表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/25

10)聖女と、前世の記憶

オンチは自分ではよく判らないものです。知らない方が幸せだったりします。


 姉のサヤから、「ジュンヤとレミ嬢が、カリンと話しをしたがっている」と聞いた。

 姉上が一緒に居られるのならまだしも、ジュンヤとレミ嬢とカリンと3人きりで、話しをするという。

 私は、当然、反対した。

 すると、姉上は、

「うちの客間で話しをさせるのよ。

 そうしたら、クローゼットの中にソラが隠れて様子を見張れるでしょ」

 と言う。

 なるほど。

「でも、クローゼットの中から出て助けに行くのに、すぐには動けないかもしれない。

 その間に、カリンに何かあったら困るな」

「あら、いくらなんでも、ジュンヤと聖女が、貴族令嬢に危害を加えるかしら。

 ちょっと脅しつけるくらいじゃない?

 そうしたら、ソラが助けに入ればいいわ。

 そのときは、『姉上とジュンヤたちが悪巧みしてるみたいだから、隠れて見張ってた』って言い訳すれば良いのよ。

 ジュンヤたちがなにを考えてるのか、知る良い機会よ。

 あのふたりが、カリンとなにを話したいのか、あなたも興味あるでしょ?

 もしも断ったら、カリンが、私たちの見ていないところで、なにか言われるかもしれないわよ」

「それは困るな・・。

 判った。クローゼットに入るよ」


 クローゼットの中は、ほんのり暖かく、なかなか寝心地が良・・まずい、寝てはいけなかった。

 連日、夜遅くまでピアノを弾いているおかげで、寝不足だった。


 この間は、聖女の聖歌の伴奏中にも、ピアノの前で居眠りしそうになった。

 魔導具の耳栓をしていたからだろう。

 私の伴奏と、かけ離れた叫びを聞きながらピアノを弾いていると、気が狂いそうになるので、私は、私の精神を護るために、こっそりと耳栓の魔導具を装備するようにしていた。

 おかげで、安らかに伴奏を弾けるが、聖女の聖歌の伴奏はテンポがゆったりとしているため眠くなる。


 それにしても、レミ嬢とジュンヤは、なぜ私に伴奏をやらせることにこだわるんだろう。

 レミ嬢は、私の伴奏など、聞いていないのに。

 信じがたいことに、レミ嬢は、あの歌に自信満々だった。みんなが褒めるからだ。

 先日、レミ嬢が、「私って、初代聖女以上に歌の才能があるみたい」と言っているのを聞いて、愕然とした。


 私は、レミ嬢の練習に付き合わされているうちに、色々と気付いた。

 まず、レミ嬢は、声の音域が、かなり狭い。

 あれでは、簡単な童謡さえ歌うのは難しいだろう。

 高音を少しでも出そうとすると、叫びになってしまう。

 おまけに、聖歌は、はっきりとした発音で歌われなければならない。

 叫びながらはっきり発音しようとして、声が引きつったようになる。

 さらに、彼女は性格的に、アドリブが好きだ。

 ゆえに楽譜を無視する。

 世の中には好き勝手に声を出して見事な歌になっている吟遊詩人も居るが、そういう歌い手は、レミ嬢と違って音楽的な素養を持っている。

 きちんと練習すればいいのに、彼女は、怠惰な人間なので、すぐに安易な方に流れて、努力をしない。


 歌が上手くなる要素が皆無なうえに、生まれながらの超絶オンチという、多重の苦難を背負っている。それなのに、本人は、女神と崇められた初代聖女より才能があると勘違いしている。

 レミ嬢は、「ソラの愛で私の歌は完成するの」と、寒気がするようなことを平気で言うが、声楽の師についてみっちり学び、矯正するべきだと思う。


 カリンが部屋に入ってきた。

 会話に耳を澄ませよう。


 ジュンヤたちは、わざわざ、真否判定の魔導具まで用意しているらしい。

 金持ちだな。

 ま、たしかに、ジュンヤの家は金持ちだ。

 あるいは、聖女の支度金で手に入れたのかもしれないが。

 会話を聞いているうちに、聖女のカリンへの尋問が始まった。


「じゃぁ、いくわよ。

 ねぇ、カリン。

 あなた。転生者でしょ?」

 とレミ嬢の声。


 転生者・・って、なんだ?


「転生者? なんですの? それ」

 カリンも判らないらしく、問い返している。

「転生者よ、転生者。

 生まれ変わり!」

「え・・と・・。

 だれでも、みんな、誰かの生まれ変わりではありませんの?」

「はぁ?

