Operation Whales Killer 【前編】
第3話行きます!
風がうねり、雲を走らせる。
敵は何もに人間だけとは限らない。ここは寒気の只中高度2000m。寒さと氷片が甲板要員を襲い、艦を軋ませる。
「早くサモワールで入れた熱々の紅茶を暖炉の前で飲みたいものだ。」
艦橋のガラスに張った薄氷をとるように――――そう指示を出しながらアルバトス空軍西方新領域統制艦隊司令:ゲンリフ・ミハイロヴィチ・ドロフスキフ中将は呟いた。普段、艦橋には石炭ストーブが備え付けてあるのだが、戦闘の前に火は落とされている。飾りっ気のない鉄の箱である司令塔は風が防げる以外に外気と大差はない。コートの首元をしっかりと閉め、帽子を目深にかぶり直してから司令は静かに告げた。
「頃合いだ。」
副官が強く頷いた。
「発:艦隊旗艦アルノーリト 宛:各快速戦隊旗艦『第9、第11快速戦隊。再度敵主力正面より展開し、行動を制限せよ。第12快速戦隊は敵遊撃隊に対応、作戦の遂行を援護せよ。』発光信号送れ!」
復唱とともにタイプライターに打ち込まれ、すぐさま発令書に変換された。
開戦前での通信でもあったように、この世界においても電信技術は既に一応の成果を得ている。しかし、いかんせん性能が悪い上に、当たり前のように傍受と妨害を受けるため、古くからの軍人には敬遠されがちであった。そのため戦場では専ら古典的で視覚的な信号が好んで用いられているのだ。
午前10時12分
ついにイングラス主力の戦列に決定的な損害を与えたアルバトス空軍北方領域艦隊は、勝利をその手に掴まんと全面攻勢に打って出た。
*****
「艦長!旗艦アルノーリトより発光信号。『宛:突撃戦隊各艦 最大空戦速。進路3-1-0、各点一斉回頭。突撃隊形ヘ。砲戦ヲ継続シツツ敵側面二肉薄セヨ。全艦、我二続ケ。』続いて旗艦アルノーリトの突撃旗掲揚を確認!!」
艦橋に今まで以上の緊張と興奮が満ちた。
すぐさま艦長の命令が下る。
「突撃旗、揚げ!」
曇天にはためくは白地に青のクロス、槍を掴んだ双頭の金鷲。
先の大戦で幾度となく敵を打ち破ってきた勇気と栄誉の象徴だ。
「取舵一杯。進路3-1-0」
「とぉぉぉりかぁぁじ、いっぱぁいっ!」
旗艦に僅かに遅れて転舵開始。統率のとれた艦隊はさながら一つの生き物であり、横並びになったそれは意志を持つ津波だ。
無機質な艦橋のその一角。計器とレバーとが乱立する操舵席、藪のようなその中から、航行士は一本の伝声管をひっ掴む。
「機関室、行けるか?」
『罐が焼けるまで翔んでやるさ!』
伝声管から返ってきたのは、しょっちゅうグズる罐をなだめ、あやし、守る機関士達の自信に満ちた答えだった。「そうでなくては!」と、エンジンテレグラフをガチャリと回して命令は履行される。
自然、舵輪を握る両の手に力がこもった。
「最大空戦速!」
「総員に告ぐ。これより本艦は敵主力に対し、栄誉ある突撃を敢行する。各員、安全帯の着用を厳とせよ。敵を屠るまで死んではならんぞ。」
「ウォッカと共に!偉大なる祖国に!」
「「「Урааааа!!!」」」
再び「万歳」がアリヴィアン艦内にこだました。
多くの突撃の場合、死の恐怖に打ち勝つために叫ばれるのが通例だが、今回に限っては勝利の確信のような明るささえ感じられた。
暗い冬空に更に黒い排煙を混ぜながら艦は突き進む。
「距離850、さらに近づく。相対角45。」
「進路左に5°修正。舷側の被弾面積に留意せよ。左舷各砲、自由射撃始め。削れるだけ削れ!」
「敵艦発砲。…被弾。非貫通、損害軽微。」
発砲から着弾までの間はほぼない。
接近するに従って次々と敵弾が艦を襲い、いくつかの艦上構造物に人の頭ほどの穴をあける。今はまだ石炭庫までで防いでいるが、近くなればなるほど、人も艦も被害は増えていく。
