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生まれた先は英雄の子  作者: KB
第二章 幼年期
22/24

油断

1、2、3人称混同。


※2017/2/9改稿

 その日、リリルム・フォン・ブルネスは本物の英雄を見た。


 どんな絵画に描かれる英雄達よりも美しく。

 様々な唄に歌われる勇者様よりも雄々しく。

 そして、何よりその全てが猛々しくも神々しい。


 そんな夢物語に出てくるような英雄に。



 リリルム・フォン・ブルネス。

 彼女は平凡であった。

 特別何かに優れた力がある訳じゃない彼女は、自分ではこの地を治める所か満足に外敵から守ることもできないだろうと、幼い頃より理解していた。

 故に自分はこの地では無力であると幼いながらもそう考えた。

 でも彼女はこの地が大好きだった。

 少し先には命の危険があるようなそんな地でも、笑い、泣き、喜び、悲しみ、そして温かく見守ってくれる民がいるこの地が大好きだった。

 そして10歳を過ぎた頃、彼女は貴族教育の過程で自分が女である事を喜んだ。

 優れたる家に嫁げばこの地を支援してもらえるかもしれない、と。

 それから3年、彼女は死に物狂いで頑張った。

 少ない魔力と加護のない身で、彼女は2つの属性魔法を操ることが出来るようになった。


 『才媛の魔女』


 いつしか彼女はそう呼ばれるようになっていた。

 2つの属性魔法と詠唱省略を操る民思いの少女。

 彼女はブルネス領での人気を不動のものとしようとしていた。

 しかし、彼女はそれを拒み続けた。

 なぜなら、彼女の3つ下の弟が「精霊の儀」で中位精霊と契約できたから。

 力が必要とされるこの地で精霊を使える弟の存在は民達の希望と成りつつあった。

 そんな中に、精霊はおろか加護すらもない自分がいては弟の足手纏いになる。そう考えた彼女は、魔女と呼ばれるだけの整いつつあったその美貌をいかし、他家に嫁ぎこの地のために生きたいという願いを幾度も父であるカカルム・フォン・グリシス・ブルネスに進言していた。

