第四話:一
【四】
グロース大陸西部に位置する国、エルツ。
エルツは鉱脈のある山に近いこともあり、その豊富な鉱物資源を持っている。
エルツの大部分は山岳地帯や荒野地帯になっていて、ナトゥーアのような緑の豊かさはない。ただ、豊富な鉱山資源で機械技術が発展し、貴金属の採掘量も多い。だから、グロース大陸でも経済的に豊かな国でもある。
そのエルツの首都であるシュタインを、ヒロトは背中に弓を背負って歩く。
シュタインの街は木造建築ばかりのヴォルトと違い、石造りの強固な建物が並んでいる。地面も、草地が剥き出しのヴォルトとは違い、切り揃えられた石が綺麗に敷き詰められて舗装されている。そして、NPCもプレイヤーも含めて、多くの人が通りを行き交っていた。その光景が、シュタインの活気を物語っている。
ヒロトはシュタインの人混みを抜けて、シュタインのマーケットに向かって歩いて行く。そこで、路上に座り込んで商品を広げる商人の前にしゃがんだ。
背の低い中年男性のようなその商人は、ドワーフ族の男性プレイヤーだった。
ドワーフはプレイヤーが選択できる種族の一つで、身長の低い小人族を指す。ヒロトとナナミは標準的な人間族のヒューマンになる。だが、ドワーフはそのヒューマンの膝くらいまでの身長しかない。
ドワーフは見た目は、幼い子供風から味のある老人ドワーフまでキャラクターメイクが出来る。そのため、キャラクターメイクの幅が広い種族として人気がある。
女性ドワーフの見た目を美人にキャラクターメイクすると、ヒューマンでたとえると一〇歳程度の子供に見える見た目になる。だが、設定でドワーフは同い年のヒューマンよりも幼く見えるという設定があるため、決して子供というわけではない。そんな設定がわざわざあるのは、子供をキル出来てしまうゲームは規制に引っ掛かり発売出来なくなってしまうからだ。
ドワーフはキャラクターメイクの幅が広い以外に、小人族であるから小さくて遠目からは見辛いため、プレイヤーキラーが好んで選択する種族でもある。
そのドワーフの男性に、ヒロトは笑顔を向けて話し掛けた。
「どうも」
「んあ? ああ、ヒロトか」
ドワーフの男性は、ヒロトの顔を見てつまらなそうに声を出す。
「金は貸さんぞ」
ヒロトの顔を見た途端にそう言ったドワーフの男性に、ヒロトは苦笑いを浮かべて手を横に振る。
「お金の話じゃないですよ。サーバー最古参のファーガスさんに、このサーバーの大きなギルドについて聞きたくて」
ヒロトがそう尋ねると、ドワーフの男性は大きなため息を吐いた。ファーガスと呼ばれた男性は、目の前に座るヒロトに腕を組んで口を開く。
「うちのサーバーで大きなギルドと言えば、超栄旅団かヴェンチトーレだな」
「超栄旅団とヴェンチトーレ……」
聞き慣れない名前を覚えるためヒロトが復唱するのを聞きながら、ファーガスは話を続ける。
「ギルドの所属人数だけ比べれば、ヴェンチトーレがナンバーワンで超栄旅団がナンバーツーだ。その二つのギルドはお互いにギルドの規模で競い合っている」
「規模って言うと?」
「単純にギルドに所属してるプレイヤー人数だ」
ギルド同士が競い合うのはよくある話ではある。その競い合うことがコンテンツ攻略の速度であったり、超栄旅団とヴェンチトーレのようにギルド規模であったりする。
「その、超栄旅団かヴェンチトーレがルーキープレイヤーをファーミングに利用してるって話は聞いたことありますか?」
ヒロトが本題を切り出すと、ファーガスは眉をひそめてヒロトに訝しげな表情を向ける。
「ルーキーをファーミングに? そういう噂は聞かないが、超栄旅団もヴェンチトーレも素材アイテムのファーミングに躍起になってるって話は聞いたな」
「やっぱり、ファーミングが流行ってるんですね。その素材アイテムは何に使うアイテムなんですか?」