 ねぇ、ジュンヤ、真否判定は?」

「ウソは言ってないようだ」

「え~~。

 そんなバカな。

 じゃ、じゃぁ、前世の記憶は持ってないの?」

「あ、あの、前世の記憶は、ありますけど・・」

「前世の記憶がある?

 じゃぁ、やっぱり、転生者でしょうが!」

「で、でも、まれに前世の記憶があるひとは居るものですわ」

「その前世の記憶が問題なのよっ。

 話のわからないひとね!

 『聖女のラブソング』を知ってるでしょっ」

「それは・・どんな歌ですの?」

「はぁ? 『聖女のラブソング』よっ。

 『聖ラブ』っ。

 知ってるでしょっ」

「し、知りませんわ」

「知らないって・・そんなバカな。

 ジュンヤっ、真否判定!」

「本当に知らないようだよ」

「知らないの?

 あの有名な乙女ゲーを?」

「乙女・・芸・・?

 知りませんわ」

「あんた、じゃぁ、なにを知ってるのよっ」

「あ、あの、四角い大きな建物の街とか。

 お母様とふたりだけの家庭だったとか、そういう・・」

「そんなことはどうでもいいのよっ。

 私が言ってるのは・・あぁ、もうっ。

 ジュンヤ、真否判定!」

「ウソは言ってないね」


 ジュンヤたちは、カリンの前世の記憶が気になるらしい。

 カリンの前世の記憶については、私も聞いたことがある。

 カリンが、「ぼんやりとした記憶が、少しあるの」と言っていた。


 カリンは、前世では、大きな商会で働いていたと言う。それで、病気で早く死んでしまった。母親と二人暮らしの家庭だったそうだ。

 カリンは、たったひとりの家族である母を残し、結婚もせずに若く死んだことを哀しんでいた。

 そういう話しを、私はカリンから聞いて知っていた。

 カリンの前世を聞いて、辛くなったことを覚えている。

 今生では、ふたりで長生きするんだ。


 そういう前世の記憶がある者は、たまに居るのだ。

 私は、前世で楽師だった騎士の話を知っている。

 けっこう、有名な話しだ。

 しかし、聖女の言葉には、『聖女のラブソング』だの、『乙女芸』だの、意味不明な名称が出てくる。

 カリンも知らないらしい。

 何者なんだ、あの聖女は・・。


「わかったわ。

 この子、使い物にならない前世記憶持ちだわ」

 と聖女。

「そんなのがあるのかい?

 君の話では、前世記憶もちは、みな、予言が出来て、力を持ってるって・・」

 とジュンヤ。

「そのはずだったのよ! 少なくとも、私はそうなんだから。

 気弱な神様に無理矢理おねだりたら、使えるスキル、貰えたし。

 まさか、こんな低レベルの前世記憶持ちがいるなんて、判るはずないじゃない!」


 気弱な神様におねだりする? 使えるスキルを貰えた?

 酷い妄想だ。

 カリンを「低レベル」「使い物にならない」などと罵っている。

 あんまりだ・・。


「じゃぁ、どう考えればいいのさ?」

 とジュンヤ。

「知らないわ。

 想定外ってやつよ。

 はぁ・・。

 疲れたわ」

 とレミ嬢。

「でも、じゃぁ、他に原因があるということだろ?」

「だから、判らないんだってば。

 カイト様の攻略がちっともうまく行かないから、てっきり、この子が邪魔してると思ったのに」

「ソラの攻略もだろ」

「ソラ様は、ソラ様のお父様が私との婚約に乗り気だから、心配してないわ」

「カイトは諦めればいいんじゃないのか」


 カイトの攻略? たしかにカイトは、聖女に魅了されていない。レミ嬢を嫌って避けてるからな。

 いい加減、諦めろ。カイトも私も、言いなりにはならないぞ。


「それはそうだけど。

 でも、この子の存在が変なのよ。

 だって、カイト様の妹なんて、私が、ぜんぜん覚えてないくらいモブのはずなのよ」

「レミ。

 モブってのは、どういう意味だい?」

「雑魚って意味よ。

 それくらい、覚えてよ、ジュンヤ」

「雑魚なら、雑魚って言ってくれよ」

「はいはい」


 カリンのことを、「雑魚」と言った。

 私からすれば、ジュンヤたちの方が「雑魚」なんだが。


「で? この子はどうするんだい?」

「どうもしないわ」

「でも、いろいろ、聞かれただろ」

「きっと、意味が判ってないだろうから、いいわ」

「彼女を、君の魅了でコントロールできるようにすればいいじゃないか。

 そうすれば、ソラのことを忘れさせられるし、カイトの件も、どうにかなるかもよ」

「なるほど。

 それもそうね」


 は・・? 私を忘れさせる? カリンの記憶から?


