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最終話:二

 ヒロトはパラディンの言葉に、少しだけ悲しさを滲ませて声を漏らす。

 パラディンのような他のプレイヤーに個人的な恨みを持ってプレイヤーキルを仕掛けようとするプレイヤーを粘着プレイヤーと言う。特定のプレイヤーに対してずっと貼り付くようにキルを繰り返すことは粘着プレイヤーキルと呼ばれる行為になる。その粘着プレイヤーキルはあまりにも酷い場合、ハラスメント行為としてゲームマスターから注意を受ける可能性まである。だから、粘着をすれば、結果的にパラディンは自分の首を絞めることになる。

 だが、ヒロトはパラディンの言葉で、前サーバーでシックザールをプレイし続けることが出来なくなったことを思い出していた。

 ヒロトは前のサーバーで、気の合うフレンドと一緒に毎日楽しく遊んでいた。破天の塔の攻略で、尖鋭隊のパラディンに口を出したのも、ヒロトは単純に攻略するために意見を出しただけだ。そこには『みんなで協力しよう』という意思しかなかった。

 MMORPGは色んな人間がプレイするゲームだ。だから、全ての人間が同じ考えだとは限らない。プレイヤー間の交流の中で、気の合うプレイヤーも出来れば、気にくわないプレイヤーも当然出来てしまう。だが、それで誰かを晒したり粘着したりと言った行為が正当化されるわけではない。

「まずは手始めに一キルだッ!」

 憎しみに満ちた声で、パラディンはランスを一瞬後ろに引き、足を踏み出すのと同時に前へ突き出した。ヒロトはそのランスの先が自分に向かってくるのを見て、ゆっくり目を閉じた。

「ハルトガードッ!」

 キィンッ! その甲高い金属音が響くと同時に、凜とした女性の声が響く。

 その声にヒロトが目を見開くと、目の前に盾を構えてパラディンのランスを受け止めるナナミが立っていた。

「ナナミ……どうして……」

「タンクは敵から仲間を守るのが役目でしょ! 仲間を置いて逃げられないわよ!」

 ヒロトを振り返ってそう言ったナナミは、歯を食いしばって盾でパラディンの攻撃を受け止め続ける。

「キュアセンテンスッ!」

「リーナまで!?」

 リーナが固有技でナナミのヒットポイントを回復する。そして、ヒロトに笑顔を向けた。

「ヒロトを一人で戦わせませ――キャアッ!」

 リーナがヒロトに笑顔を向けた瞬間、素早くリーナに接近したアサシンが一撃を加える。そして、リーナのヒットポイントは一瞬で消し飛ぶ。ただでも防御力の低い詠士が、レベルまで遥かに上のアサシンの攻撃に耐えられるわけがなかった。

「リーナァアア!」

 その場で倒れ戦闘不能になって動かなくなったリーナを見て、ヒロトは悲痛な叫び声を上げる。しかし、その叫びが終わる前に、今度はヒロトの正面から悲鳴が上がる。

「キャッ!」

 ヒロトの正面でパラディンの攻撃を受け止めていたナナミは、ランスの二撃目でヒットポイントをゼロにされて戦闘不能になる。ヒロトは、目を見開いて自分の目の前で地面に倒れたナナミの側に膝を突いた。

「ナナミッ! どうして……戻って来たんだッ! ナナミとリーナが巻き込まれる必要なんてなかっただろッ!」

 乾いた地面に膝を突くヒロトは、両手で戦闘不能になったナナミに触れようとする。しかし、ヒロトの手が触れる前に、金属製の靴サバトンがガリャリと無慈悲な金属音を立てて、ナナミの背中を踏み付けた。そのサバトンを辿った先には、勝ち誇った顔で笑うパラディンが居た。

