第八話:一
【八】
店のカウンターの内側に座り、ヒロトは小さく息を吐いた。そして、カウンターの向こう側で顔を突き合わせて険しい表情をしている二人を眺める。
「リーナ、あと一人アタッカーを見付けないとね」
「そうですね。ラルスはお手伝いですし、ちゃんと正式なパーティーメンバーを見付けないと」
ヒロトの店ラオネンはすっかりナナミとリーナのたまり場になっていた。
ヴォルトは首都であり、ナトゥーアにあるプレイヤー向けの様々な施設が存在している。そのため、ヴォルト内はいつでもプレイヤー達で賑わっている。ただ、プレイヤー達が頻繁に移動するため、通りにあるベンチでは落ち着いて休憩し辛い。その点、客が全く来ないラオネンはナナミとリーナの休憩所として適していた。
「二人共、初めは色んな人とパーティーを組んだ方が良いと思うぞ?」
ヒロトは自分の店をたまり場にしている二人に、ミルクを出しながら言う。
ナナミとリーナは固定パーティーを組もうとしている。
固定パーティーというのは、パーティーメンバーを毎回同じプレイヤーで固定して活動するパーティーのことだ。
高難易度レイドのような、パーティーメンバーの高い連携が求められるコンテンツに挑戦するパーティーの多くは、固定パーティーを組んでいる。
固定パーティーに対して、パーティー募集で集めたメンバーでコンテンツに挑戦する野良パーティーというのもある。ただ、ナナミとリーナの場合は、仲の良い者同士でメンバーを固めたいというものだから、固定パーティーというよりも身内パーティーとでも言った方が正しいかも知れない。
「ヒロト、誰か良い人居ない?」
「前にも言ったけど、俺はこのサーバーに来たばかりだ。それに俺はこのサーバーに来てから、ずっとソロでこの店を持つ資金集めをしてたからな。交友は狭い」
「ヒロトは別のサーバーに居たんですか?」
ナナミに言ったヒロトを見て、リーナは首を傾げて尋ねる。
「そうそう。で、気分を変えるためにサーバーを変えて遊んでるってわけ」
ヒロトは笑顔を向けて言った。ただ、リーナに真実は言わなかった。
「でも、そうなると前のサーバーにフレンドが居たんじゃないですか?」
首を傾げるリーナがそう尋ねる。ヒロトはそのリーナに笑顔を向けて答えた。
「元居たサーバーのフレンドには言って移ってきた」
ヒロトは確かにサーバー移動を前サーバーのフレンドに話しては来た。しかし、どのサーバーに行くかは言わなかった。それはヒロトが前サーバーのフレンドのことを信じていなかったわけではない。
ヒロトが所属していたギルドやヒロトのフレンドは、ヒロトが巻き込まれた事件によって被害を受けた。だから、ヒロトはその被害の元凶である自分が、ギルドやフレンドのシックザールプレイに関わることを避けようとした。
移動先のサーバーを教えなかったのも、ヒロトがけじめとして自分をギルドとフレンドから切り離したからだった。
ヒロトの取った行動は過剰過ぎる。しかし、その過剰過ぎる行動は、ヒロトの受けたショックの大きさを表してもいた。
「まあ、ヒロトもフレンドが少ないってことは、やっぱり自力で探すしかないのかな~」
「焦らなくても続けてれば、そのうち良い出会いがあるって」
両頬を膨らませているナナミにヒロトが声を掛けると、店の中に数人のプレイヤーが入ってくる。そのプレイヤー達に、ナナミは目を見開いて驚いた表情をする。
ヒロトが店主のレストランのラオネンは、日頃客が全く来ない。だから、たった一人の客も来ないラオネンに団体客が来るという状況は初めてだった。だが、ナナミが驚いたのはそれだけじゃない。
入ってきた団体客が、全員敵意を剥き出しにしてヒロトを睨み付けていたのだ。
