最終話:一
【一〇】
ヒロトは自分が持っている店のカウンターに立ち、正面に座っているパラディンに視線を向ける。
そのパラディンは、リーナ達ルーキープレイヤーをファーミングに利用していた超栄旅団のパラディンだった。
ただ、そのパラディンは客として来たわけではない。
「お前はこのサーバーでは居場所がなくなったな~。うちのギルドに楯突くからこうなるんだ」
「何も買わないなら帰ってくれるか? この後、用事があるんだ」
ヒロトは両腕を組んで、ニヤニヤと勝ち誇った顔を向けるパラディンに言い返す。
超栄旅団は、ヒロトがリーナを脱退させたことで、囲い込もうとしていたルーキープレイヤー全員に脱退された。それは超栄旅団のやり方が間違っていたのだが、それを逆恨みした超栄旅団は、全ギルドメンバーにあることを拡散するように通達した。
それは、ヴォルトにラオネンという店を持ったハンターとは一切パーティーを組まないようにするというもの。だが、それは効果を発揮しているとはあまり言えなかった。
ヒロトが活動していた前のサーバーの時とは違い、今回はヒロトに対して大した影響はない。
前サーバーでは、同じサーバー内で活動しているほとんどのプレイヤーに、ヒロトの捏造された悪行が広まった。そのせいで、ヒロトはそのサーバー内ではまともにプレイ出来なくなった。しかし、今回ヒロトを敵視しているのは超栄旅団のメンバーのみだ。
超栄旅団はサーバー内で第二位の規模を誇る大きなギルドだが、いくらサーバー二位だからと言ってもサーバー全てに対して影響力があるわけじゃない。むしろ、ギルド外のプレイヤーからは、狩り場の占領等で評判が悪い。そのため、ヒロトへの嫌がらせに協力的なのは超栄旅団のメンバーくらいしか居ない。
「チッ」
超栄旅団のパラディンは全く表情を変えないヒロトへ舌打ちをして店を出て行く。それを横目で見ながら、ヒロトは小さく息を吐いた。
「これでリーナの巻き込まれたトラブルは収まったか」
超栄旅団は評判が悪いと言っても、サーバー二位のギルドだ。だから、たった一人のプレイヤーに対して二〇〇名近いギルドメンバーでプレイヤーキルを仕掛けるということは出来なかった。それは単純に大人げない行為でしかないからだ。
シックザールにおいて、ギルド間の抗争がないわけではない。超栄旅団とヴェンチトーレのように勢力争いをしているギルド同士が揉めて、ギルド同士の戦闘になることはままある。ただ、圧倒的多数のギルドがたった一人のプレイヤーに対して報復でプレイヤーキルをするのは大人げない。そして、その大人げない行為は晒しの対象になる可能性が高い。
晒しの危険性は、ヒロトが関わった幻のワールドファースト事件で十分知れ渡っている。だから、ヒロトのパーティーに参加しないという間接的な嫌がらせくらいが、超栄旅団として出来る報復の精一杯だ。ただ、その報復に全く正当性はないが。
ヒロトはラオネンを出てヴォルトにある転送装置に向かって歩き出す。今日はこれから、ナナミとリーナと一緒に遊ぶ予定がある。
先日、エルツの首都シュタインの転送装置を解放したナナミとリーナは活動拠点をシュタインに移していた。その二人のクエストの手伝いにヒロトが呼ばれたのだ。
基本的に、シックザールに存在する全てのクエストはパーティーを組めば一緒にプレイ出来る。ただ、ほとんどのクエストは一人でもクリア可能な難易度になっている。ヒロトが参加するのはクエストが多少楽になるのと、ナナミとリーナが気の合うフレンドと一緒に遊びたいという希望からだ。
ヒロトはヴォルトに存在する転送装置の前まで歩いて来る。転送装置は石製の台座に大きな水晶玉がはめ込まれたもので、淡く光を放っている。
「シュタインへ」
転送装置にはめ込まれた水晶玉に手をかざしてヒロトがそう言うと、ヒロトの視界は一瞬ブラックアウトしてすぐに光に包まれる。その光が晴れると、そこはついさっきまで立っていたヴォルトではなくシュタインの転送装置前だった。
「ヒロト、遅い」
「ごめんごめん」
転送装置の側で待っていたナナミが、転送してきたばかりのヒロトへそう不満を口にする。
「あれ? リーナは居ないのか?」
「リーナはちょっとマーケットを見てくるって」
