第六話:二
ヒロトの視界がブラックアウトしてすぐ、薄暗い森の中の風景がヒロトの視界に映る。ヒロトの視線の先には、グルリと周囲を見渡しているナナミと、不安そうにキョロキョロと見ているリーナが居た。
「レベル一〇を越えているプレイヤーは、自動的にレベル一〇へレベルシンクされます。装備している装備品も、レベル一〇相当のステータスへシンクされます。……これってどういうこと?」
「俺やヒロトはレベル一〇よりも高いレベルだ。だから、ナナミやリーナが遊びやすいように、適正レベルの一〇にプレイヤーのレベルも装備のレベルも自動的に下がるようになってる。それがレベルシンクって言うんだ」
早速表示されたメッセージに首を傾げるナナミに、ラルスは明るい声で説明する。
「あ、あの……私達、入り口に立ってたはずですけど……」
不安そうな表情で周囲を見渡すリーナの方に手を置いて、ヒロトは笑顔で話し掛ける。
「ダンジョンとかはパーティー毎に専用のエリアになってるんだ。そういうエリアのことを、専門用語でインスタンスエリアって言う。ダンジョンの場合だと、インスタンスダンジョンとも言われるな」
「じゃあ、このダンジョンには、今、私達しか?」
「そう。インスタンスダンジョンだと、ダンジョンの順番待ちをしなくていいし、報酬もパーティー毎にあるから他のパーティーと報酬の取り合いもない。そういうメリットがあるんだ」
「凄いですね」
「これから先の大抵の戦闘系コンテンツはインスタンスエリアでやることになるよ」
ヒロトが説明を終えると、一歩前に踏み出したラルスがヒロトを振り返る。
「さて、どうする?」
「まあ、最初だからタンクのナナミに先行させてターゲット取りをやらせようかと」
「まあ、そうだろうな」
エーヴィヒバウムよりももっとレベルが高いダンジョンになると、固定配置されている敵の場所に巡回してくる敵も居て、固定配置の敵と戦っている時に巡回する敵に見付かると、一度に多くの敵を相手にしてしまうことがある。
それに、地面にトラップが仕掛けられているダンジョンもあり、その場で戦うのが危険な場合もある。そういう場合、戦っても安全な場所まで敵を連れてくる必要がある。
敵を引き連れる行為はプルと言い、プルするプレイヤーのことはプラーと呼ばれる。しかし、日本語圏では敵を釣ってくるという意味から、プルは釣りと呼ばれ、プラーに対応する言葉はそのまま釣り役と呼ばれる。
今回のダンジョンは、最初のダンジョンということで難易度がかなり低いし、敵を釣る必要のある場面もない。だから、タンクであるナナミを先頭に立たせて奥まで進んでいく方がナナミのタンク練習になる。
「ナナミ、とりあえず敵を見付けたら、パーティーメンバーに戦闘を始めることを言って、全員の返事が聞こえたら戦闘開始だ。声掛けは大事だからな」
「う、うん」
「で、基本は剣士の場合だと、最初は敵に突っ込んでからハルトガードを使って、それから敵が一体の場合はそのまま攻撃開始。もし、敵が二体とか三体居たら、全部に当たるようにラウンドライオットを使って一度に複数の敵のヘイトを稼ごう」
ハルトガードは、剣士がレベル一〇になった時に覚える固有技。三〇秒間、自身のバイタリティを二〇パーセント上昇させる効果がある。
バイタリティはプレイヤーのステータスで防御力に関係する。だから、このバイタリティが二〇パーセント上がるということは、それだけ受けるダメージが減ることになる。こういう、自身の防御を上げる技が防御バフと呼ばれるものになる。
もう一つの固有技ラウンドライオットは、剣士がレベル五になった時に覚える技。
ラウンドライオットは、剣による回転斬りで自分の周囲に攻撃を行う。そして、ラウンドライオットには、ラウンドライオットが命中した敵の敵視を上昇させるという効果もある。だから、戦闘が開始して開幕にラウンドライオットを使えば、複数の敵相手にヘイトを稼ぎやすくターゲットを保持しやすくなる。
「ハルトガードってピンチの時に使った方が良いんじゃない?」
「まあ、固有技の使うタイミングは人それぞれだからな~。一応、タンクをメインでやってるラルスの意見も聞いてみよう」
ヒロトが視線をラルスに向けると、ラルスは腕を組んで「う~ん」と呻った後に口を開いた。
「俺はハルトガードとかみたいな、自分の防御を強化する防御バフは温存しないな。防御バフはピンチを切り抜けるための技じゃない。“ピンチにならないための技”だ。ピンチになってから焦って使っても遅い」
シックザールでは、上手いタンクは基本的に防御バフを上手く回して使う。
防御バフに限らず、シックザールに存在する固有技のほとんどには、一度使用してから同じ固有技を使うまでに再使用時間が設定されている。上手いタンクは、その再使用時間を考えて何も防御バフが付与されていない時間を出来るだけ少なくして戦う。もっと上手いタンクは、敵の繰り出してくる攻撃タイミングを把握し、防御バフを敵の強い攻撃に合わせて使っている。
