8)悪が増す相性
ソラのお姉さんが、ちょっと辛辣です・・。m(_ _;)m
◇◇◇ 2年後。
今年で私も17になる。
ようやく、学園を卒業するために必要な単位が貯まりそうだ。
今後は、なるべく大きなコンクールで実績を積もう。
ピアノの練習時間が思うように取れないが、授業の合間に少しでも時間が出来ると楽譜を見ながら曲を思い浮かべ、夜、ピアノの前に座りイメージを指に伝えた。睡眠時間を削り、練習に努めている。
父は、レミ嬢と私を婚約させようと躍起になっている。
異常だ。
今のところ、母が防波堤になってくれている。
父は、以前、失敗したことがあるのだ。
一番上の姉の結婚のことで。
母は、父が姉を無理矢理、王弟殿下に嫁がせたことを許していない。
あのころ、母は、流行病のあとの衰弱が癒えず、領地で静養していた。
父は、そのすきに、姉が嫌っていた王弟殿下との結婚をゴリ押しして決めてしまった。
王弟殿下は、女と賭け事に溺れ、性格は破綻していた。そんな男のもとに、父は、姉を嫁がせた。
王族のスキャンダルは隠蔽されていたが、王都の貴族はたいてい知っていた。
父は、ただ単に王族だというだけで、娘をやる価値があると勘違いしたのだろう。
のちに、母の実家からも、父は糾弾された。
そんな過去があるために、父は、私と聖女との婚約を思うようにゴリ押し出来ないで居る。
姉には悪いが、おかげで私は助かっていた。
姉は、今では、王弟殿下を尻に敷き、邸では絶対的な権力をふるうようになっているらしいが、そんなことで父の愚行は許されない。
最近、学園に広まっている噂では、聖女のレミ嬢は、魅了スキルをもっているらしい。
私は、国立図書館の古記録の写しを借りてきて、魅了魔法について調べてみた。
魅了のスキルのレベルアップは非常に難しく、相当な努力が必要なようだ。
魅了や、鑑定などの、マレなスキルほど、レベル上げが難しい。
カリンが、鑑定スキルをレベルアップできたのは、彼女の努力の賜だろう。
魅了のスキルは、鑑定スキル以上にマレなスキルで、強力なスキルでもある。
ゆえに、レベルアップは、困難を極める、と記録にある。
ひとを操れる魅了のスキルが簡単にレベルアップ出来たら、それはそれで危険だ。難しくて良いのだ。
古の記録によると、魅了スキルの初級レベルは、ただ、周囲に、好ましいと思わせる程度、とある。
変だな。
私はレミ嬢を見て、好ましいと思ったことがない。
さらに古記録を読み進める。
『初級レベルの魅了魔法は、効く者と、効かない者と、極端に別れる。
もともと、好ましいと思われる要素――見た目や声が好みだとか、仕草が優美であるとか――を持っている場合には、より魅了が効く。
しかし、好ましい要素がない場合には、簡単には効かない』
そうか。
私は、レミ嬢は、まるきり好みじゃない。
だから、効かなかったのか。
『魅了魔法をレベルアップさせるには、好ましいと思っていない相手も魅了させるなど、より難しい条件を乗り越えて魅了をかけ続けなければならないだろう』
レミ嬢は、あまり努力家に見えない。
魅了のスキルも、レベル自体は、あまり高くないのかもしれない。
『なお、無理に魅了魔法をかけると、相手は廃人になったり、あるいは、魔法が解けたときに、反動がくる。
術者は、魔法をかけた相手に、憎悪されることを覚悟すべきであろう』
廃人になったり・・反動がくる? 憎悪・・。
怖い魔法だな。
よくもこんな危険な魔法を平気で使えるものだ。
まぁ、聖女レミが本当に魅了魔法スキルを持っているという話は、今のところ、噂で聞いただけだ。
魅了魔法は、マレな魔法であるためか、記録にはこの程度しか載っていない。
