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第三話:二

 森での食材集めを終えて、ヴォルトにある自分の店ラオネンに戻って来たヒロトは、店の前で待っていたナナミを店内に入れて、ミルクをナナミに出した。そして、森で見た一部始終をナナミに説明した。

「で? それがどうしたの?」

 ラオネンの店内でカウンター席に座るナナミが、コップに注がれたミルクを飲んで首を傾げる。説明を受けたナナミには、ヒロトの説明に特に不審に思う点がなかったからだ。

 カウンターを挟んでナナミの正面に立つヒロトは、両腕を組んで厳しい表情をして口を開いた。

「同じダンジョンを周回したり特定の場所でモンスターを狩ったりして、アイテムを稼ぐのをファーミングって言うんだよ」

「ファーミング? でも、それって悪いことじゃないんでしょ?」

「そうなんだよ。ファーミング自体は悪くない。そうなんだけどな~」

 ヒロトはナナミの当然の言葉に同意はするものの、釈然としない様子でカウンターの内側にあった椅子に腰掛ける。

 ナナミの言うとおり、ファーミング自体は全く悪いことではない。もちろん、バグでゲーム開発運営側からは意図しないファーミングが出来るようになっている場合もある。その意図しないやり方で行われていたファーミングは、ファーミングが出来ないように開発側で修正される場合もある。だが、バグ等のゲーム側の不具合を悪用していなければ悪い行為ではない。しかし、ヒロトにはパラディン達の行っていたファーミングに対して気になることがあった。

「いや、参加してた全員がアイテムを効率的に集めるためのファーミングをやってるって理解してるなら別に問題ないんだよ。でも、パラディンが言ってたんだ。“レベル上げ”だって。ナナミにも前に言ったと思うけど、フィールドでモンスターを狩るのはレベル上げとしてはかなり効率が悪い。ただ、パラディンのやり方は、パーティープレイの基本を経験出来るやり方ではあった。でも、パーティープレイの基本を教えるって言いながら、本当はアイテムのファーミングが目的だとしたら、ルーキー達を騙しているのかもしれない」

「まあ、ヒロトの言うとおり、そのパラディンが嘘を吐いてたとしたら、それは気分が悪いかも」

 ミルクを飲み干したナナミは、カウンターに頬杖を突いてヒロトに視線を返す。

「でも、そのパラディンがルーキーを騙してたって証拠はないんでしょ? それだったらどうしようもないんじゃない? 一応、経験値はクエストより稼げなくても、モンスターで稼げるんだし」

「そうなんだよな。一応、やり方は全く効率的じゃないけど、パラディンの言った通りレベル上げにはなるんだ……」

 ナナミの言った通り、パラディンがルーキープレイヤーにやらせていたモンスター狩りでもレベル上げが出来る。だから、モンスター狩りよりも効率的なレベル上げの方法があるからと言って、パラディンがルーキー達に嘘を吐いていたということにはならない。だが、ヒロトは去り際に見たパラディンの笑みが気になっていた。

 ヒロトがパラディンに尋ねることも出来る。ただ「ルーキープレイヤーを騙してファーミングしてるのか?」と尋ねてもまともに答えるプレイヤーは居ない。それに、騙していたとしても騙していなかったとしても、証拠もないのに疑えば相手をただ怒らせてトラブルを起こすことにしかならない。

 ヒロトはカウンターの奥で座りながら息を吐くと、ナナミはヒロトに身を乗り出して話し掛ける。

「ところでヒロト、私、今レベル八なのよ」

「もうレベル八まで上がったか。なら、後二つレベルを上げれば初ダンジョンに挑戦出来るな」

「そうなの! だから、初ダンジョンの時、一緒に行ってくれない?」

「もちろんいいぞ」

「やった!」

 ヒロトが快く引き受けると、ナナミは両手の拳を胸の前でグッと握って喜ぶ。

 初のダンジョン攻略は同時に初の本格的なパーティープレイになる。だから、ナナミとしては見知った顔のヒロトが居た方が安心だった。

「あとはヒーラーとアタッカーが一人ずつ集まれば初ダンジョンは安心ね」

 ヒロトの参加を取り付けたナナミは、ニコニコ笑いながらそう言う。

 シックザールでは基本的に、パーティー構成は自由。しかし、最低でもタンク、ヒーラー、アタッカーは一名ずつ居なければロール制を採用しているシックザールでの戦闘では不安が残る。