「やめてください。

 忘れるなんて・・嫌です。

 カイトお兄様は、婚約者の方が居るんです。

 そっとしておいてください」


 カリンが抵抗している。

 私を忘れるのは嫌だ、と言ってくれた・・。


「婚約者なんて、婚約解消すればいいだけだろ」

 とジュンヤ。

 こいつ、ホントに性悪だ。

「酷いですわ。

 私、帰ります」


 カリンが逃げだそうとしている!

 ・・助けに・・くっ、クローゼットのドアが固い!


「離してっ」


 カリンの助けを求める声。


「怪我したくなければ大人しくしてろっ。

 レミっ、早くやれっ」

「ちょっと待ってよ、集中しないとっ」

「いやっ」


 ようやくドアを蹴破りクローゼットから飛び出すと、ジュンヤがカリンを床に押さえつけていた!

 頭に血が上る!


「ジュンヤっ、辞めろっ」


 ジュンヤをぶん殴ってやった。

 ジュンヤが避けようとしたので、力が削がれた。

 気絶させるつもりで殴ったのに。


「ソラっ、くそっ」

「ソラ様、どうして、こんなところに?」

 と、レミ嬢。


「そっちこそ、いったい、どういうつもりだ?

 私は、姉上と君たちがなにか企んでいる様子だったので、調べてやろうと思って、ここに潜り込んでいたんだ。

 まさか、こんな悪事を目撃することになるとはな」

「もう・・なんてことよ・・」

「なにが悪事だっ。

 ソラ、邪魔をするな!

 そいつは、危険人物だっ」

 とジュンヤ。

「カリンは、姉上の友人だ。私の友人でもある。

 酷いことは辞めてくれ」


 カリンの肩を抱いて聖女とジュンヤから庇った。

 魅了で言うなりに出来れば、記憶を消すことも可能なのだろう。

 私の記憶を消させてたまるか。


「レミは、聖女だ。

 帝国との戦争を止める大事な役割がある。

 それを邪魔しているのは、その女なんだぞっ」

「バカな。

 カリンがなにをしたというんだ?」

「ソラ様、私には、ソラ様が必要なんですわ。

 私は、キースレア帝国で、癒やしの魔法のために、聖歌を歌わなければならないんですのよ。

 そのときに、ソラ様が、私を支え、歌を歌うフォローをしてくださるのです。

 私とソラ様は、ふたりで一対なのです」

 レミ嬢が、熱にうなされたような顔で近づいてくる。

 ・・気持ちが悪い。

 頭おかしい、この聖女。

「よしてくれ。

 私は、声楽は専門じゃない」

「いいえ、ソラ様のピアノの演奏が、私の聖歌を完成させてくれるのです」

「他のやつに頼んでくれ」

「ソラ様でなければダメなんです。

 ですから、公爵にもお願いしてあるんですわ」

「シオン殿下とコウキはどうするんだ?」

「シオン殿下とコウキ様も、私が帝国に行くときに、支えてくださる予定です」

「そんなにたくさん支えが居るのなら、私は要らないだろ」

「とんでもないわ。

 ソラ様が一番、必要なんですから」

「はぁ・・。

 なにを言ってるんだよ、君は・・」

「レミ、ソラを魅了してやれよ」

「ソラ様、ちょっと失礼しますわ」

 聖女が私の目を見つめ、魅了の魔法をかけようとしやがった。


「レミ嬢、私に魅了の魔法はきかないよ。

 魔導具を備えてるから」

「え~~」

「くそっ。

 でも、その女が公爵家にふさわしくないのは確かだからな。

 公爵は、そんなあばずれ、許しはしない。

 トキワ公爵は、あんたを嫌ってるんだよ、カリン」

 とジュンヤ。

 なにがあばずれだ。ビッチは聖女のことだろ!


「ジュンヤさん、この立派なおうちに私がふさわしくないことは、存じておりますわ。

 わざわざ、教えてくださる必要はありません。

 それから、今日の話は、申し訳ありませんけど、意味がよく判りませんでしたわ。

 聖女のお仕事が大変そうだということだけは、判りましたけど。

 私、なにも邪魔していないつもりですのよ。

 私や、家族に手を出すのは、これきりにしていただけません?」

 とカリン。

「自覚がないというのは、余計に始末が悪いな」

 とジュンヤ。

「私、もう、帰りますわ」


 部屋を出ると、姉のサヤが居た。

 姉上に、部屋であったことを報告し、カリンを連れて邸を出た。

 あんな目にあった彼女を、ひとりで帰らせるわけにはいかない。

 一緒の馬車に乗った。


お読みいただきありがとうございました。

明日も午後6時に投稿いたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