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第一話:一

【一】


 破天の塔。

 広大なグロース大陸の中央に突然落ちて来たその巨塔には、凶悪なモンスターが徘徊していた。

 突如現れた破天の塔の脅威からシックザールを守るために、戦争状態にあったナトゥーア、エルツ、メーアは一時的に停戦協定を結び、謎の多い建造物、破天の塔の調査に乗り出した。しかし、破天の塔を徘徊するモンスターは強力で、各国の保有する軍隊では手も足も出ず調査を行うのは困難だった。

 破天の塔の調査を続行出来なくなった三国は、最後の望みを掛けて、グロース大陸を冒険する冒険者達へ破天の塔攻略クエストを出した。

 それが、MMORPGシックザールの超高難易度レイド、破天の塔導入のクエストシナリオだった。

 レイドとは、多人数で攻略するゲームコンテンツを指す言葉で、破天の塔は最大二〇名のパーティーで挑戦出来るレイドダンジョンだった。そして、超高難易度と呼ばれるだけあって、破天の塔は攻略がかなり困難なダンジョンになっている。

 現状、破天の塔は一階から四階までが既に踏破されている。しかし、五階の攻略はしばらく停滞していた。数一〇〇万のプレイヤーが居ても未だに踏破されていないダンジョン。それも、破天の塔の難易度の高さを表している。しかし、全世界のシックザールプレイヤー達は諦めなかった。

 破天の塔を世界で初めて攻略する『ワールドファースト』を勝ち取るために、全世界のプレイヤー達が何度も全滅を繰り返しながら、破天の塔への挑戦を続けていた。そして、その挑戦者のうちの一パーティーが今まさに、前人未踏の破天の塔五階クリアの寸前まで迫っていた。

 通常、破天の塔のような高難易度レイドは、固定パーティーと呼ばれる決まったメンバーのパーティーで攻略を行うもの。それは難易度の高いギミック処理で必ずつまずいてしまうからだ。

 ギミックは攻略を妨害するために設定された仕掛けのことで、そのギミックを上手く処理出来なければ攻略は不可能だ。そのギミック処理にはパーティーメンバーの高い連携が必要になり、必然的に連携が取りやすい固定パーティーで攻略することが多い。しかし、今まさに五階クリアの寸前まで来ているパーティーは固定パーティーではなく、今回初めて集まったパーティーだった。

「残り一〇パーだぞッ!」

 破天の塔五階に存在する凶悪なレイドボス、機械蛇ヨルムンガンドの噛み付き攻撃を大盾でさばくパラディンが叫んだ。

 全身鈍い金属光沢を放つヨルムンガンドは、自分を見上げて大盾を構えるパラディンに大きな口を開けてバトルエリアに響く甲高い鳴き声を上げる。

 ヨルムンガンドのヒットポイントバーは残り一〇パーセントを示していて、それを削り切れば未だ誰も突破していない破天の塔五階攻略を達成出来る。それを確信したパラディンの口元には笑みが浮かんでいた。

「いけぇえッ!」

 大きなランスを振り被ったパラディンは、金属製の大蛇ヨルムンガンドの腹へランスを突き立てる。しかし、パラディンがランスを突き立てた直後だった。

「キィィイエェエエエッ!」

 耳障りな鳴き声を叫んだヨルムンガンドは大きな尻尾を後ろで振り上げ、尻尾の先端にある鏃のような部分をパラディンに向かって斜め上から振り下ろした。

「しまっ――クソッタレッ!」

 ヨルムンガンドの攻撃を見上げたパラディンがその言葉を吐き捨てた後、ヨルムンガンドの尻尾がパラディンの上に打ち下ろされる。

「グウッ!」

 手にした大盾で自身の頭上を庇ったパラディンは、上からのし掛かる衝撃に鈍い声を漏らす。しかし、攻撃に耐えたように見えたパラディンのヒットポイントは、瞬く間に減少し一気に消し飛んだ。そして、パラディンはその場に倒れて動かなくなる。それは、パラディンの戦闘不能を意味していた。

