表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

6.怖かったのは


 愛結が事故にあった日からずっと、学校に行く気にもならず、祐樹は一日のほとんどを愛結の病室で過ごしていた。

 目を離しているうちに、愛結に何かあったらと思うと、気が気でなかったから。

 しかし、ただの幼馴染である祐樹がずっと愛結の側にいられる訳がない。

 一週間が経ち、とうとう愛結の母である百合子に家に帰るように言われてしまった。


 そして、翌日。


「……どういう、ことですか?」


 病院に着いてすぐ、愛結の担当看護師に呼び止められた。

 申し訳なさそうに、その看護師は祐樹にとって受け入れがたいことを告げた。


「愛結に、会えないって……どうしてですか」


「西藤さん、目が覚めてすぐに……ちょっと色々あってね。家族以外は面会謝絶になってるのよ。もうすぐリハビリに移ると思うんだけど、会えるかどうかは分からないわ」


 愛結がようやく目覚めた。そのことは朗報だ。

 しかし、せっかく目を覚ました愛結に会えない。

 ごめんなさいね、と看護師は仕事に戻って行った。


「何があったんだよ、愛結」


 いつも、何かあったらすぐに自分のところへ来るくせに。


 愛結が辛い思いをしている今こそ、祐樹は力になりたいのに。


(どうして、いつもみたいに頼ってくれないんだ)



 ☆



 それから毎日、祐樹は病院に行ったが、愛結と会うことは出来なかった。


 ますます、焦燥が募る。

 愛結にメッセージを送っても既読はつかない。

 もどかしくて何度も電話をかけてみたが出ない。

 愛結とこんな風に離れたことなど、今まで一度もなかった。


「……相良君」


 その声は、控えめに、しかし確かな意思をもって祐樹を呼び止めた。

 放課後、祐樹は部活には当然行く気にならず、そのままの足で病院を目指していた。


「あぁ、原田か……」


「愛結、大変だったね。……でも、意外と元気そうで安心したよ」


 声をかけてきたのは愛結の親友、原田だった。

 心配そうに愛結の名前を出したが、その次に出た言葉の意味を理解した時、祐樹は思わず原田の両肩を掴んでいた。


「愛結に会ったのか?!」


「えっ、うん……もしかして、相良君まだ愛結と会ってない……訳ないよね……?」


「あぁ。毎日病院に行ってるけど、面会謝絶で会えてない。原田は、本当に愛結に会えたのか?」


 原田が嘘をつく理由はない。

 しかし、あの愛結が自分には会わずに原田に会っているということが信じられなかった。

 愛結の中で、自分は一番だという自信があった。

 付き合いの長さからも、互いを理解している点でも。


「愛結からこの前連絡がきて……学校に来たいけどまだ入院が必要だから授業のノートを持って来て欲しいって。まだベッドから動けなくて暇だから勉強するって……話し相手がいないって言うから私は毎日部活終わりで病院にお見舞いに行ってる……けど」


「……そう、か」


「愛結に会えてないから、最近の相良君怖かったんだね……なかなか話しかけられなかったよ」


 原田が苦笑して言った通り、愛結が事故に遭ってからの祐樹はかなり人が変わっていたと思う。

 愛結が危険な状態だというのに笑うことなとできなかったし、へらへら能天気に笑っている奴を見たら苛々した。

 愛結の明るい太陽みたいな笑顔がないと、祐樹の世界は輝かない。


「あのね、相良君。あの事故の日、愛結は相良君の恋を応援しようって、また変な方向に張り切ってたの。愛結が相良君に会ってないのはそれが関係してるのかな……」


 原田はそう言って小首を傾げた。

 あの日、愛結はおそらく久野と一緒にいるところを見たのだろう。

 祐樹と久野の仲を誤解しているのだろうか。

 しかし、本当に応援しようとしていたなら、連絡はくるはずだ。

 何故、愛結から何の連絡がないのか。その答えは、愛結しかしらない。


「原田、一緒に病院に行ってもいいか?」


「もちろんだよ。でも、あの愛結が原田君に会ってないなんて、何があったんだろう……」


 祐樹がいないと愛結は駄目だと思われがちだが、本当は逆だ。

 祐樹の方が、愛結がいないと駄目なのだ。愛結が側にいることが当たり前になって、依存していたのは祐樹の方だ。


 幼い頃、女の子みたいだとからかわれて泣いていた祐樹を救ってくれたのは愛結だ。

 そしていつしか、守られるだけではなく守りたいと強く思うようになった。

 愛結を好きな男として。

 愛結は祐樹のことを幼馴染としか見ていないが、祐樹は出会った頃から愛結のことが好きだった。

 だが、まさか幼い頃の初恋を高校生までこじらせるとは思わなかった。

 愛結は恋愛に鈍感だから。愛結が祐樹の気持ちに気付いてくれるまでは。

 それを言い訳にして、そのままにしていた自分のせいだ。

 正直、今の何の遠慮もない幼馴染の関係を崩すのが怖かった。

 本気で、愛結にとって家族という認識でしかなく、恋愛対象ではないと振られるのが怖かった。


 だから、軽く揺さぶる告白も、冗談にするしかなかった。

 売り言葉に買い言葉で、愛結には自分と付き合うのはありえないと言われてしまったが。

 あの時の愛結は、真っ赤な顔をして今までに見たことがないくらい可愛かった。


 内心では愛結への気持ちは溢れているのに、自分の気持ちを真っ直ぐに伝えられない。


(俺は、ただの臆病者だ……)


 しかし、思いを伝えることもできずに愛結と会えなくなることの方が怖い。

 たとえ振られたとしても、祐樹は愛結が幸せでいてくれたらそれでいい。

 すぐに愛結を諦めるつもりはないが。



(愛結、一体どういうつもりなのか、今日こそはっきりしてもらう)



 そして、祐樹は原田とともに病院に向かった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