3)ソウタ・トラウ音楽コンクール
ブクマ、ありがとうございます(^^)
今日の投稿は、ひとつだけになりますm(_ _)m
◇◇◇ 3週間後。
ソウタ・トラウ音楽コンクール当日。
コンクールの控え室で、3週間ぶりにカリンに会えた。
カリンが、
「ごきげんよう、ソラ様。お久しぶりです」
と、可愛らしく頬笑んだので、僕は、「久しぶりだね」と応え、ついでに、
「彼は、ジュンヤ・ユキノ伯爵令息だよ」
と、従兄弟を紹介した。
ジュンヤは、性悪な僕の従兄弟だ。
性格がすこぶる悪い。
ジュンヤもソウタ・トラウ音楽コンクールに出場するので、朝からずっと僕の側に居た。紹介しないわけにはいかなかった。
「カリン・ハノウと申します。
よろしくお願いします」
とカリン。
対して、ジュンヤは、
「そう」
と、エラそうに答えた。
・・なんだ、この態度は。
3週間前、僕とカリンがユイナ妃音楽コンクールに出ていた頃。ジュンヤの奴は、キースレア帝国のコンクール本選に出場した。結果は、選外だった。
ジュンヤは、予選では良い成績だったので、自信満々でキースレアまで行き、賞をもらえずに帰ってきた。以来、機嫌が悪い。
僕としては、ざまぁみろ、と思わなくもないが、選外のつらさは知っているので、なにも言わずにおいた。
僕なりの優しさだ。
なぐさめる気は毛頭ないが、傷をえぐる気もないので放っておいた。
それに、僕は、ソウタ・トラウ音楽コンクールに向けての練習で忙しかった。
ソウタ・トラウという世界的な演奏家の名を冠したコンクールは、国内だけでなく、国外でも有名なコンクールだ。
ふてくされて、練習に身が入っていないジュンヤなんかには難しいだろう、と思っていたが、さすがジュンヤ、きっちり予選は通過した。
でも、ジュンヤの機嫌は悪いままだ。
ま、僕にしてみれば、カリンに愛想良くされるよりも良い。
ジュンヤの奴は、顔が良い。
美人の母親似の女顔で、男にしておくのはもったいないくらい綺麗だったりする。
で、女ったらしだ。
学園では僕に近寄る女の子も少しは居るけれど、そういう子は、たいがい、いつも僕のそばに居るジュンヤに惹かれていく。
ジュンヤが頬笑みかければ、イチコロなのだ。
僕に愛想良くしていた女の子が、次の週には、ジュンヤの側に侍っている、なんて、いつものことだ。
公爵家三男という微妙な僕よりも、伯爵家の跡継ぎのジュンヤの方が、嫁入り希望の令嬢には人気だ。
カリンは・・と様子を見ると、不機嫌なジュンヤを冷静な目で見ている。
ジュンヤの顔に見惚れてはいないようだ。
ジュンヤに見惚れない女の子は、珍しい。
僕は、カリンの隣に腰をおろし、
「今日は、少し、緊張が落ち着いているみたいだね」
と話しかけた。
「はい。
お兄様からお守りをいただきましたので。
心が落ち着く魔導具です」
カリンは、胸元からペンダント型の魔導具を取り出した。
「へぇ。
そんなものがあるんだ」
僕は、カリンが差し出してくれた魔導具を手に取った。
「川のせせらぎとか、木漏れ日とか、自然の落ち着ける雰囲気を魔導具で作り出したものだそうです。
赤ちゃんの夜泣きにも効果があるそうです」
とカリン。
「それは面白いね。
なるほど、たしかに、落ち着く」
カリンの一番上の兄上は、研究所にお勤めだった。
いつか、僕の義兄になる方だ。
きっと優秀なひとなんだろう。手にしてすぐに、魔導具の効果を感じ始めた。
高ぶっていた気持ちが安らぐ。
目を閉じて深呼吸してみた。
緊張と不安に震えがちな胸が速やかに静まっていった。
すると、ジュンヤが、
「赤ちゃんの夜泣きだって?
