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第七話:二

「この森って何かあるんですか?」

「エーヴィヒバウムは、古い樹海で危険なモンスターが多数棲息していて、ツァールライヒ森林で生活する人々は絶対に近寄らないという話は、入り口周囲のノンプレイヤーキャラが話してるな」

「そんな森に、子供が一人で入る? ちょっと……あれ……」

 森の奥へ進んでいたナナミが、視線を通路の奥に向けて立ち止まる。

 通路の奥には、木の隙間から太陽の光が差し込んだ拓けた空間が見える。そこの中央には、宙にフワフワと浮かぶ青白い光の玉があった。

「このダンジョンのボスだ」

「ボス? あの玉が?」

 拓けた場所の中央でフワフワと浮かぶ青白い光の玉は、ウィルオウィスプというモンスター。

 モンスターの名前を見たリーナが、体の前で魔導書を持ちながらラルスに話し掛ける。

「ウィルオウィスプは、人魂ですよね? よく、危険な道に旅人を誘い込む悪霊だって言われることが――あっ、もしかして木こりさんの娘さんをこの森に誘い込んだのは!?」

「まあ、あそこで待ち構えてるんだ。戦うしかないだろうな」

 今回のクエストの真相に近付いたリーナに、ニヤッと笑ったラルスは、既に三節棍を抜いていつでも戦闘を開始出来る体勢を取る。そのラルスを見たナナミが、ニッと笑ってヒロトを振り返る。

「芋虫に食べられたヒロトの準備は出来てる?」

 ナナミがそう言うと、横に並んだリーナがニコッと笑って首を傾げる。

「芋虫に食べられたヒロト、準備は良いですか?」

 二人はそれぞれの武器を構え、奥に待ち構えているウィルオウィスプに体の正面を向ける。ヒロトは苦笑いを浮かべながら、二人の後から弓を抜いて構えた。

「準備完了だ。いつでも行ける」

「よし。じゃあ、行くわよ。戦闘開始! ハルトガード!」

 三人の準備完了を確認したナナミが、拓けた場所の中央に居るウィルオウィスプに攻撃を仕掛ける。そして、すぐにハルトガードを発動させた。

「ヒロト、釣りは任せたぞ」

「了解」

 三節棍を巧みに操って攻撃するラルスが、ニッと牙を見せて笑いながらヒロトに言う。ヒロトもラルスもエーヴィヒバウムの攻略は初めてじゃない。だから、二人の声掛けは今後の展開を知っている者同士の声掛けだった。

 戦闘を開始してウィルオウィスプのヒットポイントを八〇パーセントまで削った時だった。戦闘エリアの端に、ウィルオウィスプよりも小さな光の玉が浮かぶ。ウィルオウィスプのヒットポイントを一定まで減らしたら出現する雑魚モンスターのスピリットだ。

「ナナミ! ヒロトが引っ張ってくるスピリットのターゲットをスラッシュラッシュで奪うんだ!」

 三節棍の連撃をウィルオウィスプに叩き込みながら、ラルスがナナミに指示を出す。

 ヒロトは出現したばかりのスピリットに向かってすかさず矢を放って攻撃を加え、リーナのヒールヘイトでリーナにスピリットのターゲットが向く前に、自分へスピリットのターゲットを向けさせる。そして、自分を追い掛けてくるスピリットを引き連れながら、ナナミの近くにスピリットを連れていく。

「スラッシュラッシュ!」

 五連撃の固有技スラッシュラッシュには、敵のターゲットを自分に向けるという効果がある。だから、スラッシュラッシュを叩き込めば、すぐにスピリットのターゲットをヒロトから取ることが出来る。

 ヒロトの行った行動こそプル、釣りと呼ばれる行為だ。

 慣れたタンクには、雑魚モンスターの出現と同時に自分で攻撃を仕掛けに行って雑魚モンスターのターゲットを取りに行くタンクも居る。しかし、ナナミは不慣れであるし、ヒロトのやっているハンターは遠距離攻撃が出来て釣り役に適したクラスだった。だから、今回はヒロトが雑魚モンスターを釣ってナナミに近付き、ナナミがターゲットを奪いやすいようにフォローする方法を採った。それこそ、パーティーでの協力プレイだ。

「ヒロト、さっさと片付けるぞ!」

「了解」

 ウィルオウィスプを攻撃していたラルスは、スピリットのターゲットがナナミに安定したのを見ると、すかさずスピリットに攻撃をする。

 アタッカーは敵にダメージを与えることが役目だが、それ以前に“敵を素早く倒す”という役目がある。

 スピリットのような追加の雑魚モンスターはボスよりもヒットポイントが少ない。だから、ボスを攻撃する前に雑魚モンスターを倒してしまうのがセオリーになる。雑魚モンスターを倒してしまえば、その雑魚モンスターが繰り出す攻撃分のタンクが受けるダメージが減る。それは、タンクとヒーラーの負担を減らす上で重要なことだ。