「メインタンクがやられた!」

 ヨルムンガンドの後方で、その悲鳴にも似た叫びが上がる。

 シックザールでは、バトルシステムにロール制を採用している。

 ロール制とは、パーティーの中でそれぞれの役割を分担するというもの。ロールには、タンク、ヒーラー、アタッカーとあり、それぞれに重要な役割がある。

 タンクは敵の攻撃を請け負い、他のパーティーを守る役割がある。そのパーティーを守る盾のような役割から、タンクを盾と呼ぶ者も居る。

 ヒーラーは敵から受けた攻撃によって減ったヒットポイントを回復したり、状態異常を治したりする役割がある。

 そして、最後のアタッカーは攻撃によってひたすら敵のヒットポイントを削る役割がある。

 その三つのロールのうち、パラディンはタンクの役割を担っていた。そして、そのタンクが戦闘不能になった瞬間、パーティーは一気に崩れる。

「クソッ!」

 ヨルムンガンドの後方で攻撃をしていた黒い鎧を身に纏うダークナイトが、苦々しい声を漏らしながら、ヨルムンガンドの正面へ飛び出す。

 巨大な両手剣を振り上げて攻撃しながらヨルムンガンドの正面へ出たダークナイトは、ヨルムンガンドの背面に立っているバーサーカーへ叫ぶ。

「バーサーカー! タンクスイッチッ!」

 シックザールのほとんどのパーティーコンテンツでは、攻略を行う際のパーティー構成はプレイヤーの自由になっている。だから、全員タンクや全員アタッカーと言った、偏った構成でも挑戦することが出来る。ただ、破天の塔のような高難易度のコンテンツになると、そのような偏った構成にするパーティーはまずあり得ない。

 破天の塔攻略を行う大抵のパーティーは、各ロールをたった一人だけにはしない。それは、今回のヨルムンガンド戦のように、誰かが戦闘不能になった時にフォローがし辛くなるからだ。特に、タンクとヒーラーは戦闘不能になった際の影響が大きい。だから、最低でも二名ずつは確保するものだ。

 今回攻略している野良パーティーでも当然タンクは複数名存在する。そして、戦闘不能になったパラディンは現在その複数名居るタンクの中でも、主要なタンク、メインタンクとしてヨルムンガンドの攻撃を受け続けていた。しかし、そのメインタンクだったパラディンが戦闘不能になった今、控えのサブタンクとして参加している他のタンクがメインタンクを引き継いで戦わなければいけなかった。

 サブタンクがメインタンクと交代することをタンクスイッチと言う。タンクスイッチは単にスイッチと呼ばれることが多い。

 タンクスイッチ自体はタンクの基本とされていて、何も破天の塔のような高難易度レイドに限らず、もっと下位のダンジョンでも行われるものだった。

 もちろん、今回のようにメインタンクが戦闘不能になった際にもタンクスイッチは行う。しかし、タンクスイッチが必要な場面はそれだけではない。

 シックザールに存在するボス敵には、プレイヤーキャラクターに対してデバフと呼ばれる状態異常を掛ける攻撃をするボスが居る。

 デバフには様々な種類があるが、その中でも対象プレイヤーの受けるダメージを増加させるデバフがタンクスイッチに関係してくる。

 その対象プレイヤーの受けるダメージを増加させるデバフ、通称被ダメージアップデバフは、デバフを掛ける攻撃を受ける度に、一つ、二つとデバフの数が蓄積していき、その蓄積が増えれば増えるほど、タンクの受けるダメージが増加してしまう。

 デバフが蓄積することはスタックと呼ばれ、そのスタックの数が増えるとヒーラーの回復ではタンクのヒットポイントを回復し切れなくなる。その時に、サブタンクがスイッチをしてタンクを交代し、メインタンクが受けているデバフの効果時間が切れるまでメインタンクを代わりに引き受ける。それが、戦闘不能以外のタンクスイッチ目的になる。

 そのタンクスイッチが必要な被ダメージアップデバフを伴う攻撃は、機械蛇ヨルムンガンドも当然繰り出してきていた。だから、戦闘を開始してから何度も被ダメージアップデバフのスタック数が貯まる度にタンクスイッチは行われていた。だが、今回のタンクスイッチは予定されていないイレギュラーなものだった。

 本来なら、破天の塔のような高難易度レイドではタンクの戦闘不能は致命的な状況だ。

 高難易度レイドでは、一つのミスが全滅に繋がる。だから、破天の塔での戦闘不能はあってはならないことだとも言える。そのため、全員が戦闘不能にならないように戦うし、戦闘不能を想定して戦わない。しかし今回、その“あってはならないこと”が起こってしまった。

 そして、あってはならないことが起こった上に、ヨルムンガンドのヒットポイント残り数パーセントという状況がパーティー全体に油断を生んだ。それが、致命的なミスに繋がる。

「挑発! こ、こっちだッ! 掛かってこいッ!」

 ダークナイトにタンクスイッチを指示されたバーサーカーが、ヨルムンガンドのターゲットを自分に向けさせる。相手を挑発し自分にターゲットを向けさせる、バーサーカー固有技の挑発を使いタンクスイッチを行ったのだ。しかし、そのタンクスイッチのタイミングとバーサーカーの場所が最悪だった。

 バーサーカーが挑発を使ってタンクスイッチを行った瞬間、ヨルムンガンドはクルリと後ろを振り向き、体の正面をダークナイトからバーサーカーに向ける。そして、頭を持ち上げて口を大きく開いた。

