12)ホンモノの聖歌の効果
ちょうど中盤になりました。
数日後。
学園から邸に帰ると、姉のサヤの侍女が、「サヤ様が、お待ちです」と私を呼びに来た。
姉の部屋に行くと、
「ソラ・・。あの聖女様とジュンヤ、どうにかならないかしら」
と、物憂げに茶を飲んでいた。
私は、姉の隣に座りながら、
「また来てるのか・・」
と呟いた。
「私は、もうすぐ、お嫁に行くからいいけど、ソラは、大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないけど、心配は要らないよ。
自分でなんとかするから」
「そう?
ソラの従者が、ジュンヤのスパイに成り果てたおかげで、カリンに会いにいけなくなってるんでしょ?」
とサヤが横目で私を見ながら言う。
私の従者は、いつの間にか、聖女の魅了にやられたらしく、もう、私の従者ではなくなっていた。
どうしてそれを知っているんだろう・・。
心配をかけたくないので、サヤには言わなかったのに。
姉の結婚は、まだ半年以上先のことだ。
それまでは邸で暮らす姉には、私が家を出ることや、カリンと婚約したことは言っていない。
巻き添えにしたくないからだ。
「信頼の出来ない従者のひとりやふたり、いくらでも誤魔化せるよ」
「あらまぁ、頼りになる弟だわね。
ま、言いたくないのなら、いいのよ。
ところで、ヤマト先生に、ギルモア国際音楽コンクールに出場するよう、薦められたそうね」
「ええ。予選は通過しました」
「そう。
ギルモア王国に行くのね・・」
「行きます」
「気をつけてね。
あ、それから、母の側に居る侍女は、何人か、信用ならないわ。
気をつけた方がいいわね」
「え・・?」
「誰とは判らないけれど。
情報がお父様やジュンヤに筒抜けになってるのよ」
なんてことだ・・。
「・・判りました。
ありがとう、サヤ」
「どういたしまして」
◇◇◇
姉の部屋を出て、自室に向かう途中、サンルームの前を通りかかった。
・・通りかかってから、失敗した、と思った。
「さぁっはった、はった、はった」
「丁っ」
「半っ」
「どちらさんも、ようございますかっ?
さぁ、丁半、出そろいましたっ。
勝負っ。
ニゾロの丁っ」
「わぁ」
「おぉ」
「やったぁ~」
・・ホントに、なんなんだろうなぁ。聖女が我が家に持ち込んだ、あのサイコロゲームは・・。侍女や従者まで引っ張り込んで、しじゅう、遊びほうけて・・。
「ヒャハハハハハハ」
・・下品な笑い声だ・・。
見るとレミ嬢が大笑いしていた。
貴族令嬢の笑いとは思えない・・。
サイドテーブルにはカフェから取り寄せた焼き菓子が山と積まれている。
父が従者に買いに行かせている菓子だ。
「あ、ソラ様ぁ」
・・しまった、ぼんやりしてたら見つかった・・。
「いっしょに遊びましょう」
とレミ嬢。
「いや、私は、今日は、経済学の課題が山ほど出てるので・・」
なんとかレミ嬢の手を振りほどいた。
「ソラ、トキワ公爵に、レミ嬢のお相手をしなさいと言われていただろう。
断っていいと思ってるのか」
とジュンヤ。
「遊んでる暇はないんだ」
「おや、そうかい?