君は、兄から、赤ちゃんだと思われてるのか」
とほざいた。
ジュンヤの声は低音で、きつい言い方をすると、迫力がある。顔は綺麗だが、睨むと鬼のようになる。
心配になって、カリンの様子を見ると、じゃっかん驚いた様子だが、動揺しているようには見えなかった。カリンは、案外、強い子らしい。
ジュンヤは、
「緊張は、自分の精神力で乗り越えるべきものだ。こんなモノに頼るなんて、恥を知れ!」
怒鳴りながら、カリンの手の魔導具をつかみ取り、床に投げつけようとした。
なんて奴だ。
僕は、ジュンヤの手から魔導具を取り上げてやった。
「ジュンヤ。
君がそういう考えを持つのは勝手だけど、ひとの大事なものを壊すのは、感心しないな」
僕がジュンヤに言うと、
「ふんっ」
足音も荒く、控え室を出て行った。
大事なコンクール前に言い争いになってしまった。
せっかく落ち着いていたのに心が乱れてしまっただろうかと、カリンに尋ねると、彼女は、大丈夫です、と頬笑んで応えた。
僕を安心させるためにそう言ってくれたのかもしれないが、ジュンヤの嫌がらせを乗り越え、かえって落ち着いているようにも見えた。
良かった。
ジュンヤは、以前から、僕に近づく令嬢たちを誘惑したり、暴言や嫌みを言ったりして追い払っていた。
ジュンヤの思惑など知らないが、要は、僕に対する嫌がらせだ。
出番は、もうすぐだ。
コンクールの前には、以前の僕なら、緊張のために精神力が削られていた。
でも今日は、カリンの魔導具のおかげか、緊張が、かなり落ち着いていた。
今日も実力を出し切ることが出来ると思う。
一度、緊張に打ち勝つと、もはや、緊張に打ちのめされていた自分が、過去のものとなった気がする。
カリンの家には、兄が居る。
彼女は、結婚するときは、どこかに嫁入りするのだろう。
僕は、公爵家の三男だ。
ふつうに考えたら、僕たちの結婚は難しい。
だが、もしも、僕が演奏家として大成することが出来れば、カリンに結婚を申し込むことが出来るかもしれない。
僕は、自分の好きな道を父に誹られ、秀才の従兄弟と比べられ、見下され、自信を失っていた。
何度出場しても、コンクールでは力を発揮出来なかった。
もう、そんな、情けない自分は、過去に置いていこう。
◇◇◇
舞台での演奏は、上手く出来た、と思う。
緊張しなかった、と言えばウソになるけれど、ピアノの前に座ると、冷静に心安らいでいる自分が居た。
演奏にのめり込み、最後まで、集中力を維持できた。
前はあんなに苦手だったのに、多くの観客の前で演奏することが、かえって、やる気を引き出している。
僕は・・プロになるんだ・・。
そんな気持ちが、自然とわき上がった。
舞台袖のそばで待ってくれていたカリンと、観客席の方へ向かうと、あの変な令嬢を見かけた。レミ嬢だ。
慌てて、カリンの手を引いて、人混みに紛れるようにしてやり過ごした。
カリンは、僕がレミ嬢を避けているのを見て、大人しく、僕に付いてきてくれた。
レミ嬢がキョロキョロ見回しているのが、僕を探しているような気がして、ゾッとする。
それからも、慎重に行動し、人混みの影に隠れながら、家族の待つ観客席にたどり着くことができた。
心底ほっとした。
演奏前に彼女を見かけなくて良かった。
レミ嬢におかしなことを言われたら、きっと、取り乱していた。
あの変な令嬢は、疫病神かもしれない。
審査結果が発表された。
僕は、金賞を受賞した。
ソウタ・トラウ音楽コンクールは、世界的にも認められている栄えあるコンクールだ。
音楽家として活動できる足がかりになるだろう。
カリンとジュンヤは、奨励賞だった。
カリンは、感激して喜んでいた。
ジュンヤのやつは、不機嫌だった。
いつもは、ジュンヤが入賞して、僕が選外だった。だから悔しいのだろう。
でもカリンが大喜びしているのに、奨励賞の盾を「こんなもの」とか言うのは、辞めてほしいな。ま、ジュンヤは、そういう奴だけどさ。
姉上のサヤが、「今度、邸で、祝賀パーティをするから、ぜひいらして」とカリンを招待した。
「ぜったい、おいでよ」
と僕も誘っておく。
すると、そばにいたジュンヤが、「ふうん。彼女を喚ぶのかい」と、あからさまに不機嫌に言った。
「なあに? その言い方」
姉上が聞きとがめると、ジュンヤは、なにも言わずに、どこかに歩いて行った。
「ジュンヤったら。
機嫌が悪いわね」
と姉上。
「私、彼女に嫌われてしまったみたいです」
カリンが肩をすくめた。
え・・? 「彼女」?
「彼女? って、ジュンヤのこと?」
と姉上が首をかしげた。
隣で叔父上も不思議そうな顔をしている。
カリンは、ジュンヤのことを、女だと勘違いしてたのかな?
カリンは、
「彼女は、彼でしたね。
間違えました」
と応えた。
「彼女」は「彼」・・?
なんだろう・・? 単なる言い間違えなんだろうけど。
なぜか気になった。
◇◇◇
カリンに、僕の金賞受賞祝賀会でダンス曲の連弾をして欲しい、と頼んだ。
カリンは、「喜んで!」と答えてくれた。
連弾は始めてです、とワクワクしている様子。
可愛い。
家で練習しようと誘うと、来てくれた。
彼女と一緒にピアノを弾くのは楽しい。
彼女は音楽を愛し、楽しんでいる。ピアノが好きで、熱心に練習している。
つい、ジュンヤと比べてしまう。
ジュンヤは、とても器用だ。
ピアノも、さして練習せずとも、ある程度、レベルの高い演奏が出来る。
けれど、そこまでだ。
彼は、苦も無くやれてしまう代わりに、それ以上を求めない。
ピアノの演奏自体も、それほど楽しんでいるようには見えない。
彼には、演奏に対する探究心がない。
「ジュンヤは、かっこよくピアノが弾ける自分に酔っているだけよね」
と、姉のサヤが言っていた。
そうなのかもしれない。
ジュンヤは、ピアノが好きというより、ピアノが弾ける自分がひとに認められるのが好きなのだ。
お読みいただきありがとうございました。
また明日午後6時に投稿いたします。