「ハハハハハッ! くっそよえーやつらが出しゃばるからだ!」

「…………」

 高笑いを上げるパラディンの声を聞きながら、ヒロトは黙ってゆっくり立ち上がる。

 死体を踏みつける行為は、そのまま死体踏みと呼ばれる。そして、死体踏みは“相手の怒りを煽るため”に使われる。

 プレイヤー・バーサス・プレイヤーの略語であるPvPはプレイヤー同士の対戦を指す。そのPvPでは、敵を煽る行為は日常茶飯事だ。PvPを好むプレイヤーでは死体踏みのような煽り行為に対して過敏な反応はしない。だが、ヒロトはPvPを好んでやるプレイヤーではない。

 目の前でレベルが圧倒的に低いプレイヤーを蹂躙し、そして戦闘不能になったプレイヤーを踏み付ける。しかも踏み付けられたプレイヤーは自分のフレンド。そんな状況でひょうひょうとしていられる程、ヒロトは冷静な人間ではなかった。

「クラスチェンジ。ダークナイト」

 立ち上がったヒロトが目の前で勝ち誇っているパラディンを冷たい目で睨み付けながら、そう言った。

「なっ……」

 ヒロトを黒い光が包み、その光が晴れた瞬間、ヒロトの姿を見たパラディンが目を見開き、勝ち誇った表情から驚愕の表情に変えてその声を漏らす。

 全身真っ黒な鎧に包まれたヒロトは、頭に被ったヘルムの隙間からパラディンを睨み付ける。そして、背中に装備した漆黒の両手剣をゆっくり抜いて、体の前で両手で構える。

「お前……その鎧は……破天の塔の……」

 予想もしていなかった状況に驚き、ランスと大盾を構えることも忘れてパラディンはその声を漏らす。

 ヒロトが装備している防具は、破天の塔の一階から四階までのクリア報酬で固められている。つまり、現時点のシックザールで最強の防具になる。そして、ヒロトが持っている両手剣は、鍛冶スキルで作れる両手剣の中で最も強力な両手剣、グラオザームツヴァイヘンダー。

「ダークエンチャント!」

 ヒロトがそう唱えると、ヒロトの全身と武器に黒いオーラが纏う。そして、一気にパラディンに向かって突撃した。

 ダークエンチャント。自身の武器と防具に闇の力を付与するダークナイトの固有技。ダークエンチャント中は攻撃力が常時三〇パーセントアップするが、ダークエンチャント中は徐々に自身のヒットポイントが減少し続ける。

 そのダークエンチャントをヒーラーの居ない状況で使うのは自殺行為だった。だがしかし、攻撃力の常時三〇パーセントアップはかなり強力だ。

 パラディン達が身に付けている装備は破天の塔の装備ではない。それどころか、カンスト後の戦闘コンテンツに行けば誰だって得られる程度の装備。装備の強さで言えば並程度のものだった。だから、ダークエンチャントはその装備性能の差を広げることが出来る。

「クッ! な、なにッ!?」

 突撃してくるヒロトに大盾を構えて身構えたパラディンは、自分の横をヒロトが素通りしたのを見て驚く。

「キャァアッ!」

 パラディンの横を駆け抜けたヒロトは、パラディンの後ろに控えていたホーリーウィザードに両手剣で三連撃を加える。装備性能の差に加えダークエンチャントの効果も乗ったヒロトの攻撃に、ホーリーウィザードは一瞬で戦闘不能になる。

 ヒロトがパラディンではなくホーリーウィザードを狙ったのは、ホーリーウィザードがヒーラーだったからだ。

 PvPにおいて、回復が出来るヒーラーは最重要なロールになる。だから、相手のヒーラーを素早く倒すのは、PvPで勝つためのセオリーだった。

「三人で囲めッ!」

 ホーリーウィザードを倒したヒロトに、パラディンは残ったバーバリアンとアサシンと連携して攻撃を仕掛ける。しかし、ヒロトは突っ立ったまま右手を両手剣の柄から離して地面に向けた。

「ドレインギフト」

 ヒロトが固有技名を唱えると、ヒロトが右手を向けた先に広い暗黒フィールドが生成される。そのフィールドの範囲内には、丁度ヒロトに攻撃を仕掛けてきたパラディン、バーバリアン、アサシンが居た。