レタリエーションが落とされ、主力艦の隻数差がさらに広がったとはいえ、ここはイングラスの間合い。装甲を打つ砲弾の音は、たとえ貫徹せずとも気持ちのいいものではない。
突撃に特化しているアドミラール級の正面装甲は非常に堅固で、この距離でもまず抜かれることはない。
だが舷側装甲は別だ。強大な衝角、極端に厚い正面装甲と大口径の主砲は強力な武器であると同時に、大重量の足枷となる。
機関出力に優れるアドミラール級であっても、機動性を保つためには舷側装甲の一部を減ずる必要があった。
故に被弾角度が重要なのだ。
「力の分散」を知っているだろうか?物理の力学や、高校数学のベクトルで学習した人も多いことだろう。
この力の分散を利用して装甲防御力を高めたのが、傾斜装甲という概念である。砲弾の貫徹力は装甲に対して垂直に着弾した時が最大となる。運動エネルギーが直接、装甲貫徹に伝わるからだ。
しかし角度をつけてやれば装甲に対して垂直な力と装甲に対して平行な力に分けられ、装甲貫徹力は減衰する。
一斉回頭によって、アルバトス艦隊は敵艦の砲撃に対して斜めに航行する形、つまり擬似的な傾斜装甲を作り出していたのだ。
だが、角度がついたということは同航時よりも艦の移動距離が増えるということ。敵に回り込まれず、横に付き続けるには余程の速度差がいる。
すでに最大空戦速。速度優位に立つには高速航行によって更に精度の下がった砲で敵艦の機関部を狙い撃つ他ない。
そして、そんな曲芸じみた砲撃ができるほど、この世界の、この時代の砲の信頼度は高くない。
必要なのはできもしない曲芸ではない。確実性と加害性に優れた集団戦術である。
そして、アルバトス軍は既に手を打っている。
「旗艦より信号を確認。作戦開始」
『東北東の風。敵艦との距離凡そ1000。高度1980〜2000。時限コック600秒、調定よろし。』
『敵の気を引き続けろ。こちらの狙いを気取られるな!砲撃しつつ反転、煙幕展開始め。奴らの進路上に土産を置いてやれ!』
今大戦最大の艦隊決戦は終盤に差し掛かっていた。
*****
レタリエーションを失ったイングラス海軍第4飛行戦列艦隊はさらに厳しい戦いを強いられていた。この先に待ち受けるであろう結末に、ある者は抗うことを勇ましく宣言し、またある者は絶望した。
それでも彼等の艦はまだ沈んではいない。艦が沈まぬ限りは誰もが戦い続ける。
「敵艦、突撃隊形へ移行。突っ込んでくる!」
「戦列組直せ。高度1990、単縦陣!」
艦隊旗艦:リヴェンジから指示が飛び、下段と上段の艦がはそれぞれ上昇と降下を行う。上下の差を無くして、たとえ轟沈したとしてもそれ以上の被害を出さないようにするためだ。加えて、単縦陣は最も統率の取れた行動ができる陣形でもある。突撃に対応するにはうってつけだ。
「最大船速!狙いを絞らせるな!」
押し寄せるアルバトス軍の壁から逃れようと、必死の抵抗が始まる。
敵地に乗り込み、攻撃を仕掛けたのはイングラス軍であったはずだが、いつの間にか彼等は守備側へと転落していた。
作戦の要にして主力、戦力も優勢であった水上艦隊が想定外の苦戦を強いられている。元々の飛行戦列艦の役目は敵空軍を引きつけておく囮に過ぎなかった。
島の守備艦隊を撃破し、空と海の両方から要塞と空軍を叩く。当初の予定ならば既に戦艦戦隊が敵水上艦隊を撃破し、デュリエッタ島要塞への艦砲射撃と上陸作戦が開始される頃合い…。少なくとも一部の高級将校を除いた全員が共有している作戦計画ではそうなっていた。
ならば撤退すれば良い。
直継が言っていたように、冬将軍が降りてきたこの時期に無理にデュリエッタ島に侵攻する利点は無いに等しいのだから。
