第6話
「僕が人を殺すのか……」
正直、予想外だ。
目の前の死神が人を殺したことがないと言っているのに、人間である僕が人を殺すなんて。
しかも、よりによって僕に限って。
「まいったね。でもなんでそんなことが分かるんだい? やっぱり神は未来が見えるのかな?」
彼女は首を横に振った。
「残念ながらそんな能力はありません。第一、未来が見えるなら生きててもつまらないですしね」
死神にしては、らしくないことを言う。
いや、それが死神らしいのか。
死神は命を大切にする、と言っていた。
つまり、生を楽しむってことか。
「なるほどね。確かにそうかもしれない。でも、じゃあなんで?」
「死神も未来は見えません。ですが、寿命は見えます。人がいつ死ぬかが見えるのです」
彼女の紅い瞳が輝いた。
死神の目か。
どっかで聞いた話だ。
どう考えたって寿命半分の価値はなさそうな能力だと思う。
「あの、私の話、ちゃんと聞いてますか?」
「聞いてるよ。人を殺せるノートの話でしょ」
「死神違いです!」
意外と、色々詳しいみたいだ。
まあ、1500歳になるらしいし、当然か。
「いいですか? 今から一週間後、7月14日。この日、あなたに関わった人の、全ての命が尽きるというのが分かったんです。このことの意味が分かりますか?」
「……凄く大変だね。なるほど、確かにそれなら僕が、一番の容疑者か」
嘘のような話だった。
だけど、彼女は真剣そのものだし、疑わないでおこう。
そんな僕の態度に満足したのか、テーブル代わりのダンボール箱に手をつき、顔を近づけてきていた彼女は戻っていった。
そして、正座に疲れたのか、足を崩した。
次に、勢いよく紅茶を最後まで飲みきって、静かに段ボールの箱の上にコップを戻して。
頷いた。
「そうです。しかし、まだ容疑者に過ぎません。実際あなたが殺るかどうかは分かりません」
「じゃあ君が来たのは」
「監視です。あとは、何か起こすようならすぐに止めれるように……」
納得。
頷いて、僕も紅茶を飲み干した。
さて、と呟いて僕は立ち上がる。
コップを流し台へ運ぶ。
彼女も、ちょこちょこと小さな歩幅でついてきた。
「そこに置いといて。今、洗うから」
「分かりました」
銀色のステンレスの上を、水が流れていく。
スポンジを泡立たせながら、僕は彼女に質問する。
「いざというときは殺すって言ってたけど、どうやるんだい? 君は強くなさそうだけど」
「はぁ……それはさすがに死神を馬鹿にしすぎですよ。仕事で殺すこともあるんですから、それなりに強いですよ」
「でも窓を割ったとき気絶してたでしょ?」
「し、してません! あれは、ちょっと眠くなっちゃっただけです!」
かわいい言い訳だ。
むしろ弱そう。
「でも確かに怪我はしてなかったね、そういえば」
派手に窓を割ったのに怪我はなく。
けど足にちょっと刺さった硝子で怪我をする。
そんな疑問の答えは、彼女がすぐに教えてくれた。
「あのローブはあらゆる衝撃をなくすのです。優れものです」
「それは便利だ」
21世紀の秘密道具みたいだな。
1着、1億円でも売れそうだ。
「そして」
彼女が何もない空間を掴む。
すると、まるでマジックのように、彼女の握った右手には、見たこともない、長く黒い棒が現れた。
その先は、巨大な刃物だった。
「私にはこれがありますから」
僕よりも大きな鎌を持って、彼女は小さく微笑んだのだった。