 カカルムは娘であるリリルムが民達の事を思い、自分の非力さを嘆きながらも力を求め、それをどういかすか薄々感じていた。

 故に、「成人の儀」が終わり、1人の女として独立ができるようになっても考えが変わらないのであればとそう約束して納得させた。

 それから1年と少し、今年行われる王都での王女と英雄の子の「加護の儀」に合わせ彼らも王都で「成人の儀」を行うつもりであった。

 あわよくばそのまま英雄の元へ行けるのではないか、そう思いながら準備を続けていた。


 黒き侵略者が現れるその時までは……


 瞬く間に現れたその侵略者達は、英雄が治める地である隣のアストラーゼ領を無視しこのブルネス領を進んだ。

 砦は壊され、街は焼け落ち、村々は吹き飛んだ。

 そんな報告を聞いたリリルムは自分の悪運と非力さを嘆いた。

 それでも出来ることがあるはずだと、母であるアサラ・フォン・グリシス・ブルネスと共に領都で民達を励まし続けた。

 カカルムは彼女達を安全な後方へと送ろうと説得を試みた。しかし、送れたのは次期領主である自分の息子だけ。娘であるリリルムと妻であるアサラは頑として動かなかった。

 そして、今、その黒き侵略者達がこの地最大の領都へとその猛威を振るおうとしていた。


 そんな走馬燈のような今までの出来事を思い返しながらも、爆音に驚き、杖を持って城壁まで登って来たリリルムはその場で呆けていた。


 雷光が迸りその地を舐める。


 その後に残ったのは清々しいまでの禿げきった大地だけ。


 彼女は自分が夢を見ているのではないか、そう思った。

 そんな馬鹿みたいに突っ立って呆けていた彼女の隣に白と黒を基調としたエプロンドレスを身に纏った、この場に身似つかわしくない格好をしたメイドが姿を現した。


「失礼ですが、ブルネス領領主カカルム・フォン・グリシス・ブルネスが長子リリルム・フォン・ブルネス様とお見受けします」


 そうメイドの女性はリリルムに声をかけて来た。


「貴方、は?」


 リリルムは今のこの状況に全く思考が追いついていなかった。


「申し遅れました。私はルード・フォン・アストラーゼ様の眷属の一人、シャルル・ヴィアルリィと申します」


 そう言って女性はスカートの裾を摘んでお辞儀をした。


「ヴィ、アルリィ? ですか? もしや『白黒の悪魔』の……」


「おや、その年でそのような事まで知っておいでとは、流石は『才媛の魔女』とまで呼ばれるだけの御方ですね。ですが、貴方にはまだ早いですよ」


 そう言った女性の目がすぅっと細まっていくのを見て、リリルムは慌てて謝罪をした。


「す、すみません! ちょっと気が動転していまして。そ、それで、ヴィアルリィ家のお方がこの場に何の御用でしょうか?」


 彼女はそこまで聞いてはっと思った。


(もしかして、援軍!? まさか、王家の方がこんなにも早く異常事態を把握して下さっているだなんて!)


 そう考えた彼女は、シャルルと名乗った女性が次に放った言葉に本日二度目の呆けた顔を晒した。


「我が主であられる、ルード様より言伝を持ってまいりました。『英雄の名代として参りました。後は全てお任せ下さい』と」


 女性はそう言うや否や城壁を飛び降りて戦場へと引き返して行った。


「英雄の、名、代?」


 その言葉を理解できなかったリリルムは、戦地へと顔を向けた。

 そこで戦っているのはどう見ても幼い子供だった、到底戦えるとは思えないほどに幼くあどけない子供。

 でも、そんな子供が大の大人をも超える槌を振り回しながらSランクの魔物を屠っている姿は、どんな喜劇よりも滑稽で、あれは幻なんかではない、そう思わせるのに充分なインパクトを持っていた。


「リリィ!!」


 リリルムがルードの事を見ながらそんな事を思っていると、城壁の内側から父の声が聞こえてきた。


「――はっ!? ど、どうしました!? お父様!」


 彼女は誰かに問いただしたいこの思いを胸の内に封じ込め父へと問いかけた。


「今の内に降りて来なさい!!」


 城壁の外で自分の弟よりも幼い子供が戦っていると言うのに父は何を言っているのか。彼女は咄嗟にそう思って怒鳴り返していた。


「ふざけないで下さい!!! 今も戦って下さっている方がいるのです!! 背を向ける事などできるものですか!!!」


 息を切らしながらそう怒鳴る娘とは対照的に父であるカカルムは落ち着き払ってこう言った。


「それ故に、だ、リリィ。私達では足手纏いにしかならない。フレリックには出れそうならば援護に回るように言ってある。それに……」


 そう言って父は何かを確信した様子で続けた。


「あの子供は、かの大英雄『剣狼』フォード殿の第一子、ルード殿だ。私達が心配するのもおこがましいほどの手練れだよ」


 父はそう言い終わると、背を向けて周りの人達に指示を出し始めた。


「『剣狼』……」


 確かにその名前は彼女も知っている。


 『剣狼』フォード。

 四天王の一角を倒して英雄となった最強の剣士。


 だとしても、リリルムは頭では理解していても、実際に英雄だと呼ばれた人の子供がしかも「加護の儀」すらも終えていない幼き子が戦っているのを見るとどうしようもないほどの無力感に苛まれた。


