嵐の予兆
バッと勢いよく起き上がり、慌てて寝室を出ると…。
「あ、おはよう」
凛が可愛らしい笑顔を湛え、キッチンで朝食を作っていた。
「凛…」
ずっとくっついていたい。そんな気持ちが溢れて、俺は凛に後ろから抱きついた。
「もう、甘えん坊だなあ」
凛はふふっと笑いながら、ほうれん草を炒めている。
すっかりこの部屋になじんでいて、なんだか嬉しくなってしまう。
「さっき目が覚めたとき、凛がいなくて…。俺がどれだけ不安になったか、わかる?」
「不安…?」
「そうだよ。ゆうべのことを後悔して、帰っちゃったのかなって」
「ふふっ、そんなことしないよー?」
俺と凛の身長差は、たぶん25センチぐらい。抱きしめると、凛の頭に顎を乗せられる。
まるで小さい女の子が、クマのぬいぐるみを抱きしめているような感じだ。
「俺のこと好き?」
「うん…」
「ちゃんと、言って」
「…大好き」
凛が答えてすぐ、キスをした。
「ほんとに可愛い」
「もう…。なに、急に」
「可愛いんだから、しょうがないじゃん」
凛は炒め終えたほうれん草をお皿に移し、今度はたまごを手に取った。
頭越しにその過程を見ていると、なんかテレビの料理番組みたいだ。
「べつに可愛くないよー。普通だって」
「気づいてないだろうけど、凛って社内でかなり人気あるよ。女性社員について話すとき、いつも話題に出てくるし」
そう。トイレや喫煙所(俺は吸わないけど)で男性社員とそういう話をするとき、必ずと言っていいほど凛の名前が出てくる。だから俺も、凛と知り合う前から『皿池凛』という名前だけは知っていた。
「えー?うそだー」
「うそじゃないよ。凛が入社してきたころからずっと言われてる。俺はあんまり気にしてなかったけど、“企画部にとびっきり可愛い子が入った”って持ちきりだったよ」
「そうなの…?全然知らなかった」
「狙ってるやつも当然多いだろうなー」
無意識のうちに、腕に力がこもる。
そんな俺に気づいたのか、凛は盛り付けの手を止めて体ごと俺に向き直った。
「大丈夫だよ。私はもう、大斗さんのものだから」
ぎゅう…と抱きついてくる。もう、ほんとにかわいい…。
この先きっと俺は、彼女を手放すことなんてできないだろう。
「うん…。ありがと」
幸せな週末を過ごし、また忙しい平日が始まった。
相変わらずお互い忙しくて、すれ違いの日々が続く。けれど、心はどこか満たされていた。
仕事の合間に、ちらりと姿が見えるだけで嬉しくなる…。毎日のようにLINEや電話をするし、そのおかげであまり寂しさも感じない。もらった合鍵を見つめてるだけで、しあわせ。
でも、やっぱりちゃんと会いたいなあ。明日は金曜の夜だし、ひょっとしたら…。
そんなことを思いながら、今は誰もいない課長席に目を向けていると、
「あの、吉川課長はいますか?」
突然、後ろから声が聞こえた。
慌てて振り向くと、そこには総務部の森山さんが立っていた…。




