番外編⑥~大斗のプロポーズ大作戦・完結編~
「いらっしゃいませ」
ピシッとしたタキシードの店員さんに案内されて、窓際の席に座った。
あらかじめコースを頼んであったのか、大斗さんが店員さんに何やら耳打ちをしている。
「今日、外出どうだった?」
食前酒を口に含みながら、大斗さんが言う。会社の外で仕事の話するなんて、珍しいな。
「顔見知りのお得意様だから、特に問題なかったけど…。なんで?」
「いや?それなら、いいんだ」
そう言って、大斗さんは私から目を逸らし、窓の外を見た。
…なんだろう。変なの。
「そういえば大斗さん、髪切ったでしょ。なんとなくすっきりしてる」
少し伸びてきていたのが気になってたけど、もとの綺麗な感じに戻っている。
「ああ、うん。ちょっと時間あったから」
「そういえば、朝とは服も変わってるよね…。一度、家に帰ったの?」
私の指摘に、大斗さんはぎくっと反応した。…なにか、私に隠したいことでもあるのかな。
今朝はたしか、黒いジャケットに格子模様のパンツだったはず。今着てる紺のジャケットは、1番高いって言ってたっけ…。
「あ!ほら、せっかく凛と外で食事なのに、いつもの恰好じゃだめだと思ったんだ」
「…それなら、私にも行ってくれたらよかったのに。こんな、華やかさの欠片もない恰好だし」
仕事だからワンピースは無理でも、せめてスカートならまだよかった。外出があるからと思って、ベージュのトレンチコートの下は、きちっと見えるグレーのパンツスーツに薄ピンクのドレスシャツといった、いかにもオフィスな恰好。
まわりの席にいる女性を見ると、やっぱりみんなドレスや綺麗めのワンピースを身に纏っていて、なんだか浮いてるような気分…。
「ごめん。でも、凛は何着てても可愛いと思ったんだ。…他の男の前で、あんまり綺麗な格好してほしくなかったし…」
「え…?最後、なんて言ったの?」
語尾がごにょごにょと小さくて、大斗さんの声がよく聞こえなかった。
「と、とにかく!服装なんて気にしなくていいから。それより、今日は凛の誕生日だよ?最近あまりかまってあげられなかった分も、言うことなんでも聞いてあげる。何か、俺にしてほしいことない?」
「えっ、そんなこと急に言われても…」
なんだか、今日の大斗さんは変だ。いくら誕生日だからって…。
「欲しい物とか食べたい物があれば買ってあげるし、見たい映画があればつきあうよ」
誕生日のお祝いだから、私の望みを叶えてあげようとしてくれてる気持ちはよくわかる。
きっと、世の中の一般男性のなかには、彼女の誕生日にそんなことを言う人すら少ないだろう。でも、私が大斗さんに本当にしてほしいのは、そういうことじゃない。
2人の望む物は…未来は、違うところにあるの?
「…いいよ、そんなの。こんな素敵なお店に連れてきてくれただけでじゅうぶんだから」
「そういうわけにはいかないよ。せっかくの誕生日なんだし、何でも言って!」
大斗さんって、こんな人だっけ…。
恋人の特別な日も、お金で解決してしまおうとするような…そんな人だった?仕事が忙しすぎて、人が変わっちゃったのかな。
なんだかそんなことを急に思って、寂しくなって…、私は席を立った。
「凛…?」
「ごめんなさい…。私、今日はちょっと体調が優れなくて…」
「えっ、大丈夫?」
私の後を追って、大斗さんも席を立つ。料理がまだ半分も出ていないのに、何事かと店員さんもやって来る。
「わたし、先に帰ってるね」
「ううん、それなら俺も…」
出入り口に向かおうとすると、大斗さんが私の手を掴んだ。
「…いいの。1人で大丈夫だから」
「でも」
「いいから、放っておいて!」
イライラして、つい大きな声が出てしまう。まわりのお客さんたちもこっちを見ていた。
どうして、こうなっちゃうんだろう。大斗さんは何も悪くないのに、1人で勝手に怒って…。
自己嫌悪に陥っていたら、またしても店員さんに耳打ちをする大斗さん。
「体調は、悪くないんだよね?」
「……うん」
「じゃあ、とりあえず座ろう」
大斗さんに促され、私達はもう一度席に着いた。
「…あのさ。凛にプレゼントがあるんだ」
「プレゼント…?」
「うん。…あ、これだよ」
そう言って大斗さんが示したのは、店員さんが持ってきてくれた大きなケーキ。チョコレートがコーティングされていて、見るからにツヤツヤだ。
店員さんが綺麗に切り分けてくれて、ケーキを一切れとフルーツやソースで彩られたお皿が私の前に置かれた。
「綺麗…」
こんな本格的なものはあまり食べたことがなくて、思わず見とれてしまう。
お皿にはチョコレートで文字が書かれていて、そこにはHappy Birthdayではなく…、
「えっ!?」
“Will You Marry Me?”
そしてその横には、お花と小さな指輪が添えられている……。
「……あの、これって…」
戸惑って大斗さんを見ると、彼は少し照れながらにこっと笑っていた。そして…
「Will you marry me…? I can’t think other than you.」
私の目を見つめ、直接言った。英語なのは、きっと照れ隠しだろう。
突然のことで、胸がいっぱいになってしまって…、何も答えられない。まさか、今日この場でプロポーズされるなんて、思ってもみなかった。いきなりすぎて、心の準備ができてない。
どこを見ていいかわからず、視線をさまよわせていたら…、テーブルに置かれた私の手に、大斗さんが自分の手を優しく重ねた。ほんのりと体温が伝わってきて、なんだか背中を押されているような気分になる。
「…Yes, I’ll be happy to…!」
じわじわと視界がぼやけてきて…、涙目でのお返事になってしまったものの、自然と笑顔になれた。
私の言葉を待っていたかのように、お店中から店員さんや他のお客さんの拍手や歓声が上がった。ずっと、見られてたってこと?
恥ずかしさに肩を竦めていると、大斗さんが私の左手をとり…、お皿に置かれていた指輪を嵌めてくれた。キラキラしていて、とっても綺麗…。
「一生、大切にするね…」
感激のあまり、ついに泣き出しながら大斗さんに精一杯言うと、大斗さんは椅子から立ち上がって私を抱きしめてくれた。
――きっとこの人が、私の運命の人…。
彼の腕の中で、私はそんなことを実感していた。
おまけ。
「なんだか今日の大斗さん、朝から様子がおかしかったから…、ちょっと変だなーとは思ってたの」
うちに帰りついて、ソファに並んで座り、ゆっくりとココアを飲む。私は、週末のこの時間が大好き。
「えっ、そんなに変だった?」
「うん。大斗さんって、隠し事できないんだね」
朝は珍しく寝室からなかなか出てこなかったし、服装にもかなり悩んでたみたいだった(そのわりにはいつも通りの恰好だったけど)。
「そうかも…。でも、凛には何も隠し事しないから」
「浮気しても隠さないから許して、って意味も含んでるの?」
「違うよー。そもそも浮気なんてしないって。さっきもお店で言ったけど、俺には凛しかいないから」
大斗さんは私の手からマグカップをとって、テーブルに置く。そして、私の腰を引き寄せた。
「何があったとしても、ずーっと一緒にいよう。これから先は…家族として」
「うん…!」
冬の寒い夜だというのに、私たちはこれまでにないくらいに熱い夜を過ごしたのだった。
~FIN~