「どうか、どうかご無事でいて下さい……」


 結局、城壁の上から見ていただけの彼女が出来たのは、ルードの身に危険が及ばないように祈り続けることだけだった。



◇◇◇◇◇



「どぉぅらっしゃぁぁぁぁい」


 俺はそう叫びながらその手に持った大槌を勢いよく振り回した。


 ドキャッ バゴォォンッ


 そう音を立てながら自分の周りにいた魔物が股下から上を失い地面に沈んで行く。


「だぁらっしゃぁぁぁいっ」


 そう叫びながら雷を纏ったその身で勢いよく大槌を振り下ろす。



 ドゴオオォォォォォンッッッッ



 振り下ろした地点を中心として、大槌より前方が地割れによってすっきりする。


「ウィズッ」


「『雷撃(インパクト)』」


 そう言ってウィズが魔物の方に手をかざすと、雷光が迸り魔物の動作を停止させる。


「ふっ!」


 気合い一閃。

 その魔物も俺が大槌を振り抜くと、上半身と下半身を別々にして吹き飛んでいった。


「だぁぁっ、多い!! シャルは!?」


 前後左右、おまけに頭上からも襲い掛かってくる魔物を相手に無双を続けていた俺も、流石に体力が持たなくなり始めた。


「遅くなりました、ルード様」


 領主に伝言を頼んでいたシャルが漸く戻って来た。


「来た! 伝言はちゃんと伝えれたかい?」


 ドゴッ グシャァァ ビギョッ


 そんな音を立てながら飛び散って行く魔物からシャルへと意識を向けて聞く。


「はい、領主及び騎士団の団長にも伝えて参りました。あ、後は『才媛の魔女』と呼ばれている領主の娘にも一応と思い、話をしておきました」


 ザシュッ グアアァァァッ ギシュッ


 そう報告をしながらも、シャルは刃渡り60センチ程もある短刀みたいな小刀を両手に持ち、魔物の間を舞うように切り殺して行く。


「そうか! ならいい! ぐだぐだ考えるのは取り敢えず後にしよう!」


 俺はそう言いながら大槌に魔力を込めるために立ち止まった。


「一気に片をつける、後は任せた」


 俺は、そのまま魔物が襲いくる中で目を瞑って魔力を高める。


「お任せ下さい」


 小さくもはっきりした返答。

 俺の集中を邪魔しない範囲での行動をシャルは開始する。


「ウィズ、一気に片をつける。アレをやろう」


「分かりました。お望みのままにお使いください」


 俺の言葉にウィズがそう返したところで、俺の魔力が最大まで高まった。


「シャルッ!」


 ドシュッッ


 離れ際に魔物を一体屠ったシャルは大きく距離をとった。


「【纏え雷の子、悶えろ神の裁きに、そして堕ちろ冥府の先へ】」


 俺はそう言って両手で持っている大槌にありったけの魔力を注ぎ込む。


 バババッ バチッ バチバチバチッ


 自身の身を守っていた雷の鎧が大槌へと移って行く。


「【今ここに天より裁きを与えよう】」


 そして、両手足にあらん限りの力を込めて振りかぶる。


「精霊武装・"雷"『雷神の裁き(ミョルニル)』ッッッッ!!!!!」


 俺が大槌を振り下ろした瞬間、天から一筋の光が地上に落ちた。



 ドッッガアアアァァァァンンッッッッ



 視界全てを覆い尽くす光。耳をつんざくような落下音。

 全てを消し去るような威力のカミナリが地上に降り注いだ。


 精霊武装。

 文字通り精霊を身に纏い武器や防具として使う技。

 英霊や神の御技を模倣し放つことの出来るこの世界でも使える者はほとんどいない技。

 加護を持つ者が一生涯をかけて片足を踏み入れることの出来る領域。

 精霊に愛された者もしくわ精霊を生み出しし者が単一属性の精霊を捧げて放つ事でこの世の真理を知れる技。


 何故俺がこんな技を使えるのかは、まぁ、どの属性にも属さないウィズの存在と、圧倒的な魔力量、それに『魔導の書(グリモワール)』を持つからだろう。

 ウィズ自身も、記憶として知ってはいてもこんな簡単に使えるとは思っていなかったと言っていたし。


 神の裁きが地上に降り注いでる間、余波にローブをはためかせながらそんな考え事をしていると距離を取っていたシャルが近づいてきた。


「お疲れ様です、ルード様」


 そう言いながらも短刀を握り油断なく周囲を見回すその姿はさすがとしか言いようがない。


