過去って過ぎ去った物のはずじゃあ
僕は彷徨っていた。上も左も、右か左かさえ分からない空間だった。しかし、確かな事は一つあった。
「誰かが僕を呼んでいる。」
その事だけを頼りに、僕は"その声"を探した。しかし、手探りにその声を探すのは、あまりに無謀だった。この真っ暗な光のない空間で、男か女かも分からない声を探すのは。
「おい、誰なんだ。」
僕は必死に探した。しかし、
「たすけて、たすけて、」
と、繰り返すばかりである。
「くそっ、どうすれば。」
しかし、この何も分からない空間で一つだけ何か気になる事が、
僕はこの声を知っている。
この声をを聞いていると、懐かしく感じた。心が落ち着いた。何より、この声が好きだった。なぜかは分からなかった。ふと、気がつくとその声を探していた。しかし、そんな時間は長くは続かなかった。僕の意識は水面に浮き上がってくるように、現実世界へと引き戻された。
「ん・・・。今のは、」
最近、朝起きると言葉にはしづらい感覚に苛まれる事が多々ある。そして、それと同時に、なぜか頬が湿っている。
「お兄、おっはよー。ん?
うわ‼︎どうしたのお兄!ママの事でも思い出したの?」
妹は俺が泣いているのを見て、本気で心配してくれている。そんな健気な妹に嬉しさを感じつつ、同時に恥ずかしさもこみ上げてきた。
「いや、違うんだ。これは・・・
そうだ!これは、汗だ。」
「いいんだよ、強がらなくて。悲しい時は泣けば。」
「いや、本当に違うんだ。勘違いするなよ。」
「はいはい。分かりました。」
そう言うと、妹は下に降りて行った。
「くそっ、違うって言ってるのに。」
僕は独り言のように呟いた。しかし、涙が出ていたのは事実である。でも理由が分からない。あるのは、喪失感だけ。何か大切なものを失ってしまったという感覚だけが残る。
「ダメだっ、やっぱり思い出せない。」
考えても思いつかない事を悟り、
「よしっ、」
僕は両手で自分の頬を叩き、自分の部屋を出た。
僕は手早く朝食を済ませ、家を出た。通学路ではいつも通りレイに出会い一緒に登校した。
「おはよー。」
彼女はいつも通り元気だった。その元気さに少しほっとさせられた。学校に着くと、いつも通りの授業を受け、いつも通りの通学路を通り、いつも通り自分の部屋に入った。
今日一日、自分なりに考えてみた。今自分の体に何が起きているのか。しかし、やっぱり答えは出なかった。
「なんなんだよ、」
そんな自問自答を繰り返していると、
「お兄、ご飯だよ。」
いつも通りの妹の声だ。僕は、
「分かった、すぐ行く。」
僕はもうケジメをつけて、その事について考えない事にした。
そうしてから数日は何も起こらず過ぎていった。しかし、僕自身もその事について忘れかけていたとある夜、
「おやすみー。」
「あぁ、おやすみ。」
そう言うとお互いの部屋に戻った。
「ふぁ〜。もう寝るか。」
今日は課題もやらずに寝てしまった。すると、まどろみの中で、
「・・・ちゃん、助けて!」
「あっ!」
僕は跳ねるように起きた。またこの感覚。誰かに呼ばれてるような、
「おはよう、お兄。って、どうしたの⁉︎ その汗。」
「は?何言ってんだ?そんな汗なんか・・・。」
そう言って自分の額を触ってみると、
「うわっ‼︎」
ビショビショに濡れていたのだ。こんな体験は自分の中でも初めてだった。
「大丈夫?」
「ああ、何とかな。」
「ならいいんだけど。」
「ごめん、心配かけて。でも、もう大丈夫だから。」
僕はそう言うと、
「そう?でも今日一日は無理しないでね。今お兄に何かあったら、私・・・。」
「分かってる。大丈夫だ。」