 シックザールで最も小さなパーティー単位は一パーティー四名。ということは、各ロール最低一名ずつを集めても、一枠が余ることになる。この残り一枠はどのロールのプレイヤーを入れても構わない。だが、基本的に小規模なダンジョンではタンクもヒーラーも一名ずつでこと足りるため、大抵のプレイヤーはパーティーのDPSを上げて攻略速度を速めるためにアタッカーを残り一枠に当てることが多い。

 ナナミはタンクロールの剣士。ヒロトはアタッカーロールのハンター。そうなると、あとはヒーラーとアタッカーを集める必要がある。

「まあいざとなったら、パーティー募集掲示板に募集を出せば良いんじゃないか? ヒーラー一名、アタッカー一名募集って」

「最後の手段はそれだけど、やっぱり知ってる人と一緒の方が安心じゃない?」

 MMORPGを初めてやるプレイヤーが最初にぶつかる壁がパーティーメンバー集めだ。

 パーティープレイは当然、自分以外のプレイヤーと協力しなければいけない。そして、協力するプレイヤーを得るにはメンバー集めをやらなければいけない。だが、MMORPGの経験がないプレイヤーは、他のプレイヤーに協力を頼むことに尻込みをする。

 現実世界で知り合いの友達同士ならそういう尻込みはないが、MMORPGではインターネットの向こう側に居る顔も声も知らない相手とプレイすることになる。相手の素性が分からない分、遠慮をしてしまうプレイヤーは多い。特に日本語圏のプレイヤーは『相手に迷惑を掛けてしまうかもしれない』ということが頭に浮かび、より尻込みしやすい。

 シックザールにはパーティー募集掲示板というパーティーメンバーを募集していることをゲーム内に発信出来る機能が存在する。だが、その募集を立てることも初めてだと躊躇うプレイヤーは多い。

 ナナミはラオネン店内を見渡してから、ヒロトに視線を戻し呆れた顔を向ける。

「RPGでは、酒場って冒険者が集まるところじゃないの? ここっていつ来てもお客が私だけしか居ないんだけど?」

 ナナミとしては、活気のある酒場で顔見知りになった冒険者と一緒に冒険者に出る。そういう冒険をイメージしていた。しかし、ヒロトの店はそのナナミのイメージの中にある酒場と比べるとだいぶ静かな雰囲気だった。

「大きなお世話だ」

 ヒロトはムスッとした不満げな表情をナナミに向ける。

 ヒロトの店ラオネンは人が多く集まる、いわゆる流行っている店ではない。ただ、それはヒロトの店が特別人気がないというわけでもなかった。

 シックザールでアイテムの取引を行う場合、多くのプレイヤーはマーケットを使用する。

 マーケットはプレイヤーが各首都に存在するマーケットへ任意のアイテムを出品出来るシステムのことを言う。マーケットはどの首都のマーケットから出品されても、全てのマーケットでやり取り出来る。

 マーケットに出品する際、プレイヤー側はアイテムに取引価格を設定する。そのアイテムをマーケットで見たプレイヤーが、取引価格に応じたゴールドをマーケットのNPCに支払えば取引完了となる。取引で出品者が得たゴールドは、マーケットNPCに話し掛ければ得られる。

 ヒロトが持っているラオネンのような店には、ゴールドを掛ければ店員NPCを設置することが出来る。ヒロトはその店員NPCをまだ設置していないが、店員NPCを設置すれば店で出品されているアイテムは、同時にマーケットにも出品される仕組みになっている。