ただ、魅了魔法は、精神制御系魔法なので、他の精神制御系魔法の記述でも参考になるだろう。
『術者の魔力量が高ければ、スキルのレベルが低くても、精神制御の魔法をかけることが出来るだろう。
しかし、いくら魔力量が高くても、レベルの低い魔法は、短期間、あるいは、短時間で効力が切れる。期間や時間は、その魔法の種によるが、基本的に、レベルが低ければ、長く効力を保持することは出来ない。
長時間または、長期にわたって、かけ続けたい場合は、かけ直しをする必要がある。
また、強い魔力によって、力任せに魔法をかけた場合は、魔法スキルのレベルアップはできない。
レベルアップとは、より厳しい条件下で魔法をかけるという、術者の努力が必要だからだ。
ゆえに、魔力量の高い術者がスキルをレベルアップしたい場合は、使う魔力量を抑え、集中力や、精緻な魔法制御など、技術や工夫を凝らして、術を使うべきである』
なるほど。
レミ嬢は、魔力が豊富にある。なにしろ、聖女だからだ。
力技が使える、ということだ。
つまり、短時間の魅了魔法は、かなり強く効かせられるはずだ。
彼女が魅了スキルを持っているとしたら、危険だ。
いちおう、魅了を防御する魔導具を装備しておこう。
今、学園では、密かに流行っている魔導具だ。
実は、レミ嬢は、学園で警戒されている。
彼女の評判は、あまり良くない。
父は、レミ嬢が、学園でなんと言われているのか、知らないのだ。
以前、姉のサヤは話していた。
「レミ嬢って、立ち姿はなよなよして、歩く姿はドスドスしているのよね。
それに、大股開きで座ってるし。
スカートが長ければ判らないと思ってるのかしら。
私、レミ嬢が座ってる姿を見る度に、つい、スカートの中を想像しちゃって、うんざりするの」
おそらく、周りの貴族令嬢たちの中には、同じ気持ちの者が少なからず居る。
おまけに、彼女に注意できる者が居ない。
聖女の魅了スキルのおかげだろうか。教師でさえも、彼女の言動に文句を言えない。
婚約者でもない男性の身体や腕に触れるなど、淑女ならしない。とくに相手が高い身分であれば、不敬と見做される。
彼女は、自分は、なにをしても許される、と思っているらしい。
実際、彼女が近くに居ると、誰も、なにも言えなくなる。
けれど、彼女の姿が見えなくなったとたん、反動がくる。
彼女の不評が噂として出回っているのは、魅了魔法の反動のせいかもしれない。
レミ嬢は、単純な性格に見える。
本当は、厳しく躾けられ、教育を受ければ、もっと違っていた。
性格が明るいところだけは、悪くないと思う。
だが、それを上回る無神経さがある。
いつも一緒に居るジュンヤが、もっと良い方へ矯正してやれば良いのに。
ジュンヤにそんなことを期待するのは間違っているのかもしれないが。
ジュンヤは、むしろ、聖女レミを、悪い方へと導いているように見える。
あのふたりは、ふたり揃うと、悪しき部分が増大する、そういう相性を持っているのではないか。
◇◇◇
今日は、カリンの声楽コンクールの日だ。
アノス声楽コンクールは、国内での知名度は最高位に位置する。
レベルの高さも、声楽のコンクールとしては、アノス王国では最高峰だ。
カリンは、このコンクールで歌うために、キースレア帝国の「旅人の歌」を選んだ。
キースレアでは、ひそかに、「防人の歌」とも呼ばれている歌だ。
遠い戦地にやられ、友を失った防人の歌であろう――と言われながらも、キースレア帝国では、そう表だって言うことは出来ない。
軍事産業や軍部の力が強い帝国では、反戦を歌う歌は、弾圧の対象になる。