「じゃあ、マーケットまで行くか」
ヒロトはナナミと一緒にマーケットに向かって歩き出す。そして、歩きながらナナミに尋ねた。
「リーナはマーケットで何か欲しいアイテムがあったのか?」
「うん。街で可愛い靴を履いてるプレイヤーが居て、同じ靴を探してるんだって」
「靴か。まあ女の子らしいな」
見た目装備は男女問わず人気が高い。だが、特に女性のプレイヤーは見た目装備をコレクションすることに一生懸命になるプレイヤーが多い。ただ、キャラクターの着せ替えもシックザールの楽しみ方の一つだ。
「ヒロトは見た目とか気にしないの?」
「いや、気にしないわけじゃないぞ? ちゃんとハンターならハンターらしく見えるようにって考えてやってる。でも、クラスに合った装備って普通の装備で出来るからな」
「まあ、見た目装備って戦うための見た目じゃない装備が多いからね~。あっ、今度リーナと一緒にヒロトの普段着を選んであげるわよ。ヒロトっていっつも同じ見た目だし」
ヒロトの全身を頭から足先まで見たナナミがクスクスと笑いながら言う。それにヒロトは目を細めるが、すぐにニッコリ笑った。
「たまには気分転換で見た目を変えてみるのも良いかもしれないな。おしゃれとかよく分からないから、女の子のナナミとリーナにアドバイスをもらったら良い見た目になりそうだし。俺は剣とか鎧の格好良さくらいしか分からないから」
「何言ってるのよ。ヒロトはハンターなんだから、剣と鎧は装備出来ないでしょ?」
「あっ……そう言えばそうだな」
ナナミの指摘に、ヒロトは笑顔で言う。しかし、内心ではしまったと焦っていた。
ナナミはヒロトはハンターしかやっていないと思っている。それはヒロトがナナミにハンターしかやっていないと嘘を吐いていたわけではない。卑怯な言い方をすれば、ただ他のクラスをやっていると言っていないだけだ。
シックザールでは他のプレイヤーの情報は確認することが出来る。ただ、ナナミは他のキャラクターの装備状況を確認出来ることは知っていても、他のキャラクターの成長状況を確認する方法はまだ知らなかった。
ヒロトはハンター以外にダークナイトをカンストさせているが、やはり前サーバーでのトラブルを忘れるためにダークナイトを人前で使うのは封印してきた。ただ、ヒロトが全くダークナイトをやらなくなったわけではない。
ヒロトはナナミやリーナ達と遊んでいない時に、ダークナイトの練習をやっている。
ヒロトがダークナイトを始めたのは、ダークナイトが使用する固有技が格好良いからという単純な理由だ。しかし、そのきっかけで始めたダークナイトにヒロトははまった。
前のサーバーから移り、人前ではハンターをやるようになったヒロトだったが、ダークナイトの楽しさは忘れられなかった。だから、人前で使わなくなっても一人で練習もしてしまう。ただそれでも、幻のワールドファースト事件は、ヒロトの心に大きなしこりを残している。
「ヒロト、ありがとね」
「え?」
シュタインの通りを歩きながら、ナナミがヒロトに視線を向けずにそう言う。そのナナミの頬は少し赤くなっていた。
ヒロトは突然ナナミからお礼を言われて戸惑うが、それに構わずナナミは話し続ける。
「ヒロトと出会ってなかったら、きっとシックザールをこんなに楽しめなかった。毎日、ヒロトとリーナと一緒に遊ぶのが楽しみなの。今日はいったいどんなところに連れて行ってくれるんだろうって。ヒロトにとっては、レベルの低い私達と遊ぶのはつまらないかもしれないけどさ」
「いや、俺は十分楽しんでる。ナナミとかリーナみたいに始めたばっかりのプレイヤーの反応って、見てて嬉しくなるし楽しいから」
ナナミに答えながら、ヒロトは照れくささの中に嬉しさが溢れた笑顔のナナミを見て優しく微笑んだ。
ヒロトやラルスのような、始めたばかりのプレイヤーをフォローするプレイヤーは、始めたばかりのプレイヤー達の反応を見るのを楽しんでいる。
初めてダンジョンに挑戦する緊張感と、ダンジョンを攻略出来た時の達成感。新エリアに突入した感動と期待感。それらは既に、初めてを終えているヒロトやラルスは経験出来ない。でも、ナナミとリーナと一緒にプレイすれば、その初めての気持ちを思い出すことが出来る。