「速い!」

 ウィルオウィスプとスピリットの二体を抱えていたナナミが、ターゲットを奪ったばかりのスピリットが霧散するのを見てそう声を漏らす。エーヴィヒバウムのモンスターが弱いということもあるが、シックザールになれたアタッカー二人の敵ではない。

「ナナミ、また雑魚が湧いたら俺が釣ってくる。そしたら、さっきみたいにスラッシュラッシュを使ってターゲットを剥がしてくれ」

「分かった!」

 スピリットを倒したヒロトとラルスは、すぐにウィルオウィスプの攻撃に戻る。

 それから、ウィルオウィスプの残りヒットポイントが六〇パーセントと四〇パーセントの時にスピリットが出現し、二度とも手間取ることなく迅速に殲滅することが出来た。そして、ウィルオウィスプの残りヒットポイントが残り一〇パーセントを切る。

「いっけぇえっ!」

 ナナミがそう気合いの入った声を発した瞬間、ウィルオウィスプのヒットポイントがゼロになる。すると、ウィルオウィスプはキンキンと耳を鳴らす甲高い音を響かせながら天高く舞い上がり、ヒロト達の頭上で光の粒になって弾けた。

「やった! 倒した!」

「やりましたね!」

 ウィルオウィスプ討伐を確認すると、ナナミとリーナが手を取り合って喜んで飛び上がる。エーヴィヒバウムはシックザールで一番簡単なダンジョン。でも、二人にとっては初めてのダンジョンクリアだ。嬉しいに決まっている。

「二人ともお疲れさん。と言いたいところだが、まだ終わってないぞ」

 ニッと笑うラルスが、親指で自分の背後を指す。その方向には、キラキラと輝く大きな宝箱があった。

「ウィルオウィスプ討伐の報酬だ」

「報酬!?」

 ラルスの発した報酬という言葉に、いち早く反応したナナミが宝箱に駆け寄る。そして、リーナの方を向いて手招きをした。

「リーナ! 一緒に開けよ!」

「は、はい!」

 ちょこちょことナナミに駆け寄ったリーナは、キラキラと輝いた目で宝箱を見下ろす。

「せーの!」

 ナナミとリーナが、ナナミのかけ声で一緒に宝箱を開ける。すると、全員にクリア報酬の詳細メッセージが表示された。

「樹海の書とフォレストソード?」

「魔導書と片手剣だ。リーナとナナミの武器だぞ。一発で出るなんて二人とも運が良いな」

 ラルスが笑いながらロットを終える。ヒロトもロットを終了してメッセージを閉じた。二人とも、ひっそりとパスを選択した。

「リーナ、やったじゃん!」

「えっ?」

「武器が出たのよ? やったじゃん!」

「で、でも……みんなでクリアしたから……」

「リーナ、入り口の話を忘れたのか? ……――」

 ヒロトが続けて発した言葉に、ラルスとナナミが同じ言葉を重ねる。

「「「とりあえずニード」」」

 三人がそう言うと、リーナは迷った表情をするもキュッと目を閉じてロットを確定させた。

 全員のロットが終わると、メッセージで報酬獲得者の名前が表示される。

 フォレストソードはナナミ。そして、樹海の書はリーナが獲得した。

「早速装備してみよ! おお! 格好いい!」

 手に入れたばかりのフォレストソードを装備して、抜き身のフォレストソードを眺めながらナナミが感嘆の声を漏らす。

 グリップとガードにかけてが樹木を模した形になっていて、剣身には木の葉のレリーフが施されている。そして、リーナも自分の獲得した緑のカバーに木の葉柄の模様が施された樹海の書を抱き締めて嬉しそうにはにかむ。

 ヒロトはその二人の嬉しそうな様子から目を離して、ラルスに近付いて行く。

「ラルス、ありがとう。助かった」

「お礼を言われることはやってない。俺は、あの二人みたいな顔を見たくてやってるだけだからな」

 ラルスはヒロトに顔を向けず、ずっとナナミとリーナの顔を見ている。その横顔は、ウェアウルフというよりも、人懐っこい大型犬のような穏やかな表情だった。


「人が足りない時はいつでも声を掛けてくれ」

「ラルス、ありがとう!」

「ありがとうございました!」

「ああ、また頼む」

 エーヴィヒバウム攻略を終えインスタンスエリアから出てきたヒロト、ナナミ、リーナは、ラルスとフレンドになった。そして、用事があるというラルスに別れを告げた。

 視界の端では、エーヴィヒバウムの入り口前で抱き合う幼い少女と木こりの男性の姿が見える。

 クエストの結末は、木こりの男性が目を離している時に、ウィルオウィスプに誘われてエーヴィヒバウムに入ってしまった女の子を助けたところで終了した。それで、エーヴィヒバウムに関するクエスト完了だ。

「そうだ! 私とリーナもフレンドになろうよ! お互いに始めたばっかりだし!」

「ナナミ……。はい! よろしくお願いします!」

 嬉しそうにフレンド登録をしている二人をヒロトが見ていると、ヒロトの横から大きな影が通り過ぎてリーナの脇に立つ。その影は、随分前にルーキープレイヤーを引き連れてパーティープレイの指導をしていたパラディンだった。

