18)殺害予告
今日、2話目の投稿です。
1話目は、午後6時に投稿済みです。
それから、私たちが、逃げ出す算段をし始めたところ、トントンと、ドアがノックされた。
私たち4人は、ぎょっとしてドアに視線を移した。
「だれだろう・・」
ネストルがつぶやく。
カチャカチャとドアノブを回す音。
カリンがドアを鑑定したところ、ドアノブに触れているのは、ジュンヤだという。
「・・聖女の腰巾着のアレか・・」
とキリアン皇子。
あぁ・・なんであいつらは・・。
なぜ皇子が、こんなにも避けているのか、聖女らには判らないんだろうか。
万が一・・万が一、聖女が、キリアン皇子に魅了の魔法を使おうとしたら、アノス王国とキースレア帝国は、戦争に突入しかねない。
たとえ、皇子が、魅了防御の装備をしてあり、影が護っていたとしても、「他国の聖女に攻撃を仕掛けられた」という事実は残るのだ。
私は、聖女が、宰相の令息のアヤトに、魅了の魔法を使ったことを知っている。
アヤトは公爵子息で、友人だ。
様子が変わってしまったので、すぐに判った。
シオン殿下も気付いていた。
私は、アヤトの従者に事態を伝えたが、シオン殿下も動いたのだろう。
アヤトは、明くる日には、魅了を解かれていた。
要人の子息や高位貴族、王族、皇族に魅了の魔法を使えば、宰相や、陛下を暗殺することも可能だ。
悪意がなくとも、王位継承権を持つ王族に精神操作系魔法を使えば国家反逆罪だ。
もしも、あの、愚かな聖女が、キリアン殿下に、なにかしでかしたら・・と考えただけで、冷や汗が出る。
ジュンヤは、聖女を止めるどころか、手伝いをしている有様だ。
「カリン・・、キリアン皇子とネストル殿に、幻惑の魔導具をお渡ししよう。
おふたりには、逃げてもらわないと・・」
と私が言うと、
「はい」
カリンがうなずいた。
私たちは、皇子たちに魔導具を渡した。
「大丈夫かい? いざとなったら、影を使えば良いのだよ」
皇子が気遣わしげな顔をする。
「影?」
とカリン。
「殿下には、絶えず、影がついています、つまり、表に出ない護衛です。
余所で待機している影を呼ぶ魔導具も装備していますし・・今は、近い者は廊下に居ます。
でも、影を使うと、報告が陛下に行きます。
留学中に問題を起こしたくないので、できれば・・」
とネストル。
それは、双方の国にとって、好ましくないことになるだろう。
「私たちは、大丈夫です」
と皇子に応え、幻惑をまとっていただくよう、カリンと促した。
皇子とネストルは、魔導具を発動させた。
一瞬、ほわりと陽炎のような魔導具の魔力が皇子たちを包み、ふたりの姿が微妙に変化した。皇子とネストルの容姿の特徴が変わり、自然な形で、別人となった。
「では、ドアを開けます」
私は、鍵をはずし、ドアノブを回した。
開きかけたドアの隙間から、
「ドアが開いたぞ」と、ジュンヤの声。
「あら」
とレミ嬢の声。
「ジュンヤたち、なにか用か」
私は、ふたりに平静を装い尋ねた。
「ハハ、とうとう捕まえた」
と、ジュンヤ。
「もうー、ソラったら、酷いわ。
私から逃げ回って!」
とレミ嬢。
ふたりの声を聞くと、イライラしてくる。
早いところ、皇子たちに逃げてもらおう。
すると、室内の様子をのぞき見たジュンヤたちの表情が強ばった。
「おまえ、また、ソラに付きまとっていたのか」
ジュンヤがカリンを睨んだ。まるで鬼の形相だ。
キリアン殿下とネストルさえも、眉をしかめた。
以前から好かないヤツではあったが、ここまで危険な敵であることを、私は知らなかった。
だが、今は、キリアン殿下たちに逃げてもらうのが先だ。
しつこくアノス王国に帰ろうと言いつのるジュンヤと聖女と、腹立たしい会話を交わしながら、私は、キリアン殿下とネストルに逃げてもらえるようにした。
皇子たちの安全を確保しながら部屋を出られるよう、ジュンヤたちとの間に立ち、無事、皇子とネストルは脱出できた。
私は聖女に、カリンはジュンヤに捕まってしまったが、皇子たちのため、ジュンヤたちは足止めしなければならないので、丁度良い。
