第1話
今日は7月7日。
七夕というやつだ。この辺りでは、毎年狙われたように雲がかかる日。
彦星と織姫は、毎年出会えない。
可哀想な人達だ。
同情する。
だけど、たまには珍しいこともあるのだ。
今夜の空には雲一つない。
けど、満天の星空なんてものは見えない。
大都会って言っていいのかは知らない。ただ、まあまあな都会であることは確かなこの街で、そんな光景が見えるはずがないのだ。
残念ながら、やはり二人は出会えないのだ。
目が悪い僕には、ただただ馬鹿でかい満月くらいしか、まともに見えていない。
意味もなく、ベランダからそんな夜空を眺めていた。
暫く眺めていると、霞む景色の真ん中。
大きな月を背後にする、小さな影に気づいた。
何らかの未確認飛行物体。
月がなかったら気づかなかった。
だってそれは、真っ黒な、まさしく闇に溶け込む影だったから。
金色の月を背景に、黒い点がどんどん大きくなっていく。
明らかにこちらに向かって来ていた。
当たったら死ぬなぁ。
確信した。
だからとりあえず、サンダルを脱いで、きちんと揃えてから部屋に入った。
「なんでそんな冷静なんですかぁぁぁぁ!」
女の子の悲鳴が耳に飛び込んでくる。
夜を裂くような、悲痛な叫びだった。
……聞かなかったことにしよう。
まさか、本当に僕を目掛けて降ってきているわけがない。まして、少女が空から降ってくるなんてあり得ないのだから。
窓を閉め、何事もなかったようにベッドに腰を下ろした。
ワンルームの、テレビもない、つまらない部屋。
一人で住むには広すぎて、置くものもないから余計に広く感じて。
退屈。本当に退屈な部屋だ。
僕にはそれくらいが丁度いい。
「よいしょっと…………ん?」
やることもないので、電気を消そうと立ち上がる。
すると、先程の物と思われる、黒い物体が窓から入ってきた。
入ってきたというよりは、突き破ってきた。
というよりは、襲撃してきたと言った方が、あるいはいいかもしれない。
まあ何にせよ、結果として、閉めていたから当然、勢いよく窓は割れた。
なのに、何の音もなかったんだ。
びっくりするくらい、何の音もなく。
時が止まったんじゃないかって、錯覚した。
むしろ、大音量を鳴らしてくれた方が驚かなかっただろう。
破片が、それはもう見事に飛び散って。
まるで水しぶきのように拡がって、床に突き刺さっていく。
でもそこには、ごみ袋と本しかなくて。こういうときは、あんまり悲しまなくて済むっていう利点があるのかもしれなかった。
……いや、十分大変な被害だった。
でもそんなことより気になるのは、僕の部屋に、これ以上ないくらい豪快なヘッドスライディングを決めて見せた、この人は誰なんだろう? ということ。
俯せだから、黒いローブを着ていることくらいしか分からない。
くるっと回転させてみる。
女の子だった。
長めの茶髪で、整った顔をした少女だった。
どうやら怪我はないようだ。でも、気絶しているのか、反応がない。
五分待っても、十分待っても動かなかった。
だから、もういい加減眠いし、今日はこれくらいで寝ることにした。
起こすのは野暮な気がしたし(僕は人に睡眠の邪魔をされるのは嫌いだ)、そして何よりやはり、僕の睡眠欲が好奇心に勝ったからだ。
「おやすみなさい」
たぶん聞こえてないだろうけど、僕はそう言って目を閉じた。