15)ギルモア国際音楽コンクール
今日も2話、投稿いたします。
よろしくお願いします。
ギルモア王国に着き、母方の親類、スズナ叔母の家に居候することになった。
ギルモア国際音楽コンクール出場に向けて、練習に励む。
こんなにピアノ三昧の日々は、初めてだ。演奏家冥利に尽きる。
コンクールで結果を出せれば、ギルモア王国でリサイタルを開ける、管弦楽団との共演も夢では無い。
他の出場者は強敵ばかりだ。
彼らは、毎日、幼いころより、一日のほとんどを練習時間に当てるスケジュールを、当たり前にこなしている。
翻って・・私の環境はまったく違っていた。
私の時間の全てを捧げることは許されなかった。
挽回しなければ入賞は難しいだろう。
幸いなことは、私には才能がある。
私の表現力は、いつもピアノの師が褒めてくれていた。
長く力強い指と、健康な身体を持っている。
コンクールの緊張に負けない精神力も、今では、育めていると思う。
私は、連日、練習に没頭した。
そんな私のもとに、ジュンヤと聖女が現れた。
私は、叔母には、すべてを打ち明けてあった。
叔母は、ある程度、母からも色々、聞かされていた。
叔母は、躊躇なく、ふたりを追い払ってくれた。
有り難い。
叔母には感謝の言葉もない。
スズナ叔母は、「ソラには才能があるわ。私の誇りよ」と言ってくれる。
入賞して、叔母に恩返しをしたい。
◇◇◇
2ヶ月ぶりにカリンに会えた。
彼女の大叔母様も、魅力的な方だった。
カリンは、コンクール前に、私の練習の時間をつぶすのはもったいない、と遠慮していたようだが、私は会いたくてたまらなかった。
叔母たちは、「励ましも必要よ」と言ってくれたらしい。
彼女の、そういう控えめなところが好きだ。
私の音楽家としての生活を大事に想っていてくれる。
久しぶりに会う彼女は、いつもにまして愛らしく見える。
叔母も交えて話しているうちに、ジュンヤたちの話題になってしまった。
何度も、叔母の家に押しかけてきている。
不愉快な連中だ。
「何度もですか。
ジュンヤさんたち、学校はいいのかしら」
とカリン。
生真面目な彼女らしい気遣いだ。
「しじゅう、休んでいるらしい。
卒業できるのか、他人事ながら気になるよ。
ジュンヤは、今回のギルモア国際音楽コンクールに出場しようとしていたが、予選で落ちたんだ。
ろくに練習しているように見えなかったから、当然の結果だ」
「ソラに、どんな用事なの・・?」
「聖女の聖歌の練習がどうの、とか言ってるみたいだね。
私は興味ないな。
彼女には、練習なんか要らない。
無駄だからね。
私に言わせて貰えれば、あれは、聖歌じゃなくて、ただ声を張り上げてるだけだよ」
「ホホホ。ずいぶん、すごい聖歌みたいねぇ」
とカリンの大叔母様が笑う。
私は、かなり控えめに言ったつもりだ。
本当は、ゴブリンの叫びなのだが、さすがに言えなかった。
楽しい時間は、すぐに過ぎてしまった。
別れ際に、
「コンクールでは、私のすべてを込めて弾くよ」
とカリンに伝えた。
離れるのがつらい。
◇◇◇
ギルモア国際音楽コンクールの日。
朝のうちは落ち着いて、この日を迎えたのだが、邸から出るときに待ち伏せしていたジュンヤたちの姿を見たとたん、なぜか心がざわついて取り乱しそうになった。
慌てて、馬車に乗り込み、窓の日よけを下ろした。
馬車の中でカリンに借りていた幻惑の魔導具を発動させ姿を隠し、会場で、ジュンヤたちから逃げた。
控え室に入ると、心底ほっとした。
落ち着こう、こんなことで取り乱していたら、練習の成果を発揮できない。
目を閉じて呼吸を整え、自分の出番を待った。
・・なんとか、静まってきた。
緊張はしているが、苛まれるほどではない。
カリンに出会うまでは、いつも、コンクールのたびに緊張に支配されていた。
あの頃が、遠い昔のように思える。
そうだ、あの頃は、いつもジュンヤが側に居た。
ジュンヤを見ると、条件反射のように当時の辛い緊張を思い出した。
なぜか、過去の自分が蘇り、酷かった緊張状態が復活しそうになった。
この緊張を乗り越えることは、過去の自分を乗り越えることと同じ意味を持つように思えた。
ギルモア国際音楽コンクールで入賞できれば、ギルモア王国で、演奏家として活動できる。
この6年間、こつこつと、実績を積んできた。
私は、ここ数年、クラウス先生に練習をみてもらっていた。
クラウス先生は、私の才能を認めてくれている。
キースレア帝国国内のコンクールに出場するために必要な推薦も貰える。
ギルモア国際音楽コンクールが終わったら、キースレアにも足を伸ばそう。
父や聖女が邪魔をする限り、私は、アノス王国には帰らない。
ジュンヤや聖女と結婚するくらいなら、一生独身で居てやる。
カリンとの未来のためにも、良い演奏をしよう。
出番だ。
舞台に向かった。
満場の観客に最高の演奏を贈ろう。
持ちうる限りの力が出し切れたと思う。
欲を言えば、もっと練習したかったが・・言うまい。
なにを言っても言い分けになる。
◇◇◇
演奏を終えたのち、カリンと昼食をとりにいった。
幻惑の魔導具を使い、お互いに姿を変えているので妙な感じだ。
カリンが幼く見える。
可愛い。
娘が生まれたら、こんな感じになるのかな。
楽しみだ。
せっかくの昼食のひとときだが、私は、カリンに言わなければならないことがあった。
ジュンヤのことだ。
「カリン。
実は、気がかりなことがあるんだ。
カリンがエレイン王妃音楽コンクールに出ることを、ジュンヤたちは、知っているかもしれない。
ふたりは、しじゅう、スズナ叔母の邸に押しかけているだろう?