人々は、「防人の歌」を、「旅人の歌」と称して隠し護ったのだろう。
ただ遠くへ旅する、旅人の歌として、歌い継がれている。
作者未詳の歌だ。
ここのところ、私は、カリンに会えていなかった。
カリンの歌う「旅人の歌」は、今日初めて聞く。
楽しみだ。
白い優美なドレスを着たカリンが、舞台に立った。
耳元の髪は編み込んでアップにし、後ろの髪は下ろしている。綺麗だ。
カリンが歌い始めた。
凜として透明な声が、舞い上がるように響き渡った。
『愛しいひとよ。
この秋。
故郷の麦畑は、金色でしたか。
赤く色づく葉は、山を飾りましたか』
一瞬、金色に色づく麦の穂の畑と、秋の空が会場に広がったように感じた。
『あの日、輝いていた青春のころ。
命は、美しく、儚く。
友よ。
あの頬笑みを忘れまい』
胸に迫る歌声。
静まりかえった会場の隅々にまで、儚い青春の思い出の切なさが、さざ波のように響いた。
歌が終わった。
一瞬の静寂のあと、会場は熱狂的な拍手であふれた。
私は、しばらく動けなかった。
感動で胸が苦しいほどだ。
彼女は、天の鈴のように澄んだ声を持っている。
曲の心を感じ取れる繊細さを持っている。
それを声で表現する表現力を持っている。
そして、たゆまず努力する精神を持っている。
彼女は、きっと、声楽家として成功するだろう。
カリンを迎えに、いそいそと、舞台袖に向かう廊下を歩いて行くと、抱き合うふたりの姿が目に入った。
カリンと、キリアン皇子だった。
背の高いキリアン皇子の胸に、彼女が抱きしめられていた。
なぜ?
私の恋人を、なぜ?
私が近づくと、キリアン皇子は腕を緩めて私を見た。
「なにをしている・・」
私の声に怒りが籠もった。
「ソラ・・」
カリンが呆然と私を見ている。
「なにをしていると言っているんだっ」
私が手を伸ばすと、皇子は、物憂げに頬笑みながら退いた。
彼が、彼女を放さなかったら、私は、他国の皇子を殴ることになっていただろう。
彼からカリンを十分に引き離してから、
「なぜ?」
と彼女に尋ねた。
「傷ついてしまわれたそうです」
カリンの答えは意外だった。
「どういうこと?」
「私の歌を聴いて。
悲しみで心が沈んでしまわれたそうです。
彼は、苦しんでいました。
彼は、たぶん、キースレアの皇子です」
カリンの言葉で、私は理解した。
あの、防人の悲しみを歌った歌。
戦地で友を亡くした、若者の哀しき青春。
カリンは、防人の心を、耳を澄ます全ての観客の心に、染み入らせた。
キースレア帝国は侵略国家だった。
必要もないのに、周りの小国に侵略し、多くの民が苦しみ、無惨に死んだ。
帝国の皇子が、ひとの心を持っていたならば、カリンの歌に心打たれたことだろう。
しかし、だからといって、ひとの恋人を抱くことは許されない。
「そんなことは・・知ったことでは無い。
自分の国が侵略国家だから悪い」
「私・・もしソラとキースレア帝国に行って歌うことができたとしても、あの歌は選ばない方がよいのかもしれませんね・・。
なんだか、自信がなくなりました」
カリンがうつむいて言う。
「歌ってやればいい。
あの国には必要だ」
「ソラ・・。
私、キリアン様に、君の歌は危険だ、と言われたんですよ」
「危険なものか。
素晴らしかったよ。
私のカリン」
彼女を幸せにするのは、侵略国家の皇子ではない。私だ。
カリンを抱きしめておいた。
あの男の温もりを上書きしておかなければ。
カリンは、学生の部、一位に選ばれた。
栄えあるアノス声楽コンクールの舞台での入賞。
彼女は、声楽家として、歩み始めていた。
お読みいただきありがとうございました。
また明日、午後6時に投稿する予定です(*^_^*)