2.変化する関係
「祐樹ー?」
陸上部の部活が終わった十八時半過ぎ。
愛結は弓道場に来ていた。
祐樹は弓道部のエースだ。
普段から冷静沈着で集中力の高い祐樹に、弓道はとても向いていた。猪突猛進気味の愛結には、静かな集中と溜めが必要な弓道は絶対に無理だ。
中学までは祐樹も愛結と同じく陸上をしていたのだが、高校で弓道部に入った。
以前から興味があったらしい。入部すぐの大会で優勝し、今現在も祐樹の成績は右肩上がりだ。
部活だけでなく、勉強もできるから、愛結は完璧な幼馴染を尊敬すると同時に良きライバルだと思っていた。
現実、勉強で愛結が祐樹に勝てるものはひとつもないし、その点で祐樹には相手にもされていないのだが。
「お。愛結、おつかれ」
使い込まれた弓道着姿もかっこよく着こなす祐樹にジト目を向け、愛結は頬を膨らます。
「もう、祐樹は何着ても似合うんだから。悔しい!」
「はいはい。それで、どした?」
「今日は加奈が用事あるみたいで。もし祐樹が終わってたら一緒に帰れないかなーと思って寄ってみたの」
朝は一緒に登校しているが、帰りはそれぞれ部活や用事もあるからと二人で帰ることはあまりない。
親友の原田加奈は、中学からの付き合いで、同じ陸上部だ。部活帰り、二人で買い食いしながら帰るのが常だったのだが、加奈とは最近帰れていない。
「あー。そういや原田、彼氏できたんだな」
「うん。今日から森田先輩と帰るんだって」
そう。加奈は最近陸上部の森田先輩と付き合い始めた。
三年生の森田先輩は陸上部部長で、優しくておおらかな性格で、部内でもかなり人気がある。
愛結から見ても、森田先輩ならば大好きな親友を任せられる。
ずっと加奈の恋を応援していたので、幸せそうな二人をみて嬉しいのだが、ちょっぴり寂しい。
「ふっ、それで寂しくなって俺のところに来たんだなー? ま、俺ぐらいしか愛結の相手してやれないからな」
「そ、そんなことないしっ!」
ふっと鼻で笑われ、愛結はむきーっと拳を握る。が、その拳は簡単に祐樹に抑えられる。
「すぐに着替えるから、あと少し待っててくれ」
☆
祐樹が着替えるのを待って、二人で帰る帰り道。
「もうすっごくお似合いのカップルだと思う! 祐樹もそう思うよね!?」
「あぁ、そうだな」
「加奈ね、今日森田先輩のためにお弁当作って来てたんだよ。森田先輩、絶対胃袋掴まれたと思う! 加奈も幸せそうだし、私も嬉しい! でも、いいなぁ。私も恋愛してみたいなぁ」
幸せそうに森田先輩の話をする加奈はすごくかわいくて、親友としてずっと一緒にいたのにあんな乙女モードの顔は初めて見た。
恋愛だけで、こんなに人の表情は変わるのか、と驚いたものだ。
そして同時に、羨ましいと思った。
「へぇ。愛結も恋愛したいの?」
「そ、そりゃね。もう高校二年生だし! どこかに素敵な恋落ちてないかなぁ」
ふざけてあちこちにきょろきょろと目を向けていると、祐樹に腕を掴まれた。
そして、視界いっぱいに祐樹が広がる。鼻と鼻がすれすれの距離。
「じゃあ、俺としてみる?」
何を。というのはさすがに聞かなかった。
しかし、びっくりしすぎて愛結は大きな目をぱちぱち開閉することしかできない。
声も出せずに固まっていると、祐樹は離れて行った。
「ふっ、冗談だよ。こんなことでタジタジになってんなら、まだ愛結には恋愛は早いんじゃねぇの?」
くしゃくしゃっと頭を撫でられ、余裕綽々な祐樹に笑われる。
本気でドキドキしてしまったではないか。
「もう、からかわないでよ! それに、恋愛するとしても、私が祐樹と付き合うなんてありえないしっ!」
からかわれていたのに不覚にもときめいてしまったことが悔しくて、愛結は勢いに任せて言葉をぶつけた。
この日から、今まで家族としか思っていなかった祐樹を、一人の異性として意識するようになってしまった。
(私たちはただの幼馴染……。今さら、好きとかそういうのは私たちの間にはないよね?)
祐樹の真意を追求してしまうと、今までの関係性が変わっていく――そんな気がして怖かった。