建造に莫大な費用が掛かる装甲飛行船をみすみす失うような真似は、国の財政にも国民の心証にも重大な影響を持つ。指揮官の出世にも響くのだからまさに百害あって一利なしであろう。
「恐れながら、これ以上の交戦は我が方の被害が増すばかり…。撤退を具申致します。」
副官も、いや…この艦隊の長、第4飛行戦列艦隊司令官:ジョック・メイスフィールド少将もそんなことはとっくに分かっていた。撤退が最善にして唯一とるべき方法であることも。
彼は決して無能ではない。むしろイングラスでもかなり有能な部類に入る提督だ。この苦戦も彼の手腕によらない部分が大きいというのは後世の歴史家たちが証明している。
だが今は状況がそれを許しはしなかった。
「撤退は許可できない。」
司令はキッパリと、しかし苦しそうに言った。
「もう一度言う。撤退は許可できない。我々は敵制空権下奥深くまで攻め入り、今なお戦っている同胞を見殺しにしてはならない。我々には彼等の退路を確保し、一人での多くの将兵を生還させる義務がある。それに……。」
司令はイングラス海軍の伝統的な露天艦橋から西の空を見上げて言い淀んだ。艦橋要員がその視線を追ったがそこには今にも雪を降らせそうな不気味な雲がせり出しているだけである。
一瞬の間の後、メイスフィールドは声を張り上げた。
「正念場だ。踏みとどまれ!奴らを自由にしてはならん!一隻でも多くここに釘付けにしろ!我らが祖国に栄光あれ!」
「「「・・・・・・!!我らが祖国に栄光あれ!」」」
感極まった兵士達の声が響き渡る。
この艦隊は、まだ戦える。
「弾幕張り続けろ!生きている砲は全部使え!機関銃や小銃でもかまわん。一発でも多く命中させるんだ!」
「水上部隊からの撤退信号弾を確認、続いて陸軍輸送船団からの撤退信号を確認。」
「体当たりは最後の手段だ!一隻でも多く敵に被害を与え続けろ!」
すまない。――――――自らの部下と同胞に、メイスフィールド少将は心の底から詫びた。作戦が終わったとき第4飛行戦列艦隊は全滅しているかもしれない。いや、しているだろう。上層部から作戦計画が下りてきた時に既にそんな予感はしていた。自分は覚悟ができている。だが、部下達は?彼等は自分の命令で死んでいく。味方部隊救援という華々しい名誉の名の下に殺される。彼等にはどうにもできないところで決められた、彼等の知らない理由で殺される。確実に自分は地獄に落ちるだろう。そのときは上層部の何人かも道連れにしよう。メイスフィールドはそう固く誓い、再び死地へと身を投じた。
イングラス艦隊の抵抗は激しさを増した。
「左一斉回頭。機を捉えるまで現在の交戦距離を保て。時間を稼ぐ。」
「砲弾残量、40%」
「左舷弾薬庫からもかき集めろ。徹底抗戦だ。」
被弾痕が無い艦などありはしない。どこかしら砲郭が吹き飛び、何かしらの舵が損傷している艦ばかりだ。
副舵や機関出力、ルディエール管の出力調節で無理矢理艦を動かす。熟練の操舵員と機関士達の完璧な連携をもってこそできる達人の領域だ。
砲弾の風切り音が絶え間なく続く。砲弾片による負傷を恐れた下士官の1人がメイスフィールドに司令塔に入るように進言したが、彼は頑として応じようとしなかった。
指揮官不在の恐ろしさをメイスフィールドは身をもって知っていた。しかし、それ以上に兵の士気高揚が今の艦隊に最も重要であること、そして前線で身を張る指揮官こそが最も効果的であることを彼は知っている。
激しい砲撃に、堪らずアルバトス艦隊の一隻に火の手が上がった。
「敵艦列左翼に火力を集中。突き崩せ!」
メイスフィールド少将の作戦は単純だが困難だ。
一定距離の砲戦を続け、敵に損害が与えられると見るや一転攻勢に転ずる。そして味方に被害が出る前に退散する。このヒット&アウェイの繰り返しで時間を稼ぎ、水上部隊を離脱させるのだ。