「だいぶ疲れたよ。魔力も10分の1は持っていかれたし、残っているとしても原型も留めていないと思う」


 そう言いながら、俺も全てを放出し殴るしか役に立たなくなった大槌を握り締めながらカミナリが落ちた方を見る。


「ルード様、また必要でしょうか」


 俺のローブに隠れて余波を凌いでいたウィズが俺の前に出てきて聞いてきた。


「いや、身に纏う程度に抑えておこう。次に何がくるかは分からないけど即死だけは防げるだろうし」


「畏まりました」


 俺がそう言うと、ウィズは空中で綺麗にお辞儀をした後、再度俺の身を守る為雷の精へと変わった。

 そう、なんとこのウィズは精霊であって精霊でないような存在になっている。

 普通精霊は生まれるその瞬間に特定の存在や世界より魔力を与えられなんらかの属性を宿し生まれてくる。

 しかし、ウィズは俺から魔力を受け取る瞬間、ただの魔力を受け取ったからか、俺から魔力を受け取ったからかなのかは知らないが、俺のイメージと魔力によって様々な属性にその体質を変えることの出来る無属性精霊へとなってしまっていた。


 まぁ、特に困ることはないし、むしろ色んな武装を出来るから諸手を挙げて歓迎したいぐらいなんだが。


 そうこうしている内に、砂煙やら光やらで見えていなかった着地点が段々と晴れてきた。


「うわぁお」


 肉、肉、肉。

 後に残っていたのは、黒焦げになった肉の塊のようなものだけだった。

 動いている者は雷に当てられて痺れている肉塊だけ。

 残りは全て煙を上げて黒ずんでいた。


「すっげぇ……」


 自分で放った技とはいえ、Sランクの魔物をこうも簡単に屠れるとなると何か勘違いしてしまいそうになる。


「流石ですルード様」


 シャルがそう言って褒め称えてくる。


「いや、魔力でごり押しした感が否めない。まだまだ鍛練が必要だろう」


 勘違いしてはいけない。そう強く心に刻む。

 幾ら大技が打てようと、父上や母上には勝てないという事実がある限り俺は最強ではないのだから。


「その御心を持っておられるのでしたら大丈夫かと」


 肉塊となった魔物を見ながらシャルがそう言ってくる。


「まぁ、強さがどうのというのはこれからも鍛練を積めばいいさ。取り敢えず残っている魔物は居そうにないね」


 俺はそう言って肉塊と化した魔物達を大槌で丁寧に潰して回る。


「これからどうされますか?」


 俺の半歩後ろを歩きながら城壁の方を向いていたシャルが言う。


「勝鬨が必要、か」


 シャルに合わせて俺も城壁の方を見ると、城壁だけに飽き足らず、城門まで少し開いて多くの人がこちらを見ていた。


「取り敢えず、父上と母上が来るまでの繫ぎとして僕が話を通しておかないと」


 俺は全ての魔物を潰し終えたところで城門の方へ向き直って歩き始める。


 そして、少し歩いたところで立ち止まって大槌を振り上げて叫んだ。


「ブルネス領を脅かした魔物、バルバルはこのルード・フォン・アストラーゼが討ち取ったぞおおぉぉぉぉ!!!!!」


 すると――


『うおぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!』


 城壁や城門内から多くの人の歓声が聞こえてきた。


「さて、これで入りやすくなった」


 俺はそう言ってシャルとウィズを従えて城門の方へ向かって歩き出した。



◇◇◇◇◇



 私は呆気に取られていました。

 弟よりも幼いその子が、大の大人よりも強靭で凶悪なその魔物に臆することなく立ち向かい、あろうことかその全てを屠ってみせたのですから。


「英、雄の、子」


 ポツリと呟いたその言葉を、自分自身の中で飲み込み咀嚼するまでには長い時間がかかりました。


「ブルネス領を脅かした魔物、バルバルはこのルード・フォン・アストラーゼが討ち取ったぞおおぉぉぉぉ!!!!!」


 でも、その小さな英雄がそう勝鬨を上げると、追いついていなかった思考が急激に引き戻され、自分自身でも信じられないほどの声を張り上げて喜んでいました。


『うおぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!』


 すごい、すごい、すごい!!

