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第五話 主人公のモデル


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「やっぱり、見えてるみたいだね……」


 私は自分が殺された森の中から二晩かけて歩き、自分が住んでいる町に戻ってきた。いくら田舎町でも歩いていれば何人かの人間とすれ違う。私はその人たちにわざとぶつかってみたり、目の前に飛び出してみたりして、相手の反応を見てみた。

 すると、私のことを訝しげに睨んだり舌打ちをしながらそそくさと離れていく人間が大半だった。つまり私の姿は、普通の人間と同じように他人に見えているということだ。

 しかし同時に、私はやはりあの時あの人に殺されたのだということも確信していた。なぜならこの町に戻るために昼も夜も関係なく歩き続けてきたのに、全く疲れも空腹も感じなかったからだ。さらに睡眠をとる必要もないこともわかっていた。


 どうやら私は、『幽霊でありながら普通の人間でも視認できる存在』になったようだ。オカルトマニアなら飛びついてきそうな話題だろう。


 さて、それがわかった所で自分の目的を再確認しよう。私の目的、それは『彼にもう一度殺される』ことだ。

 二日前に起こった出来事は、まさしく夢のような出来事だった。こんな私を見て、『この子が泣き叫ぶ姿を見たい』と思ってくれる人がいるなんて思ってもいなかった。さらに彼は実際に行動に移すほどに私に熱を上げていたのだ。

 彼のハンマーやナイフが私の肉体を蹂躙する感覚が霊体の私にも残っている。だがそれ以上に私の頭には強い記憶が残っていた。


 それは、『彼が私にトドメを刺す瞬間の表情』だ。


 その表情ははっきり覚えている。偉業を達成した科学者の様に喜びに打ち震え、同時にお気に入りの玩具を無くしてしまった幼児のように悲しみに震えているかのような、そんな表情だった。私が生きてきた中で(もう死んでいるが)、あそこまで美しいと思えた人間の表情は他に無い。

 ああ、もう一度彼のあの表情を見てみたい。彼から苦痛を与えられたい。彼に、もう一度殺されてみたい。

 道の真ん中だというのに、自分がもう一度殺される光景を想像するだけで心臓がキュウキュウと締め付けられる感覚と同時にゾクゾクと震えが起きて、口から涎が垂れてしまう。

 いけない、いけない。死んだとはいえ、私の姿は見えるんだから落ち着かないと。


 しかし問題があった。私は彼のことを何一つ知らないのだ。


 私は彼の名前も知らないし、彼の住所も知らない。それ以前に会ったのも私が殺された時の一回だけだ。これでは彼にもう一度殺されようにも、まず会うことすら出来ない。

 さらに今の私は一度死んだ存在だ。もう一度死ぬことが出来るのかはわからない。もし死ねなかったら、彼を落胆させてしまうことになる。それはいやだ。

 どうしようものかと悩んでいたら、私はある場所に着いていた。


「ここは……」


 そこはいつも私が学校に通う時に通る道、彼が私を連れ去った現場だった。


「まさか戻ってきてるわけ、ないよね……」


 おそらく私は無意識にここに来てしまったのだろう。彼がもしかしたら現場に戻ってきてくれるという淡い希望を抱いて。しかしそんな都合のいいことが……


「……え?」


 だが私の目に飛び込んできたのは、見覚えのある黒いワンボックスカー。そう、まさに彼の車だった。

 そして、見つけた。その車の横で地面を目を凝らすように見つめている彼を。彼がここで何をしているかなんてどうでもよかった。私はまた彼に出会うことが出来たという幸福しか感じていなかった。


 そして私は後ろから彼に声をかけてみた……


==========================


「あのさ、エミ」


 私は再び原稿から目を離して、エミを見る。彼女は珍しく、目を細めて『ニコニコ』という擬音が出そうな笑顔を浮かべていた。……なに笑ってんのよ。


「おやおや、私の小説はやはりお気に召さなかったかね?」

「いや、これ主人公どうにかならないの?」

「どういうことだい?」


 本当にわかっていないのかこの人は。


「いや、この椚って子は普通の女子高生なんだよね?」

「そうだが?」

「いくらなんでも、思想がぶっ飛びすぎてるでしょ!!」


 思わず大声で叫んでしまい、食堂にいる学生たちが私たちを見てしまう。……なに見てんのよ!


「そうかな? 私としては突然現れた運命の相手に対する乙女心を持った少女として描いてみたのだが」

「これが!? これが、『突然現れた運命の相手に対する乙女心を持った少女』なの!? 運命の相手、椚さん殺しちゃってるんだけど!?」

「だから椚千代子も自分の恋心を自覚することが出来たのだよ。自分を殺した相手こそが、ずっと自分が求めていた相手なのだと確信できたのだ」

「いやもうちょっと待って……何が普通なのかわからなくなってきた……」


 ここまでエミが自信満々だと、おかしいのは私の方なのではないかとすら思い始めてきた。エミが書いただけあって、『殺されたことに対する快感』というものは割と詳細に描かれているから余計に。


「あとさ、ちょっとこれ見てて思ったんだけどさ」

「何だね?」


「椚さんって、私を参考にしてない?」


 その言葉に、珍しくエミの目が泳ぐ。


「……ソンナコトハナイノヨ」

「棒読みになってるし! 口調変わってるし! ねえこの子私を参考にしたでしょ! 名前もなんか『千代子』と『瑠璃子』で似てなくもないし! 周りに興味を示さない所とかまんま私だし!」

「……くはははははははは!」

「笑ってごまかし始めちゃった!?」


 ……しかしどうやら、エミが今回書いてきたのはここまでのようだ。まあ読んだ感想としては、椚さんの思想がぶっ飛んでいる以外は前の二作よりは悪くない。このまま何事もなくこの話が進むといいけど……

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