「分かった。じゃあ早く朝ご飯食べよう。」
「すぐ行く。」
そう答えると、すぐにベットから起きて、着替えた。そのまま朝食を食べ、登校した。
「珍しいなぁ、先に学校にいるなんて。」
僕は、いつも一緒に登校しているレイに話しかけた。すると、
「別にいいでしょ?」
何か怒っているのかな?と思いながら、続けて、
「今日だけど、一緒に帰らない?話したい事があるんだけど・・・」
すると、
「何?今言えばいいでしょ?」
「どうしたの?二人とも。朝から夫婦喧嘩?妬けるねぇ。」
そう言って二人の間に割って入って来たのは、二人の幼馴染のショウマである。
「だから、違うって言ってんだろ。」
「そうかなぁ〜、レイの方はまんざらでもないようだけど。」
レイは顔を真っ赤に染めて、
「いやっ・・・。そんな事。」
「あれあれ〜、レイちゃんったらどうしたの?そんなに顔真っ赤にして。」
ショウマがさらに煽ると、
「だっ、だから違うって!」
「おいっ、いい加減にしろよ。レイが困ってるじゃないか。」
珍しく少し感情的になってしまった。
「あっ、すまん。少しやり過ぎた。」
思った以上に強く言ってしまったのか、少し驚いた表情になっていた。
「いいや、別にいいよ。ショウマはそういう子だし。それに、悪気がないのはわかってるしね。」
やはりレイはすごいと関心した。
キーンコーンカーン
「おいっ、早く席に戻れよ。」
予鈴が鳴って、話しが中断した。
そして、その日の昼休み。
「なあ、レイ。ちょっといいか?」
ショウマがレイに話しかけた。
「うん。いいよ。」
僕は無性に気にはなったが、あえて気にしない事にした。
その後ショウマはレイを屋上に呼び出した。
「あのさ、もう何となく分かるよな。」
ショウマが少し照れたように話し出した。
「うん。何となくだけどね。」
「じゃあ・・・、ストレートに聞くけど、まだリョウの事好きなのか?」
ショウマがうつむいていると、
「あっ、それは・・・。
うん。確かに嫌いにはなれないけど、今日の反応見ても分かるけど、私には興味は無いみたいだから、私も気持ちに整理をつけようと思うの。」
レイは悲しい笑顔を浮かべていた。
「じゃあ、俺と・・・。」
そう言い出そうとした時、言葉に詰まった。そう。俺は知っていた。レイがリョウの事で後悔している事を。リョウがレイの事を諦めていないのを。
それらが二人の些細なすれ違いだって事を。でも、俺も引き下がれなかった。
「俺と、付き合ってくれ!」
俺はレイの顔が見れなかった。しばらく沈黙が続いた。そうした後、
「う、、、ん。すぐにってわけにはいかないけど、おかげで少し気持ちが楽になった。」
「そうか、なら良かった。」
この時、俺の中から罪悪感は消えていた。
キーンコーンカーン
「ほら、予鈴がなってるよ。」
「ああ、そうだな。」
そう言って教室に帰った。それからは、何も無く一日が過ぎていった。ショウマもレイも何となく照れて、面と向かって話すことが出来なかったんだろう。そして、帰りのホームルームも終わって、それぞれ部活なり帰宅なりする時間になった時、ショウマが
「レイ・・・、あの、一緒に帰らない?」
レイは少し戸惑った表情になり、
「あ・・・、でも、リョウが。」
「そうか、ごめん。」
少し気まずい雰囲気になりかけた時、
「うん。帰ろ。ショウマがせっかく誘ってくれたんだからね!」
そう言って、レイは満面の笑みを浮かべていた。
「いいのか?」
「うん。いいよ。」
そうして二人は一緒に帰った。帰り道では何気無い話しをしていた。そんな話しはこれまでたくさんしてきたはずなのになぜかとても気持ちが高まった。
これが恋というものなのか?
