、今日のように雪雲と煙幕で視界が遮られた戦場ならばなおさらだ。


 耳を奪われた艦隊に姿の見えぬ敵から砲撃が加えられる。

 かなり近距離から撃っているのか数度の射撃だけで距離を測られ、続く命中弾で副砲の一つを吹き飛ばされた。砲口炎は見えるが正確な距離はつかめない。


 しかし、それは敵も同じ。こちらから敵艦が視認できないということはあちらからも見えていないということ。

 そして砲撃をしていると言うことは聴音感度を下げざるを得ず、こちらの機関音までは追尾できないはず。


 それなのに正確に砲弾を当ててくる。


「観測騎か!各艦上空警戒を厳に。航空騎ならば平行に広がる煙幕も、飛行船の上昇限界も関係ない!」


「戦闘騎隊発艦!艦底部発進口はだめだ。右舷クレーンから緊急発進させろ!なんとしてでも敵の目を潰せ!」





「観測騎より入電ッ…。『狩人出デタリ』です!」


「もう少し削っておきたかったんだが…。敵さん気づくのが早いな、どうやら指揮官は紅茶狂いの無能ではないようだ。」


「ウチには酒狂いのバカ共しかいませんけどね!」


 航海長の言葉にアリヴィアンの艦橋が笑いに包まれる。

 開きっぱなしの伝声管からは「ウォッカがなくて戦争がやれるか!」というバカ共の声が聞こえる。

 事実、反転後の彼等は艦の食料庫に残っていたウォッカ片手に戦争をしている。士気は異様なまでに高い。


「観測騎に通達。『貴官らの支援に感謝する。本隊と合流し帰還せよ。』ケーブル切断用意!!」


「通信ケーブル切断よろし!」


「観測騎より発光信号!『偉大なるウォッカの加護があらんことを!』続いてボラ―ゾフより『淑女に乞う、最期の酒宴のお相手を願う』です。」


「さて、捕捉される前に突っこむぞ。行こうかバカ野郎共!皇国のお家芸、突撃の時間だ!!」


「「「Ураааааа!!」」」


「狙うは旗艦、ただ一隻。」


 冬空を駆る二頭の鯨が帰ることはない。



*****



「戦闘騎隊からの報告は?」


「いえ、なにも。敵艦もまだ発見できていない模様。」


「見張員より艦橋!煙幕内から何か来る!あれは…、艦影、極めて高速!」


「迎撃用意!照準急げ!」


「煙幕から出ます!後続してもう一隻。」


 分厚い帳をぶち破り、凶悪な衝角が姿を現す。同時にこちらを睨み付ける152mmの全てが火を噴いた。


「至近弾多数、損傷軽微」


「各砲自由射撃、砲塔から直接照準で狙え!」


「敵弾命中!舟艇格納所にて火災発生!」


 照準の完了した副砲が次々と火を噴いた。

 しかし、その着弾炎は敵艦後方に置き去りにされる。


「おかしい、速すぎる。罐が燃えるのが怖くないのか?!」


 船の罐というものは規定以上の蒸気圧を掛けることでカタログスペックの速度限界を超えることができる。しかし、既定値というのはその機械が性能、安全、効率において最高のパフォーマンスを発揮するために定められているのであって、そう簡単に超えていいものではない。

 罐には想定を超えた無理な負荷が掛かかり、最悪の場合、破滅的なボイラー爆発によって艦そのものが爆散しかねない。


「まさか、奴ら…。」


 副官は想定される未来に絶句した。

 彼等の目的は確かに効果的かもしれないが、それが正常な思考の元で判断された物ではないことは明白で、また、軍隊としては最も軽蔑され、最も憎むべき()()であったからだ。


「奴らは死ぬ気だ!絶対に阻止しろ!死ぬ人間に土産なんて持たせるな!」




 三隻からの集中砲火。

 数少ない前方指向可能な砲も大半が沈黙。

 火災の熱でグニャリとひしゃげた側面銃座の支柱。

 幾度も弾がめり込み、刺さり、爆発して妙な形にえぐれた正面装甲(鯨の頭)


