机の上の演奏 ~授業中の教室~
「小説家になろう〜秘密基地〜」にて灯夜さんが企画された「場所小説」のテーマ「授業中の教室」の企画小説です。
ああ、まただ。
机を叩くリズミカルな音が聞こえる。
堅田國人。
私の隣の席に座っている男子生徒。
いつも授業中、それも退屈な授業の時、決まって指が動いている。
たぶん、何かのメロディ。
音階はないから、何の曲かは判らないけれど。
いつも何処か遠くを見ながら、あるいは目を伏せながら、机を軽く叩いてる。
大抵は片手で、時折両手で。
同じようなリズムの時もあれば、全く違うリズムの時もある。
音楽のセンスがない私には、大抵は何の曲か全く判らない。
彼は、ロック系のバンドを組んでいるのだと、誰かに聞いた。
それからは以前以上に、彼の指が刻む音が気になった。
聴きたいな、と思う。
彼の聴いている音楽を聴きたいな、と。
私は彼のバンド名を知らない。
いつ何処で活動しているのかも知らない。
たぶん本人に聞けば教えて貰えると思う。
……だけど、いつ、どうやって、どういうタイミングで聞いたら良いのか、それが判らない。
私は、知りたいな、と思いながら、彼の指が奏でる音楽、リズムに耳を澄ます。
あ。
バラードだ。
曲が変わった。
最初の一フレーズ目でそれがバラードだと、すぐに判った。
音階は聞こえない。
だけど、それは確かにバラードだった。
甘い、静かな、優しいバラード。
……雨音のような、月の光のような。
いつもより優しく、指が、見えないメロディを、聞こえない音階を、ゆっくりと刻む。
脈拍が高まっていくのが判った。
気付いたら、息を詰めて聴いていた。
音階はないのに、伴奏もないのに、ドラムもギターもベースもボーカルも何もないのに、それが『歌』だと判った。
何もかも忘れて、授業すらも忘れて、聴き惚れた。
不意に鳴り響く授業の終わりを知らせるチャイムの音。
「では、これで授業を終える」
先生の声。
彼の指が止まった。
私はドキリとして、身を震わせた。
「……佐々木?」
急に声を掛けられて、慌てた私は筆箱を落とした。
「あ、あれ、あぁっ!」
慌てて拾おうと屈み込む私に、堅田くんはクスリと笑って言った。
「……もしかして、聴いてた?」
バレた。
赤面した。
耳まで熱くなる。
答えられない私に、彼は言った。
「良かったら聴く?」
「……え?」
驚いて振り返った私に、彼は照れくさそうに言った。
「まだ作ってる最中なんだけど、とりあえずピアノで」
どくん、と心臓が跳ね上がった
息を詰めて見つめる私に、彼は言う。
「嫌だったら、断って良いから。……もしかして、うるさかった?」
ブンブン、と首を左右に振った。
「ううん、聴き惚れてた!」
思わず大きな声でそう言ってしまって、軽く目を瞠った堅田くんに気付いて、しまった、と思う。
「あ、あの、ぇと……っ」
慌てる私に、彼は笑った。
「すげー嬉しい」
満面の笑みで。
私はぼうっと彼を見上げた。
「ちゃんと、曲にするよ。歌詞は……もうちょい先になるけど。その前に、聴かせるから」
言われて、コクリと頷いた。
「約束」
彼の言葉に頷いた。
「待ってる」
彼の指が、さっきの曲を最初から叩き始めた。
今度は、口笛付きで。
「……!」
嬉しかった。
すごく嬉しかった。
私は今、彼の音を共有してる。
知らなかった音を、聞こえなかった音を、今、聴いている。
それは、本当に、甘く優しいバラード。
演奏し終えた後で、彼は恥ずかしそうに笑った。
「……初めて作ったバラードなんだ」
私は頷いた。二回、頷いた。
「でも、良かった」
すごく良かった。
……好き。
私は筆箱を拾うのも忘れて、彼を、彼の指を、口元を見ていた。
「好き」
思わず口走っていた。
「なんか……照れる」
彼が頬を赤く染めた。
「あ、えと、その、きょ、曲が!」
慌てて付け足した。
「うん」
彼は頷いた。
「曲が完成したら、ちゃんとしたのを聴かせるから」
そう言って、彼は笑った。
思わず見惚れてしまいそうな、キレイな笑みだった。
──The End.
というわけで初めての企画小説です。
〆切は7月11日なのでフライングも良いところかも知れませんが、「書きあがった人から順次投稿」とのことなので、早速投稿です。
こんな感じで良いのだろうか、と少々悩みつつ。