第2話
「…………きて! 起きてください!」
ぺちぺちぺちぺち。
頬を何度も叩かれて、僕は重い瞼を開けた。
……何も見えない。
これは僕の目が悪いから、という訳ではない。
部屋が真っ暗なんだ。
たぶん、まだ深夜なんだろう。
……眠い。
「ちょっと! なんでまた寝ようとするんですか! あなたどんだけ大物なんですか! アメリカの大統領さんですか!」
「……I want to sleep」
「本当にアメリカ人でしたか!? どうしよう……私、日本語しか人間の言葉は……」
本当に困っているようだ。
もうちょっと遊んでみたいけど、それも少し可哀想か。
ゆっくりと上半身を起こした。
睡眠の邪魔はされたくないと言ったばかりだが、今回はレアケース。
許してあげよう。
「大丈夫、日本人だよ。ちょっと電気を点けてくれる?」
「あ、はい! 分かりました!」
「夜中だから静かにね」
「す、すいません!」
たぶんお辞儀をしたのだろう。
まだ目が暗さに慣れてないから、全く見えないけど。
僕は自分の口の前で、人指し指を立てる。
ところで、なんでこういうジェスチャーをするのだろう?
いや、どうだっていいか。
「シー」
取り合えず、今は普通にやってみた。
「あ、はい。すいません……」
すると、彼女の声は萎んで。
内緒話ぐらいの声量になった。
「じゃあ電気点けてきます」
「あ、足元には気を付け……」
暗くて本当に何も見えなくて。
そのせいか、ぺたぺたと床を踏む音も、ぐさりと何かが刺さった音も、やけに大きく聞こえた。
「っ! い、痛いです!」
「寝る前に片付けておけば良かったね」
どうやら床に散らばった硝子の欠片を踏んでしまったようだ。
これは、僕の責任だろう。
悪いことをした。
「ごめんね。とりあえず僕が電気を点けてくるよ」
「い、いえ! 私が……」
「大丈夫。いいから座ってて」
「…………はい」
ベッドから床に足を下ろす。
そこから少し、歩くだけだ。
チクチクと、足の裏に硝子が刺さるけど、気にしない。
この程度の痛みなんて、過ぎてしまえば何でもない。
僕は別に、いいんだ。
見えなくてもスイッチの位置は覚えてる。
伸ばした右手にいつもの感覚がして、僕はそっと指に力を込めた。
カチっとスイッチの音がして、パチっと部屋に光が灯る。
部屋の真ん中で、少女が一人。
足を押さえてうずくまっていた。
小さな足の裏から、真っ赤な血が数滴零れて。
僕はそれを、とても美しいと思った。