9)聖女 Meets 聖歌
やっと本題と言いますか。聖女が聖歌に出会います(^^)/
父に、あの聖女レミの歌の伴奏をやれ、と命じられた。
ジュンヤが、父に頼み込んだらしい。
ジュンヤめ。
最近、ジュンヤへの憎しみが募っている。
私の不幸の源は、あいつだ。
私は、アノス国教の本部に連れて行かれた。
レミ嬢を聖女と認めたのは、アノス国教だ。
この本部には、古の聖女の聖歌が、魔導具に記録されている。
残念ながら、非常に古い魔導具で、音質は良くない。ほとんど聞き取れないという。幸い、当時の楽譜も保存されている。
聖歌隊の修道士らが、見本に歌を歌い、レミ嬢に教えるという。
そのさい、伴奏の楽譜の写しをくれるらしい。
本部の施設は、古風な石造りの建物だった。歴史ある建造物だ。
直しながら、受け継がれ続けている。
安置されている歴史的な遺物も多い。
ジュンヤとレミ嬢は、なぜか浮かれている。
この厳かな建物の中で、ふたりは異物のように見える。
ふたりの話しを聞くともなしに聞いていると、聖女が聖歌を歌うと、聖なる魔法が使える、らしい。
歌うときは、歌詞をしっかりと覚え、きれいな発音で歌う必要がある、らしい。
ついでに、音程やリズムも、上手く歌う方がいい、という。
ついでに? 音程やリズムは、「ついで」なのか?
それなら、「歌」である必要はないんじゃないのか?
私は、疑問に思い、本部の修道士に会ったときに、聞いてみることにした。
聖歌隊の修道士に、レミ嬢とジュンヤが、聖歌の発音について説明を聞いている間に、私は、他の年配の修道士に、件の疑問を尋ねた。
「聖女の聖歌は、歌でなければならないんですか?
ただ文言を唱えるだけではだめなんですか?」と。
「それが・・やはり、ただ唱えるよりも、『聖歌』として歌い上げたときに、もっとも、強大な聖魔法が使えるんです」
と修道士。
さらに彼は、声を潜ませて私に言った。
「歴代の聖女たちは、残念ながら、歌の上手い方が、ほとんどおられず。
なかなか、最大級の聖魔法を使うことは出来なかったそうです」
「え・・。それは・・本当ですか・・?」
「あまり、ひとには言わないでくださいね。
まぁ、そこまで厳密な秘密ではないんですが。
歴代聖女で、もっとも上手く歌えた初代の聖女は、砂漠を緑地にし、濁った溜め池を清爽な泉に変え、魔物の森を聖なる森へと造り替えたそうです。
でも残念ながら、歌えるひとが、なかなか、おられないのです。
そこそこ、普通に歌っていただければ、それで良いです」
「はぁ・・」
それで良いのか。
ハードル低いな。
伴奏の楽譜も見せてもらった。
弾くのは、そう難しくはない。
ただ、歌の部分は、かなり難しい。
オペラのアリア並・・いや、それ以上だ。
なるほど、これを歌いこなすのは、プロの声楽家でないと無理だ。
主旋律の部分を見ると、声の高低を揺さぶるような音符が並んでいる。
低音から高音へと上がっていくところでは、息も継がずに声を駈け上らせなければならないだろう。技巧的な難易度が高い。
おまけに、高音が超人なみに高い。
ソプラノでも、そうとうに高い音が出ないと歌えないだろう。
カリンなら歌えるだろうけれど。うーん。
低音は・・というと、これが、また、地を這うような低音だ。
こんな音域の広い声、人間じゃ無理じゃないかな。
なるほど。
奇跡の聖魔法は、「人間にはムリ」と考えた方が良さそうだ。
修道士が、「そこそこ、普通に歌っていただければ、それで良いです」と言っていた意味がわかった。
今度、カリンに譜面を持っていって、歌ってみてもらおう。
低音の部分が、かなりきついだろうけど。
修道士からの説明が終わった。
古代語なので、発音が難しい、ということは小耳に挟んで判った。
ただ、古代語は、貴族なら誰でも、学園で学ばされる。
基礎教育の一部なのだ。
現代の言葉と、多少、語彙や発音が違うが、まぁ、歌えるだろうし、意味もわかるだろう。
基本的な部分は習うのだから。
問題ないな。
・・と思っていたら、レミ嬢は、学校の成績が最低で、古代語の意味も発音も苦手だという。
知らんわ、そんなこと。
自業自得だな。
私は、他人事のように、レミ嬢の言い訳を聞いていた。
さて、ようやく、聖歌の見本を聞かせてもらえることになった。
聖歌隊は、ソプラノ、メゾソプラノ、アルト、テノール、バリトン、バスと、フルで構成されている。
楽譜で見た限りでは、歌の音域がかなり広いので、そうなるだろうな、と思う。
これをひとりで歌うのは、まぁ、不可能だ。
聖歌が始まった。
厳かで神々しくも、優美な旋律。
歌の難易度は、「超絶難しい」。芸術の女神でなければ歌えないレベル。
その聖歌を、さすが聖歌隊。きっちり歌っている。
隣のジュンヤとレミ嬢を見ると、あんぐり口を開けている。
これを私が歌うの? という心の声が聞こえた。
まぁ、ムリだろう。
7分ほどの長さの歌を聴き終え、私は、拍手した。
素晴らしい。
ジュンヤとレミ嬢は、呆然状態で突っ立っている。
さて、これから、どうするんだろう?