「その素材アイテムはバイタリティ強化薬の素材に必要でな。破天の塔の五階を海外勢がクリアしただろう。その海外勢の攻略情報が出回って、海外勢が破天の塔五階の攻略にそのバイタリティ強化薬を使ってたんだ。だから、それを真似てクリアしようとしたプレイヤーが全サーバーで素材アイテムのファーミングと買い占めをやってる。俺もそれで少し稼がせてもらった」
ニヤリと笑ったファーガスは手の親指と人さし指で輪を作って言う。
シックザールでのステータス強化系の薬品アイテムは、効果時間が短いものの強力なものが多い。
バイタリティ強化薬は、プレイヤーのバイタリティ、いわゆる防御力を一時的に高める。上手く全体範囲攻撃に合わせて使えば、タンクに比べてバイタリティの低いアタッカーとタンクでも通常では耐えられない攻撃にも耐えることが出来る。それにタンクの被ダメージも減るため、上手く使えればヒーラーへの負担が軽くなる。
「つまり、超栄旅団とヴェンチトーレはギルドの規模だけじゃなくて、破天の塔のサーバーファーストも争ってるってことですか」
「ヒロトの言うとおりだ。サーバー内では、各階の攻略はヴェンチトーレがリードしていたが、五階の攻略はどっちも詰まってた。そこでワールドファーストの攻略方法が出たものだから、お互いに相手より先にクリアしようと躍起になってるんだ」
ワールドファーストが全世界で最初に高難易度レイドをクリアすることだが、ヒロトの言った『サーバーファースト』は文字通り、サーバーの中で最初に高難易度レイドをクリアすることだ。
サーバーファーストを獲ったプレイヤー達は、そのサーバー内で一番上手いプレイヤーだという認識をされる。だから、勢力争いをしてライバル視しているギルド同士なら、当然どちらがサーバーファーストを獲得出来るか競い合う。
「それで、お互いにマーケットの素材を買い占め合った後、後はファーミングで確保するしかなくなったが、そのファーミングで揉めているみたいだな。端的に言えば、狩り場の取り合いだ」
ファーガスは大きく深いため息を吐いて呆れた表情をする。
ファーミングに適した効率的な狩り場は限られてくる。だから、その狩り場の取り合いで揉めるプレイヤー達は少なからず居る。普通なら譲り合いをするべきなのだが、超栄旅団とヴェンチトーレのようにライバル視してる同士だと、どうしても取り合いになって争いが起こってしまう。
「二つのギルドがファーミングで揉めてるって話は、その超栄旅団とヴェンチトーレのギルド間で起こっている勢力争いのとばっちりを受けてた他のプレイヤー達と話をして聞いたんだ。だが、ルーキーを使ったファーミングの話は聞かなかったな。ルーキーをファーミングに使ってるやつらが居たのか?」
質問をしていたヒロトに、今度はファーガスが聞き返す。しかし、ヒロトは歯切れの悪い言葉で答えた。
「いや、正確にそうとは言えないんですけど。レベル上げと言って、フィールドモンスターを狩らせて、ドロップアイテムを先輩プレイヤーに集めてたので、ファーミングじゃないかと思って」
ヒロトの話を聞いたファーガスは露骨に眉をひそめる。そして、壁に背中をつけて息を吐いた。
「それは完全にルーキーを利用したファーミングだろう。先輩プレイヤーならモンスター狩りがレベル上げとしては不味いのは知っているはずだ。それをレベル上げと言っている時点で明らかだ。しかし、それだけだと超栄旅団なのかヴェンチトーレなのか、それとも他のギルドなのかも分からないな」
ファーガスの言う通り、ヒロトが知っている情報だけでは誰の仕業なのか特定するのは難しい。
超栄旅団とヴェンチトーレがサーバーファーストを争い合っているから、二つのギルドが怪しいとは限らない。他の中規模、小規模のギルドもそれぞれサーバーファーストを目指しているギルドは存在する。
「それで、ファーミングしてそうなギルドの話を聞いてどうするつもりだ?」
「もし、ルーキープレイヤーでファーミングしているとしたら、止めさせようと思ってます」
ヒロトの言葉に、ファーガスは露骨に眉間にしわを寄せた。
