間話-紅茶をキメた変態紳士と中央砲塔艦-
イングラス海軍の空中艦隊運用思想が小口径砲による速射であることはすでにご存じかと思う。
が、一方で世界の流行は逆の方向に進みつつあるというのはまだ話していないだろう。
そう、世界の流行は海戦の華、論者大好き大口径砲の搭載である。
カルヴァーナ王国に端を発したこの思想は、装甲部材の進化と砲術を取り巻く理論と技術の進歩に由来する部分が大きい。
艦の防御力が増す中、手数で攻めるよりも、精度が悪くとも、一発当たれば確実に沈む強力な主砲を搭載した方が有効であると判断されたようなのだ。
多数の小口径砲よりも少数の巨砲。
空の戦場も海と同じ道を辿りつつあったと言えよう。
当初、イングラス海軍はこのような思想に傾倒することはなかった。
当時の技術では大口径砲を空中で撃つなんて非常識であったし、広大な植民地を持つ彼らは量産性と補給性に優れる量産艦を望んでいたのだから。
研究にも建造にも莫大なコストがかかる上に、ほとんどワンオフの実験艦に割いている暇も予算もなかったのだ。(予算がなかったのは新型ルディエール制御機構の研究に多額の費用を当てていたからでもある。)
だが当然のことながら焦りはあった。
ケースメイト式の中央砲郭艦、に始まり露砲塔艦、そして砲塔を有する砲塔艦。
海軍艦艇の技術的系譜をなぞる形で、他国は相次いでそのような艦を就役させていたし、海軍内にも大口径論者は現れ始めていたからだ。
当時の技術には伸びしろがたくさんあったから進歩が早い。たった半年の技術的遅れが戦争の趨勢を決める。
いざ大口径主流の戦場になった時、小口径主義のイングラスは生き残れるだろうか?
そこでイングラス海軍も大口径砲搭載艦の建造に取り掛かったわけだ。
既存の船体設計を流用していささか不格好であったが平凡な性能で形にした。
さらに消化剤、耐熱塗料の進化も開発を後押しした。
そうして建造された一隻が直継の目の前に現れたプリンス・アルバート級中央砲塔艦ということになる。
聞いて驚くなかれ、備砲は空中艦艇では世界最大、迫真の11インチ級。
巨大な中退複座機と装填補助具を備えたそれを巨大な砲塔に押し込み、中央区画に梯形配置で2基ねじり込んだクレイジーな一品。
これが洋上艦なら「なんだその程度か。」と鼻で笑える代物だが空中艦の、それも装甲飛行船でとなると頭がおかしいとしか言いようがない。
なんせ就役当時、大口径砲思想の発祥の地、カルヴァーナでさえ23cmで抑えていたのだ。
これを飛空戦艦登場以前の旧来の方式で、しかも自国のドクトリンに基づく戦列艦の建造や、飛空戦艦研究の片手間で浮かせてしまったのだから、この時代の日の沈まぬ帝国の工業力と変態性に裏付けられた偉大さは際立っていると言えるだろう。
なお、この艦が就役した年、世界を震撼させた新鋭艦:アルビオン級飛空戦艦は既に極秘裏に起工されており、その後は厳重な管理下のもと他国の監視の目が薄いド僻地の植民地で公試していたというのだからお手上げである。
そしてプリンス・アルバート級は表向きは最強の新鋭艦であっても、生まれた時から既に旧式という悲しみを背負った戦闘艦なのであった…。
紅茶の国の紳士たちは時に世界を変えるような傑作を造るけれど、その倍以上に変なモノを造るのである。