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2)ピアニストを目指して

本日の2話目の投稿になります。

1話目は、午後5時に投稿しました(^^)/。


◇◇◇ ソラ・トキワ、12歳



 僕の人生最初の幸運は、母が僕にピアノを習わせてくれたことだろう。


 生まれて初めてキーを叩いた瞬間、その澄んだ音色に僕は惹かれた。それから、ピアノの師について初めての曲を学び、弾き終えたときには、演奏家になろう、という夢が僕の胸に宿っていた。


 けれど、幸運は、そこまでだった。

 僕のピアニストへの道は、茨の道だった。


 僕の救いは、ピアノの師が、僕の才能を認めてくれたことだった。

「君のように幼い子が、曲の心を感じ取り、それを表現する感覚を備えているというのは、素晴らしいことだよ」と。

 著名な音楽家である師は、ずっと僕を陰日向に応援し続けてくれた。

 しかし、肝心の僕の心が弱かった。


 僕は、幼少時から、なにかというと、従兄弟のジュンヤと比べられてきた。

 同い年なので、父や大叔父にとって、比べやすいのだろう。


 ジュンヤは、天才ではない、と思う。

 だが、なにをやらせても、そつなくこなした。

 勉強も、音楽も、剣術も。

 コツを掴むのが上手い。

 勉強では、試験で点を稼ぐのが上手い。

 試験に出そうなポイントを掴んで覚えておくのが上手い。

 運動神経もよく、剣術では避けるのが上手い。

 相手の弱点を突くのが上手い。

 そして、僕の父や、彼の祖父のような、支配力を持った人間を操るのが上手い。


 ジュンヤは、僕をいつも見下していた。

 彼は、父のお気に入りだった。


 僕がピアノのコンクールに出るときは、ジュンヤも、いつも一緒だった。

 そして、必ず、ジュンヤは入賞し、僕は舞台の上で失敗をした。


 僕は、たった12歳で、人生に絶望しつつあった。


 ユヅキ芸術学園に入学したいと希望していた僕の願いは、父に一蹴された。

「そんな学園を卒業したって、良いところに婿に行けないだろう!」と、父は目を血走らせて怒鳴った。


 トキワ公爵家の三男である僕は、父の言う「良い家」に、婿か養子にいくことが決まっていた。

 僕が幸せを感じるのは、ピアノの前に座り、鍵盤に指を走らせているときだけだった。


 12歳の年。


 ユイナ妃音楽コンクールを、僕は楽しみにしていた。

 歴史があり、国内では重きをおかれているコンクールで、ピアノの師が出場を薦めてくれた。

 ジュンヤが、キースレア帝国での音楽コンクールに出場するために、このコンクールには出ないことが判っていた。

 いつも彼と比べられることに嫌気がさし、萎縮していたが、彼がいなければ、心軽く、出場できるような気がしていた。

 でも、まぁ、それは僕の甘い考えだった。


 コンクール当日、僕は、控え室で身体を固くして、椅子に座っていた。

 コンクール前には緊張する、という習慣が僕の精神に刷り込まれてしまっているのか、怯えるように指が震えている。

 自分ではどうしようもないほどに、緊張が僕を支配していた。


 そんなときに、彼女に出会った。

 焦げ茶のくせのある髪、つぶらな瞳。柔らかな頬に、愛らしい唇。

 天使のように可憐な少女だった。

 彼女は、緊張で震えていた。

 僕の緊張など、比ではないほどに。彼女は、生まれたての子ウサギのように、ふるふると震えていた。

 彼女は、控え室の隅、入り口横で必死に緊張に耐えていた。

 彼女の家族が、心配して慰めていた。


「あぁ。やっぱり、私、コンクールなんて・・ムリ・・」

 少女が、涙ながらに小さくつぶやく。

 辞めてしまうんだろうか。

 ・・頑張って・・。

 思わず、胸の内でつぶやいた。


「あんなに練習したのだから、ムリじゃないよ。

 上手に弾けていただろう?