敵中を突破できる程の戦力がない第4飛行戦列艦隊にとってこの策は撤退以外で取れる唯一の手であった。だが、攻勢のたびに磨耗していくこの作戦は成功どころか維持すら難しい。
翼がひしゃげ、補機が吹き飛び、煙突はどこから煙が出ているのかわからないほどに損傷し、それでもなお艦隊は果敢にも殴り合いを挑んだ。
「距離900まで後退!機関室、過負荷圧力30秒。主機だけ回ればいい、なんとしても持たせろ!」
「右舷4番砲郭に直撃弾。火災発生、死傷者多数。」
「対応急げ!」
イングラスは文字通り必死の抵抗を見せいた。
彼等の元にまだ土産は届いていない。
*****
イングラス帝国戦果記録艦:テレグノシスの甲板上には悲壮感が蔓延していた。
無理もない。
この場にいるのはカルヴァーナ王国をはじめとする同盟国と旭国やアルディギア公国といった友好国の士官達だ。
友軍が壊滅する様を何もできずに見ているしかないのだ。
士官達は、これからの自国の身の振り方を直接的に左右する戦闘を、感情的にならず冷静かつ正確に分析した結果を上官に報告せねばならない。たとえそれが、同盟軍陣営にとって致命傷となって世界地図が書き換えられることになってもだ。自然、ペンを動かす手には震えが生じ、双眼鏡をのぞく目からは光が消えていた。
それ以前に彼等が乗っている艦は帝国軍の所属である。
協定で守られているとはいえ、その協定が結ばれたのは20年も前の話。所詮、条約ではない程度の約束を今のアルバトス軍が守るだろうか?
もし逆の立場だったら、友軍ですら守るのかが怪しい協定をだ。
この場で放つ信号弾の一発ですら、彼等は協定違反の口実に使うだろう。
友好国の士官から退去要請すら出始めた甲板上に明らかに異質な雰囲気を醸し出す集団があった。
甲板の一角に張られた天蓋の下。
イングラスの貴族と将官だ。
いらだちを隠せない者、歯がゆそうに戦場をにらみつける者など周囲とは感情に差があるのは一目瞭然であるが、彼等の中には、あろうことか笑みを浮かべている者までいた。
ウィルフ・ボールドウィン中尉もその集団―――――――にらみつけている側の人間である――――――――の中の一人だった。
「どうなってるんだ。イングラス軍は勝ち筋があったから攻撃したんじゃなかったのかい?」
直継は彼の隣に立つと双眼鏡から目を離さずに聞いた。
彼はこの状況でも冷静に自分の任務を果たそうとしているのだ。
その姿にウィルフは再びいらだちを募らせたが、軍人として正しい姿なのは直継の方である。
「ちょっと想定外が続いただけさ。大丈夫、だいじょうぶさ…。」
ウィルフはそう繰り返したが、それはまるで自分に言い聞かせるかのようだった。
ほんの数百メートル先では二等飛行船列艦:コロッサスが炎上しながら雲海に消えていった。
背後の集団からは「作戦はどうなっている?!」「まさか上層部は…」といったような声が飛び交うのに混じって、まるで作戦がうまくいっているかのような笑い声が洩れる。
まるで一つ国の中に二つの相反する組織があるように。
「頼む。早く、早く来てくれ…!」
ウィルフは雪雲に閉ざされた西の空を見上げた。
*****
S級飛行フリゲート1番艦:スウィフトは敵影を探していた。
つい数分前まで敵の快速艦部隊と交戦していた彼女の部隊は、多くの犠牲を出しながらも遂に突破を許さなかった。
そう、確かに突破はされなかった。
彼女達が奮戦したとはいえ、数も勢いもアルバトス快速戦隊の方が勝っていたはずである。長期戦になれば不利だったのは彼女達の方だったはずだ。
それが、あっさりと下がってしまった。