新規プレイヤーと一緒にシックザールの世界を冒険し直すことは、ヒロトにとって楽しいことだった。
ヒロトとナナミがマーケットに行くと、真剣にマーケットへの出品アイテムを見るリーナの姿が見えた。
「リーナ、ヒロトが来たよ~」
「ナナミ、ヒロト! ごめんなさい、わざわざ来てもらって」
「靴は買えたか?」
リーナが出品アイテム確認を終えるのを見届けると、ヒロトは笑顔で尋ねる。それに、リーナは笑顔で首を振った。
「結構作るのが難しい靴みたいで、値段が高かったです。今の私にはまだ買えませんでした」
「そっか。じゃあ、靴を買うためにゴールドを貯めないとな」
「はい」
ヒロトの言葉にリーナは笑顔で答える。
シックザールでのゴールドの使い道は様々ある。だが、最もプレイヤーが消費するのはマーケットでの売買だ。
マーケットでは、他のプレイヤーが製作したアイテムだけではなくダンジョン等の報酬品も出品されるが、アイテムの中には製作でしか手に入れられないアイテムが存在し、そういう入手経路が限られているアイテムは必然的に取引価格が高くなる。そして、高い製作スキルの熟練度が必要だったり、製作に使う素材アイテムが希少だったりすると、より取引価格は跳ね上がってしまう。
リーナの欲しがっていた靴も、そういう価値の高いアイテムだった。
「そろそろレベル一五だし、次のダンジョンも近いかな~」
ナナミがエーヴィヒバウムで手に入れたフォレストソードを抜いてニコニコと微笑む。それを見るリーナの腰にも、エーヴィヒバウムでリーナが手に入れた樹海の書が装備されている。
エーヴィヒバウムで入手出来る装備品はレベル一〇で装備出来る武器だが、ダンジョン報酬の武器であるため、性能はなかなか良い。そのため、レベルが一五に近付いても新しい武器に変える必要はない。
それに、二人にとっては初ダンジョン攻略で運良く入手出来た武器だ。だから、それぞれの武器に愛着が湧いていた。
「それで? 今日はどこに行くの?」
「ブロッケン荒野に行こう。ブロッケン荒野のクエストはやった?」
「シュタインに近いところは行ったわよ。でも、まだシュタインから離れた場所には行ってない」
ナナミとリーナは、何もヒロトとずっと三人で遊んでばかりいるわけじゃない。それぞれ一人でクエストを消化している。ただ、ブロッケン荒野はプレイヤーキルのメッカということもあり、ナナミもリーナも首都のシュタインから離れることを躊躇っていた。
「じゃあ、今日はオアシスまで行ってみようか」
「オアシスがあるんですか?」
「ああ。設定ではブロッケン荒野を抜ける旅人の休憩所に使われてる。そのオアシスに酒場があって、そこの店主からクエストも受けられる。なかなか経験値が良いクエストだから、今日で一五になるかもな」
「ヒロト! リーナ! 早く行くわよ!」
ナナミはマーケットから離れ、ヒロトとリーナを呼びながらシュタインの出入り口の方向に走り出す。それを見て、ヒロトとリーナは顔を見合わせながらナナミを追い掛けて走り出した。
乾いた砂を巻き上げ流れる風を足で掻き分けながら、ヒロトとナナミとリーナはブロッケン荒野を歩く。三人はヒロトが用意した透過薬を使って姿を消し、ブロッケン荒野のオアシスを目指す。
「早く次のダンジョンに行きたいな~」
「次のダンジョンはどんなところでしょう?」
ヒロトは後ろからついてくるナナミとリーナの話し声を聞きながら、視線を正面に見える荒野に流す。そして、右に見えた高い岩山を見上げて立ち止まる。
「ナナミ! リーナ! 後ろに走れ!」
「「えっ!?」」
突然ヒロトは後ろを振り返ってナナミとリーナに叫びながら、背中に装備した弓を手にとって矢をつがえて岩山に放つ。何もない岩山に飛んだ矢は、甲高い金属音を響かせて弾かれる。すると矢が弾かれた場所に、金属製の甲冑に身を包んで大盾を構えているパラディンが現れた。ヒロトはそのパラディンの顔を睨み付ける。
岩山でニヤッと笑ったパラディンは、超栄旅団のパラディンだった。
「今すぐシュタインに戻れ! プレイヤーキルだ!」
ヒロトはパラディンとは別の三方向に矢を放つ。それは、パラディン以外に隠れている三名のプレイヤーへの牽制だった。
