大斗の過去
大斗には、女性に裏切られた過去がある。人並みはずれた努力家で、勉強もスポーツもできる彼は、子どもの頃から女の子に人気だったけれど、高校3年生までは誰ともつきあわなかった。みんな、上っ面に惹かれて寄って来るだけだと思っていたから。
…そんななかで、たった1人、特別な女の子がいた。
サバサバして男っぽく、全く媚びなんて売らない女の子。最初はただの友達だったけれど、次第に惹かれ…、2人は恋に落ちた。
高校を卒業してからも、2人の付き合いは続いた。…けれど、大学2年生のある日、大斗は彼女のとんでもない一言を聞いてしまう。
「え、大斗?あー、あれはそういうんじゃないって。遊びだから。だって、誰にも目もくれないやつが、私を好きなんだよ?なんか面白いじゃん。でも本命はあんただけだから」
彼女は上機嫌で電話をしていた。時折、彼女の口から出るのは、共通の友人の名前…。
そのあと大斗は黙ってその場を離れ、彼女とその友人に二度と連絡を取ることはなかった。
それから、誰ともつきあったことはない。
話を聴いていて、課長は私が思っていたよりもずっと純粋で、少年の心のまま育ったような人だと私は思った。
「そんな俺が、君に一目惚れした。…覚えてるかな、あの階段で出会った日。君のヘアクリップを拾った時だ」
「…もちろん、覚えています。私にとっても印象的でしたから」
「あの日君に一目惚れして、また会いたいなと思ってたら、異動になった企画部で偶然再会した。そして、2人きりで残業した日、君の笑顔を見てから…、君のことが頭から離れなくなった。もっと笑顔が見たいと思った。もっと俺に笑いかけてほしいのに、君はいつも他人行儀で、全然親しくなれない。そんな日々にヤキモキして…、今日の昼休み、あんな行動に出たんだ」
ちょっと赤くなりながら話す課長につられて、私も顔が熱くなるのがわかる。
なんだか、中学生の初恋みたい。
「…課長も、私のことが好きなんですか…?」
「うん。いきなり好きなんて言って、引かれるのが恐くて…。『気になってる』なんて言っちゃったけど、本当はすごく好きなんだ」
「…私も、です…」
照れながら、にこっと笑いかけると、課長は私の手にそっと自分の手を重ねた。
安心感のある、男性らしい大きな手。じんわりと伝わってくる体温が、なんだか心地いい。
「これでちゃんと、恋人同士」
「はい…」
「そうだ、これからプライベートでは名前で呼んで?大斗、って」
「え!?い、いや、それはまだ…」
「俺も呼ぶから。ね、お願い」
懇願されて、仕方なく頷く。上司とつきあって、さらに名前で呼ぶなんて、私にはハードルが高すぎるけれど。
「…わかりました」
「うん、決まりだ」
課長は嬉しそうに、にっこりと笑った。