レミ、ソラに、よく言い聞かせてやれよ」
ジュンヤに腕を掴まれた状態で、レミ嬢が私の顔をのぞき込んだ。
マズイ・・。
魔導具を装備していることをごまかさないと・・。
従者に用意してもらっていた魔法防御の魔導具は、とっくに父に取り上げられてしまった。
顔を背けてもレミ嬢は、しつこく見つめてくる。
腕の魔導具が反応していることが判る。
やむなく、魅了魔法にかかったフリをすることにした・・。
◇◇◇
なるべく聖女に愛想良くするよう、我慢し始めて10日が過ぎた。
今日、ジュンヤの奴の計略に嵌まった・・。
私は、ジュンヤに、レミ嬢を連れて、母の茶会に引き摺られていった。
「・・あら、珍しい。
ソラも一緒なの?」
母がいぶかしげな顔をする。
母は、レミ嬢を嫌悪している。
貴族の淑女らしく表向きは平然としているが、見ていれば判る。
レミ嬢の見苦しいマナーを母が我慢できるはずもない。
「リサ夫人、レミ嬢とソラは、すっかり、打ち解けられたんですよ」
とジュンヤ。
「まぁ、ホント? ソラ・・」
母が、あからさまに信じがたいという顔をした。
「もちろんですわぁ、お母様ぁ。
私、ソラと、とぉっても、親しくなれましたのよぉ」
とレミ嬢・
「お・・お母様・・?」
母が珍しく、呆けた顔になった。
母のこんな表情を見たのは始めてかもしれない。
常々、「レミ嬢はアノス王国の歴史始まって以来の特殊な聖女だわ」とこぼしていた母が、その聖女に「お母様」と呼ばれたのだから。
アノス国教に認められた聖女を、貶せる国民はいない。
アノス国教は、我が国の清く尊い国教だ。
その国教本部が認めた聖女を悪く言えるはずがない。
母の「特殊な聖女」という精一杯の言葉で推して知るべし。
母が、私と聖女の婚約など、とんでもない、と思いながらも、一蹴出来ないのは、そういう理由だった。
私があやふやに頬笑みながら黙っていると、
「なぁ、ソラ。
そうだよな!」
ジュンヤが私の肩を叩いた。
マズイ・・。
私は、『ジュンヤに肩を叩かれたせいで茶が気管に入って咳き込んだ』、というフリをして、その場を逃げ出した・・。
・・このままじゃ、母は、私と聖女の婚約を止め難くなってしまう。
母は、私が嫌がっているために、聖女と私の婚約に反対してくれていた。
私の心強い味方だったというのに。
私は、徐々に、追い詰められている。
そろそろ、この邸から脱出した方がいいだろう。
ギルモア王国に、なるべく早めに行こう。
◇◇◇
ギルモア国際音楽コンクールを薦めてくれたのは、ピアノの恩師だ。
隣国、ギルモア王国では、草分け的な高レベルのコンクールだった。
父でさえ、ギルモア国際音楽コンクールのことを知っていた。
おかげで、出場の許可が取りやすかった。
息子が、かの有名なコンクールで入賞すれば、自慢できると思ったのだろう。
予選は無事通過している。
ジュンヤが、いつの間にか、ギルモア国際音楽コンクールの出場を申し込んでいたが、予選で落ちていた。
私は、ジュンヤをライバルとも思えなくなっていた。
彼の演奏は、魅力がない。ただ器用で力任せなだけに聞こえる。
情緒的な曲を弾くと、とくにそれが目立つ。彼は、曲に気持ちを込めるのが苦手なのだ。
彼の演奏に惑わされていた過去の自分が愚かしく思えた。
◇◇◇
今日は、母の茶会で、レミ嬢が、聖女の聖歌を披露することになった。
母がレミ嬢を嫌っていることは、さすがのジュンヤもおぼろげながら気付いていた。
なにしろ、母は、レミ嬢に、けっして自分から話しかけない。
これで気付かなかったらどうかしてる。
そこで、レミ嬢の聖歌を披露して「挽回しよう」と画策したらしい。
よくもまぁ・・。
最上級に気品あふれる母の茶会。しかも、客人たちは、母の昔からの知り合いである高位貴族のご夫人方。
私が、さりげなく、ご夫人たちの様子をうかがうと、皆、それぞれに魅了防御の魔導具らしきペンダントや髪飾りが見受けられた。
さすが、情報に聡いご夫人たちだけある。用意万端だ。
麗しいこの場で、ゴブリンの叫びが披露されるのか・・。
なんで私がこの破滅的な絶叫会に加担しなきゃいけないんだろう。
私は、ピアノの前に座らされた。
伴奏は要らないと言い張ったのだが、当然のように却下された。
やむなく、ピアノを弾き始めた・・。
聖女が叫び始める・・。
楚々としたご夫人方が、みな一様に目を見開いた。
