第三話 ネーミングセンスの欠如
一週間後、つまり次の日曜日に私は再びエミの家に招かれた。
「ようこそおいでくださいました、我が主。此度は貴方様を楽しませる余興を考えました故、是非とも楽しんで頂きたい所存です」
「……」
玄関を開けると、座った状態で頭を下げて三つ指をついたエミがこちらに向かっていつも以上に仰々しい口調で私を出迎えた。
「エミ、色々言いたいことはあるけど、まずは頭を上げなさい」
「かしこまりました」
私は頭を上げて手を膝の上に戻したエミに近づいてしゃがみ込み、、その頬に触れる。
「あのねエミ。私は確かに貴方の願望を容赦なく潰して、貴方を屈伏させた。でもね、私としては出来れば貴方とは対等の友達になりたいの。わかる?」
「ほう? 私にはもはや屈伏する自由も残さないと。そういうことかね?」
「そういうわけじゃなくてね……」
思わず目を瞑ってしまう私に、今度はエミが私の頬に触れる。
「心配せずとも、私は君の隣からは離れないよ。その自由が無いのだからね」
「エミ……」
「君は私の支配者だ。君があの時私の願望を潰した時点で、その事実はもう動かないのだ。だが、君が望むのであれば……」
そして左手で自分の頬に触れていた私の手を掴み、首元に持っていく。
「君が望む『友達』にもなってみせよう。それが私に残された唯一の道なのだから」
「……エミ」
そう言ったエミの顔は、少し無理をしているようにも見えた。
私の手が触れている、彼女の細い首。やはり彼女はその首を無残にへし折られることを望んでいるのだ。そしてその願望を潰したのは私だ。
だけど私はそれに罪悪感を持ってはいけない。そんな資格なんて無い。これは私が自分の願望を押し通した結果なのだから。
「さて、玄関でいつまでも話しているわけにもいかない。続きは私の部屋でゆっくりと行おう」
エミの言葉で我に返った私は立ち上がり、先週と同じように彼女の自室に入った。
「今日お招きしたのは他でもない。先週の小説の展開を少し変えたものを読んでほしい」
「あのさ、別に私が読む必要無いよねこれ?」
「ふむ、いつか私を殺す時の予行演習にはなるだろう。その意味では必要なことだ」
……この子、さりげなく私のことをゾンビ扱いしなかった?
「まあいいわ。取りあえず読んでみるよ」
そして私はエミから渡された原稿に再び目を通した……
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ああっ、食べられたいっ!
第一話 彼女の事情
「はあ、はあ、はあ……」
私、椚 千代子は今、一本の映画を見ている。その内容は、特殊なウイルスによって生み出されたゾンビたちが人々を襲うと言う、所謂『ゾンビパニック』ものだ。
しかし私は映画のストーリーなどまるで頭に入れていなかった。いや、それどころか冒頭から見ることすらしていない。私の目的は、ある一点だけだ。
「ああ、来たぁ……」
私の目的は、やはりゾンビだ。もちろん映画なので彼らは特殊メイクを施した役者なのだが、それでも私の胸は高鳴った。
彼らの腐った体と、人を喰らうために鋭くなった歯を見るたびにうっとりしてしまう。映画はいよいよゾンビが人々を食い殺すシーンに入った。
「ああ、すごい。食べられてる、私食べられてるぅ……」
映画の中で食い殺されている女性を自分に重ね合わせる。ゾンビの歯が、私の肉を引き裂き、骨をかみ砕く。私の体が彼らの欲望を満たす道具になっていることがたまらなく嬉しい。
だめ、こんな映画じゃ我慢できない。私は、本物のゾンビに食い殺されたいのだ。
しかし現実にはゾンビなどいない。すなわち、私の願望は永遠に叶わない。
「うう……こんなの残酷すぎるよぉ……」
自分の願望が達成されないという現実に思わず涙してしまったその時。
「ぱきゅーん!」
「な、なに!?」
突然、テレビの中から緑色の
ヌイグルミのクマのような形をした不思議な生物が現れた。しかしその顔の部分は腐っており、片目が垂れ下がっている。
「え、え!? なにあなた!?」
「やあ! ボクはスゴクワルイ星から来た、不思議生物・クマゾンビ! 君にお願いがあってきたんだ!」
状況を飲み込めない私に対して、クマゾンビとやらは明るい自己紹介をする。
「えっとね、ボクはこの星の人間をゾンビにしないと死ぬ病気にかかっているんだ!」
「そんな! それは大変!」
「だからね、この薬で君の身近な人をゾンビにしてほしいんだ! そうしたらそのゾンビに噛まれた人はゾンビになるからどんどん増えていって、ボクは助かるんだ!」
「この薬で、人をゾンビに出来るの!?」
やった。ついに私の願望が叶うんだ。これで憧れの彼をゾンビにしてしまおう。彼の美しい顔が醜く腐って、私に襲いかかるんだ。そうしたら私がどんなに抵抗しても為す術なく食い殺されてしまうことは想像に難くないのだよ。わかるかね? 愛しの彼には私の体を余すところなく召し上がってもらうとしよう。私が彼の第一の犠牲者になるということがたまらなく嬉しい……
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「ストップ! ストーップ!」
「どうしたのだね?」
どうしたもこうしたもない。なんだこれは。
「あのさ、エミ。最初の展開はまあ、良かったよ」
「お褒めにあずかり光栄だね」
「でもなんか途中から意味のわからない展開になってるんだけど! なんなの、スゴクワルイ星とかクマゾンビって! ネーミングがぞんざいすぎるでしょ! なんか魔法少女のマスコットみたいなこと言うし!」
「ふむ、そこはまずいか……」
「あとさ! 好きな人をゾンビにして、食べられたいって、この子倫理観どうなってるの!?」
「何を言っている。私は彼女の気持ちがよくわかるぞ」
「そうだろうね! また途中から完全にエミになっていたからね!」
……いろいろ突っ込んだ結果、エミは途中の展開を少し変えると言いだした。
これ、本当にどうなるんだろう?