笑顔の君に逢いたくて
食事中だった皿池さんを引き連れて、カフェスペースへ入った。昼休みだけれど、テーブルしかないからいつもここはガラガラ。みんな、飲み物を買いに来る時ぐらいしか来ないのだ。
今日も例外ではなく、誰もいない。よかった。
「あの…、何かご用でしょうか」
皿池さんは恐る恐るといった様子で俺を見上げた。
少し身長差がある上に、そんな顔をされたら、なんだか苛めてるみたいで心苦しくなる。
「…君は、俺のことが嫌い?」
俺の突然の問いかけに、彼女は驚いた顔をした。
「どうして…そう思うんですか?」
「挨拶しても、いつもにこりとも笑ってくれない。話しかけても下ばかり向いてる。その理由を聞かせてくれないか。他の社員といるときはいつも笑顔なのに」
そう。俺は、君の笑顔が見たい。
あの夜見た、ふわっと花が咲いたみたいに…心がほわっとなるような笑顔。君の笑顔を間近で見たときから、俺は君のことで頭がいっぱいだったんだよ。
他の社員に笑いかけるところを見ると、嫉妬に近い感情を抱いてしまうこともあるぐらいだ。
急かしたくなるくらいに焦れているけど、彼女の言葉を辛抱強く待つ。
彼女は、心を決めたように口を開いた。
「……それは、課長だから…です」
「俺、だから?」
「…はい。課長だから」
「それは…どういう意味?」
一歩下がろうとする彼女の手を、無意識に掴む。怖がらせているかもしれない。けど、このままにしておくなんてどうしても嫌だった。
「どうして俺には、笑ってくれないの?」
「………わたし、課長のことが…すごく、気になるんです」
「…うん」
彼女が精一杯紡ぎだす言葉を、静かに受け止める。一言一句、聞き漏らさないように。
静かな空間の中、彼女の可愛らしい声だけが響いている。
「でも…、課長のことを好きな人は、社内にたくさんいる。だから、噂になったら困るんです」
「どうして、困るの?」
「だって…」
「…両想いだったとしても、困る?」
俺の言葉に、彼女は驚いたように目を見開いた。
どうやら、俺も彼女のことを好きだとは思ってもみなかったらしい。
「…えっ……?」
「俺も、皿池さんのことがすごく気になる。部下の1人としてじゃなく、女性として」
彼女の顔がさっと赤みを増す。かわいいなあ、もう。
「もう限りなく、『好き』に近いんだけどね」
「えっ、あ、…」
あはは、混乱してるな。
俺はそんな彼女の頬に手を添え、うつむいた顔を上げさせる。
「俺のこと、嫌い…?」
彼女は黙って、ゆっくりと首を横に振ったあと、
「…好き、です…」
俺に満面の笑みを見せてくれたのだった。