 自信を持って、カリン」

 彼女の父らしき紳士が励ましている。

 そうか、彼女も、一生懸命、練習に励んで、今日の日を迎えたのだろう。

 僕もそうだ。

 一緒に頑張ろうよ、と密かに応援した。


「そうだよ、カリン。頑張ったのだから、その成果を見せるだけでいいんだ。

 楽しんでおいで」

 優しげな声は、彼女の兄だろうか。

 成果を見せることを目標に、演奏を楽しむ・・大事なポイントだ。


「俺も、強敵相手の剣術の試合前には緊張したりするけど、『あんなに訓練したんだ。当たって砕けろ!』という根性で試合に臨んでる。

 カリンも、そんな心意気で臨め!」

 元気の良い声がする。

 そうか、当たって砕けろ、か・・。

 僕は、父とジュンヤの前で萎縮して、いつの間にか、そういう、挑戦する気力を失っていたのかもしれない。


「わ、判りました、お父様、兄様たち。成果を見せるように、当たって砕けろという気持ちで弾いてきます」


 健気な少女の声。

 頑張れ、僕も頑張る。


 いつの間にか、僕の指の震えは収まっていた。


◇◇◇


 彼女の演奏は、可愛らしかった。

 同じピアノで、同じ曲を弾いても、演奏者によってこんなにも違う。


 僕がよく聞く機会があるのは、ジュンヤの演奏だった。

 彼は、いつも、自信満々に弾く。

 押しの強い演奏、という印象だ。

 コンクール前に彼の演奏を聴くのは、僕にとって、良い影響がなかった。

 僕の曲のとらえ方と、彼のとは違う。

 僕は僕の演奏をしたいと思う。だが、自信満々の彼の演奏を聴くと、自分の演奏は間違っているのだろうか、と錯覚してしまう。

 影響される必要はない、と思いながらも、耳に残った彼の音が、僕を混乱させる。


 だが、彼女の演奏は違った。

 優しげな彼女の音に癒やされた。

 彼女が自分の演奏を懸命に完成させようとしているように、僕は僕の演奏を観客に届けよう。

 そんなふうに、素直に思えた。


 僕はかつてないほど安らいだ気持ちで、コンクールの舞台に上ることが出来た。


 この日の演奏は、最高の出来栄えだったと思う。

 演奏に埋没し、一心に弾くことが出来た。


 演奏を終えて、舞台袖に引っ込むと、彼女が居た。

 小柄な彼女は、潤んだ愛らしい瞳で僕を見上げ、「感動・・しました」と、つぶやくように言った。

 彼女は声までも愛らしい、澄んだ鈴の鳴るような声。天使だ。

「君の演奏も、すごく素敵だったよ」

 と僕が答えると、頬を染めてうつむいてしまった。

 胸のところで両手を組み、恥ずかしげにたたずむ姿はなんとも言えず、庇護欲をかきたてられる。

 ・・持って帰りたい・・落ち着け、とりあえず、名前を聞こう。

「あの・・君の名前は、なんて言うの?」

 と、尋ねると、彼女は、

「ハノウ侯爵の娘、カリン・ハノウと申します」

 小さな貴婦人のように、優雅に礼をした。

 彼女の仕草のひとつひとつが可愛らしい。

「僕は、ソラ・トキワ」

「トキワ様・・」

「ソラと呼んで」

「ソラ様」

「カリン。よろしくね」

 僕が言うと、カリンは、はにかむように頬笑んだ。

 ・・持って帰って妹にしたい・・あ、妹じゃだめだ、結婚できない。


 もっと、話しかけたい、なんと言おう。

 僕が頭を悩ませていると、慌ただしい足音がして、見知らぬ少女が現れた。


「あ、ソラ様ぁ」

 と声を掛けられた。

 僕の名を知っているらしい。


 彼女は、僕に近づき、

「元気だして、ソラ様。

 少し失敗してしまったかもしれませんけれど、優しい旋律は、本当に、素敵でしたわ」

 と言った。


 少し失敗した・・? 失敗はしなかったと思うが。

 完璧に弾けたのだ。

 それとも、僕は緊張のあまり、上手く弾けたと妄想していたのだろうか・・?


