最悪の初対面
「お疲れ様でしたー!」
今日は、仕事を早めに切り上げて退社する。これから大斗さんのマンションへ行って、夕飯を作る予定だ。
企画部のオフィスを出ようとしたら、偶然戻ってきた阪本くんに出くわす。
「お、今日はもう帰り?」
「うん。金曜だしね」
阪本くんが私をじっと見て、
「これからどっかいくの?なんかよく見たら、いつもよりオシャレしてるよな」
なんて言うものだからドキッとしてしまった。
たしかに、お気に入りのネックレスを着けたり、メイクもいつもより丁寧に仕上げてはいるけど。
やっぱり、阪本くんは鋭い…。
「えっ、皿池ちゃん、これからデートなの!?」
近い席の本木さんまで聞きつけて、なにやらオフィス中が騒ぎ始めてしまう。今週の仕事が終わりかけで、みんなテンションが上がっているのだ。
どうしよう、ばれちゃうかも…。
「ち、違いますよー。友達とごはん行くだけですっ」
「またまたー。そんなこと言ってー」
信じてもらえないまま、『相手の名前を言うまで帰さない』という無言の圧力がかけられる。
「はいはい。中学生じゃないんだから、やめなさいって。皿池さんだってそういう相手の1人ぐらいいるわよ。いちいち首突っ込まないの!」
助け船を出してくれたのは、課長補佐の新堂さん。落ち着いた大人の女性という感じで、私の憧れの先輩の1人だ。
ちぇーっ、とつまらなさそうに膨れる他の社員たちを見て、チャンスとばかりにこっそりオフィスを出る。扉を閉めるとき、奥のほうへ向かって軽く頭を下げると、新堂さんは優しく微笑んでくれていた。
大斗さん、まだかなあ。けっこう早めにオフィスを出たはずなのに、何か用事があったのかな…?
大斗さんのマンションでご飯を作って、あとはよそうだけ、というところまで済ませてしまっている。
遅くなるかもってLINEに書いてあったし、今日来るのはもしかして迷惑だったのかな…。
そう思っていたら、玄関で物音がした。あ、帰ってきた!
慌てて玄関に走って行ったら、そこにいたのは大斗さんだけではなくて…、
「…あら?あなたは…」
森山さんも一緒だった。大斗さんは酔っているのか、赤ら顔で目の焦点が合っていないし、森山さんに肩をかりて立っている。
「………」
私も森山さんもフリーズしてしまい、肝心の大斗さんは泥酔状態で、ぐでんぐでん。
これは一体、どういう状況なの…?
朝起きると、俺は自分のベッドで寝ていた。
「ん…?」
今日は土曜か…。もうちょっと寝よ。
そう思って、寝返りをうつと……、
「森山…!?」
森山が隣で眠っていた。なぜ!?
もちろん2人とも服は着ているから、そういうことにはなってないんだろうけど。
ゆうべ、どうしたんだっけ。たしか仕事の後、森山に会って、恋愛相談されて…、そうだ、その後、急に森山が飲み始めて、俺も無理やり飲まされたんだ。最近仕事で疲れてたこともあって、すぐ酔いが回って…。
…ていうか、凛は!?俺、たしか凛と会う約束してたよな?
慌てて寝室を飛び出したら、テーブルには2人分のセッティングがあった。そしてキッチンには、手を付けられていないポトフの鍋…。
俺の予想が正しければ、凛は昨夜、ここでポトフを作って待っていてくれた。けど、俺と間中が酔って帰ってきたのを見て誤解した。そして…?
この場にいないってことは、勘違いして帰っちゃったってことだよな…。
大斗さんからの着信を知らせる画面が消灯するのを、私はじっと見ていた。
ゆうべ、大斗さんの部屋に森山さんも現れた。美男美女の2人だからお似合いだと素直に思った。
『私、彼とずいぶん前から付き合ってるの。あなたのことは可愛い部下だって聞いてる』
そう言って森山さんは、2人が仲良く写っている画像を私に見せ、満足そうに微笑んだ。
その言葉と画像に衝撃を受け、私はそのまま部屋を飛び出してきてしまったのだった。
きっと、私と出会う前からのお付き合いなんだろう。…つまり、私は浮気相手…。
思えば、なんとなく腑に落ちないところはいくつかあった。金曜と土曜しか会えないのも、誰かに頼まず自分で総務部に行くのも、ほとんど経験がないはずなのに女性の扱いがうまいのも…、そういうことなら辻褄が合う。きっと私と会っていない間に、森山さんと会っていたんだ。私と2人きりで会う時間なんて、ほとんどないもんね。
…でも、不思議。こんなに憎いのに…、わたし、まだ大斗さんのことが好きだ…。




