第七話 思わぬ下剋上
「……」
「どうしたのだねルリ。顔が消火器よりも赤くなっているが」
私たちは現在、再び「スタアバックス」にて、小説のことについて話し合っている。エミに小説を書いて来いと言われて三日間。私は頭の中にある小説の知識を総動員して、私なりに自然な展開の小説を書いてみたつもりではある。
だけど、いざ他人に自分が書いた小説を見せるとなると、途端に恥ずかしさが襲ってきた。相手がエミとなれば尚更だ。こんなものを見せて、嫌われてしまったらどうしよう。
「くふふ、ルリともあろう者が隙だらけだね。今なら君の目を掻い潜って、悲願を果たすことも出来そうだ」
「冗談でもそういうことを言うのは止めなさい。今度は行動の自由も奪うわよ」
「これは恐ろしい」
危ない危ない、油断するとすぐエミは殺されに行ってしまう。彼女を願望を完全に潰すには、私は常に『支配者』になっていなければならないのだ。それを忘れるわけにはいかない。
気持ちを引き締めなおして支配者の表情に戻った私は、改めてエミに向き直る。
「それでね、エミに言われた通り小説を書いてみたんだけど、私なりに犯人の男の気持ちを描写してみたのよ」
「ほう、つまり犯人側の視点を書いたのかね?」
「そういうこと。時間軸は椚さんが犯人の男を見つけた直前からよ」
そして私は鞄から数枚の紙を取り出し、エミに渡す。
「じゃあエミ、私の書いた小説を読んで頂戴」
「仰せのままに、私の支配者」
エミが私の書いた原稿に目を通している間、私は自分の書いた文章を思い返していた……
=============================
「まずいな……どこで落としたんだ?」
僕は田舎道の路肩に車を止め、必死に探し物をしていた。
探し物は、僕の手帳だ。本来なら手帳を落としたところでここまで必死になるものでは無いのだが、その時の僕は必死になる理由があった。
なぜなら、手帳を落としたであろう場所が、僕が少女を拉致した現場だったからだ。
僕は数日前にここで一人の少女を拉致した。彼女の名は、椚千代子。僕がここ最近、夢中になっていた相手だ。
数週間前に学校から下校途中の彼女の姿を見た時、月並みな表現だが、電撃に撃たれたような衝撃が僕の体を貫いた。それほどまでに彼女は魅力的だったのだ。
そして願ってしまった。彼女の泣き叫ぶ姿を見たいと、彼女の苦しむ姿を見たいと、彼女を……殺してみたいと。
数週間その衝動に苦しんだ後、ついに僕は限界を迎え、彼女を拉致してしまった。
その後、人の来ない山中で、彼女を惨殺した。
あんなに興奮したのは生まれて初めてだった。彼女の苦しみに喘ぐ声が今でも耳に残っている。しばらくその余韻に浸っていたかったのだが、自分の手帳を落としたことに気づくと血の気が引いてしまった。
なんとしてもアレを回収しなければならない。そう思って現場を探していたのだが……
「あの、こんにちは」
いきなり女性らしき人物に後ろから声をかけられた。ん、この声、どこかで聞いたような……
「すみません、あの時の人ですよね?」
「え?」
僕が振り返った先にいたのは……
「……ひっ!?」
僕が殺した、椚千代子その人であった。
「う、うわあああああああっ!」
自分が殺した少女の出現に、思わずその場にへたり込んでしまう。なんで!? どうして!? なんでここにいるんだ!?
「ああ、やっぱりあの時の人だ。この間はお世話になりました」
「く、来るなぁ!!」
「待ってください。私をあんなにしたんだから責任を取ってくださいよぉ」
椚千代子は生前と全く変わらぬ姿で僕に少しずつ近づいてくる。しかしあんなに魅力的に見えていた彼女の姿が、今はひどく恐ろしかった。
「あ、あんなにって……?」
「あれ、忘れちゃったんですか? 私の骨をハンマーで砕いたり、ナイフで内臓を引きずり出したり、悲鳴を聞いて楽しんだりしていたじゃないですか」
「あ、あああ……」
間違いない、この少女は椚千代子本人だ。僕の所業を覚えているのがその証拠だ。
「ああ、痛かったなあ。死ぬほど痛かったなあ。あ、死んだんですよね私」
「ゆ、許して……」
「許してほしいですか? じゃあ、私の言うこと聞いてくれますかぁ?」
「ええ……?」
そう言うと、椚千代子はハンマーを取り出した。
「さぁて、悪い殺人鬼さんにたっぷりお仕置きしましょうね。それこそ、精神崩壊するくらいたっぷりと」
「や、止めてくれえ!!」
「だーめーでーすー。大丈夫ですよ、殺しはしませんから。ただ二度と人を殺せなくするだけですよぉ……」
「う、わああああああああああっ!!」
==============================
「……」
エミは原稿を見たまま微動だにしない。正直言って、感想を聞くのが怖い。
しかし、しばらくするとエミが顔を上げて、私と目を合わせた。しかしその顔はあからさまに機嫌が悪い。
「ルリ……」
「は、はい」
「君はこういうのが趣味なのかね?」
まずい、エミが珍しく怒っていらっしゃる。そして多分、私は反論を許されない。これでは支配者の面目丸つぶれだ。
「まず第一に、犯人の男が一方的に椚千代子に迫られている。これでは私の求める『狩る側』とは程遠い。なぜこうしたのだね?」
「ま、まあ、正直犯人の男があまり好きなキャラじゃなかったからさ。ちょっと懲らしめようかなって……」
「あと、椚千代子の性格が随分と変わっているようだが?」
「……いやその、椚さんが可哀そうだったから、というかエミの分身みたいな椚さんが可哀そうだったから……ちょっと強くしようかと」
「最終的に、椚千代子が犯人の男を暴行するようだが?」
「……はい、それはその、エミみたいな女の子が殺されたのがちょっと気に食わなかったから、反撃する展開にしました」
……次々と私の内なる願望を暴露させられている。こんなことは初めてだ。
結局、どんどん小さくなっていく私に対するエミの詰問は数時間にも及んだ。これからこの小説はどうなっていくのだろうか……