そのあとは私たちが、こいつらから離脱すればいい。
幻惑の魔導具が無いので、穏便に逃げることは難しいだろうが、カリンは、コンクールの歌を歌い終えてるし、私が守れるから、なんとかなるだろう。
「ソラ様ぁ、ご一緒に帰りましょう、ね」
レミ聖女が腕にしがみついてくる。
以前よりもさらに気色が悪く感じる。
「何度も言いましたように、私は帰らないです。聖女殿。
ギルモアでリサイタルをするチャンスがあるのに、捨てるわけにはいきませんから」
「ソラ様は、キースレアでリサイタルが出来ますのよぉ」
とレミ嬢。
リサイタル? キリアン殿下を虜にするという、あの預言書にあった演奏会だろうか。
そんなものは、未来永劫、行われることはないだろう。
聖女は、キリアン皇子に、よほど夢中なんだろう。
ムリに決まってる。
レミ嬢は、人柄が酷すぎる。
ジュンヤが、カリンの腕を掴んだ。
「カリン。
もう、ソラには近づくなよ・・、というより、近づけさせない。
公爵が、おまえを排除するために、動いているからな」
愚かな私の父親は、聖女の魅了にやられているのかもしれない。
現公爵だというのに。
ジュンヤがその手引きをしたのだろう。
「そうですか・・」
カリンがつぶやくように答えた。
我が父は、ジュンヤと聖女に頼まれれば、なにをしでかすか判らない。
だが、私が母に知らせれば、阻止のために動いてくれるだろう・・叔母にも助けを求めておいた方がいいな。
それから、兄上にも協力を頼もう。
カリンが、うつむいてため息をついている。
くそっ。ジュンヤめ。
ジュンヤは、
「表を歩けなくしてやる」
とカリンを脅した。
「ジュンヤ、カリンとカリンの家になにかあったら、おまえを一生、許さない。
父上もだ」
私は湧いてくる殺意を抑えるのに必死だった。
「ソラ、判って言ってるのか?
公爵は、おまえの実の父親なんだぞ。
おまえは、なんの力もない、ただの息子だ。
爵位もない、父親の指先ひとつで、いつでも平民に落とされる。
逆らえるわけないだろう。
コンクールのひとつやふたつで賞をもらったくらいでいい気になるなよ。
おまえには、なにも決める権利はないんだ。
将来を決める権利もないし、付き合う相手を選ぶ権利もない」
ああ、ジュンヤにとっては、それが、もっとも大事なのだろう。
爵位を失わず、貴族で居続けることが。
彼は、祖父のユキノ伯爵の顔色をうかがいながら、のらりくらりと、生きてきた。
ユキノ伯爵は、自慢の孫に甘い。
それでも、もしも、彼が、「彼女」だと判ったら、ジュンヤはおしまいだ。
彼には、自由がない。
その代わり、彼は、彼の祖父や、私の父を手玉に取り、寵愛を受けてきた――私とは違って。
褒めそやされ、自慢の孫だ、自慢の甥だと、言われ、有頂天になって生きてきた。
彼は、それを、失いたくないのだろう。
だが、私は違う。
アノス王国には、失って惜しいものなど無いのだ。
私は、自分の力で、ここギルモア王国で、リサイタルの権利を勝ち取った。
愛する少女は、私の結婚の申し込みにうなずいてくれた。
私が、自分で手に入れたものだ。
「まぁ、ジュンヤったら、言い過ぎよ。
ちゃんと、ソラ様に選ばせてあげましょうよ。
私を選ぶか、ジュンヤを選ぶか・・。
ね、ソラ様っ!」
レミ嬢が、私の腕にしがみついたまま言う。
なぜカリンを選択肢に入れないんだよ・・。
「レミ、約束を忘れたのかっ」
とジュンヤ。
なにが約束だ。
聖女とジュンヤの汚らしい約束など、私には関係ない。
レミ嬢は、「あらぁ、だってぇ」と、無邪気に笑った。「約束では、すべての計画が上手くいったら、でしょ?
今、計画の途中だもの」
「だからなんだ!」
とジュンヤ。
ふたりが仲間割れしているうちに、逃げよう。
カリンの腕を取って、立ち去ろうとすると、
「どこに逃げようとしている!」
ジュンヤが手を伸ばしてきた。
私は、ジュンヤを払いのけた。
ジュンヤは、私を見つめた。
私は、ジュンヤのこんな気弱な顔を、始めて見た。
「まさか、そんな女を選んだわけじゃないだろう?