もちろん、闇雲に使うのは論外だが、防御バフを温存してピンチになって一気に使ったところでピンチを切り抜けられる場合は少ない。そういう事態に陥るのは不慣れなタンクばかりだ。だから、まずはちゃんと防御バフを使うという習慣を身に付けた方がいい。防御バフの温存や使いどころの最適化は、もっと戦闘系コンテンツに慣れてから考えることだ。
「それに、リーナも初めてのダンジョンだから、不慣れな場面も出てくる。パーティープレイはみんなで協力して助け合うことが大切だ。ヒーラーのリーナが受ける負担を減らすためにも、防御バフは出し惜しみせずに使った方がいい。ただ、これから先、色んな防御バフを覚えると思うが、一度に全部を一気に使うのはあまりおすすめしない。一時的にかなり防御が硬くなるが、その後が全く防御バフが使えなくて弱くなるからな」
「ありがとう、ヒロト、ラルス。防御バフは積極的に使うようにする!」
ナナミは素直に二人にそう言って頷く。その返事を聞いたラルスはニコッと笑って腕組みをして頷き返した。
「よし、じゃあ進むか」
「じゃあみんな、私に付いてきて!」
意気揚々と歩き出すナナミの後ろにラルスが続き、その後ろにヒロトが続く。リーナはヒロトの更に後ろから付いてくるが、視線を常にキョロキョロと向けているし、やっぱり体の固さが抜けていない。
そのリーナに、ヒロトは隣に並んで声を掛ける。
「リーナ、不安?」
「は、はい。私はヒーラーで、私がしっかりしていないとパーティーを全滅させてしまうから、とても責任重大だと――」
「別に全滅してもいいんじゃないか?」
「えっ?」
何気なく答えたヒロトの言葉に、リーナは意外そうな表情をして驚いた声を出す。しかし、それは大抵のプレイヤーが思うことだろう。特に日本語圏のプレイヤーは『失敗』や『ミス』と言った言葉に対してかなり過敏な節がある。
「リーナには当分先の話になるけど、シックザールには高難易度レイドって言って、一番難しい戦闘コンテンツがあるんだ」
「聞いたことがあります。上手くて強いプレイヤーしかクリア出来ないダンジョンだと」
「そのダンジョンな。毎週、何一〇万人、何一〇〇万って人が全滅を繰り返してる。俺達なんかよりもめちゃくちゃ上手い人達が、平気で何度も何度も全滅してるんだ」
「でも、それは凄く難しいところだからで、最初のダンジョンで全滅させてしまうのは、大体ヒーラーのせいだって聞きました」
ヒロトがリーナを励ますように言うが、リーナはそれでも不安が抜けずに元気のない声で答える。
「ヒーラーはパーティーの回復役だから、確かにヒーラーが回復しなかったら全滅する。でも、ヒーラーがいくら回復を頑張っても、タンクが一切防御バフを使わなかったら? それに加えてアタッカーが全く攻撃を行わなかったら? そういう場面に出くわしたら、いくらヒーラーが必死に回復をしてもマジックポイントが切れて全滅になる。もしそうなって、リーナはヒーラーが全滅の原因になると思う?」
「…………」
リーナは声に出して返事をしないが、歩きながら首を横に振って否定する。
「さっき話した高難易度レイドに挑戦する人達がよく使う言葉で、トライ・アンド・エラーっていう言葉がある。まあ簡単に言うと、とりあえず戦ってみて、全滅したらなんで全滅したかを考える。それで次はその全滅した理由を修正して挑戦してみる。その挑戦でも全滅したら、またなんで全滅したかを考えて修正して再戦。そうやって一歩一歩攻略に近付いて行くんだ。プレイヤーキルされたらゴールドを落とすけど、それ以外で戦闘不能になっても、ゴールドも落とさないし、他のMMOにあるみたいな経験値減少もない。つまり、戦闘不能になってもあまりプレイヤー側にデメリットがないんだ。ただ、戦闘中に戦闘不能から蘇生をもらって復活したら、苦境って言うバッドステータスが付くから、そこは注意な」
「戦闘が続いている間、永続的に続くバッドステータスで、プレイヤーのステータスが五〇パーセント減ってしまうんですよね?」
「そうそう。高難易度レイドで五〇パーセント減は致命的だけど、ただのダンジョンだったらまったく致命的じゃない。やばかったら一旦引いて戦闘状態を解除して、苦境がなくなるのを待ってからまた仕切り直せば良いし」
そう言って、ヒロトはリーナの背中を三度叩いて笑顔を向ける。
「ヒーラーもタンクも失敗が全滅って形に繋がりやすいけど、自分だけのせいだなんて思うなよ? 俺達はパーティーでやってるんだ。失敗も成功も全部パーティーメンバー全員のものだからな」
「ヒロトは良いこと言うな」
前を歩いていたラルスは二人を振り返って笑顔を向ける。そして、リーナに背中に装備した三節棍を見せてニッと笑う。
「リーナの回復が楽になるように、俺とヒロトは速攻でモンスターを倒す。俺達はパーティーだからな。互いに助け合っていこう」
「リーナ! 私も防御バフでできる限りダメージを減らすから安心して!」
剣と盾を構えてニッコリ笑うナナミが言うと、一度ヒロトに視線を向けたリーナは、ラルスとナナミを見て深く頷いた。
「はい! 私も、回復頑張ります!」




