4.祈ることしか
以前から祐樹に熱い視線を向けてくる、一年生の久野美優紀。
ラブレターを無視していたら、直接会いに来た。
もちろん、その時も丁寧に断ったはずである。
それなのに、また部活終わりの祐樹の前に現れた。
(ったく、何なんだよ。愛結が来る前に追い返そう)
親友の原田に彼氏ができたことで、愛結は帰りも祐樹のところへ来るようになった。
弓道部の方が終了時間が遅いため、愛結を待たせてしまう。
できるだけ愛結を待たせないように、と終わってすぐに着替えて出てきたというのに、久野に捕まってしまった。
「相良先輩、やっぱり諦められません。私、先輩のことが大好きなんです!」
そう言って、久野は祐樹の腰にしがみつく。
女性に乱暴はしたくない。が、さすがにいきなり抱き着いてきた久野にイラついた。
「離れてくれ」
久野の細い腕を掴み、祐樹は無理矢理引きはがした。
「どうしてですか? 西藤先輩のことが好きだからですか?」
「分かってるなら、もう諦めてくれ。目障りだ」
「っそんな、酷いです。私は真剣に先輩のことが好きなのに」
大きな目に涙を溜めて上目遣いで見つめてくる。
相手にするのが心底めんどくさくなってきた。
祐樹はトラブルメーカーの愛結と一緒にいるため、とても面倒見が良いように思われがちだが、基本的にめんどくさがり屋だ。
他人のことなんてどうでもよかったりする。
ただ、人間関係でのごたごたもめんどくさいので、人当たりよく接しているだけだ。
それが原因でこうして女子に付きまとわれるのだとしたら、もっと冷たくすればよかったと後悔している。
祐樹が面倒に思わないのは、愛結に対してだけだ。
愛結が関われば、どれだけ自分が大変だろうと苦ではない。
むしろ、面倒をかけてくれた方が嬉しい。
早く、愛結の顔が見たい。
そう思った時、視界に走り去る愛結の後ろ姿が見えた。
(もしかして、さっきの話聞かれてたのか)
だったら、ちゃんと直接愛結に伝えたい。
祐樹は、自分を引き留めようとする久野を無視して、愛結を追いかけて行った。
もうすぐ愛結に追いつける、と思った視線の先にはT字路があった。
信号のないこの道は、一時停止をせずにいきなり車が飛び出してくることがある。
だから、いつも愛結には気をつけろ、と言っていた。
愛結もちゃんと注意をしていたはずだった。
しかし、今日はそのまま突っ切っていく。
自分がどこを走っているのかも分かっていないのかもしれない。
いつものきれいなフォームが乱れているところを見ても、愛結は今パニック状態だ。
このまま走り続けたら危ない。
祐樹が長年の経験から危機を感じた時、それは目の前で起こった。
キキイイィィ……――。
辺りに響いた、車のブレーキ音。
運転手は愛結の姿を見てハンドルを切ったが、その車体は愛結にぶつかり、その身体を宙に投げ出した。
「愛結……っ!」
誰か、嘘だと言ってくれ。
今目の前で起きたことは悪い夢だと……。
目の前で起こったことが現実として受け入れられない。
すべての音が消えた気がした。
しかし、呆然としていたのは一瞬のことで、祐樹はすぐに愛結のもとへ駆け寄った。
「愛結、愛結、愛結! しっかりしてくれ!」
救急に連絡し、状況を伝える。
愛結の身体は、あちこちに擦り傷ができていたが、一番酷いのは直接車体とぶつかったであろう右足だ。
そして、地面に強く打ち付けた頭からは血が流れている。
下手なところに触れて、状態が悪化してはまずい。愛結の脈は弱いが、まだ動いている。
愛結の痛々しい姿を見て、祐樹は苦しくて堪らなかった。
どうして、もっと早く気付いてやれなかった。
どうして、間に合わなかった。
どうして、どうして、どうして――――守れなかった。
「絶対に、駄目だからな。このまま、死んでいくなんて。絶対に許さない。愛結、好きなんだ。ずっと昔から、俺はお前だけしか見ていない」
それから救急車が到着するまでの十分間、祐樹はずっと愛結に語りかけていた。
どうか、どうか愛結が無事でありますように。
また明日になれば、太陽みたいに明るい笑顔で笑いかけてくれますように。
(俺はどうなってもいい……。だから、愛結を助けてください)
神様なんて、信じていなかったけれど。
祈ることしか、今の自分にはできなかった。