「キィィエェェェェエッ!」

 その叫び越えを上げたヨルムンガンドは、頭を大きく横へ振りながら、前方に向かって扇状に炎を吐き出した。

「うわぁあああっ!」「きゃぁあああっ!」

 振り返ったヨルムンガンドが青白い炎を吐いた方向には、ダークナイト以外の全パーティーメンバーが立っていた。そのパーティーメンバー達を直撃した炎は、パーティーメンバーを焼き払うように、パーティーメンバーの悲鳴と共にヒットポイントを一瞬で消し飛ばした。

「クッ!」

 唯一生き残ったダークナイトは、両手剣を握ってひたすら攻撃しながら、顔を隠す漆黒のヘルムの中で歯を噛みしめる。僅かに漏れた息には悔しさが滲んでいた。

 パーティーメンバーを一気に焼き払ったヨルムンガンドは、再びクルリと体をダークナイトへ向け、大きな尻尾を振り上げ、ダークナイトに向かって一気に叩き付けた。


「クソがッ! あれでクリア出来てたらワールドファーストだったのにッ!」

 天高くそびえる破天の塔の入り口前にある広場で、あぐらを掻いて座り込んでいるパラディンは、ガントレットに包まれた拳を固い地面に振り下ろして叫ぶ。

 野良パーティーの攻略が失敗して一〇数分後、攻略を失敗した野良パーティーとは別のパーティーがヨルムンガンドを討伐し、全世界で最初の破天の塔五階攻略パーティーが誕生した。パラディンは、寸前でワールドファーストを逃したことを悔しがり叫んだのだ。

 全世界で最初に高難易度レイドをクリアするワールドファーストは、高難易度レイドに挑戦するプレイヤー達にとっては憧れであり目標でもある。それを寸前で逃した悔しさは、パラディンだけではなくパーティーメンバー全員大きかった。そして、広場に座り込む全員が地面に視線を落としている。

「もっと火力のあるやつが集まればクリア出来たってのにッ!」

 パラディンは立ち上がり、視線の先で座っているアタッカー陣を見渡してそう怒鳴る。

 パラディンに怒鳴られたアタッカー陣のほとんどは、黙って地面を見続けた。しかし、そのアタッカー陣の中でたった一人だけ、パラディンに顔を向けて言葉を返した。

「何で防御バフを使わなかった。あの攻撃のタイミングに防御バフを合わせないとダメなのは分かってただろ」

 アタッカー陣に怒鳴ったパラディンへ、ダークナイトがそう口にする。

 タンクを担うクラスには、敵から受けるダメージを軽減する効果を自身に付与する技を持っている。それを総称して防御バフと呼び、ダークナイトはパラディンがその防御バフを使っていなかったことを指摘した。

 ダークナイトの言う通り、ヨルムンガンドの尻尾を使った攻撃は攻撃力が高く、何もせずに攻撃を受けていたら、いくら攻撃を受けることに特化したタンクであるパラディンでも耐えきれない。だから、その尻尾を使った攻撃に合わせて、防御バフを自身に付与する固有技を使うべきだった。いや、使わなければいけなかった。だがしかし、そのダークナイトの間違っていない指摘に、パラディンは目を吊り上げて怒りを露わにする。

「ハァ? アタッカーごときがタンクに盾突くんじゃねえよッ! 攻撃することしか脳がない脳筋野郎のくせに! それに元はと言えば、お前が意味分からん指示を出すから全滅したんだろうが!」

「意味の分からない指示?」

「セカンドタンクはホーリーナイトだろうがッ! 何でサードタンクのバーサーカーにスイッチさせた! そんなクソみたいな指示をしたから、パニクってミスったんだろうが! アタッカーごときが指示なんて出すから攻略を失敗したんだ!」

「パラディンのあんたがやられた直後、ホーリーナイトにはまだ被ダメアップのデバフが残ってた。あの状態でスイッチしてもヨルムンガンドのブレスで焼かれる。あの状況でホーリーナイトとスイッチしても意味がない」

「なっ! そんなの見てるからDPS出ないんだろうがッ! 残り一〇パーだったんだぞ! お前がしっかりDPS出してれば勝てたんだ!」

 パラディンの口にしたDPSは、Damage Per Secondの略で、一秒間に与えるダメージを指す。DPSはアタッカー陣の強さの指針になり、DPSが高ければ高いほど優秀なアタッカーと言える。

 パラディンは、ヨルムンガンドを倒せなかったのは、アタッカー陣の責任だと言ったのだ。しかし、誰が見てもパーティー全滅はパラディンが防御バフを攻撃に合わせなかったことをきっかけにした、タンクスイッチミスだった。

 ヨルムンガンドの残りヒットポイント一〇パーセントは数秒で削りきれる量ではない。だから、アタッカー陣がきっちりDPSを出していたとしても、すぐに削りきれなかった。確実に、タンクスイッチを間に挟む必要はあったのだ。

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