「いらっしゃい」
ヒロトは店に入ってきた団体客に向かって、形式上の挨拶をする。ただ、雰囲気からヒロトに対して好意的な客ではないのは明らかだった。
「超栄旅団の人事担当だ。下から、ギルドメンバーをお前に騙されて横取りされたと聞いている」
団体客の先頭に立っているヒューマンの男性プレイヤーは、ヒロトに向かって確信のある言葉で言う。
リーナはヒロト達とエーヴィヒバウムの攻略後、超栄旅団を脱退した。だから、超栄旅団の人事担当を名乗った男性プレイヤーの言う、横取りされたギルドメンバーというのは、リーナのことを言っている。
「まあ、座ってくれ」
ヒロトは男性プレイヤーの言葉に表情は変えず、目の前のカウンター席を手で指し示した。
男性プレイヤーはヒロトの勧めに従って、カウンター席に腰を掛ける。そして、ヒロトは男性に水をコップに注いで出した。
「それで? メンバーを横取りしたという話について説明してもらおうか?」
「横取りと言われてもな。ギルドの参加と脱退はプレイヤーの自由だろう」
「お前がうちから新人を抜けさせた後、残っていた新人が全員脱退した。下からは、新人の脱退の際にお前と揉めたと。それが原因で、新人がギルドに不信感を持って脱退したという話だ」
男性プレイヤーはカウンターを挟んだ向かい側に居るヒロトに視線を向ける。その視線は鋭くヒロトを睨んでいて、明らかな非難をヒロトに向けていた。しかし、ヒロトの言う通りプレイヤーのギルドへの加入脱退はプレイヤー個人の自由だ。誰かが強制することは出来ない。
ヒロトは確かにリーナに対して、超栄旅団からの脱退を勧めた。しかし、それは強制したわけではなく、明らかに超栄旅団に居ることがリーナのシックザールプレイに不利益だと思ったから提案したのだ。最終的に、自身の得たクリア報酬を奪おうとした超栄旅団のパラディンに対して不信感を持ったリーナが自己判断で脱退したに過ぎない。
超栄旅団の他のルーキープレイヤー達は、リーナの脱退理由を人づてに聞いて、自身も超栄旅団に不信感を持ったから脱退した。だから、ヒロトがルーキー達を脱退させたわけではない。だが、超栄旅団はルーキー大量脱退のきっかけを作ったヒロトに敵意を向けていた。
「超栄旅団のパラディンが、ルーキープレイヤーがダンジョンで得た報酬を寄越せと言っていた。そのルーキープレイヤーはその報酬を持っていたいと言っていたのに、マーケットに流してゴールドにすると言っていたぞ?」
「エーヴィヒバウムの報酬品はレベル一〇推奨だ。レベル一〇の武器防具は生産で簡単に用意出来る。それに、すぐにレベル一五になれば装備更新をすることになる」
ヒロトの質問に、男性プレイヤーはリーナから魔導書を取り上げようとしていたパラディンと同じ話をする。それに、ヒロトは一度目を閉じて息を吐いた。その時点でもう、ヒロトは超栄旅団には話が通じないと判断した。
「確かに、装備品の性能だけ考えれば言っている通りだ。でも、そのプレイヤーは性能じゃなくて、頑張って初クリアしたダンジョンの報酬だから持っておきたかったんだ。そういう、シックザールを楽しんでいる気持ちを尊重してやるのが、先輩プレイヤーじゃないのか?」
「うちは高難易度レイドのワールドファーストを狙えるギルドを目指している。そういう甘い考えの人間は必要ない」
「じゃあ、考えが合わないプレイヤーが脱退しても問題ないんじゃないのか? 高難易度レイドに挑戦するギルドだと、メンバー間に温度差があったら足並みが揃わない上に不満が出るだろう。だったら、自分達と同じモチベーションを持って攻略出来るメンバーで固めた方がギルド運営もやりやすいんじゃないか?」