「クッ! 動けないっ!」

 暗黒フィールドに足を踏み入れたアサシンが焦った声を上げる。それは、暗黒フィールドを踏み付けた足が動かなくなったのだ。

 ドレインギフトは、地面に暗黒フィールドを発生させる暗黒魔法。

 ドレインギフトによる暗黒フィールドは三〇秒間生成され、そのフィールド内に入った敵は、ダメージを受け続ける。更に範囲内では、一〇秒間身動きが取れなくなる、拘束のバッドステータスが付与される。

「グアッ!」「ガハッ」

 暗黒フィールドに足を取られて拘束を受けていたバーバリアンとアサシンがほぼ同時に悲鳴を上げてその場に倒れる。暗黒フィールドでヒットポイントを減らされているところに、ヒロトの攻撃をそれぞれ受け戦闘不能になったのだ。

「クソッ!」

 拘束のバッドステータスが消えた瞬間、パラディンはすぐに暗黒フィールドの外へ脱出する。

 暗黒フィールドでヒットポイントを減らされたパラディンは、回復薬を使用して回復する。回復薬で回復出来るヒットポイント量は微々たるものだが、パラディンはニヤリと笑ってヒロトを見る。

 ヒロトのヒットポイントはダークエンチャントの効果で徐々に減り続ける。そして、ヒロトのヒットポイントは既に半分を切ろうとしていた。

「ダークナイトがパラディンに勝てるはずが――」

「シャドウコート」

 ヒロトはパラディンの言葉を無視して更に固有技を使用する。

 シャドウコートはダークエンチャント中に発動可能な固有技で、二〇秒間ダークエンチャントのヒットポイント減少効果を停止し、更に自身の攻撃力を二〇パーセントアップさせる。つまり、ダークエンチャントの攻撃力三〇パーセントアップに加えて二〇パーセントアップが足され、ヒロトの攻撃力は五〇パーセントアップになっている。

 ヒロトはシャドウコートを使用してすぐ、残ったパラディンに向かって両手剣で立て続けに攻撃を加える。

「クッ! 身構えるッ!」

 パラディンはヒロトの猛攻に堪らず、大盾を構えて固有技を発動する。パラディンの発動した身構えるは、パラディンの下位クラスである槍士の固有技。二〇秒間、敵から受けるダメージを二〇パーセント軽減する効果がある。だが、装備差にダークエンチャントとシャドウコートの乗ったヒロトの攻撃力は凄まじかった。

 防御力の高いパラディンのヒットポイントが見る見るうちに減少していく。しかし、それと同時にヒロトのヒットポイントも四分の一を切っていた。

「ハハハハッ! お前の負けダァァア!」

 自分のヒットポイントがゼロになる前にヒロトのヒットポイントがゼロになると確信したパラディンは、大盾でヒロトの攻撃に耐えながらその声を上げる。しかし、ヒロトは表情を変えずに、両手剣を振り上げ大盾に向かって振り下ろしながら唱えた。

「デスディザスタァーッ!」

 ヒロトが唱えた瞬間、両手剣が黒い光エフェクトを纏う。そして、その黒い光を纏った両手剣が大盾に激突した瞬間、激しい衝撃波が起こった。

 デスディザスターは、敵一体を対象にしたダークナイトの固有技。そのデスディザスターの威力は、使用者の“残りヒットポイントが低ければ低いほど高くなる。”

「グハァッ……」

 デスディザスターをまともに受けたパラディンは辛うじて悲鳴を上げ、膝からその場に崩れ落ちて地面に倒れ込んだ。

「ダークエンチャント」

 パラディンが倒れたことを確認したヒロトは、再びダークエンチャントを唱えてダークエンチャントを解除する。そのヒロトのヒットポイントは一ドット分ほどしか残っていなかった。

