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4)男装の理由、と運命を変えた出会い

今日の投稿も、1話だけになります。m(_ _)m


 明日は祝賀会だ。

 カリンとの連弾の練習は、これで最後になる。

 父が、やたら大げさなパーティにしてしまったため手間がかかり、コンクールから10日も経っている。でもおかげで、毎日のように彼女と一緒に練習して過ごせた。


 今日は、彼女に、以前から気になっていたことを聞こうと思う。


 カリンが、ジュンヤのことを、たまに「彼女」と呼ぶ理由が知りたかった。

 カリンの様子を見ていると、無意識に相づちを打つときなどに、ジュンヤを「彼女」と呼び、意識して気をつけているときは、「彼」となっている。


 カリンは、本音では、ジュンヤを「彼女」だと思っていて、それを隠そうとしているらしい。


 ジュンヤは、母親似の女顔だけれど、顔以外に女っぽいところはない。声は低く、性格は荒く乱暴で、プライドが高く、思いやりに欠け、やたら負けん気が強く、自分が負けると色々言い訳をしたり、ルールを変えて無理矢理、勝とうとしたりする。こんな女の子が居るだろうか。


 だから、僕の周りでも、ジュンヤが女顔だからといって、ジュンヤを女扱いする者は居ない。


 なぜカリンは、ジュンヤを女のように思っているんだろう?


 練習が一段落したところで、休憩にした。

 彼女が話しやすいように侍女が茶をいれたあと、下がらせた。


「カリン、少し、聞きたいことがあるのだけど」

 と僕は言った。

「なんでしょう?」

 カリンが首をかしげる。

「カリンは、ときどき、ジュンヤのことを、『彼女』と言うだろう?

 それは、どうしてだい?」


 すると、カリンは、困ったように考え込んでしまった。

 僕は、

「答えにくいかい?」

 と重ねて尋ねた。

 彼女を困らせるつもりはなかったのだが。


「ジュンヤ様が、男装している事情がわかりませんので」


 ジュンヤが男装している・・?


