恋愛って楽なはずじゃ
バキッ‼︎ 木製バットがへし折られるような音が、教室中に響き渡たった。そして、その音と同時に1人の小柄な中に少年が宙を舞った。
ズザァー!
「痛ったー。
酷いじゃないかぁ」
その少年はまるで遊んでいる友人に話す様に言った。
「あ⁉︎
何か文句あんのか。」
その少年を囲んでいた男たちのボスと思われるヒトに言われた。
そうである。この少年は遊んでいたのではなく、いじめられていたのだ。
しかし、驚く事ではない。こんな事は日常茶飯事なのである。その少年は気が弱く、そういう怖いヒトたちによく絡まれては、金などを盗られていた。しかしこの少年こそが今回の物語の主人公なのである。
「イテテっ!」傷口に消毒が付けられただでさえ痛かった傷がさらに痛んだ。
「我慢しなさい。目を離すといつもこうなんだから。」
親切にも傷の手当てをしてくれてるのは、僕の同級生で幼馴染のレイだ。
おっと、自己紹介がまだだったね。
僕はリョウ。地元の高校に通う高校二年生である。
去年の四月、僕は期待と不安に胸を躍らせながら高校に入学した。クラスメートとも打ち解けて、それなりの学園生活を送っていた。しかし、入学して一ヶ月経った五月、僕はテニス部に入ったのだが、そこは地元でも有名なヤンキーの巣窟で先生達も対応に困っていたほどだ。しかし、僕はテニス以外出来ないし、特に気にしていなかった。それからはもう酷い日々だった。入部一ヶ月は地獄の様な筋トレの日々でそれからは前に書いた通りである。と、まあ自己紹介はこれくらいにしよう。
「いい加減部活やめなさいよ。 入っていてもいい事無いでしょ?」
レイは少し呆れた様に言ってくる。
「もう少し頑張ってみるよ。」
確かに部活に入っていてもいい事など無いのだが、昔から負けず嫌いな所があったため、部活をやめる事は、逃げる様に思えて、嫌悪感を持っていたのだ。 まあ、悪い癖だとは理解していたのだが笑。
「もう、本当に・・・
何か大事になっても知らないわよ。」
と、一つため息を吐くと、続けて、
「噂だけど、テニス部って酒や薬やってる人達もいるらしいわよ。
そういうのを誘われたらどうするのよ。 断れるの?」
「え・・あ・・・。」
彼女の意外な言葉に言葉が詰まった。
確かに酷い部活だとは思っていたが、まさかそこまでとは。
「でも、やめるのは・・・。」
僕がもじもじしていると、
「もう知らない‼︎ 勝手にすれば?」
保健室のドアをピシャリと閉めて行ってしまった。
レイは普段は優しくて、怒ったりはしないし、面倒みもいい。そしてとても可愛い。でもたまに怒ると怖い・・・。(怒っていても可愛いのたが。)
「おー痛ててて。 まだ痛む。どれだけ殴ってんだよ。」
一人でブツブツ言いながら治療を終え教室に向かっていた。
自分のクラスの扉を開け、自分の席に座る。 僕の席は窓側の前から四番目であり、レイの隣である。
僕は自分の席に座ると、
「もう大丈夫なの?」
彼女は怒りながらも少し心配そうに聞いてきた。
「うん。 もう大丈夫だから。」
と、言うと、
「あっ、そうなんだ。 良かった。」
安心した様な表情になった。
不意に見せるその笑顔はまるで天使の様に輝いていた。
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴り、授業が始まった。そのまま一日が過ぎ、家に帰ろうとすると、
「一緒に帰ろっ。」
レイが話しかけてきた。
「別にいいよ。」
周りからはヒソヒソ話しが聞こえてくる。そうである。 僕はカッコいいわけでも無いのに、彼女はいつも僕と帰ろうとする。その事に対する不満や嫉妬の声だ。(もう慣れたのだが。)
そんな事を気にせず僕達は靴を履き替えて、帰った。帰り道では何気無い話しをして帰るのが日課なのである。家は隣だった。そしてそれぞれの家に着くと、
「じゃあねー。」
大きく手を振ってくる。
「ああ。」
僕は素っ気なく返して、それぞれの家に入っていった。
「お帰りーーー!」
家に入ると元気のいい声が聞こえてきた。 妹のヨシミである。
妹のヨシミは僕と同じ高校に通う一つ下の高校一年生だ。
「ただいま。 相変わらず元気だな。」
そういうと、
「もちろん! だってヨシミが家を明るくしないと、家の中が暗くなっちゃうでしょ?」
「あぁ、そうだな。」
そう、今は僕と妹の二人暮しなのである。 両親は二年前に事故で亡くなった。それからは親戚の叔父さんに親権者になってもらって、今の生活を続けさせてもらっている。それ以来家事は僕と妹の二人で分担して行っている。(八割妹なのだが・・・。)
「ほーら、そんな顔しないの!