 英雄とはかくも偉大で強大な存在だったのか!!


 自分の中で、ルード・フォン・アストラーゼと言う少年への感情がどうしようもないほどに昂ぶっているのが分かりました。


「なぁ、あの子、誰の子だよ!!」


「ああ!?」


 そう、周りで兵士の皆さんが話をしているのが聞こえてきました。


「聞いてなかったのかお前!? 英雄の子だよ! 英雄の子!!」


「え!? まさか! 『剣狼』様のか!?」


「そうだよ!! うぉぉぉぉ!! すっげぇよ、まじですっげぇよ!!」


 私も、はしたなくはあるのですが、すげぇとしか言いようがありません。


「なら、『賢狼』ルード様だな!!!」


「あ? なんでだよ!!」


 『賢狼』


 勝鬨が鳴り響いて止まない中で1人の兵士の方が言われたその言葉は、何故か辺りに響いた気がしました。


「だってよ! 『剣狼』フォード様と『大賢者』メリッサ様の子供だろ!?」


「あぁ!!」


「それで、あの強さと賢さだ! 『賢狼』と呼んでもむしろ失礼に当たらないか心配だぜ!!!」


「うぉぉ!! お前ぇ、賢いな! いいな『賢狼』! ぴったりじゃねぇか!!」


 そう言って騒ぐ兵士の方の話を聞いていた他の方が、1人、また1人と他の方に話を広めていくにつれて、城壁の上から『賢狼』コールが鳴り響き始めました。


『『賢狼』! 『賢狼』! 『賢狼』!』


 『賢狼』ルード様……

 魔法も、その凛々しさも、強さも、その全てが私の心を射止めて離さない御方。


「よしっ!」


 そして私は決めました。


「あの御方のお側に、正妻じゃなくてもいい、側室でも妾でも……」


 ちょっと前まで打算や栄誉だけで殿方と契りを結ぼうとしていた自分とは思えないほどの心変わり。

 でも、それがどこか気持ちよくて。なにより、心が晴れやかになったそんな感じがしました。


「お、おぉい! お前!!」


 そんな考えをしていると、近くで勝鬨を上げていた兵士の方達が狼狽えたのが分かりました。

 何かと思って顔を上げてみると、ルード様がこちらに向かって歩いてきているが分かりました。


「ど、どうすんだ!?」


「しらねぇよ!!」


 さっきとは打って変わってオロオロとし始める皆さん。

 そんな姿が何処か滑稽で、でもそんな姿ができるのもルード様のお陰だと思うと、ルード様への思いが収まらなくなってしまって、自分でも皆さんの気に当てられてるのが自覚できました。

 でも、そろそろ私達の英雄を迎えないといけない。そう思った私は、兵士の方達に城門を開けるよう指示を出そうとしました、しかしその瞬間。


「シャルッッッ!!!」


 ドッ


 ルード様の怒鳴り声が聞こえたかと思うと、一瞬圧迫感がしたのち浮遊感に苛まれました。


(え?)


 そう思ったのもつかの間、私は誰かに抱きすくめられたのが分かりました。

 動かしづらい体でなんとか顔だけをその御方の方へと向けると、そこにはつい先ほど会ったヴィアルリィ家のメイドの方が顔に焦燥を浮かべて前を向いておられるのが見えました。


「なにが?」


 そう口に出た言葉のままその目を追って顔を向けると、ついさっきまで自分が立っていた位置にルード様が居り、それに相対するように真っ赤なマントをはためかせながら顔に嘲笑を浮かべる長身の男が居て、そしてルード様がその男にお腹を貫かれているのが見えました。


「は?」


 何故?