 すると、カリンが、

「あ、あの、すみませんが、なにか、人違いじゃないでしょうか。

 ソラ様は、失敗など、しませんでしたわ。

 完璧で、本当に素晴らしかったです」

 と、僕を庇うように言ってくれた。


 良かった。僕の妄想ではなかった。

 カリンは、舞台袖で、僕の演奏を聞いてくれていた。

 それに、同じ曲を弾ける彼女なら、失敗があったかどうか、判るだろう。

 カリンが完璧だったと言っているのだから、問題ない。

 カリンは、可愛いだけじゃなく、性質も清く気高い子だった。


 すると、見知らぬ少女は、

「え・・?」

 と、カリンの方に向き直り、

「あなた、なにかしら?

 邪魔しないでいただけないかしら?」

 と、早口の小声で告げた。


 せっかく、カリンが、僕を庇ってくれたのに。それに、やけにきつい言い方だ。

 僕は、従兄弟のジュンヤの口調を思い出した。

 ジュンヤが、僕を貶すときの口調だ。


「あの・・でも・・私は・・」

 カリンが戸惑っている。


 不愉快な少女は、カリンから僕の方に向き直り、

「きっと、次は、大丈夫ですわ。

 緊張を乗り越えるコツがあるんです。

 たくさん、たくさん、練習をしたことを、自分の自信にして。

 無心に弾くことを楽しんで。

 審査員に戦いを挑むような心意気で臨むんですわ」

 などと言う。


 たしかに、僕は、無心に、そして、当たって砕けろの気持ちで舞台に向かった。


 その結果、演奏を成功させた。

 練習の成果が出せたのだ。

 それなのに、まるで、僕の演奏が失敗だったかのように決めつけられ、不快だった。

 彼女は、なにか勘違いしているか、人違いをしているか、あるいは、僕の演奏を聞いていなかったのだろう。


「そう。ありがと」

 とりあえず、社交辞令として、にこやかに答えた。


 彼女は、満足げに、

「私は、レミ・キイノよ」

 と、ふんぞり返って言った。

 淑女の礼儀をまるで知らない名乗り方だった。


 ふだん、僕は、他人がどんな礼儀知らずでも気にしない。

 でも、カリンが優雅に淑女の礼をして、その小さな貴婦人の仕草を見た後だったために、レミ嬢の見苦しさが際立った。

 立ち姿がだらしなく、なよなよしていて、淑女というより娼婦っぽい。

 わざとらしくパチパチと瞬きしながら、何度も、僕の顔を見つめてくる様子が気持ち悪くて、そのたびに顔を背けた。

 僕は、「あ、そろそろ行かないと・・」と、カリンの手をとった。滑らかで暖かい、天使の手だ。

「一緒に、観客席の方に行きませんか」

 と誘うと、「はい」と、うなずいてくれた。


 レミ嬢が、後から付いてくる。

 彼女も観客席の方に行くらしい。

 後ろから、レミ嬢の、「変ね。セリフを間違えたかしら」とか、「ちょっと迷って遅れたのがまずかったのかしら」とか、「コンクールが違ったのかしら」とか、独り言を言っている声が聞こえる。


 セリフって? なんだ?

 コンクールが違った・・って?