天国のパパとママが悲しんじゃうよ。」
「あぁ、悪い。」
「もー、本当にお兄はぁ。」
大きなため息を吐くと、
「もう少し待っててね。ご飯もうちょっとで出来るから。 今日はお兄の大好きなカレーだよ。」
ヨシミは満面の笑みだった。
「カレー・・・。」
「ん? カレー嫌なの?」
「いや、楽しみだよ。」
カレー、妹は家事全般は得意なのだが、料理だけは苦手らしく、夕食はカレーか、シチューがメインなのである。 頻度でいうと、カレーとシチューが週に五回くらい・・・。
僕はそう言うと、自分の部屋に戻った。
僕は自分の部屋に入ると、ベットに横たわった。 それから少しずつ意識が遠のいていった。
「お兄 お兄‼︎ 起きてー!」
妹が必死に起こしている。
「ん? あぁ・・・。 今行く。」
「もー。 早く来ないと冷めちゃうよ。」
「分かった。」
僕は時々ふいに意識が飛ぶ事がある。自分でも意識しないうちに寝ているのだ。それは家の中だけに限らず、学校や電車、酷い時には自転車に乗っている時でさえだ。何とかしなければと思っているのだが・・・。さらに気になるのは、その時に誰かと話している様な感覚になる。しかし起きてしまうと、何が何だかわからなくなってしまう。
「もうこんな時間か。」
そう、意識が飛ぶ様に寝る時は大抵二、三時間経っているのである。妹はよっぽど待ってくれていたらしい。
「よし。」
自分の中で気持ちに整理をつけると、食卓に向かった。
「いただきまーす。」
妹の元気な掛け声と共に食事が始まる。それは両親がいた頃から変わらない。
「どうかしたか?」
妹に尋ねた。妹はふいに悲しそうな顔をする時がある。それも二年前から。
「寂しいのか?」
「大丈夫、ちょっと思い出しちゃっただけだから。カレー、ママの得意料理だったでしょ? だから・・・」
「そうか、だったら無理にカレー作ってくれなくてもいいんだぞ?」
「ううん。もう大丈夫。 何かごめんね?」
「いや、大丈夫だよ。」
「じゃ食べよ。」
そうしていつもの調子に戻った妹と夕食を食べた。
「ごちそうさまでした。」
二人で手を合わして言った。これも両親がいた頃からの習慣であった。
「今日は僕が洗うよ。 いつも任せっきりだからな。」
「大丈夫だよ。お兄何か疲れてるみたいだし。」
「いやいや、本当に大丈夫だから。座ってていいよ。」
「そう? じゃあお言葉に甘えて。」
「ああ!任せとけ。」
そう言うと、僕は家事を終わらせた。
「ふー。意外に大変なんだな。ヨシミに感謝しないとな。」
そう思いつつ、僕は夢の中に吸い込まれていった。
「・・けて。」
「・・・ん?」
気が付くと朝になっていた。
「あーー、よく寝た。
ん?」
まただ。また不思議な感覚に苛まれた。
誰かと話していた様な
誰かと戦っていた様な
誰かに求められていた様な。
「おはよー、お兄。」
「あぁ、おはよう。」
はぁ、妹は朝から元気である。朝からそんなに元気になれる方法を教えて欲しい。
「お兄、今日の朝食はパンとソーセージだよ。」
「知ってる。いつもだからな。」
「んーー!文句があるならお兄が作ればいいじゃん!」
「ごめんごめん。いつも感謝してます。」
僕は少し戯ける様に言うと、
「はいはい、それはどーも。
早く食べないと学校遅れちゃうよ。」
「マジか⁉︎ もうそんな時間か。」
僕は急いで朝食を済ませ、制服に着替えて家を出た。学校までは歩いて二十分ほどだ。僕は家を出て小走りで登校していると、
「おはよう、リョウちゃん。」
レイだ。彼女とは家が隣なのでいつも通学路で会うのだ。
「おはよ。てか、そのリョウちゃんっていうのは外では・・・」
「なんでー?可愛いじゃん。昔からずっとそうだし。」
「昔は昔。今は今。とにかく外ではリョウちゃんはやめて。」
「はいはい、分かりました。 リョウちゃん。」
「あのなぁ、いい加減・・・」
「ほらほら、学校遅れちゃうぞー。」
「あーもう。」
僕らは慌てて学校へ向かった。実際到着してみると、そんなにギリギリではなく、クラスも人がまばらだった。
学校に着くと、僕は本(主にライトノベル)を読むのが日課になっていた。
そしてそれが学校生活で最も気が休まる時間でもあった。
「何だよ、まだまだ余裕じゃないか。」
僕が少し不機嫌そうに言うと、
「あれー?そうだった?時計読み間違えちゃった。」
子供をあやすように言ってくる。
「まったく・・・」
そんな他愛ないことを話していると、
「おーおー、お熱いねぇ。お二人さん。」
不意に声をかけてきたのは、僕の幼馴染であるショウマである。彼は僕の数少ない友人の一人で、少し抜けているがいい奴だ。
「何だよ、てか、そんなんじゃねーよ。」
「お?否定する所がまた怪しいな。」
「だーかーらー、マジで違うから。
てか、お前分かって言ってんのか?」
「ん?