ハンターの固有技サーチで周囲の状況が分かっていた。だから、攻撃を受ける前にパラディンの存在を感知することが出来た。しかし、パラディンには当然、ハンターであるヒロトに透過薬での姿隠しは通じないことは分かっていた。分かっていて、ヒロト達を襲撃してきたのだ。
「私も――」
「二人じゃレベルが低過ぎて相手にならないっ! ナナミは防御バフを使いながらリーナを守って下がるんだ!」
一緒に戦おうとしたナナミにヒロトは叫んで次の矢を弓につがえる。
レベルが一五に満たないリーナには、レベル五〇のプレイヤーキラーの攻撃は耐えられない。ナナミが防御バフを合わせてギリギリ耐えられるかどうかだ。その状況で、ナナミとリーナが残っても戦力になるわけがない。
ただ、ヒロトがナナミとリーナに後退を指示したのは、レベル差だけではなかった。
ヒロトの頭には、前のサーバーでヒロトの所属していたギルドのメンバーが巻き込まれたプレイヤーキル事件のことがよぎっていた。
目の前で無惨にキルされていくフレンド達の姿を思い出したヒロトは、ナナミとリーナを巻き込まないために二人を待避させた。
ナナミとリーナがシュタインに向かって走って行くのを見て、ヒロトは近くにあった岩の影に身を隠す。人一人を隠すのでやっとの岩の影で、ヒロトは手に持った弓を見下ろす。
ヒロトはハンターをカンストさせている。ただ、装備はカンストクラスとしては弱い。それに、敵から離れて戦うハンターは、他のアタッカークラスよりも防御力が低く設定されている。ハンターはプレイヤーキラーを発見する固有技は持っているが、単体ではプレイヤー同士の戦闘には不向きだった。それに、ヒロトは一人で相手は複数。
「出て来いよ。生意気ハンター」
ヒロトの隠れている岩の向こう側から、岩山を下りてきたパラディンがニヤリと笑って言う。
「良いのか? ここで俺をキルしたら大揉めするんじゃないか?」
「舐められたままだと、超栄旅団の名前がすたるからな」
ヒロトはチラリと岩の影からパラディンの様子を確認する。パラディンの後ろには、パラディンの他に三人のプレイヤーが控えていた。
両手に片手斧を装備し上半身裸で下半身には革製のズボンを穿いているドワーフ。両手に片手斧を装備して戦うのは、アタッカークラスのバーバリアンだ。
バーバリアンの隣には、バーバリアンよりも小柄なドワーフが居る。そのドワーフを見てヒロトは唇を噛んだ。そのドワーフはヒロトがナナミとリーナを初めてシュタインに連れてきた時に、ヒロト達を尾行していたドワーフだった。
そのドワーフは、布服に身を包み頭にはバンダナを巻いて両手に短剣を装備している。短剣の両手持ちはアタッカークラス、アサシンの武器だ。
そして、最後の一人は、白いローブに身を包むエルフの女性。そのエルフの女性は杖を装備して戦うヒーラークラスのホーリーウィザードだった。
タンク一人、アタッカー二人、ヒーラー一人は基本的なパーティー構成だった。ただ、それだけにたった一人のハンターを相手にするには多すぎる上に、本気過ぎる構成だった。だが、それだけパラディンがヒロトを本気でキルしに来たということでもある。
ヒロトはゆっくり歩み出た。しかし、それはパラディン達と戦うためではない。
ヒロトは、キルされるために歩み出た。
素直にキルされれば、パラディンは満足してヒロトから手を引く。だから、抵抗せずにキルされるだけでいい。それで今回のことは完全に終わる。そうヒロトは考えた。
シックザールをしていれば、戦闘不能になることは日常茶飯事だ。それに、フィールドでプレイヤーキラーからキルされることも珍しいことではない。そして、デスペナルティーが一部のゴールドを失うだけだから、ヒロトに対する損害も少ない。
「キルしたければキルすればいい」
「はっ。プライドも何もないのか」
「一人にガチ構成で向かってくるやつに言われたくないな」
ヒロトは背中に弓を戻して突っ立つ。それを見たパラディンは小さく笑みを浮かべ、右手に持ったランスの先をヒロトに向けた。
「これで最後だと思うなよ。お前がシックザールを辞めるまで永遠キルし続けてやる」
「……そうか」