それで、玄関で追い返されたジュンヤたちの話を盗み聞きした侍女が、『エレイン王妃音楽コンクール』という言葉を聞き取っているんだ。
ジュンヤは、ずっと、カリンのことを排除しようとしていた。
もしかしたら、カリンの動向を調べていたのかもしれない。
ここ最近、ナミト家の周囲を不審者がしつこくうろついていたのは、カリンが来ることを予想していたんだろう」
「あらまぁ・・。
ソラは、せっかく、レミさんの魅了にやられたフリをしていたのに・・」
「聖女は判らないけれど、ジュンヤはけっこう、鋭いからね」
「そうですわね・・」
「コンクール当日に、嫌がらせをしにくるかもしれない。
私も見張るつもりだが、スズナ叔母が控え室の前までは従者を付かせるつもりで居る。
大事なコンクールの前に、不安にさせたくないんだが・・」
「気をつけるから、大丈夫よ。
幻惑の魔導具もあるし。
嫌がらせくらい、なんでもないわ」
「ジュンヤのあの態度は、私のせいなんだ。
私が、ジュンヤの私の周りに対する悪意のある行動を許していた。
正す機会は今までにあったのに、放っておいたんだ」
「それは、どういう・・?」
「以前に、他の友人から、ジュンヤが私に近づく女性を排除している、という話を聞いていたんだ。
何度かそういう話を、複数の友人から聞いていた。
ジュンヤは、私が親しくなりかけた女性たちに近付き、誘惑したり、あるいは、自分になびかない女性には暴言を吐いたりして、排除していたんだ。
問いただすと、ジュンヤは、問題のある女性は避けておいたよ、と言い訳をした。
私は、何度か、そういうことは止めてくれと言ったのだけれど、ジュンヤに惹かれてく女性にも問題があると思って、放置した。
私自身、あまり近づいてくる女性に、さほどの想いがなかったというのもある。
親しくなる以前にジュンヤに邪魔されていたから、よけいに何も思わなかったというのもあった。
それでも、私の無関心のせいだ。
ジュンヤが、カリンに暴言を吐いたりするのは、過去、それが成功していたからだよ」
「ソラは、被害者だわ。
自分を責めないで・・」
カリンが慰めてくれた。
彼女はいつも優しい。始めてあったときから、ずっと私を助けてくれた。
私は、彼女に、なにを返してあげられるだろう。
ギルモア国際音楽コンクールで、私は、二位入賞を果たした。
授賞式を終えた私のもとに、性懲りも無く、ジュンヤが押しかけて来ようとしていた。
叔母の従者に避けてもらった。
「一緒にアノス王国に帰ろう」とジュンヤが叫んだ。
私は、入賞を果たした。ギルモア王国でのリサイタルも可能だ。
帰るものか。
◇◇◇
入賞祝賀会は、ごく内輪で行われた。
ジュンヤと聖女は、招きたくなかった。
私の希望は、それだけだった。
叔母の希望もそうだった。
叔母は、父を毛嫌いしている。
父は、姉を、性悪な男のもとに無理矢理、嫁がせ、その結果、母方の実家と親類たちは、みな、父を見捨てた。
以前から父は、先見の明がなく、無能な投資を繰り返し呆れられていた。
その上にやらかした姉の政略結婚で、父は、もはや、母の実家と親類縁者の間では、領主と見なされていない。
「あの男を早く引退させるのなら協力するって、ユウヤには言ってあるのよ」
と叔母は言う。
ユウヤは長兄だ。
兄は、父に溺愛されてたから、どうかな? と私が疑問に思っていると、
「ユウヤは、けっこう強かよ。
それに、父親が無能で、アホな投資ばかりやってることは、ちゃんと見てるわ。
それからね、ユリエを性悪な王弟殿下に嫁がせたとき、阻止しようと、私に連絡をくれたのも、ユウヤよ。
でも、気付くのが遅れて、阻止出来なかったんだけどね」
そうだったのか・・知らなかった。
ジュンヤと聖女の手前、大がかりな宴会は出来なかったが、ごく内輪で、親類や近しい友人だけを呼び、夕食会が行われた。
快い、気持ちが安らぐ夕食会だった。