「やはり、カリンは、ジュンヤが女性だと思っているんだね」

「・・ええ」

「ふうん・・。

 どうしてそう思うんだい?」

「あの・・男性と女性という、性別の違いは、とても基本的なことですよね」

「うん、まぁ、そうだね」

「ですから、間違えようがないと思うんです」

「ハハ・・。

 カリン、でも、ジュンヤが女だと思ってるひとは、少ない・・というか、居ないんじゃないかな?」

「そうですか?」

「うーん。僕は、少なくとも、カリン以外には知らないな」

「私が、以前に、ジュンヤ様を、『彼女』と言ったとき、ソラ様の叔父様は、微妙なお顔をされてらっしゃいましたけど・・」

「微妙な顔?」

「そうです。

 どうして、この娘は、それを知っているんだろう、みたいなお顔ですわね」

「え・・本当?」

「ええ、まぁ・・」


 コンクールのときに来てくれた叔父は、以前は、王宮で、総務を勤めていた。

 王都の貴族の情報には詳しい。


 僕の脳裏に、幼いころからのさまざまな記憶がよぎった。


 ジュンヤの母は、3年前に亡くなられているが、我が家の侍女たちが、一時期、「自殺されたみたいよ」と噂していた。不自然な亡くなり方だったらしい。


 ジュンヤの家、ユキノ家の庭には、2年くらい前から、危ない木の実が生る灌木が植えられている。

 昔はなかった灌木だ。

 僕は、その実を摘まみ採って持っていたら、叔父に止められたことがあった。

 叔父は、「喉を痛め、声を低くしてしまう実だよ」と言っていた。

 ジュンヤの低音の声と関係があるんだろうか。

 あの灌木は、誰が植えたんだろう。

 叔父は、なにか、知っていたんだろうか。

 まぁ、どちらにしろ、僕が考えても、仕方が無いことだ。


 けれど、もし叔父がなにかジュンヤのことで知っていたとしても、それを顔に出す叔父ではないのだが。

 でも、カリンの口調はごく自然で、真面目に思ったことを話している様子だ。


「カリン。

 君は、すごく、不思議なひとだね」

「え? そうですか?」

「うん。

 あのさ、実は、カリンが、ジュンヤを『彼女』と呼んだとき。

 ジュンヤの生い立ちのことを思い出したんだ。

 ジュンヤの祖父は、とても厳しいひとでね。

 おまけに、血統主義なんだ。

 ジュンヤの母は、ユキノ家に嫁入りし、娘を3人産んだ。

 それで、厳しい祖父に、『男児を産めない嫁』と罵られ、次も娘が産まれたら、離縁させる、と言われていたそうだ」

「まぁ・・」

「それで、ジュンヤが生まれて、離縁しなくて済んだ、という話だ」

「そうだったんですか・・。

 あの・・ソラ様。

 もしも、ジュンヤ様が男装しているとすると、やむを得ない事情があるのでしょうから、言わない方が良いですよね」

「うん、そうだろうね」


 万が一、ジュンヤが女だったとしたら、そのことが祖父に知られたら、ただでは済まないだろう。

 僕にとっては、ジュンヤなんか、男だって女だって、どっちでもいいけど。どちらにしろ、好かないイトコであることに違いはない。あいつとは、関わり合いたくない。

 僕にしてみれば、ジュンヤの正すべき点は、性別じゃない。性格だ。

 ジュンヤは、赤ん坊のころから、彼の祖父に、唯一の跡継ぎとして甘やかされ、なんでも買い与えられ、周りから褒めそやされて育った。

 ワガママ過ぎて付き合いきれないのはそのせいだ。

 カリンがジュンヤのことを女だと思ってくれてるのなら、むしろ都合が良いな。カリンが、ジュンヤに惹かれる可能性は皆無だろうから。


「気をつけて口にしないようにしますわ」

「ああ。そうしてくれ」

「判りました」

「それから、カリン」

「はい」

「僕のこと、ソラ様じゃなくて、ソラと呼んで」

「え・・と。

 良いのですか?」

「うん」

「あ、あの、じゃぁ。

 ソラ・・」

「うん。いいね。親しみが増す」

「ふふ。ピアノ友達が出来て、嬉しいです」

「ピアノ友達かぁ・・」


 それって、単なるピアノ仲間みたいなニュアンスだろうか。


 僕は、女の子とのやり取りは慣れてないんだよな・・。

 ジュンヤのやつに、近寄る女の子、みんな取られたりしてたから。


 最初は、ピアノ友達でいいか・・。


「・・そうだね。

 僕も嬉しいよ。

 カリンと居ると、ピアノを楽しめる。

 僕がピアノを始めたのは、楽器の好きな母の影響なんだけどね。

 父は、僕がピアノにのめり込むにつれて、『楽器など、たしなむ程度で良い』と反対するようになったんだ。

 それに、幼いころから上手だったジュンヤと比べられて・・おまけに、僕は、コンクールのたびに、緊張して失敗ばかりしてて。

 もうすぐ止めさせられるところだったんだ」


 ついグチをこぼしてしまった。

 誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。

 辛かったことを。

 カリンに出会うまでは、なにもかも、上手くいかなくて、疲れ切っていた。

 家の者に弱音を吐いたら、「それなら辞めたらいい」と言われそうで、言えなかった。

 僕は、僕を救ってくれる誰かを、ずっと、求めていたような気がする。

 慰め、力づけてくれる言葉を、求めていたんだ。


「そうなんですか? びっくりです。

 ソラは、才能がおありですのに・・」

「僕のピアノの師も、そう言ってくれてね。

 そうでなかったら、とっくに止めさせられていた。

 ジュンヤは、小さいころから、聡明で、器用なんだ。

 ピアノも苦も無く上手く弾けた。

 父方の親戚の子なんだけど。

 同い年なので、比べられることが多かった。

 ピアノの師が彼と同じなものだから、とくにね。

 この間の、ユイナ妃音楽コンクールにジュンヤが出場しなかったのは、キースレア帝国で行われた国際コンクールに出場するためだったんだよ。

 僕らのピアノの師が、コンクール出場のために、キースレアの演奏家の推薦をもらってくれてね。

 僕とジュンヤは、特別に、国際コンクールの予選に出られたんだ。

 でも、僕は予選敗退だったけど・・」


 貴重なチャンスを、僕はふいにした。

 たいして難しくもないところでミスをしてしまった。

 もっとも難しい山場は上手く弾けたというのに。

 悔しかった。

 引き比べて、ジュンヤは、予選で良い成績を修めて、キースレアでの本選に出場した。


「あの結果を見たとき、父に言われた言葉は、『おまえがピアノの前に座る時間は無駄だ』だったな」

「そうでしたか。

 では、ソラがコンクール前に緊張したのは、追い詰められていたからなんですね」

「追い詰められて?

 うーん。まぁ、たしかにそうかもしれないけど。

 追い詰められているときほど、実力を発揮すべきじゃないのかな」

「それは・・そういう場合もあるかもしれませんけど。

 でも、芸術は、繊細なものですもの。

 必ずしも、追い詰められれば良い作品できるという単純なものではないのでは・・」


・・僕は、だから、実力を発揮できなかったんだろうか。


 ユイナ妃音楽コンクールに出場したころ。


 僕は、父に罵られ、精神的に弱っていた。

 ジュンヤさえ居なければ、コンクールで失敗しなくなるかもしれない・・そんな甘い期待だけで、なんとか、自分を保っている有様だった。

 もしも、ユイナ妃音楽コンクールで失敗してたら・・。

 僕の心は、保たなかっただろう。

 カリンと、カリンの家族に出会ったのは、そんなときだった。


「・・そうかもしれないね。

 でも、僕は、もう、負けないつもりだよ」


 それにたとえ、どんなときでも実力を発揮できるのが、プロなのだと思う。


 今までの僕は、まるで、失敗することが運命付けられていたかのように、コンクールのたびに、ひどく緊張し、失敗していた。


 カリンに出会ってからは、その運命が消えてしまったみたいに、緊張を乗り越えられるようになった。


 不思議なほどに。僕の中で、何かが変わっていた。


お読みいただきありがとうございました。

また明日、午後6時に投稿いたします。

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