「ゲームマスターにGMコールするのが無難だろうな。ゲームマスターなら、ヒロトの情報だけでも調べようと思えば調べられるだろう」
GMコールは、シックザールの運営会社エヴォルツのサポートスタッフに対して問い合わせを行えるシステムのことを指す。GMコールでは、様々なゲーム内のバグやゲーム内で起こる幾つかのトラブルに対応してもらえる。
ヒロトが目撃したルーキープレイヤーを利用したファーミングは、ゲーム利用規約に定められたハラスメント行為に当たる可能性がある。
ハラスメント行為は、他者を誹謗中傷したり、他者のゲームプレイを著しく妨げたりする行為を指す。だが、ルーキーが騙されているのか、それとも自ら進んで行っているのかが分からないため、確実にハラスメント行為と判断されるとも言えない。
「それに、この手のトラブルにプレイヤーが首を突っ込んで良いことはないぞ」
プレイヤー間のトラブルに首を突っ込もうとするヒロトに、ファーガスは真剣な顔で釘を刺す。
ヒロトは、今回のルーキープレイヤーを使ったファーミング疑惑の当事者ではない。当事者ではないヒロトが直接首を突っ込めば、更なるトラブルを生む可能性がある。そのトラブルに巻き込まれれば、当事者ではないヒロトにも被害が及ぶ可能性がある。それこそ、前サーバーで満足にシックザールを遊べなかった二の舞になる可能性だってあった。
MMORPGに限らず、インターネットを使い匿名でコミュニケーションが取れるサービスでは、現実の個人を特定し辛いという安心感から、行動や言動が攻撃的になりがちな人も存在する。その攻撃的になった人は、加減を考えずに他者を精神的に攻撃するようになる。その危険にヒロトが晒されることになるかもしれないと、ファーガスは釘を刺したのだ。
「分かってます。でも、確定してない情報はゲームマスターも判断し辛いでしょうし」
「それはそうだが、ヒロトが首を突っ込んでも上手く解決出来るとは思えないな」
調査を続けようとするヒロトに厳しい声でファーガスは言う。しかし、ヒロトは視線を落としてファーガスに話す。
「知り合いのルーキープレイヤーがそのファーミングに使われてるかもしれないんです。だから、放っておけなくて」
「そうか。フレンドが巻き込まれているとなると、見て見ぬ振りは出来ないか……」
ファーガスは視線を落としているヒロトを見て、ヒロトの気持ちを察した
「情報を集めるのはヒロトより俺の方が上手いだろう。情報の方は任せておけ、こっちのネットワークで調べておく」
「ありがとうございます」
ファーガスはヒロトの表情を見て、小さくため息を吐いて調査への協力を申し出た。
ファーガスはヒロトの居るサーバーで古くからプレイしているプレイヤーで、サーバー内のプレイヤーにも顔が広い。だから、ヒロトよりも多くの情報を集めることが出来る。
「それで? いつ元のサーバーに戻るんだ?」
そのファーガスの言葉に、ヒロトは乾いた笑いを浮かべる。
「いや、店を持ちましたし、ずっとこのサーバーでのんびりやりますよ」
「俺はどうしても、お前が悪名高いダークナイトには思えんな。ことが落ち着いたら戻るのだと思っていた」
「…………知ってたんですか」
ファーガスの言葉に、ヒロトは声を落として答える。ヒロトはこのサーバーに来て自分が元居たサーバーのことや、元居たサーバーで自分がどんな目に遭ったかは誰にも話していなかった。しかし、ファーガスはヒロトが巻き込まれた事件を知っていた。
「シックザール始まって以来の、大きな事件だったからな。ネットのまとめサイトと掲示板でお祭り騒ぎだっただろう。ヒロトのスクリーンショットもキャラクター特定のために晒されていた。興味を持って見ていた人間なら分かる」
ファーガスは立ち上がってしゃがんでいるヒロトを見下ろす。そして、顔で通りの向こう側を指してから歩き出した。ヒロトはそのファーガスの行動に黙って頷いてファーガスと同じ方向に歩き出す。