 ヒロトは倒れているパラディンを見下ろしながら、両手剣の剣先を倒れるパラディンの背中に向ける。

「俺のフレンドに手を出したらどうなるか覚えておけ」

「ガハッ!」

 ヒロトはそう言って、両手剣でパラディンの背中を突き刺し、パラディンに止めを刺した。


 超栄旅団のパラディン達とヒロトの戦いは、サーバー内でそれなりの話題になった。

 サーバー二位のギルドメンバー四人が無所属のプレイヤーたった一人に瞬殺されたこともそうだが、話題になった理由は別にあった。

 ブロッケン荒野の一角で行われたヒロト達の戦いを、付近に居たプレイヤーキラー達が録画していたのだ。そして、その録画映像をプレイヤーキラーの一人が動画投稿サイトに投稿して騒がれた。

 映像に映っているダークナイトは、幻のワールドファースト事件で無実だったダークナイトだと。

「ヒロトって凄い人だったのね」

「別に凄くない。俺は普通にシックザールを遊んでただけだ」

 ヒロトが持っている店ラオネンの店内で、カウンター席に座るナナミがクスクス笑いながらヒロトをからかって言う。

「でも、凄かったです! 四人相手に勝ってしまうなんて」

「別に凄くない。装備の差があったからだ」

 ナナミの隣で目をキラキラと輝かせながら言うリーナを見て、ヒロトは真剣な表情で言う。

 シックザールでは戦闘不能になっても、周囲の状況は見聞きすることが出来る。だから、ヒロトが戦っている間に起こったことは、ナナミとリーナも見ていた。

「外にヒロトのファンが来てたわよ?」

「俺にはファンなんて居ない」

「でも、ヒロトに戦い方を教えて欲しいって人も居ましたよ?」

「まあ、教えるくらいなら……って、そうじゃなくて。……二人共、俺のせいでごめん」

 からかい続けるナナミとリーナにだいぶペースを乱されていたヒロトだったが、二人に向かって頭を下げた。

 今回のプレイヤーキルはヒロトに恨みを持った超栄旅団のパラディンが主導したものだった。だから、それにナナミとリーナを巻き込んでしまったことをヒロトは申し訳なく思っていた。

 ヒロトにとっては、サーバーを変えるきっかけになった事件と同じことを起こしてしまったという形になる。しかし、そんなヒロトにナナミもリーナも笑顔を向け続けた。

「何言ってるのよ。ヒロトは私達がやられた借りを返してくれたじゃない! ありがとう!」

「そうです。私はヒロトに感謝することはあっても、謝って欲しいなんて思ったことはありません!」

「ナナミ、リーナ……ありがとう」

 ヒロトはカウンターの影で握り締め振るわせていた手をゆっくりと開きながら、二人へまた頭を下げた。ただ、今度は謝罪の意味はなく感謝の意味からだった。

「今度からはダークナイトも使ってよ! 凄く格好良かったし!」

「そうですね! ハンターのヒロトも良いですけど、ダークナイトのヒロトも良かったです!」

「二人が言うなら、時々は使おうかな」

 ヒロトはそう話すナナミとリーナを見ながら、微笑みを返した。

 今回の事件で、ヒロトのトラウマになっていた幻のワールドファースト事件の記憶が全て消え去ったわけではない。未だに、ヒロトは自分の所属していたギルドメンバーが虐殺される光景を思い出して胸を締め付けられる。だが、前よりも、ヒロトの心にのし掛かる重荷は軽くなった。それは、ナナミとリーナが居るからだ。

 シックザールはゲームで遊びでも、楽しいことばかりではない。戦闘でミスをして全滅させてしまえば落ち込みもするし、無慈悲なプレイヤーキルで自分が犠牲になったりフレンドが犠牲になったりすれば辛く悲しい思いをする。でも、そんな楽しいことの中にある悲しいことを乗り越えさせてくれる存在はフレンドだ。

 戦闘でミスをしても励まし盛り上げてくれるフレンド。プレイヤーキルの犠牲になっても、気持ちを切り替えて一緒に遊んでくれるフレンド。

 数一〇〇万というプレイヤーの存在するシックザールで、三人は出会った。その出会いの確率は天文学的で、ほとんど奇跡と言っても間違いない。だけど、三人は出会い、そして仲の良いフレンドになった。

 そういう出会いがあるからシックザールは辞められない。

 そう、ヒロトはナナミとリーナに笑顔を向けながらひっそりと思った。

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