 もしかしたら、少々、妄想癖とかがある令嬢なのかもしれない。

 家族に良い治療院に連れて行って貰えばいいんじゃないかな。

 ま、僕には関係ない。



 カリンと観客席についた。

 カリンの家族に紹介していただく。

 僕と同年代の兄が居た。

 カイト・ハノウという名には聞き覚えがあった。

 僕と同じ学園だ。同学年で、すでに身体強化魔法の達人であり、武術剣術の才が秀でている、と聞いている。

 さすが、僕の義兄となる人だ。

 仲良くしておこう。

 我ながら下心満載だが、カイトとは、気が合いそうな気がする。


 ・・すると、先ほどのおかしな令嬢がしゃしゃり出てきて、カリンに、

「あなた、席を代わってくれない?」

 と言った。


 家族と座っている貴族令嬢に、「席を代われ」という女を、僕は、生まれて始めて見た。


「私は、家族のそばに座りたいので、席を譲ることはできませんわ。

 他の席を探していただけません?」

 と、カリンが彼女に答えている。まぁ、当たり前の対応だ。

 周りには空いている席がないのだから、席を代わったら、カリンは、どこか遠くに座ることになる。


「私、ソラ様に、大切な用事がありますの。

 代わってちょうだい」

 とレミ嬢。

「用事・・ですか」


 用事があると言われて、カリンが迷っている。

 僕は、慌てて、

「僕は、君に用事など無いよ。

 それに、このあたりの席はコンクールの主催が、出場者と出場者の家族のために確保してあるスペースなんだよ。

 君は、出場者じゃないよね。

 だから、この席には座れないよ」

 と、彼女にはっきりと言ってやった。


「え~~。でも・・」

 と、おかしな令嬢。

 ここまで言っても判らないの? ・・疲れる。


 今度は、カイトが、会場の見回りをしている腕に腕章をまいた会場関係者に声をかけた。

「君、このお嬢さんが空いている席を探しているよ、案内してあげてくれ」と。

 すると、彼女は、カイトを見て、

「え・・ウソ・・カイト・ハノウ? 攻略対象者の?」

 と言った。


 攻略・・?

 攻略という言葉は、敵を侵略して負かす、という意味だ。

 ・・どういうことだ? カイトが敵?

 カイトもいぶかしげな顔をして、首をかしげている。

 この女、敵国の工作員なのか? まさか、こんなアホっぽい少女が?

 アホのフリをしているのか? いやいや、どう見てもおかしいだろ。

 工作員なら、わざわざ警戒されるような、おかしな言動はしない。

 ・・やっぱ、心の病とか、なのかな。


 彼女は、「なんで、カイト様がこんなところにいるのよ」などと、ぶつぶつ言いながら、会場係に連れて行かれた。

 カイトが、家族とカリンのコンクールに来てなにが悪いんだろう?



 ユイナ妃音楽コンクールの審査結果で、僕は特別優秀賞に選ばれた。

 僕の天使のおかげだ。カリンは、銀賞だった。


 審査結果のあとも、あの変な令嬢に絡まれた。

 カリンと、3週間後に行われるソウタ・トラウ音楽コンクールに一緒に出場しよう、と話していたら、あの令嬢が現れて、

「ソラ様! ぜひ、ソウタ・トラウ音楽コンクールに出場してください!」

 と、やたら熱心に言われた。


 だから、先ほどから、カリンと出場するんだ、という話しをしていたのに・・。


「あ、ああ。出場するよ」

 と答えると、

「そう仰らずに、ぜひ・・え? 出場するの?」

 と、変な令嬢が言う。


「する・・」

 もう、相手をするのは嫌なのだが、再度、答えた。


「え・・でも、え? ホントに?」


「ああ。

 出場する」

 これで3度目だ。

 きっぱりと答えてやった。


 すると、レミ嬢は、「変ね、私の説得の必要が・・」などと言っている。

 変なのは君だ。

 彼女の説得など要らないんだが。


 彼女は、

「そ、そうですか、ええ、ぜひ、出場してください。

 ええ、それは、良かったです。

 きっと入賞しますわ。

 ええ、ええ、私には判りますもの」

 と、妙な激励をくれた。


「あ、そう。

 じゃぁ、僕はこれで」

「え? ええ。あ、えっと、でも、あの・・」


 ホントに、おかしな令嬢だった・・。

 もう二度と会うこともないだろうけど。

お読みいただきありがとうございました。

明日は、午後6時に投稿する予定です。

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