確かに彼女達の攻撃は軽装打撃艦*1隻を継戦不能に、1隻を自沈に追い込むほど烈しいものだったが、彼等の攻撃もまた、フリゲート1隻を撃沈、2隻を中破させていた。戦闘は互角で戦況は圧倒的にアルバトス有利。それなのに、彼等は潮が引くように後続艦の撒いた煙幕の中に消えていったのだ。
そして現在、スウィフトを旗艦とする第7遊撃戦隊は煙幕の外周に沿って航行している。遠回りにはなったが、煙幕内には入らなかった。もしもこの撤退が罠で、煙幕から出たところを強襲されれば全滅は免れないからだ。
「聴音手、何か聞こえるか?」
「駄目です。機関音らしい音は何も。主力艦の砲撃音が激しくて、感度を上げれば鼓膜が破れちまいますよ。」
本隊の様子は煙幕と雲海に遮られていて見ることができない。遠くの空が雷のようにビカビカと光っているのが見えるだけだ。
自分たちが帰るまで、在るかどうかも分からない本隊に思いを巡らせて、彼等は自分の任務に戻るのだった。
*****
針路前方の砲撃光がやんだことに、メイスフィールドは気がついた。普段ならば偵察騎を上げるか、遊撃部隊との交信や合流をするといった判断をすることもできただろう。しかし、間近に迫る敵艦との戦闘に集中せざるを得なかった彼はそうはせず、生存確認の信号弾を上げるだけにとどまった。
故に彼等は十分な敵情も、煙幕の向こうで何が起きたかも把握することができなかった。不気味に広がる煙幕を前に、彼等は止まることも戻ることもできず、ただただ前進をするほか無かったのだ。
運命の時が迫っていた。
それは艦隊が3度目の攻勢に移ろうとしていたときだった。前方見張り員が煙幕の中から出てくる物体を発見したのだ。
それは風に乗った無数の風船だった。ルディエールの恩恵を受けた、牛ほどのサイズの大きな風船だ。都市や港湾の阻塞気球とは違う、デパートのアドバルーンや遊園地で配っているようなあの形だ。
ただ、そんな平和な風船達と根本的に違うのは、そいつが450kgの爆薬をぶら下げて艦隊めがけて突っこんで来ているということだ。
こいつは…。見る者全ての背中に汗が伝った。
「気雷だぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「対空迎撃開始!目標、艦隊正面の気雷。手隙の者は全員銃を持て。なんとしても撃ち落とすぞ!」
雨あられと気嚢に撃ち込まれる機関銃弾、速射砲弾、小銃弾。速射砲が当たれば爆散してくれるが、銃弾ではそうはいかない。一発くらいではゴム樹脂を染み込ませた羽布の気嚢はびくともしない。
「頼む、耐えてくれ…。」
メイスフィールド少将以下艦橋要員も隙を見ては小銃を持って応戦したが、数の暴力。時既に遅し。気雷は装甲にに吸い込まれた。
轟音、衝撃。
安全帯をつけてなかった者を空へ投げ出し、つけていた者も構造物ごと引きずり込み。引き裂かれた装甲からは腸のように人と物資があふれ出た。
しかもそれは一度では終わらない。後続艦の左舷、右舷、艦首、マスト、舵、推進器、安定翼どこもかしこもお構いなし吹き飛ばしてゆく。
損傷によって機関出力は低下、めくれ上がった装甲は空気抵抗となりみるみる速度を奪う。ちぎれ落ちた艦首は最後の手段だった衝角突撃すら封じてしまった。もはや浮いているのが不思議なくらいだ。
第4飛行戦列艦隊の陣形は乱れ、足は完全に止まったのだ。
「機は熟した。全艦突撃せよ!勇ましく戦った彼等に名誉の戦死を届けるのだ!」
「アドミラール級各艦に伝達:艦首20㎝対艦砲展開。万全の備えをもって敵艦を撃沈せよ!」
もはや浮き砲台と化したイングラス艦隊にアルバトス艦隊が襲いかかった。
歴代の提督や名将達の名を冠した艦が堂々たる進軍を見せつける。
突撃中も彼等は砲撃の手を緩めない。舷側砲は射角の許す限り火を吹き続け、確実に抵抗力を削いでいった。