 ヒロトは、そのパラディンを見て目を細めた。

「よお新人。ダンジョンのクリアは出来たか?」

「は、はい! フレンドの人達が一緒に行ってくれて! 見てください! 魔導書も手に入れられたんで――」

 嬉しそうに魔導書を突き出して話すリーナに、近付いてきたパラディンは右手を差し出して冷たく言った。

「寄越せ」

「えっ……」

 パラディンの言葉に満面の笑みだったリーナの顔は、一気に驚愕の表情に変化して固まる。しかし、そのリーナの様子にも構わず、パラディンは言葉を続けた。

「ギルドでもっと強い魔導書を作ってやる。それはすぐに用なしになるから、売ってゴールドにした方がマシだ」

「で、でも……これは、初めてダンジョンで手に入れた報酬で……」

「これから先、腐るほどダンジョンには行くことになる。こんなシックザールで一番簡単なダンジョンの報酬なんてすぐに不必要になるんだ。だから、ギルドのために――」

「ちょっと! リーナが頑張って手に入れた魔導書でしょ!? リーナが持っていたいって言うなら持ってても良いじゃない!」

 パラディンの言い草に、ナナミが明らかに憤りを感じた表情と声で反論する。しかし、そのナナミを見てパラディンの男性は鼻を鳴らして笑った。

「ハッ! たかだかレベル一〇程度の剣士が、超栄旅団の俺達に楯突くな。キルしてやってもいいんだぞ?」

 食って掛かるナナミを見て鼻で笑ったパラディンは、背中に装備したランスに手を掛ける。それを見て、ヒロトはナナミとリーナの前に立ち、パラディンとの間に入った。

「ここでキルするってことは、どういうことか分かってるんだよな? 超栄旅団のあんたは」

 ヒロトは自分より背の高いパラディンを見上げる。しかし、そのヒロトには臆した様子はなかった。むしろ、落ち着いた表情にもヒロトの怒りが表れていた。

 ダンジョンの報酬品には、当然装備としての強さがある。だから、パラディンの言ったようにエーヴィヒバウムの報酬武器は、シックザール全体を見れば弱い。だから、武器としてはすぐに使われなくなる。しかし、それは効率や性能だけでしかアイテムを見ていないパラディン側からだけの意見だ。

 アイテムには愛着というものがある。たとえ弱くて使わなくなったアイテムでも、リーナのように初のダンジョン攻略で手に入れたアイテムだから取っておきたいと思うプレイヤーは少なからず居る。それに、たとえ弱くて使わなくなったアイテムでも、見た目装備として使うことが出来る。それにそもそも、リーナが自力で手に入れたアイテムをギルドのために差し出せというパラディンの言い草がヒロトは気に入らなかった。

「ああ? お前、誰だ」

「俺は二人のフレンドだ。それよりも、超栄旅団のパラディンさん。このツァールライヒ森林は不干渉エリアだろ? サーバー二位のギルド、超栄旅団のメンバーが不干渉エリアで、しかもレベル一〇のプレイヤーをキルするなんて。良くてギルド除名とプレイヤーキラーキラーからの報復キルだろうな」

 背中のランスに手を掛けていたパラディンは、周囲を見渡してチッと舌打ちをした。

 ヒロト達が居るのはエーヴィヒバウムの入り口前。当然、ルーキープレイヤーも居るが、ラルスのようなルーキープレイヤーの手伝いをするベテランプレイヤーも居る。こんな周囲の目がある状況で、不干渉エリアでのプレイヤーキルなんて起こせば、サーバー中でも問題になる。

「それに、あんたがこの前やってたルーキープレイヤーを使ったファーミング、あれも問題になるだろ?」

 ヒロトはパラディンに向かって言う。それにパラディンはヒロトを睨み返した。

「俺を脅すつもりか?」

「脅してなんかない。注意してるだけだ。行いには気を付けた方が良いって」

「フンッ!」

 ヒロトがそう言い終えると、パラディンは鼻を鳴らして踵を返し立ち去っていく。それを見送ると、ヒロトはリーナに視線を向けた。

「リーナ、超栄旅団に仲の良いフレンドは居るか?」

「えっ? い、いえ、フレンドはまだ居ませんけど……」

「じゃあ今すぐ抜けた方が良い。ルーキーからダンジョン報酬を巻き上げようとするプレイヤーと関わり合いになりたくないだろ?」

「私もそう思う! あんなやつらと一緒に遊ばないで私達と一緒に遊ぼ! 私も友達少ないし! それに、ヒーラーって貴重だから一緒に遊んでくれると助かるの!」

 ナナミがリーナの左手を握ってそう言う。ナナミの言葉を受けたリーナは、右手で自分の目を脱ぐってニッコリと笑う。

「はい! ナナミ、ヒロト、よろしくお願いします!」

 力強く頷いたリーナは、自分の左手を握ったナナミの手に右手を重ねる。

 ヒロトはその二人のやりとりを見ながら、視線をパラディンの歩き去った方向に向けて、誰も居ない森の道を睨み付けた。

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