その女は、おまえにも、公爵家にも、ふさわしくない。
なんら能力ももたず、役立たずだ。
たいして美しくもない。
選ぶ理由がない」
相変わらず、酷い言い草だ。
「カリンは、私の婚約者だ。
ふたりで決めたんだ。
カリンは、誰よりも綺麗だし、愛らしい。
美は見る人の目にあり、というのは本当だな。
私の目は、おまえの目とは違う」
「はぁ~~、なにそれ~。
どうしちゃったの? ソラ様。
もしかして、私に焼き餅をやかせたいの~?」
と聖女。
・・もう、黙っててほしい。
私は、これから先の人生、聖女という言葉を聞くたびに、このレミ嬢の不愉快で脳天気な言動を思い浮かべてしまうだろう。
「レミ・・。
ソラは、とっくに、魅了の魔法から抜け出ていたんだよ・・」
とジュンヤ。
「え~・・じゃぁ、ソラ様は、本気で私のことを好きなの?
魅了ナシで?」
・・なんで、そうなるんだよ・・。
「私が愛しているのは、今も昔も、カリンだけだ・・」
「フフ。
判った。
その女は、死刑が確定だ」
とジュンヤ。
「バカなことを・・」
私は、カリンの肩を抱く手に力を込めた。
「ソラ。
そのうち判る。
ただの死に方だと思うなよ、あばずれ。
必ず、惨たらしい死に方で、殺してやる。
ソラが、死体を見るのもはばかるような殺し方をしてやる」
「もぉ~。
ジュンヤったら、そういうのは、私とふたりきりのときだけにしないと、マズイって言ったでしょ?」
と聖女。
ふたりきりのときは、こいつら、そういう話しをしていたのか・・?
だとしたら、レミ嬢は、聖女の資格は、もう、持っていない。
聖女とは、誰かを傷つける者ではない。
アノス国教本部が、このことを知ったら、レミ嬢を聖女と認めたことを撤回するだろう。
表向きは、それは、隠蔽されるはずだ。
アノスの国教という、国民にとって心のよりどころである存在が、重大な過ちを犯したことが知れたら混乱を招く。
ただ、静かに、聖女に引退していただくことになるだろう。
聖女とジュンヤは、終わりだ・・ただ、このことを知っているのが私とカリンだけとなると・・認めてもらうのは難しいだろうな。残念だ。
気がつくと、カリンが呆然として震えていた。
◇◇◇
ジュンヤが、カリンを殺す、と言った。
彼は、本気だろう。
冗談ではないことは確かだ。
今までの彼の言動からしても。
カリンは、ギルモア王国エレイン王妃音楽コンクールで優勝した。
ギルモア王国で歴史と権威をもつ声楽コンクールだ。
彼女には未来がある。
多くのひとに愛される声楽家として、これから活躍していくだろう。
ジュンヤの醜い憎悪の犠牲にしてはならない。
カリンと一緒にアノス王国に帰ろう。
ジュンヤに呪いの言葉を投げかけられてから、カリンは、しばらくの間、呆然状態だった。
まるで、魂を抜かれてしまったかのようだった。
苦しんでいる彼女を見るのがつらい。
私は、カリンを諦めて、キリアン皇子に譲ったほうが良かったのだろうか・・やるせない迷いが浮かび、必死に打ち消した。
しばらくして、彼女は、少しずつ、自分を取り戻していった。
エレイン王妃声楽コンクールで優勝したカリンに、リサイタルや、管弦楽団との共演の話しが舞い込んでいる。
けれど、彼女は、ジュンヤに脅されたことが気になるのか、答えを迷っている。
わたしのせいだ。
ジュンヤは狂人だ。
放置して、彼を悪化させたのは、私だ。
私は、ジュンヤを、この手で始末する覚悟を決めた。
だが、カリンは、「ソラは、ギルモアで、リサイタルをしていてください。私の身は、私の家が護ってくれますから」と言う。
カイトが、カリンを迎えに来ることになった。
たしかに、カイトがそばに居れば大丈夫かもしれないが、カリンは、私の婚約者だ。
私が護らなければならない。
彼女と一緒にアノス王国へ発つ準備をしていると、大使館を通じて、シオン殿下からの呼び出しがあった。至急、内密に、と言う。
お読みいただきありがとうございました。
また明日、午後6時に投稿いたします。