 それでも、アリヴィアンとボラ―ゾフは進み続ける。巧みに針路を変え、弾雨の中を追いすがる。


 何が彼等をそこまで駆り立てるのか。イングラスの将兵には分からない。

 ただ、死を恐れない軍隊が発揮する狂ったような強さと圧倒的な恐怖に押しつぶされそうになりながら、祈るように砲弾を撃ち続けるほかなかったのだ。


「もう向かって来ないでくれ。」と。


 歓声が上がった。

 突撃を掛けていた一隻、ボラ―ゾフに10インチ砲弾が突き刺さったのだ。気嚢区画から火を噴いて、ボラ―ゾフが落ちてゆく。

 長い煙の尾を引いてゆっくりと、雲海の中にその大きな体を沈めていった。



 だが、突撃を仕掛けたのは二隻だ。


「くそ、何故落ちない!」


 命中弾数は数知れず。もはや反撃すらできず、それどころかまともな操艦すらできないほどに破壊されているのに、アリヴィアンはまだ進んでいる。


 船体各所から火を噴き、艦橋は崩落し、舵は吹き飛んだ。

 生存者がいるのかさえ怪しい。

 それでもまだ前進を続ける。


 一秒ごとに迫ってくる鉄塊はその命を代償に、無敵かに思われたイングラスの新鋭艦という鉄壁を食い破ろうとしている。


 発砲。


 距離100。


 ついにアリヴィアンを10インチ主砲弾が捉えた。


 距離80


 上部構造物が跡形もなく吹き飛んだ艦影が爆炎から姿を現した。


 距離60


 それでも重量物の慣性は衰えを知らない。


 距離40


 もはや迎撃は間に合わないものとなる。


 距離20


 アリヴィアンだった残骸は戦友の意思を継ぐかのように敵艦へ。


 距離0


「衝撃に備え―――!!!!」


 ギギギギギギギ、ガギィ――――!!!キュイイイ―――――!!




「…被害報告。」


 ガラスまみれの床に投げ出された司令官が問うた。


「第三艦橋及び第三主砲塔に損傷、負傷者多数。」


「艦底部装甲に甚大な裂傷。着水には艦底部区画大部分の隔壁閉鎖の要有りと認む。」


「間一髪でしたね。あと少しでも判断が遅れていたら沈んでいたのは我々でした。」


 彼等を救ったのはひとえに新型艦の性能のおかげである。


 敵艦照準のためにそれまでは頑なに直進を続けていたが、最後の距離100m、主砲副砲による迎撃を捨てて急上昇に掛けたのだ。

 通常の船であれば交戦高度より上への上昇は非常に時間が掛かる。限界高度までに余裕がなく、上昇率が低くなるからである。


 今回の回避では、速度を稼ぐために高度を下げたこと、そして何より新型管の限界高度の上限が高かったことが幸いした。

 重武装、重装甲を浮かせることを可能とした新型ルディエール管、4基に増加し、出力も増強された垂直補機によって生み出される垂直機動力の勝利だった。


 艦底部を通過し、燃えながら落ちてゆくアリヴィアンに敬礼を捧げながら司令官は静かに宣言した。


「これにて Operation Whales Killer を終了と見なす。信号弾撃て。水上艦隊直掩の後帰投する。燃料が心配だ。」


「はっ、留意し航行します。」


 雲をかき分け進む三つの艦影は、自分たちが新しい空の王であることを宣言するかのように悠々と泳いでいった。


 たった3隻が5倍以上の敵を敗走させたのだ。


 装甲飛行船が無敵だった時代が終わりを告げ、戦場の常識が再び変わった瞬間であった。






タイトルが鋼の鯨なのに既に鯨駆逐用の兵器が出て来てるんですがそれは…


まあ、細かいことは置いといて自分のイメージをそのまま文章にぶつけたせいでだいぶ戦闘が長引いてしまいました。心理描写そっちのけでキーワードの盛り込みと艦隊運動の描写に必死になりました。楽しかったです!



新型ルディエール機関(気嚢)の話は作中でおいおい説明されると思います。装甲飛行船とはどう違うのか、戦争はどう変わっていくのか、今後の展開にご期待ください。


今後とも鋼の鯨をどうかよろしくお願いいたします。


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