艦首の分厚い傾斜装甲が開き、短く太い2本の砲身が顔を出した。精度度外視、装填速度お察し、反動で艦が減速するほどの20cm対艦砲故に超至近距離でしか使えないそれは大気を震わせ、命中せずともイングラス兵の心の臓に深く敗北を刻みつける。
「距離30!」
「衝撃に備えよ!」
楔陣の先頭を走るアドミラール級15番艦:ウラジスラーフの艦首衝角が、ついに二等飛行戦列艦:フォーミダブルの気嚢装甲帯を食い破ったのだ。
砲撃の衝撃なんて比ではない。
鋼の巨体と巨体がぶつかり合い、されど一方は強固な牙で、もう一方は柔らかな脇肉であった。金属の絶叫が響き渡る。圧壊したルディエール管からは浮揚力は失われ、漏れ出したルディエールは艦全体を炎で包む。
「逆進一杯!艦底部砲斉射!離脱するぞ!」
準備砲撃で死んだ者はまだ良かったのかもしれない。逃げ場のない空で、生きながらして焼かれるよりは遙かに人間的な死だっただろう。
地獄となったフォーミタブルが断末魔の悲鳴を上げながらゆっくりと沈んでゆく。
艦隊はさらなる地獄を見るだろう。
*****
「おい、あれは何だ?」
ちょうどフォーミタブルにとどめが刺される頃、場面は変わってふたたびテレグノシスの甲板。
東の大陸国:恒帝国の観戦武官が西の空を指さして声を上げていた。
甲板上の視線全てがその指先を追う。
それまで視界を閉ざしていた雲をかき分け、見慣れない艦容の艦船が3隻、灰色の空に浮かんでいた。距離にしてまだ4000mはあるだろうか。離れていてもこの艦隊の異様さは際立っていた。
なぜなら、その艦隊の艦には装甲飛行船ならば必ずあると言っていい艦上気嚢構造物、彼等が「鋼の鯨」と呼ばれるようになった理由の一つ、鯨の背が無いのである。平たい甲板に艦上と艦底には大口径砲が納められた砲塔、そびえ立つマストと舷側から突き出た長い砲身、そして垂直補機。
そいつらはまるで水上に浮かぶ戦闘艦をそのまま空に上げたような形だったのだ。
彼等の到来をみたテレグノシスの甲板はひどい騒ぎとなった。
当たり前である。
戦闘空域に突如として現れた艦隊など冗談ではない。どこの組織の所属か、敵か味方か、目的は何なのか、様々な憶測が飛び交い甲板はさらに混乱を極める。おそらく第4飛行戦列艦隊のイングラス兵も、アルバトス空軍西方新領域統制艦隊も同じように困惑していただろう。
「我々の勝利は近い!」
「帝国万歳!帝国の威光を示せ!」
場違いにもほどがある声が響いた。ここでもまた周囲と違った反応を見せたのはイングラス帝国の一団だったのだ。
先ほど笑っていた貴族と高級将校は給仕にワインを持ってこさせ、高みの見物を決め込むほどの浮かれよう。その一方では心底安堵したように天を仰ぐ者、その場で泣き崩れる者など、てんでんばらばらな感情表現がが濁流となって直継達に押し寄せる。情報量が多すぎるのだ。
「間に合った…!」という者も入れば「遅すぎた。」という者もいる。
「これはどういう…。」
直継はウィルフに問いかけたが、その問いはイングラスの高級軍人の重厚感のある声によって阻まれた。
「司令部に暗号を打電:Operation Whales Killer 発動!仇なすマッコウクジラどもを駆逐し、新たなる時代の狼煙を上げよ!」
雲が切れ、陽光に照らされたマストにはイングラス海軍旗が燦然と翻っていた。
ここから直継達は信じられない光景を目にすることとなる。
アルバトス軍の敗北とデュリエッタ島要塞の陥落である。
遅ればせながら第3話です!
やりたいことを突っ込んでいったらダラダラとした文章になってしまいました。
書いていて気づいたことは、この小説に主人公は形式上でしかおらず、船が実質的な主人公で人間は演出と場面転換のための舞台装置なのだなぁと言うことです。(なお徹底はされていない。)