初デート
会社近くのスタバは、最寄駅とは反対方向にある。ランチの時間帯はすごく混むけれど、この時間だとお客さんもまばらだ。
私は課長よりも先にオフィスを出て、1人でスタバのカウンター席にいた。小さいサイズのラテを飲みながら、ほっと一息。
…今日はいろんなことがあったなあ。
あれって、告白に入る…んだよね。だとしたら、私は課長とつきあってるってこと…?いや、でもつきあって、とか言われてないしな。どうなんだろう…。
そんな自問自答を繰り返していたら、
「おまたせ」
いつのまにか課長がやって来ていて、カウンターに手を置いた。突然の至近距離に、驚きを隠せない。
「あ…、お疲れ様です」
「皿池さんもお疲れさま。…じゃあ、行こうか」
「はい」
気に留める暇もないくらい自然に手をとられ、一緒に店を出る。
私の歩く速さに合わせて、課長は少しゆっくりめに歩いてくれた。なんだか、慣れてるな。
「どちらへ行くんですか?」
「俺の行きつけのお店に行こうかなと思ってる。イタリアン、好き?」
「はい!大好きです」
「ならよかった。カジュアルなところなんだけど、けっこういけるんだ」
「へえー!楽しみです」
さっきまでいろいろ考えてたのに、課長と話しだしたらきれいに忘れてしまった。
私、ほんとにこの人のことが好きなんだな…。
課長が連れてきてくれたお店は、それほど高くないけれどパスタが本当に絶品だった。狭い路地にあって、隠れ家的な感じ。店内も落ち着いていて、安心して食事ができる。静かなジャズが流れていて、店主のセンスの良さがうかがえる。
「ほんとにおいしいです!このバジルソースも香りが強すぎないし」
「気に入ってくれてよかったよ」
そう言いながら、私が食べるところをにこにこしながら見ているけど…、課長自身はあまり食べていないようだった。
お皿の上のパスタは、まだ半分も減っていない。
「課長、どこか具合でも悪いんですか?あまり召し上がっていないようですけど…」
「ああ、気にしないで。俺はもともと少食なんだ。でも時間かけたら全部食べられるし、大丈夫だよ」
「だからそんなに細いんですね。ほら、見てください。腕なんて、女のわたしとそんなに変わらないですよ」
テーブルの上に乗っている課長の腕の隣に、自分の腕を置いてみる。
一回りも違わない太さに、自分で言っておいてむなしさを感じた。
「でも、こう見えて力はあるから。鍛えてるし、…脱いだらすごいよ?」
少し意味ありげな笑みを浮かべる課長。
私は無意識のうちにいろいろ想像して、赤くなってしまった。
「も、もう…。やめてください、そういうの」
「どうして?プライベートだから、セクハラにはならないだろ?」
「だって…、そんな、つきあってもいないのに」
恥ずかしがりながらぽつりと言うと、課長の目が点になった。
「え?」
「…えっ?」
お互い、黙ったまま見つめあう。
「…俺たち、今日からつきあい始めた…んだよね?」
「え!?」
「俺はそうだと思ってるんだけど、違うの…?」
「えっ、あ、あの…、でも、私、課長と釣り合わないし…。…それに、総務の森山さんとつきあってるって……」
「え、俺が?違うよ。森山とつきあってるのは、営業部の佐藤。2人とも同期だから、よく知ってるよ」
「えっ、そうなんですか?ちょっと耳に挟んだんですけど、お2人で出かけてたとか…」
「森山と2人で?…ああ、日曜に偶然会ったときのことかな。ちょっとカフェに行っただけだし、べつに何もないよ」
森山さんとつきあっているわけではないということを知って、少しだけほっとした。けれどもう1つ、引っかかっていることがある。
「……でも、課長は私のこと、気になるってだけなんですよね…?その、好きとかじゃなくて…」
課長は狼狽えながら答える私を見て、ふーっと息を吐き出す。
「…今から話すこと、引かないで聞いてくれる?」
そして私はそのあと、課長の過去の恋愛を知ることになる…。