第8話
シャリシャリシャリシャリ。
僕と彼女は、またも段ボール箱のテーブルを挟んで、向かい合っていた。
リンゴを食べていた。
「リンゴって美味しいですね。人間の食べ物は美味しいものばかりです」
「死神も食事をするんだね」
リンゴを、リスのように頬張る彼女。
よほど気に入ったのか、夢中になって食べていた。
とても、かわいらしい。
「死神は基本的には食事を取りません。まあ、趣味として食べることがあるといったところでしょうか。味のしないゴムのようなものしか、なかったですが。食べなくても生きられます」
「なるほど。ガムみたいなものだね」
「ゴムみたいなものです」
「……いや、だから、それはガムみたいな感じでしょ?」
「いえ、ゴムみたいな感じです」
なんだろう。
この凄いこだわり。
まぁ、いっか。
「じゃあ今こんなに食べているのは?」
「人間界に来たことで、能力がかなり抑えられているようです。死神の力は、鎌を使うくらいしかできないようで。空腹というものを、初めて感じました」
よくある話だ。
違う世界では能力に制限がかかる。
郷に入っては郷に従え、か。
ちょっと違うかな。
「お腹は、これで大丈夫になったんですが、今度は瞼が重くなってきました。これが眠気というやつですね」
「僕も眠いよ」
二人で、大きな欠伸をした。
時計の針は、とっくに4を過ぎている。
「じゃあ、寝ますか?」
「うん。でもその前に質問」
「まだあるんですか? 手短にお願いします」
呆れたような表情で、彼女は僕を見ていた。
目は半開きだ。
「名前、教えてくれる?」
「早くしてくださいよー」
「こういうのはちゃんと決めないと」
僕は、段ボール箱の上に、A4のプリントを拡げ。
ああでもない、こうでもないと、書いては消してを繰り返していた。
何回も消しているから、白かった紙は、黒く、汚くなってしまっていた。
何をしているのかと言えば、名前を考えているのだ。
彼女の名前を。
死神である彼女には、名前というものがないらしい。
だけど、それでは不便だ。
「別に、『おい』、とか『君』とかで良いんですよ?」
「良くないよ。あった方が親しみやすいし」
「全く……」
彼女の目は、もう4分の1程しか開いていない。
さっきから僕と目を合わせようとしないし。
機嫌が悪くなってきたのかもしれない。
「ぱっと決めてください、ぱっと。死 神ちゃんとかで良いですから」
「えー。もうちょっとだから待ってよ」
とは言ったものの、どれもしっくり来ない。
こうなったら本当に、死 神ちゃんか?
ガミちゃんってなんか嫌なんだよなぁ。
噛みつかれそうだ。
うーん……
……彼女は、死神。
七夕の日にやって来た死神……
「そうだ! 名前は『たひ』でどう? 名字は七夕。七夕 たひって名前は」
死ねを、ネットでは「タヒね」、なんて言うことがある。
そこから取ってみた。
死ねなんて、名前には縁起でもないと思うかもしれないが、死神なんて呼ばれているんだ。別に気にしないだろう。
何より、結構かわいい名前じゃないか?
我ながら、いいセンスだ。
「べ、別にいいんじゃないですか。なんだって」
「そっか、よかった。じゃあこれからよろしくね、たひ」
「よ、よろしくお願いします、水島 氷さん」
いつの間に知ったのだろう。
僕の名前をたひは呼んだ。
そうつまり、僕らは互いに名前を呼び合って。
挨拶を終えた。