私はピアノを演奏し、カリンとも連弾を披露した。
それから、カリンは、歌を歌ってくれた。
『春の宵』や、姉上の誕生日会で歌った聖母への祈祷の歌・・といっても、カリンが歌詞を覚えていなかったために、恋歌になっているが、旋律は厳かで、心が浄められるようだ。
客人たちに大好評だった。
私も、伴奏が出来て嬉しかった。
夕食会がお開きになったあと、カリンを庭に誘った。
ライトアップされた瀟洒な庭は、叔母の自慢だ。
カリンと手を繋いで歩く。
こんなに幸せで良いのだろうかと思う。
カリンが機嫌良く曲を口ずさんでいる・・これは・・キリアン殿下が弾いていた曲だった。
今日は、カリンや叔母たちと、ギルモア国際音楽コンクールの竪琴部門を聞きに行った。
私は、昨日のうちにコンクールを終えていたので、気楽な気持ちで聞けた。
キリアン殿下の竪琴は見事だった。彼は、間違いなく、天才だ。
あの美しい竪琴の響きは、高レベルの技術・・という言葉だけでは言い尽くせないものがある。
彼と同い年の私は、たまに、キリアン殿下と並び称されることがある。
キリアン殿下は竪琴の天才で、私はピアノの天才、と。
キリアン殿下のような正真正銘の天才と並べられると、誇りとともに、プレッシャーを感じる。
キリアン殿下が、自由曲で選び、弾いた協奏曲。
カリンが口ずさんでいたのは、その曲だった。
「キリアン殿下が弾いた曲だね」
つい、私の声に嫉妬と焦燥が混じる。
「耳に残るメロディでしたので・・」
カリンが気まずそうに言い訳をした。
「学園では、キリアン皇子とは、よく話すの?」
「そうでもありません」
「話すんだね・・」
よくは話さないのかもしれないが、たまには話すということか。
それとも、少なめに言っているのかもしれない。
そうでもない・・というのは、どのくらいの頻度だろうか。
私が、胸に沸き起こるどす黒い嫉妬と戦っていると、
「あの・・ソラ?
もしも、誤解をしているのなら、違いますわよ。
キリアン皇子も、私も、お互いに、友人以上の気持ちは、まったく持ってないですから。
私の『観察眼』、知ってるでしょ、ソラ。
キリアン皇子が私に持っている感情は、少々の好意と、好奇心と、同情ですわ」
カリンが私をなだめるように言う。
「そうかい?」
ちょっと信じられない。
「ええ。
そうですとも」
カリンが、きっぱりと言う。
ウソでは無さそうだ。
「好奇心というのは?」
「それが、よく判らないんです。
『鑑定』してみれば、どんな事柄に対する好奇心か判ると思うんですけど。
まさか、一国の皇子を鑑定するわけにもいきませんから。
ただ、キリアン様は、聖女がらみで、なにやら調べているみたいですわ。
そのとき、ついでに、私の情報をなにか知ったのかしら・・」
「どんな情報・・?」
「レミさんが、ユヅキ芸術学園にまで、キリアン皇子に会いに来られてるのは、知ってるでしょ?」
「ああ、ネストルが言ってた」
まったく、恥ずべき聖女だ。
「聖女がどういうつもりなのか知りたかったのでしょうね。
ネストル様は、サヤ様とも懇意ですから。私とソラのこと、気がつかれたんじゃないかしら」
「気がついてくれてるのなら、良いけどね」
「ええ」
私は、カリンの手を取り、
「カリン、正式な形ではないけれど、君は、私の婚約者だからね」
言い聞かせるように言った。
「はい」
カリンは嬉しそうにうなずいた。
・・良かった。
アノス王国の法律では、結婚は、16歳の成人を過ぎればできるが、両親の承諾が要る。
18歳を過ぎると、身元のしっかりとした25歳以上の立ち会い人が居れば結婚できることになっている。
しかし、父の嫌がらせがカリンの実家に及ぶのは、なんとか阻止したかった。
本日、また、午後8時に、2話目を投稿いたします。
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