第7話
僕は何か地雷でも踏んだのだろうか。
目の前で死神が鎌を持って、微笑んでいる。
こういうのを、絶体絶命って言うのだろう。
冷や汗が流れる。
「あなたも怖がることがあるんですね」
「さすがにね」
死んでも別にいいんだけど、死にたいとは思わないし。
痛いのは御免だ。
「これがあれば、人間に負けるなんてことはありえません」
「まあ、そうだろうね。でも、そんなに大きいもの、ちゃんと使えるの?」
キッチンの横幅いっぱいの刃。
大人一人分はある、長い柄。
さぞかし重いだろうし、使える場所は限られそうだ。
「甘く見ないで下さい。むしろ、私にしか使えません。いいですか? 一度、持ってみてください」
彼女に渡されるがまま、鎌に触れる。
いや、触れようとした。
だけど、すり抜けた。
まるで、そこには何もないように。
「どうですか?」
「凄いね。これって、ちゃんとここにあるんだよね?」
「勿論です。ですが、柄に触れられるのは私だけです。他の死神も触れられません。つまり、私専用の鎌という訳です」
素晴らしい盗難対策だ。
彼女は、誇らしげな顔をしている。
「使えるのは確かに君だけみたいだね。でも、使える場所は限られそうだね」
「心配無用です。この鎌は死神の鎌ですよ? そんな弱点、あるわけないです」
「そうなの?」
「はい。この鎌は、あらゆる法則を無視できるからです。そして、どんな物でも切り裂けます」
「どんな物でも?」
「はい。どんなに硬い物でも、どんなに柔らかい物でも。どんな場所であろうと、どんな大きさの物でも。試しにやってみましょうか」
彼女は、そう言って、キッチンに置いてあったリンゴを指差す。
祖父母から僕宛に、届いたリンゴだ。
僕の背中側に置いてある。
頷いた。
「では」
「……え?」
彼女はそう言って、鎌を降り下ろす。
一歩も動かずに、右手だけ動かした。
つまり、鎌はリンゴには当たっていない。
刃が当たる位置にいるのは、僕だ。
迫ってくる刃が視界に飛び込んでくると、スパッと自分が斬られる瞬間が浮かんで。
僕は思わず、目を閉じた。
「…………」
「はい、上手に切れましたよ」
優しい声で、目を開けた。
彼女は、スキップでリンゴに近づいて、1つ摘まんで食べていた。
あらゆる法則を無視する。
その言葉の意味を理解した。
想像を超える、何でもありの性能らしい。
リンゴを手渡してくる、無邪気な笑顔に。
僕は苦笑いを隠せなかった。