 私の頭の中はそれで埋め尽くされました。

 理解はできる、あの御方は私を守ってあの男に傷を負わされた。

 でも、理解できない。

 何故私をあの御方は?


「ルード様っっ!!!」


 そうメイドの方が叫び、体中から怒気を発するのが分かりました。


「う〜ん、ファンタスティック。まさか、あんな雑魚を助けるために自らが犠牲になるだなんて、君は度し難いほどの愚か者だねぇ」


 そう男が言う。


「げはっ、ごほっ、ふふっ、魔族の君にはわからないだろうね、『愚王』マルルカント」


 そうルード様が言う。


「おや、私の事がわかるのかい。なら尚更だよ君ぃ、何故だい? 私にも分かるように説明してほしいな」


 そう、魔族の男が言う。


 私にも、私にも教えてほしいです。

 何故あなたは私を助けたのですか。

 私を見捨てればきっと…


「はっ、ここで女を見捨てるのは男のする事じゃないし、ここで民草を見捨てるのは英雄のする事じゃないからだよ。プッ――!」


 ルード様はそう言い切って魔族の男に血を含んだ唾を吐き捨てた。


「愚か、愚か、愚かぁ、行動言動全てが愚か者でぇすっ」


 そう言って魔族の男――マルルカントはルード様をおもいっきりこちらへと投げつけてきた。


「きゃっ」


 どすっ


 メイドの方に抱きしめられてた私は、ルード様が飛んでくると同時に地面へと落とされた。


「ルード様っ!!」


 飛んで来たルード様は、メイドの方に優しく抱き止められ私の横へと降ろされた。


「いちちっ、大丈夫、大丈夫」


 腹に穴が空いている状態での大丈夫ほど安心できないものはない。私は怒鳴りつけたいほどの思いを抱きました。


「な、なぜ、ですか」


 あれほど望んでいた人との出会いなのに、私の口から出た言葉はオークに犯された女の人よりもか細く今にも消えてしまいそうなほどの大きさでした。


「ん? あっ、良かった。怪我はない? 間に合わないと思ったんだけどギリギリだったね」


 そう言って屈託の無い笑顔を私に向けられたルード様。

 そこにはなんの下心もない純粋な気遣いだけが存在していました。


「よっこらせ」


 そう言ってルード様は立ち上がり、魔族の元へと向かい始めました。


「何故だって言ったね」


 一歩、二歩。

 ルード様が歩んでいくたびに、そのお腹は煙を上げながらまるで時を戻していくかのように再生していました。


「だって、英雄だから」


 そう言い切って振り返ったその御方の笑顔はあまりにも眩しすぎて、私には直視していられないくらいでした。


「ノブレス・オブリージュ、貴族の責務の1つに民を守る事がある。

 僕には力がある。父上と母上から受け継いだ力が。

 だから、僕は戦う。

 贅を凝らし生きている以上は貴族として。

 名声と地位とその他全てを独り占めしている以上は英雄の子として」


 その言葉1つ1つが私の心に突き刺さり、その表情の1つ1つが私の心を射止めて止まない。


「まぁ、見てなよ。魔族だか四天王だか魔王だか知んないけど、僕の前じゃゴブリンの前を闊歩するのと変わらないから」


 そう言って前を向いて歩いていかれるルード様。


「お帰りを!! お帰りをお待ちしております!! 私は、リリルム・フォン・ブルネスは、貴方様の事をお待ちしております!」


 その後ろ姿を見て、私はそう叫んでいました。


「その言葉だけで、万の元気が貰えるよ」


 ルード様はそう言われると同時にその身に太陽よりも眩しい炎を纏われて歩んでいかれた。


「どうか、どうかご無事で……」


 この時の私は、数刻前に祈った祈りとは別の祈りを心の底から祈っていました。



◇◇◇◇◇



「その言葉だけで、万の元気が貰えるよ」


 そう言って前を向いて歩いていた俺は、さっきまでの行動を冷や汗を流しながら考えていた。


(あっぶねぇぇっ。もうちょっと遅かったらぶち殺されてる所だった)