ヒロトのその言葉に、男性プレイヤーは眉をひそめて怪訝な目を向ける。
「お前は高難易度レイドの厳しさを分かっていない。それのワールドファーストを狙うのは更に厳しくなってくる。ワールドファーストを取るには、ギルドの層の厚さも重要なんだ」
男性プレイヤーの言うように、高難易度レイドは高難易度レイドと付くだけあり、クリアが厳しいコンテンツになる。その難しい高難易度レイドをクリアするための要素として、ギルドの層の厚さは重要な要素の一つになる。
破天の塔の全階層ワールドファーストを獲得した海外勢のギルド、リッターオルデンは、総勢三〇〇名を越える大規模なギルドだ。そのうちの一〇〇名が戦闘に特化したプレイヤーで、残りの二〇〇名が生産と採集に特化したプレイヤーになる。
生産採取に特化したプレイヤー達は、破天の塔に挑戦する一〇〇名のプレイヤーをアイテムや装備の面でフォローする。戦闘特化のプレイヤーは、生産採取に特化したプレイヤーが用意してくれたアイテムや装備を使って破天の塔攻略を進めていた。そういう、リッターオルデンのような攻略スタイルは、海外勢のMMORPGプレイヤーに多い。だが、それを丸っきり真似するにはかなり高いハードルがある。
リッターオルデンと全く同じ攻略スタイルを取るには、破天の塔の踏破及びワールドファースト獲得。その高い目標に挑戦し続けられるメンバーを三〇〇名集めなければならない。それは、ただギルドメンバーを三〇〇名集めるよりも遥かに難しいことだ。
更に、そのプレイヤー達から不満が出ないようにギルドを運営出来る、上層部の運営力と統率力も重要になる。
それは、ただ単に方法だけを真似て出来るものじゃない。運営や統率が不十分な場合、絶対にどこかでほころびが出てギルドが瓦解する。超栄旅団も、その瓦解するギルドの典型と言える。
きちんと上層部がメンバーの行動を管理し、加入メンバーの意識を確認していれば脱退は起きなかったのだ。
「確かに、破天の塔のワールドファーストを狙うなら、層の厚いギルドを作って組織的に動かす必要がある。でも、それはその方針に同意しているメンバーを集めるべきだ。同意していないメンバーを強制するのはどうなんだ? それに、無知なルーキープレイヤーにファーミングをさせているのを見たぞ。あれは完全なハラスメントだろう」
カウンターを挟んだヒロトと男性プレイヤーの間に、冷たく鋭い空気が走る。
「お前はこのサーバーに来てから日が浅いみたいだな。うちに目を付けられるとどうなるか分かっているのか?」
超栄旅団の男性プレイヤーはそう言ってヒロトに脅しを掛ける。しかし、ヒロトはその脅しに屈せず言葉を返した。
「あんたの言うとおり俺はこのサーバーに来て日が浅い。だから、このサーバーで超栄旅団がヴェンチトーレに次いで、“第二位”のギルドってくらいしか知らないんだ」
互いに交わした言葉に、それぞれ研ぎ澄まされた刃よりも鋭い棘を仕込ませる。ただ、その棘をまともに食らったのは、ヒロトの目の前に居る男性プレイヤーだった。男性プレイヤーの表情には、明らかに怒りが浮かんでいる。
超栄旅団がヴェンチトーレに次いでサーバー二位というのは、サーバー内で周知の事実だ。しかし、それをあえて言われるのは、超栄旅団の男性プレイヤーのプライドを傷付けた。だが、それは超栄旅団という大きなギルドに居る男性プレイヤーが、ギルドを使ってソロで活動しているヒロトを脅したことへの仕返しだった。
「よく分かった。上に報告しておく」
「上か。なんか会社みたいでげんなりするな……」
椅子から立ち上がって背を向ける男性にヒロトが言うと、男性はヒロトを振り返って冷たい視線を向ける。
「うちは遊びでやっているわけじゃないからな。失礼する」