レミ嬢の声の音域は知らないが、歌える部分だけでも無難に歌い、他は、適当にごまかせば、体裁は整うんじゃ無いかな。
私がそんな風に考えていると、聖歌隊の指揮者が、
「それでは、最初の部分だけ、歌ってみましょう」
と言う。
最初の部分は、ソプラノからメゾソプラノくらいの高さだ。
曲は、ゆったりとしたラルゴ。ゆるやかなテンポだ。
レミ嬢の声は、話し声を聞いているかぎりでは、高い方だろう。丁寧に歌えば、なんとかなる、かな。
聖歌隊が、最初の数小節を歌う。
レミ嬢は渡された楽譜を必死に見ている。
指揮をしていた修道士が、
「さぁ、聖女様、歌ってみましょう」
と慈愛に満ちた笑みを湛えて言う。
「え、ええ!」
とレミ嬢。
私は、ピアノの側で、聖歌隊のピアニストが伴奏するのを見守っていた。
演奏技術的にはそれほど難しくはないので初見で弾けそうだが、手を出す気はなかった。
ここで聖女の伴奏係として定着してしまうのは、不安でしかない。
できれば、聖歌隊のどなたかにやってもらいたい。
伴奏が流れる。
歌が入るタイミングで、聖歌隊の修道士が、レミ嬢に「さぁ」と歌を促す。
レミ嬢は歌い始めた。
・・え・・?
私は、耳を疑った。
歌?
これが、歌?
レミ嬢は、見本の歌を聴いていなかったのだろうか?
今、歌われたばかりだというのに。
懇切丁寧な伴奏も付いている。
主旋律の音は聞いていれば判るだろう。
ところが、レミ嬢は、伴奏とは縁もゆかりもない音で、叫び始めた。
・・これは、歌ではない。
ゴブリンの叫びだ。
・・いや、レミ嬢は、声は無駄に良いのだけれど。
しかし、「歌」の技巧的には、ゴブリンの叫びレベルだ。
彼女は、歌が、壊滅的に下手だった。
音をハズす、というのは、下手ならよくあることだ。
けれど、なぜ、こうも、不快な方向にハズすんだろう。
精神を逆なでされる外し方だ。
リズムがめちゃくちゃ、というのも、まぁ、下手ならあり得る。
しかし、そのめちゃくちゃさが、聞く人をイライラさせる。
・・これは、どうするんだろう?
直るか?
直せるレベルじゃないだろう。
修道士は、「そこそこ、普通に歌っていただければ」と言っていたが、これは、普通ではない。
もしも、声楽家レベルが100として、普通をゼロとすると、レミ嬢は、マイナス1万くらいだろう。
聖女が、歌・・歌と言うには、音楽家として抵抗がある。まぁ、叫び終わった、と言うべきか。
とにかく、耳の拷問のようなひとときが終わった。
聖女が、おずおずと、譜面から顔をあげる。
・・と、信じがたいことに、聖歌隊の面々は、
「素晴らしい声でした、聖女様」
「心洗われるような声でした、聖女様」
「なんて、美しい声でしょう」
「さすが聖女様の声です」
「声に感動しました」
と、口々に褒め称えた。
・・ウソだろ・・。
しかし、よくよく聞いてみると、修道士らは、『声』しか褒めていない。
他に褒めるべきところは皆無だから、しょうがない。
それにしても、彼らは、異様に褒めている。「声」を。
そして、私は、ふと思い出した。
レミ嬢は、魅了のスキルを持っている・・。
それが、声を聞く者に影響を与えているのではないか。
私は、魅了魔法防御の魔導具を装備している。
ゆえに、ただ単なる少女らしい良い声に聞こえる。
しかし、魅了に惑わされた者には、不自然なほどに、「素晴らしい声」に聞こえるのだろう。
修道士や修道女のような、ひとを愛し、信じ、導く者たちは、精神系魔法防御の魔導具など、装備しないのか。
そう疑問に思い、よくよく見てみると、皆が皆、聖女を褒め称えているわけではなかった。
18人ほど居る修道士、修道女らの中で、聖女の声を絶賛しているのは、6,7名ほどか。
残りは、頑なに押し黙り、立ち尽くしている。彼らは、幾分、顔色が悪くなっているように見える。たぶん、ショックを受けたのだろう、聖女の歌のヘタさに。
精神系魔法に対する耐性は、ひとによるらしいが、魔導具が無くても、魅了に惑わされない者は居るのだろう。
しかも、聖歌隊のメンバーなのだから、聞く耳を持っているだろうし。
あの歌・・いや、叫びを聞いて、魅了なしで褒められたら、エラい。
聖女は、褒められて気分が良くなったのか、ご機嫌で頬笑んでいる。
すると、ジュンヤが、
「あとは、ソラに伴奏を・・」
と、とんでもないことを言い出した。
「いや、伴奏は要らないだろう」
ゴブリンの叫びに、伴奏など要らない。
「あらっ!! ソラ様の伴奏は、ぜったいに要りますわ」
とレミ嬢。
私は、救いを求めるように、聖女を褒め称えていなかった修道士を選んで視線を送る。
彼らは、一様に、私から目をそらした。
神は私を見捨てたのか・・。
ジュンヤめ・・。
私は、気を取り直して、
「ところで、この聖歌は、どんな聖魔法の効果があるんですか」
と尋ねてみた。
「癒やしと恵みの効果です」
と修道士。
「・・効果を感じませんが」
私は、正直に述べた。
「まだ、数小節ですし・・」
と修道士。
納得がいかない。
私は、あの叫びを聞いて、かえって疲れた。
普通に歌えれば、多少の効果があったのだろうけれど、レミ嬢のは、普通よりマイナス1万だ。歌には聞こえなかった。単なる不快な叫びだった。
もしかしたら、マイナスの効果があったのかもしれない。
お読みいただきありがとうございました。m(_ _)m
また明日午後6時に投稿いたします。