 つまり、わざわざプレイヤーが建てた店に出向いて取引を行うメリットはほとんどない。ただ、商人としてのロールプレイを好むプレイヤーが自己満足と雰囲気作りのために購入するという意味では、店を持つ側のプレイヤーには意味がある。

「お客はナナミだけって言うけど、ナナミはゴールドを払わないんだからうちの客じゃないだろう」

 ヒロトはナナミに皮肉を込めてそう言う。ナナミがラオネンに来てから、ヒロトはナナミからゴールドを受け取っていない。それは、ナナミが始めたばかりのプレイヤーということもあるが、フレンドということもある。そして、そもそもヒロトが店で利益を得ようと考えていないという理由もある。

「ってことは、いつ来てもここにはお客が誰も居ないってことね」

 両手を持ち上げて肩をすくめるナナミから視線を逸らし、ヒロトは小さくため息を吐いて視線を床に向ける。しかし、そのヒロトの頭の中には、ナナミにからかわれた悔しさではなく、森で見たパラディン達のことがまだ残っていた。

 MMORPGに限らず、ゲームを初めてプレイする多くのプレイヤーは事前にゲームの情報を集めない。それは、先にゲームの情報を知ってしまっては面白くないからだ。だが、その無知さを悪用する良くないプレイヤーが居るのも現状だ。

 若葉マークが無くなったプレイヤーを、ガイドをしてくれる親切なプレイヤーを装ってフィールドに誘導しプレイヤーキルを行うプレイヤーも居れば、アイテムに関する知識が薄いプレイヤーに法外な値段でアイテムを売りつけるプレイヤーも居る。

 そして、無知なルーキープレイヤーにレベル上げと称してファーミングをやらせるプレイヤーが居る可能性も十分にある。

「やっぱりそのパラディンのことが気になるの?」

 ヒロトの表情を見たナナミは、座ったままヒロトの顔を覗き込む。それに、ヒロトは視線を上げて頷く。

「ああ。あのパラディンがルーキーを使ってファーミングしてたとしたら許せない」

 ファーミングはアイテムを集めるという目的から、当然効率の良いファーミングの方法をプレイヤー達が模索する。フィールドのどこがファーミングに適している、どのクラスを集めた方が殲滅速度が速くアイテム獲得までの時間が短い等と、場所や方法をどんどん効率よくなるように突き詰めていく。それは、ファーミングがつまらない行為で、みんな長くやりたい行為ではないからだ。

 ファーミングはアイテム数が目標に達するまで同じことを永遠と繰り返す。そのため、精神的な疲労が溜まりやすい。なにより、やっていることが地味だからだ。だから、好き好んでファーミングを行うプレイヤーは少ない。

 そのつまらないファーミングに時間を取られるのは、プレイヤーはあまり好むものではない。それでもプレイヤーがファーミングを行うのは、ファーミングで集めるアイテムが高価だったり有用なアイテムの素材になったりと、自分達に利益があるからだ。

 ただ、自分達がつまらなくて面倒くさい行為を、他人を騙してやらせるということは明確な規約違反だ。しかし、ヒロトには、パラディンがルーキー達を騙していたと断定出来ない。

「ナナミはパラディンに声を掛けられたことはないか?」

 ヒロトはナナミにパラディンについて尋ねる。ヒロトが見たパラディンが無知なルーキーを騙していたとしたら、片っ端からルーキーに声を掛けて集めていた可能性が高い。そして、つい最近シックザールを始めたばかりのナナミは声を掛けられた可能性がある。しかし、ナナミはヒロトに首を横に振って否定した。

「いや、あの変態格闘士以外に声を掛けられたことはないわよ」

「そうか」

「調べるの?」

「う~ん……」

 腕を組んだヒロトにナナミが尋ねると、ヒロトは低く声を出して考え込んだ。

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