 実際、俺が気付くのがちょっと遅れていたら領主の娘であるリリルムさんは首を落とされて死んでいただろう。


「ルード様っ!!」


 そんな事を考えていると、横合いからシャルが憤怒の形相で怒鳴りつけて来た。


「何故! 何故あのような行動を取られたのですか!!」


「何故って、さっきも……」


「そうじゃありませんっ!!」


「ご……」


「御身を、御身を大切にされて下さい! 何の為に、私が、私達がお側にいるのか分からなくなってしまいますから、お願いですから御身を…」


 そう言って涙ぐむシャルを見ると、俺自身どんだけ無謀な事をしたのかがよく分かるようだった。


「そうです、(わたくし)を引き剥がして向かわれた時は無い筈の心臓が止まるかと思いました!」


 シャルの頭に引っ付いていたウィズがこれまた声を荒げて抗議してくる。


「ごめんってば、次からは気を付けるからさ」


「次では無く、今! 今この瞬間からお気をつけ下さい!!」


「その通りです! ルード様の換えなんてどこの誰にも出来ないのです! お願いですから!」


 そう言い始めて止まらなくなった2人。

 まぁ確かに自分自身無茶をした感はあるし、あの時は碌に安全を取っていなかった上に、余裕があったわけじゃなかったから2人が怒るのは無理もないと思う。


「分かった気を付けるよ、だから反省会は後にしよう。今はマルルカントを倒す。ついて来てくれるんだろう?」


「「もちろんです」」


 がーがー、わーわー言っていた2人も、俺のその言葉と同時に臣下の礼を取った。


「じゃあ、行こうか。あの男には腹に穴を開けられたお礼をしないといけないしさ」


 俺がそう言うと、2人から悍しいほどの怒気と殺気が漏れ始めた。


「さて、"雷"で駄目だったとなると」


 ついさっき、せめてもの守りに貼っていた雷の鎧が紙屑のように貫かれたその威力から察するに、生半可な防具じゃいけないと思った俺はウィズにこう言った。


「"炎"でいこうか、ウィズ」


「お望みのままに、ルード様」


 そう言ってウィズはその存在自体を改変した。


「【歩めばその姿を見失い、走ればその姿は捉えられず、その軽さ何よりも軽く、その守り何者も貫けず】」


 その言葉と共に、俺の胸から足元、靴に至るまで炎で覆われていく。


「【その鎧が呼び込むのは争いの種、その鎧が好むのは敵の憎悪】」


 詠唱が終わると同時に俺は炎の鎧に包まれた。


「精霊武装・"炎"『アキレウスの鎧』」


 ギリシャ神話でアキレウスが使っていたとされる鎧を模倣した神器が、俺の体を守る為に今ここに再現される。


「さて、行こうか」


 俺はそう言って2人を従えて歩き出す。


 はるか前方でこちらを見ながら嘲笑うのやめない魔族の男に一矢報いる為に。


「愚ぉか者ぉ、ですねぇ!? いぃでしょぉう、このワタシが直々にお相手して差し上げましよぉう」


 するとマルルカントも、そう言ってこちらへと向かって来た。


「さて、ああは言ったけど勝てるかな。意外と強そうだなアレ」


 俺はそう言いながらも笑みを絶やさない。


「私どもが付いております。存分にそのお力を振るい下さい」


「そうだね。全力でやろうか」


 父との訓練以外でやる初めての格上との戦い。

 どう転ぶか分からない中で俺は昂ぶっていた。

 初めて、全力で殺せる相手を見つけた事に。


「さて、僕が1つ成長する為の贄になってもらおうか」


 俺はそう言って、鎧から一振りの剣を抜き、正眼に構えた。

初め、リリルムとシャルルの会話及びリリルムの生い立ちの3人称視点。

次に、ルードの1人称視点。

3つ目に、リリルムの2人称視点。

最後に、またまたルードの1人称視点。


MF新人賞4に応募したいけど、10万文字分書けねぇ。

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