一緒に入って来た他のプレイヤーを引き連れて男性プレイヤーが出て行くのを見送ると、ヒロトは小さくため息を吐いて両腕を組んだ。
「ヒロト……ごめんなさい」
「何でリーナが謝るんだよ」
店内が三人だけになると、悲しそうな表情をしたリーナが怖ず怖ずとヒロトの前に立って謝る。しかし、ヒロトは両手を持ち上げて笑った。
「自分のギルドメンバーを取ったって文句を言いに来たくせに、リーナを見ても何も言わなかった。つまり、あの男性プレイヤーは人事担当とは言っていたが所属メンバーを把握してなかった。その時点で、俺は超栄旅団からリーナを脱退させて正解だと思ってる」
ヒロトの言った通り、超栄旅団の男性プレイヤーはリーナを目にしても、脱退した元メンバーだと分からなかった。それは、メンバーを管理する立場に立たされている男性プレイヤーがメンバーのことを把握できていなかったということになる。
そんな男性プレイヤーが、メンバーを勝手に脱退させたとヒロトに文句を言いに来た。それにヒロトは呆れて首を振る。
「全く……高難易度レイドをクリアしたければ、クリアしたいやつらで集まってやればいい。自分達がクリアしたいために、何も知らないプレイヤーを無理矢理加入させたり、ファーミングをやらせたりする時点でそういうギルドなんだよ」
ギルドの質は、人数の多さで決まるわけではない。もちろん、ワールドファーストを獲得したリッターオルデンは人数もメンバーの質も高かった。しかし、ヒロトの目には、超栄旅団は上位のプレイヤーが、自分達がクリアしたいという欲求のためだけにメンバーを集めて使っているようにしか映らなかった。それでは、リッターオルデンのような質の良いギルドに敵うわけがない。
「リーナはまだシックザールを始めたばかりだ。そういうプレイヤーは、シックザールの色んなコンテンツに触れた方が良い。それで色んなコンテンツに触れて、それでも高難易度レイドに本気で挑戦したいと思えば挑戦すればいい。でも、超栄旅団のやり方は、まるでシックザールには高難易度レイドしかやる価値のあるコンテンツがないみたいに、ルーキープレイヤーに刷り込ませようとしてるようにしか見えないからな。俺はリーナにもっとシックザールの色んなコンテンツを見てほしいよ」
「は、はい! ヒロト、ありがとうございます」
「それで? 二人はもうすぐレベル一五だろ?」
ヒロトが話を変えるためにそう言うと、ナナミが立ち上がって胸を張りヒロトに向かって鼻を鳴らす。
「今はレベル一四」
「私も一四レベルです」
「じゃあ、もうすぐ新エリアに行く頃合いだな」
「「ええっ?」」
ヒロトが何気なく発した言葉に、ナナミとリーナは驚いて身を乗り出す。
「エーヴィヒバウムの次のダンジョンはこことは違うエリアにあるんだ。だから、次のダンジョンの解放に行くにはそのエリアに行かなきゃいけない」
「ちょっ、新エリアってどんなところなの!?」
ナナミはヒロトに詰め寄ってキラキラと期待に煌めく目を向ける。それにヒロトはニヤッと笑って答えた。
「それは行ってみてからのお楽しみだ」
新エリアに初めて足を踏み入れる感動は、初めての時にしか感じることが出来ないものだ。それを知っているヒロトは、ナナミとリーナにその感動を味わってほしくて新エリアについての詳細を話さないようにした。それも、先輩プレイヤーとしての配慮だった。
「ただ、初エリアに行く時は俺に声を掛けてくれ。色々と注意点もあるし」
「もちろんよ!」
「ベテランのヒロトが居れば安心ですよね」
ナナミとリーナが明るく言葉を返すのを聞いているヒロトは、優しく笑っていた顔を険しい顔に変えてナナミとリーナを見ていた。




