非常階段での出逢い
早く、早く…!会議に遅れちゃう!
「皿池、急げー!」
「わかってるーっ」
私はその日、同期の阪本くんと共に階段を駆け上がっていた。会議が始まる1時間前に数値のミスに気づいて、ギリギリまで資料を直さなければならなかったのだ。
そして不運なことに、高層階までの直通エレベーターは昨日から点検工事中だった。
「あっ」
髪を振り乱しながら走っていたら、ヘアクリップが取れてしまった。私の髪からするんと抜け落ち、
カツン、カツン…
と音を立てながら、ヘアクリップは今上がってきたばかりの階段を落ちていく。
「先行ってて!」
「えっ、ちょっ…」
慌てて階段を駆け降りる…と、踊り場にいる男性が、私のヘアクリップを拾い上げた。
その光景を見て、踊り場まであと2段というところで自然と足が止まる。
階段2段差なのに、その男性は私と目線が同じくらいだ。
私の目の前に、ヘアクリップがすっと差し出される。
「はい、どうぞ」
「あっ、ありがとうございます…」
端正な顔立ちに、掻き上げた前髪。吸い込まれるような、澄んだ瞳…。
私は一瞬、彼に釘付けになってしまった。
「おい、なにやってんだよ!」
阪本くんの声に、はっと現実に引き戻される。そうだ、会議!
慌てて男性からヘアクリップを受け取り、頭を下げてから再び階段を駆け上がる。
「………」
まさにこの瞬間に、1つの恋が動き始めていたなんて……。私はまだ、知る由もなかった。
*
翌日。毎日の日課である、企画部全体の朝礼が始まったときのことだった。
「前から話していた通り、今日から新しい課長が着任します。事情で遅れていますが…ああ、来た来た」
企画部長が扉の向こうを窺うようにしていると、みんながそちらに注目した。
若くして課長になった人だと聞いたけれど、一体どんな人だろう。
「遅くなりました」
そう言いながら、扉を開けて入ってきたのは…。なんと、昨日階段で出会ったあの男性だった。
「本日から企画部第1課の課長に着任しました。20××年入社の吉川大斗です」
みんなが拍手で迎える中、私は驚きのあまり唖然としてしまう。
そんな私に気づいたのか、吉川課長はこちらを向き、にこっと微笑んだ。