そんな問いを自問自答していた。
そしてレイにとっては高校入学以来初めてリョウ以外の人と帰った。
そして、この時思いもしなかった。まさかこの決断を後悔する日が来るとは。
その日、レイを誘って帰ろうとしたが教室に姿が見えなかったので、仕方なく一人で帰ることにしたリョウ。その帰り道では、昼休みの時間に何を話していたのかが気になった。そして、もしかしたから、レイはショウマが好きだから僕からの告白を断ったのではないか?という疑問が湧いてきた。そう思った瞬間急に不安に駆られた。それからというもの、前を見るのも忘れるほど、不安だった。頭の中では悪い想像ばかりしてしまう。でも、そんなことばかりしていても意味が無いと自分の中でケジメをつけて、
「よしっ!」
と、自分の頬を叩いた瞬間、体は強い衝撃と共に宙に浮いていた。一瞬何が起こっているのか分からなかった。そしてその「何か」を理解する前に地面に叩きつけられて、意識を失った。
「ん・・・、ここは?」
僕は立っていた。何もなく、方向感覚さえ曖昧になるその「場所」に。でも僕はそこを知っていた。以前にも来たことがあって、誰かに話しかけられたのだ。
「やっと、来てくれたんだね。」
突然話しかけられた。しかしその声にはやはり聞き覚えがあったが、思い出せない。
「君は・・・」
僕は言葉が続かなかった。なぜならその声の主を見た時に気付いてしまったからである。
そう、泣いていたのだ。
会ったことなど無いのになぜ泣いているのか、分からなかった。
「・・けて。」
ボソッと、そう言った。
「何を、言って、」
僕が困惑した風に言うと、
「私を助けて。」
それだけ言うと急に目の前から「何か」が消えて、真っ暗になった。そのまままた、意識が遠のいていった。
レイはショウマと帰宅した。そしてレイは自分の家の少し手前でショウマと別れて、家に入った。すると、母親が驚いた表情で電話をしていた。しばらくして電話を切り、私は、何の電話?と聞くと、母親は少し間をおき、私に、
「リョウくんが、事故に遭って今、病院に搬送されたって。」
私は母親が何を言っているのか分からなかった。だって、さっきまであんなに元気で・・・。
母親は、
「どうしたの?今日はリョウくんと帰ってきてないの?」
私は答えられなかった。それは決して後ろめたさがあった訳ではない。それにショウマと帰ると決めたのも私なのだから。そのまま、自分の部屋に入り、状況を理解すると、耐え難い後悔と喪失感に襲われた。
「どうして今日に限って一緒に帰らなかったのだろう。
どうして三人で帰ろうと言えなかったのだろう。」そもそもこうなったのは全て私のせいなのである。なぜなら、リョウが告白してくれた時に断ったのは私なのだから。そう思った時、レイの後悔はマックスに達した。すると、自然と意識が遠くなっていった。
途切れた意識の中で目の前に一人の女性が現れた。
「あなたは・・・」
リョウはその女性を知っていた。
そう、レイの姉である。
「やあ、リョウくん。久しぶりだね。」
明るい口調で話しかけてきた。
「どうしてお姉さんが。」
「どうしてって聞かれてもなぁ。敢えて言うなら、君と妹の為かな?」
「それは、どういう・・・」
僕が困惑した風に聞くと、
「まず君はさっき事故にあった。そして今君は病院のベットで意識不明だ。そして、それにより妹に積もり積もっていた後悔がマックスに達したんだ。それでここに来たって訳。」
レイの姉は自慢げに言ってきた。 「それでここに来たって、どうするんですか?」
「それは簡単だよ。君を過去に送ってあげるんだよ。と言っても、その時代の人からは見えないんだけどね。」
「それって、どういう」
「簡単に言うなら透明人間みたいなものさ。それで過去に行って、妹の後悔の原因を突き止めて来い‼︎」
レイの姉は僕の背中をそっと押すように言ってくれた。でも、
「そんな急に言われても、何が何だか。」
「急じゃないさ。以前から妹の声が聞こえていたんじゃない?」
僕は少し考えた後、一つの結論に至る。
「あっ!あの声。そうです。僕は夢の中で誰かに呼ばれていた。」
「そう。それはレイの声だ。」
「でも、どうして僕なんですか?」
「それは、妹の後悔の原因が君にあるからだよ。妹は君に対する何らかの後悔を抱いているんだ。」
そう言うと、僕の肩にそっと手を置き、
「妹を頼んだよ。」
「はい。」
僕は決心して、過去に向かっていった。