思わず、口をあんぐりと開けてしまったご夫人さえいた。
・・ようやく、聖女の聖歌が終わった。
美しい茶会の場に、静寂が訪れた。
母が、呆然と、拍手した。
さすが、我が母上。
とりあえず、レミ嬢を聖女と認めたアノス国教に敬意を表して、拍手が必要と判断したのだろう。
他のご夫人方も、一応、拍手をしているが、気のせいか、力がない。
聖女とジュンヤは、満面の笑みを湛えている。
しばらくして、茶会が通常モードに戻ったのち、母が、
「あの歌に、ソラの伴奏は、必要だったの?」
と私に囁いた。
ええ、母上。
私も、ずっと、それが疑問だったんですよ。
◇◇◇
私は、癒やしを求めて、カリンに会いに行った。
学園の友人の助けを借り、彼の邸の裏口から逃走させてもらい、無事に従者をまいた。
久しぶりに穏やかで優しい彼女の笑顔を見た。
「ソラ、会いたかったです」
と彼女に言われて、涙が出そうになった。
カリンに、聖女の聖歌の譜面を見せた。
彼女は、しばらくの間、譜面を見ながら音を出そうと苦心していた。
私は、心安らかに伴奏をして練習を手助けする。
そして、カリンが歌い始めた。
カリンは、見事に歌った。
地を這うような低音も、鳴鳥のような高音も、見事に出せた。もちろん、音を外したりしない。
生真面目なカリンは、素直かつ正確に歌う歌い手だった。
彼女は、ちゃんと古代語の勉強をしていたので――まぁ、貴族令嬢なら、たしなみとして、きっちり学んでおくものだ――発音も良い。
古代の聖歌、癒やしと恵みの歌が、麗しく、カリンの声によって完璧に再現された。
すると、ハノウ家の庭から、甘い花の匂いが漂ってくる。
庭の花が季節外れの満開となり、癒やされる甘い香りを漂わせていた。
「まぁ、聖歌って、こういう効果があるんですね」
花々を眺めながらカリンが頬笑んだ。
ああ、本来なら、そうなのだろう。
聖歌自体にも、こういう効果があったのだ――正確無比に歌えさえすれば。
もしかしたら、この聖歌は、コーラスよりも、ソロで歌ったほうが、より効果が出るようになっているのかもしれない。聖女用だからだろう。
聖女が歌えば、強大な魔法となるわけだ。
神は、聖女の選定を間違えたのか。
なぜ、カリンが聖女じゃないんだろう。
なぜ、麗しい聖歌を超絶不快な不協和音に編曲するという奇っ怪な特技の持ち主が聖女なんだろう。
◇◇◇
私は、とうとう、はっきりと、聖女とジュンヤに告げた。
「レミ嬢は、きちんと声楽の教師についた方がいいだろう」と。
私は、耳の拷問のような聖歌の伴奏から逃げるため、誰かに押しつけようと思い、そう提案した。
「ふん。
声楽など、甲高い声を張り上げる訓練をするだけだろうよ」
とジュンヤ。
「いや、発声からしっかり訓練を受ければ・・」
と、私が反論しようとすると、
「私は、ソラ様に訓練を受けたいんですわっ」
聖女が叫ぶ。
もう、この聖女の声など聞きたくない。
耳が病みそうだ。
「・・歌の訓練は、歌のプロに任せるべきだ」
「いいえ!
訓練に必要なのは、愛の力ですわっ」
寒気がする。
「上手い歌に必要なのは、技術です。
・・ジュンヤ、声楽のコンサートを聴いたことがないのか?
そういえば、前に、ユヅキ芸術学園の学園祭に来てただろう。
声楽を学べば、少しはマシに・・」
「学生の未熟な歌など、私は聞いていないぞ。
そんな時間の無駄はしない」
「なぜ、学園祭に来てたんだ?」
「おまえが、聖女レミという婚約者がいるのに、無関係な女の学園祭に行くから様子を見にいっただけだ。会場の外で見張っていた」
ジュンヤの馬鹿げた発言で、私は、一気に脱力した。
では、ジュンヤと聖女は、声楽科の学生たちや、カリンの歌を聴いていないのか。
そういえば、ジュンヤは、必要最低限しか、演奏会などに行かない。
もしかしたら、ジュンヤは、本当は音楽や芸術には、感心ないのかもしれない。ピアノは器用さで弾けたが、それだけだったのだ。
だから、聖女の歌が、人間よりも、魔獣の叫びに近いレベルだという事実が見えない・・いや、聞こえない。
聖女の声に魅了された人々の賞賛しか聞こうとしない。
ジュンヤと聖女のふたりは、そもそも、歌というものに、あまり興味がないのだろう。
こんな聖女に歌われる聖歌が不憫だ。
お読みいただきありがとうございました。
また明日午後6時に投稿いたします。




