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第六話 獲物の乙女心


 私はある日、エミに「スタアバックス」なる喫茶店に連れてこられた。なんというか独特のしっとりした空気が遊び慣れていない人間である私を拒絶していたが、エミはその空気の中に全く躊躇わずに入って行き、私を導いてくれた。

 自分のことを『獲物』と称しながら、なんて頼りがいのある人だろうとこの時は思った。本来ならば私がエミを守らなくてはいけないのに、こんなことでは『狩る側』が現れたときに後れをとってしまう。気持ちを改めて引き締める必要があるなと考えながら席についた私に、エミは注文したドリンクを一口飲んだ後にこう言った。


「先の展開が書けない」

「は?」


 『先の展開が書けない』? ……ああ、例の小説の話か。それにしてもエミのこんな真剣な表情は久しぶりに見たなぁと思いつつ、私は彼女の話を聞くことにした。


「あのさ、確か私が読んだのは主人公の椚さんが殺されて、『一般人にも視認できる幽霊』になった後に犯人の男と再会したあたりだったよね?」

「ああ、そうだ。これから椚千代子が犯人の男と一通り会話をするシーンを入れたかったのだが、その会話が書けないのだよ」

「えーと、それは思いつかないってこと?」

「いいや違う。一応会話は書いてみたのだが、『それらしくない』のだ」


 『それらしくない』? どういうことだろう。


「とりあえず例によって、プリントしたものを持ってきた。是非とも君に読んでもらいたいのだが、大丈夫かね?」

「う、うん。ここまで来たらとことん読むよ」


 そして私はエミに渡された原稿に目を通してみた……



==============================


 私は目を凝らして、目の前の男性をもう一度よく見てみた。

 やはり間違いない。私を殺した『彼』だ。彼はもう一度ここに戻ってきてくれたんだ。

 既に霊体であるはずの私の胸が高鳴る。もう一度彼に会うことが出来たから。だけど不安もあった。彼はもう一度私を殺してくれるだろうか。もう飽きてしまってはいないだろうか。

 考えても仕方がない。私は意を決して、彼に声をかけた。


「あの……」

「……!!」


 私が声をかけると彼は一瞬身体を硬直させたが、私の顔を見ると顔を緩ませた。


「あ、ああ、椚さんか。脅かさないでよ」

「す、すみません」

「あれ、君生きてたの? おっかしいなー。ちゃんとトドメを刺したつもりだったんだけど、やっぱり初めてだと上手くいかなかったのかな?」

「あ、いや、ちゃんとトドメ刺されましたよ。最後に頭に一撃もらったのを覚えています」

「うーん? じゃあ君はあれ? 幽霊みたいなもの?」

「そうみたいですね……」

「そっか……」


 彼は残念そうに私から目を離し、再び地面を見る。まるで私が過去の女のように、興味の無さそうな反応だった。

 やっぱり既に死んでしまった私じゃダメなのだろうか。彼にもう一度殺されることは出来ないのだろうか。


「ところで、ここで何してるんですか?」

「いやね、このあたりに僕の手帳落としたみたいでさ。それがここで見つかったりしたら僕終わりなんだよねー」

「終わり?」

「いやだって、君が連れ去られた現場に僕の私物が落ちてたら完全に僕が怪しいじゃない」

「あー……」


 そうか、彼はそれを探しているのか。しかし彼も長い時間探しているようだが手帳は見つかっていない。となると、ここには落としてはいないのではないだろうか。


「うーん、見つからないな」

「手伝いましょうか?」

「いや、多分ここには無いんだよ。それにしても君、優しいんだね。手伝ってくれようとするなんて」

「いや、そんな……」


 彼に褒められたことで、思わず顔を赤らめてしまう。


「いやさ、この間君を殺した時もすごく興奮したんだよね。そのさ、君の骨を砕いたときの感触とか、君の内臓を掻きだした時の声とか未だに覚えてるもん」

「あ、ありがとうございます……」

「本当に君を殺してよかったなあ。今も興奮しっぱなしだもん。他の女の子じゃこうはならなかったかもしれない」

「そんな、大げさですよ」


「大げさじゃないさ。出来ればもう一度君を殺してみたいけど、さすがに二度は殺せないだろうしねえ……」


 ……ああああああああ!!


 嬉しい、嬉しい、嬉しい。彼が『もう一度君を殺してみたい』と言ってくれた。私で楽しみたいと言ってくれた。

 なんて嬉しいのだろう、なんて誇らしいのだろう。私は二度殺される価値のある女だったのだ。

 なんとしても彼にもう一度殺されよう。なんとしても彼をもう一度楽しませよう。

 私はきっと、そのためにここにいるのだから。


==================================


「…………」

「おや、読み終わったか。今回ばかりは私も自信があるとは言えない内容でね。講評を聞くのが恐ろしいよ」


 エミは目を瞑って顔をしかめながらため息を吐く。……いやいやこれ、問題があるとかそれ以前の内容だろう。


「あのさ、エミ」

「なんだね?」


「この小説って、まともな人間いないの?」


 うん、とりあえず私が真っ先に感じたのはそれだ。椚さんも犯人の男も、考え方が常人と離れすぎて何が普通なのか分からなくなってきている。


「ふむ、やはり犯人の男の描写に問題があったか」

「はい?」

「つまりルリはこう言いたいのだろう? 『狩る側』である犯人の男が、『獲物』にこんな優しい言葉をかけるはずがない、と」

「……」

「私も『獲物』である身だからね。つい願望が入ってしまったのだよ。しかし本来なら『狩る側』は一人の『獲物』に執着などしないのはわかって……」


「いやいや違う。そういうことじゃないです」


 致命的な会話のズレを感じた私は、思わず敬語で突っ込んでしまったが、エミは平然としていた。


「そういうことではない、とは?」

「いやだから! まず犯人の男は何で自分が殺した相手が現れてるのに、平然としてるの!? 普通もっと驚くでしょ!」

「なんだそんなことか。『狩る側』なら、それくらいの備えはしているだろうからこの反応が自然だろう」

「『狩る側』ってそこまで想定しているものなの!? エミの中で『狩る側』どうなってるの!?」


 言いたいことは、他にもある。


「あとさ! 椚さんは相変わらずすごいぶっ飛んでるよね! 『私は二度殺される価値のある女だ』って喜んでる人初めて見たよ!」

「『獲物』だからね。殺されれば殺されるほど価値があるということだ」

「……」


 そこまで断言されると、私はもう何も言えない。


「ふむ、しかしルリから見るとやはり展開に不自然さが残るのか」

「私以外が見ても不自然だと思うよ……」

「そうだね、それならルリならこの辺りの展開はどうする?」

「うーん……やっぱり、犯人の男がもっと椚さんを見て驚くとか?」


 そこまで言ったところで、エミは提案してきた。


「それなら、ルリが書いてみるかい?」

「え?」

「君なら私より支配する側の視点に立てる。より自然な展開が書けるはずだ。なに、そこまで凝ったものでなくてもいいさ」

「私が、小説を書くの?」


 小説なんて書いたこともないけど、出来るだろうか。


「……」


 いや、さすがに柏先生より自然な展開の小説は書けるだろう。取りあえず私はエミの提案に乗り、私なりの犯人の男を描写することにした。

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