運命の2人
森山さんがすっきりした顔で帰っていったあと、私たちはいつかのように並んでキッチンに立っている。
「阪本くん、なんて言ったと思う?…彼ね、課長と同等に勝負できるように頑張るって」
ジャガイモの皮をむきながら言って、大斗さんのほうをちらりと見ると、彼は2本の人参とにらめっこしていた。どっちを使うか考えているらしい。
「…そっか。じゃあ、俺も負けていられないな」
「大斗さんはまず、体調を戻さないとね」
大斗さんの手から人参を1本取って、包丁を入れていく。
「それはもう、大丈夫だよ」
「え?」
私は手を止め、大斗さんを見上げる。どういうことだろう…。
すると、大斗さんも微笑みながら私を見た。
「だって、凛がサポートしてくれるんだろ?」
「…もう、甘えん坊なんだからー」
まるで大きな子どもだなーなんて思っていたら、彼はぼそっとつぶやく。
「…それに、部屋余ってるし」
「えっ?」
……それって、ひょっとして…。ひょっとしなくても、そういう意味…だよね…。
「ここで、一緒に暮らそう」
「…はい…っ」
そうして私たちは、夕暮れの日差しが差し込む部屋で、幸せを噛みしめながら抱き合ったのだった。
――1年後。
ヘアメイクさんが部屋から出て行ったあと、自分で鏡を見てチェックしていたら、コンコンと扉がノックされた。
そして扉の隙間から、大きな花束を持った企画部の女性社員たちが顔を覗かせた。
「皿池さ…じゃなかった、吉川さーん!おめでとう!!」
「わー!ありがとうございますっ」
「ちょっとー、すっごい綺麗じゃない!」
「えへへ…。そうですか?」
照れながら、鏡でもう一度自分の姿をチェックする。たっぷりとしたシフォンが裾まで続いている、真っ白で可愛らしいウェディングドレス。デコルテが丸見えなのがはずかしいけど…。
「今ごろ、社内中の男性社員が悔しがってるわよ。あなた、すごく人気あるもの」
「いやいや、そんなこと…」
「あるって!皿池さんが吉川さんと付き合ってるってわかったとき、他の部の人たちすごく士気が下がってたし。…でも、吉川さんだから特に問題が起きなかったのかも」
大斗さんが倒れた騒動のときは、取り乱す私の姿を他の部署の人にも見られていたようで、私と大斗さんの噂はあっという間に広まってしまった。
けれど、特にいじめられたり陰口をたたかれることもなく(知らないところではいわれていたのかもしれないけど)、無事におつきあいを続けることができた。
「それはあるかもね。若いのにあんなに仕事が出来て、しかもイケメンで優しいって、探してもなかなかいないよ」
「うんうん!吉川さんと凛さん、すごくお似合いだし…。いいなあ、私も結婚したーい」
ある女性社員がうっとりした顔でそんなことを言ったとき、再び扉がノックされた。
「吉川様、そろそろお時間です」
よく映画やドラマで、花嫁が結婚式をドタキャンするシーンがある。ドレスのまま外を走って、別の男のところへ向かうっていう…。あと、式の途中で別の男が乗り込んできて、花嫁を掻っ攫っていくっていうのもあるよな。
……はあ。
1人で待っていると、そんなことばかり考えてしまう。
『みなさま、後方の扉にご注目ください』
アナウンスが流れ、俺の緊張はピークに達する。
両開きの大きなドアが開け放たれ…、そこには、純白のドレスを着た、天使のように可愛らしい凛の姿があった。
ヴェールの下から俺ににこっと笑いかけ、お義父さんと共にゆっくりとこちらへ歩いてくる…けれど、よほどヒールの高い靴を履いているのか、なんだか足元があぶなっかしい。
慌てないで、ゆっくりでいいよ。そう目で伝えていると……、あっ!
俺は思わず、転倒しかかった凛のもとへ走り寄って体を支えた。
会場には、みんなのほっとしたため息が溢れる。少し体を離すと、凛と目が合い、ふっと笑いあう。こんなハプニングも、俺たちらしいかもしれない。
お義父さんがそんな俺たちを見て、そっと凛の背中を押し、『ここからは自分たちで』というように頷いた。
俺はお義父さんに頷き返し、凛を気遣いながら、ゆっくりゆっくりと歩いて行った。
「健やかなる時も、病める時も、夫・大斗を愛し、支えることを誓いますか?」
「…はい、誓います」
凛のはっきりとした声が響き、俺はようやく安堵した。花嫁のドタキャンも、ヒーローの登場もなかったからだ。
「それでは、誓いの口づけを」
凛のヴェールをゆっくりと捲り、見つめ合う。間近で見ると、いつもより少し濃い化粧だけれど、すごく綺麗。白いドレスに包まれた彼女は、輝いて見える…。
触れるだけで、なんだか壊してしまいそうな気持ちを感じながらも、俺は凛の頬に手を当て、そっとキスをした。
「………」
わあー!っと拍手が沸き起こる……が、俺はキスをやめない。なんだか、離してしまうのがもったいない…。この瞬間を、少しでも長く味わっていたかった。
「……」
会場がザワザワとし始めて、目を閉じていた凛も顔を赤くして俺を見ている。
真横にいる神父さんが、コホン、と咳払いをしたのを聞いて、俺はようやくキスを終えた。
「もう、大斗さんは~…」
凛に小声で責められる。赤い顔で睨まれても、可愛いとしか思えない。
にこっと笑いかけると、凛も「しょうがないなー」と笑ってくれたのだった。
~Fin~