あっ!そうか。 すまん・・・
気づかなかった。」
「いや、わざとじゃないならいいけど。」
少し重たい空気が二人の間に流れ始めると、
「リョウもショウマも何の話してるの?」
レイが不思議そうな顔して話しに割り込んで来た。するとショウマが、
「いや、レイちゃんが可愛いねって話しだよ。」
「おい!」
俺が止めようとすると、
「もう!二人して私をからかってるの?」
「いやいや、本気だよ?」
「はいはい。」
レイはからかってくるショウマを受け流すようにすると、ショウマが俺に視線を送ってきた。(少し離れてくれ)と。僕はそこまで空気の読めない奴ではないので、
「ごめん、ちょっとトイレ行ってくるわ。」
ナイスっ‼︎ と言う声が聞こえて来た気がしたが、気にせず僕はトイレに向かった。(特に行きたくはないのだが)
「あのさ、レイ。 少し話しがあるんだけど。」
「何?急に改まって。」
レイが不思議そうな顔していると、
「あの、俺、レイの事・・・
好きなんだ。俺と付き合って欲しい。」
レイは一瞬驚いた顔をしていたが、すぐに冷静になって、
「うん。ありがとう。私をそんなふうに思ってくれてたんだね。全然気づかなかった。」
「ずっと前から好きでした。」
「あ、ごめんなさい。私好きな人がいるの。」
「え?それって・・・」
ショウマが恐る恐る聞くと、
「うん。リョウ。」
彼女が顔を赤らめながら言った。
「でも、リョウは・・・ 断ったんじゃあ。」
「そうなんだけど、あの時は何が何だか分からなくなって、とっさに断っちゃったんだ。その事はまだ言えてないんだけどね。」
彼女の顔には寂しさと悲しさが見て取れた。
「くっ・・・ そうだったんだ。何でまだ言ってないんだ?」
「何か気まずくて。 ショウマ、どうすればいいかな?」
正直、この時には、嫉妬しかなかったと思う。
「今更言うの失礼じゃね?」
俺はもうヤケクソだった。
「そうかなっ・・・
うん、ありがとうね。」
そんな事は知らずに僕はトイレから帰ってきた。
「どうかしたの?」
「いや、何もないよ〜。」
「そう?」
「そうそう。」
キーンコーンカーンコーン
一限のチャイムが鳴ったのでそれ以降その会話が続く事はなかった。
そのまま一日が過ぎ、帰りのホームルームも終わり、帰ろうかなと思った時に、
「リョウちゃん、一緒に帰ろう?」
彼女は一切気づいていないが、恒例の視線に晒される僕の身にもなって欲しい。と思いながら、
「いいよ。てか、リョウちゃんはやめろって。」
「あはは、ごめんごめん。」
「もー、何回言ったら分かるんだよ。」
いつものやり取りを終えると、僕らはいつもの道を歩いて帰った。僕は帰り道の途中で、
「今朝、ショウマと何話しての?」
レイは深呼吸してから、
「あのね、ショウマに告白された。」
「え?好きって?」
「う、うん。」
僕はかなり動揺していたと思う。僕は声を震わしながら、
「で、何て答えたの?」
「それは、無理って言ったよ。だって好きな人いるからって。」
「そうだよね。 俺の時もそうだったからね。 ごめん。今さら。」
「あっ、その事なんだけど、」
「いや、いいよ。気にしてないから・・・」
そんな話しをしている内にもうお互いの家の前まで来ていた。それに気付かないくらいに話し込んでいた。
「じゃあね。」
「うん、また明日。」
僕は家に入るなり、自分の部屋のベットに倒れこみ、そのまま寝てしまった。
「・・けて。」
「・すけて。」
「たすけて‼︎」